少女、目を覚ます
未登場人物を四人残して幼馴染のターン。
0.
「で、なんであんなとこにいたの? おじさんは?」
「黙れヘタレ」
時刻は午後七時。日が長くなり始めた初夏ではあるが、外はもうとっぷり暮れていた。
起きた瞬間、一くんの顔で視界が埋まった私の心情を誰か察して欲しい。美人は三日で飽きるというが、美人を三日も見続けることなんてできない私の豆腐メンタルを見くびらないでくれ。
条件反射でいつものように暴言を吐いたが、むしろ黙られると現状が理解できなくて、すごく困ることに今気づいた。なぜなんだ、なぜこんな状況なんだ誰か説明を。
困った様子が伝わったのか、呆れた溜息をつく一くん。なんだか悔しい。私は精神年齢上年上のはずなのだが。…………一くんが大人びてるんだ。そうだ、そうに違いない。気分は反抗期の娘。父親が手を焼く様子が目に浮かぶ様。あ、あれ、既に目の前にいる。一くんの様子は父親のそれだった。
今回は、全面的に私が悪いので謝らなければ。と、口を開こうとした瞬間一くんも声を上げた。
「お教えしましょうか?」
「嫌味ですねわかります。それより説明はよ」
謝る機会を逃してしまった私は、かわいくないことを言ってしまう。これだからまた呆れられるんだ。
悪びれた様子のない私に呆れることさえ諦めたのか、一くんはとつとつと語り始めた。
「え?じゃあ私、玄関前に倒れてたわけ?」
「覚えてないの?」
「全く覚えてません……で、運んでくれたと?」
「ハイ」
「……色々すいませんでした」
「こちらこそバッグの中身漁ってごめんなさい」
ムカつく程、理路整然とした説明を受けて、どうやら私は玄関前で倒れていたらしいと把握。どうりで記憶がない筈だ。にしても、人生初(ただし記憶中では一回経験あり)の気絶を一日で二回もしたなんてびっくりだ。
よくよく考えてみれば、玄関前で倒れてたのに救急車を呼ばれなかったのは不幸中の幸い。違うか。
なんといっても、鍵を探すためとはいえ人の家の前で鞄を覗き込んでる一くんが逮捕されなくて本当に安心した。警察のサイレンの音はしないし、通報されてないはず。
「あ、おかゆ食える?持ってきたけど遊寝てたから戻しちゃった」
「……何から何まで本当すいませんした。食べます」
「今更でしょ。じゃあちょっと待って持ってくる」
よいしょ、と席を立つのに声をあげた一くんにジジイか、と突っ込みたくなるがお世話になってるので我慢。扉が開いて出て行った音がする。光も掠めない、揺蕩う意識の中でご飯(と一くん)を待っていると、またも視界が一くんで埋まりまった。
何時の間に入った。デジャウ。
「起きてた」
「起きてますがな」
「んー、はい」
ど う し て そ な っ た。
口元に差し出されたお粥。認めなくないがこれは…これは俗にいう巷で流行りの「あーん」ではないのか。
見目麗しい幼馴染殿は、気にする様子も無く差し出してくる。様子を伺うと「ん?」と首を傾げられて……あざといぞ。あざといぞ佐伯一!
「一人で食べれますけど」
「ん、でもここで無理して辛くなるのはやだろ?」
これがむしろからかってくるものならまだ良いのだが、好意でやってくれているとなればなんとなく断りづらい。考えてみると「あーん」がそこまで大した事だと思えなくなってきたので、遠慮なく口元のお粥にかぶりついた。
1.
(なんだこの可愛い生物)
目の前の小さな幼馴染を見て、思う。もしかしたら自分は、年下の幼馴染だと言うだけで、きちんと遊を見れていなかったのかも知れないと。そこまで考えて、遊相手に何を、と自粛する。そもそも僕は失恋したばかりだし。
あぁでも、風邪で弱ってる姿を見る今の、今まで気づかなかったが、遊は思いのほか魅力的だ。
(まさか、相手は遊だぞ)
現に目の前で自分が手ずから渡すおかゆを食べるはなんか可愛い。それになんだか上気した頬も合間っていつもとは違う艶かしさも出てきているのだ。手を動かしながら、観察してみる。
差し出すと、遊が食べるのを止めた。
「熱い?」
「おいしいよこれ。でももう無理そう、ごめん」
少し眉を顰めて謝る姿は、何時もよりしおらしくて、"か弱い女の子"がそこにいた。なんだ、この女子は、誰だ。
「なら、別に無理して食べる事はないよ。僕が薬持ってくるまでちょっと寝てなよ」
「薬は……」
「冷蔵庫にいれて置いたんだ。勝手なことしてごめん」
「ありがとうございました」
ふわりと遊の笑顔が浮かぶ。
だめだ。
「っじゃ、いってくる。肩までしっかり毛布をかけておいてよ」
なんだかそのまま遊の表情を見ているとだめな気がして、早足で部屋を出る。
(相手は、年下で、しかも遊だぞ?!)
内心軽いパニックを起こしながら、きっと真奈美への失恋で回復しきってないからこうなるんだと自分をごまかした。