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転生少女は傍観できない  作者: 月月月
一章「巻き込まれた少女」
7/21

少女、安心する

0.




 風が、涼しい。

 季節は秋。私はその時、十七歳だった。


 満員電車というのは、どうしてこうもむさ苦しいものなんだろう。タバコくさくなった体を包み込む冷たい風のせいでぶるり、体が震える。

 次の瞬間、強いめまいを感じた。それと同時に暗転、真っ暗になった目の前を、ぐるぐるとよく分からない赤や緑の水玉模様が浮かんでは消え、ぼんやりしては、掴むまもなく通り過ぎていく。

 耳の遠くのほうで悲鳴が聞こえたのだが、かちかちと歯がなったのでよくわからなかった。


 周りをよく見ていなかったから、打ちどころが悪かったか場所が悪かったかは分からない。最後は冷めるような激痛で太もものあたりをつき刺して私は死んだのだと憶えている。いや、私じゃないのかもしれない、けどここは私だと仮定しておくことにして。

 全く、こんなお涙頂戴にもならないようなアホすぎる事故の、不愉快な記憶は要らなかった。だが私はそこからひとつ学んだことがある。倒れるなら、周りを見ようと。周りをみて、しゃがんでから倒れるようにしよう、と。


 秋が、十月が近づくたび、毎年気分が重くなる。

 季節は秋、カレンダーは十月。私はその時、十七歳だった。




1.




 懸念していた二度目の十七歳は、案外平気だ。

 これなら、生まれたばかりの頃の方がよっぽど酷かった気がする。二十年近く昔の遠い過去のトラウマは薄れていくんだろう。生まれたばかりは、頭が割れるように痛い日が続いて、眠りたくないのに眠らなくちゃいけない苦痛の日々だった。あの時の方が数倍辛かったと記憶する。


 教室内にふわり、初夏の風がまいこんで、頭を冷やしていく。


「でね、このキモカワグッズを売ってるお店に……ちょっと遊、聞いてるの?」

「ん、あぁ。聞いてなかった」

「やっぱり! 今年入ってぼんやりすること多くない?」


 心配そうに覗き見る紫が、ぶわっと揺れた。いけない、精神不安定な感じがする。ぐらぐら、玉乗りピエロにされそうないやーな予感が、頭の中をびりびりと駆け巡って、とうとう体調にまで現れてしまったようだ。

 とまぁ、詩人のように語ってみたはいいけど、推測するにこの前の攻略対象者との接触が恐らく体に大きなストレスになってしまったのかと思う。

 なんでここまであの人たちを警戒してるのか自分でもわからなくなってきた。もちろん、面倒事に巻き込まれたくないからっていうのはあるんだけど、ほかになにか理由がある気がしてならない。忘れてしまったのか、それとも私の気のせいなのか、それともいつもの嫌な予感か。

 弱気になっているうちに目の前がぐにゃりと歪んだ。病は気からとはよく言ったものだが、情けない。気分を上げようとしても、こういうのはなかなかあがるもんじゃないのでしょうがないとしばらくは諦めよう。

 窓から吹く強い風にそろそろ閉めようと立ち上がり、体の違和感に眉をひそめる。


「遊? 大丈夫?」

「むりかも」

「遊!?」


 強い吐き気だ。瞬間体がカッとのぼせたように暑くなって、血液が下に下がっていく感じ。多分、貧血?

 これは倒れるな。暗転、する前に私がしたのは危険なものが周りに無いかという確認だった。机の前にお弁当があるので、椅子に手をついてしゃがむ。


(馬鹿は死んでも治らないって言うけど、そんなことないじゃん)


 どこか冷えた思考の中で恐らく傍からみたらあまりにもくだらないことを、私は考えていた。


2.




 車から見える景色がぼやける。体は熱いし口内には酸っぱいものがせり上がってくるし、タバコの匂いを消したのであろう消臭スプレーのミカンの香りに吐きそうだしで、気分は最悪だ。病人時に柑橘系の香りってなんの拷問だ!って抗議したい。今すぐ。しないけど。私は、柑橘系の香りが苦手である。

 恨みがましい目で隣をみると、厳つい顔をしたどこのギャングかと言われそうな男がいる。この車の主、私の父だ。どうやら忙しい仕事の合間を縫って来てくれたらしい。徒歩圏だから自分で帰れると言ったのに、何をトチ狂ったか先生が連絡してしまったようだ。父はすぐに飛んできて、病院に直行コースだった。気分は悪いし、注射痛いし、踏んだりけったりだ。あ、使い方ちがうか。


「父さんも母さんもちょっと無理そうなんだ」

「何?」


 間が空く。いつになく聞き分けの悪い娘に驚いたのか、こちらをまじまじと見つめた。おい、運転中だから前見て。反抗期の娘をまじまじ見ないでよ、本気で心当たりないんだって。

 何?ちょっともう無理そうだから離婚しますとかだったら……あぁそれはないな。知ってるよ、私がいない所で「あーちゃん」「ゆーちゃん」って未だに呼び合ってること。


「早く帰るのは無理そうなんだ。母さんが佐伯さんの所に連絡してくれたらしいから、何かあったら佐伯さんの家に連絡を。病院からは絶対安静だと。薬を飲んで、しっかりあったかくしておきなさい」

「あぁ、分かりました」


 かいつまみすぎだ父よ。というかなんだそういうことか。こういう時頼りになるお隣さん。ご近所付き合いはしとくもんだね。

 別にそんなこと言われなくとも一くんをパシリに使うつもりだったよ。だから安心して前を向いて。怖いから。

 見慣れた公園が目に入る。もう家はすぐそこだ。

 

「ついたぞ」


 短時間でうたた寝でもしたのか、父さんの声が遠くに聞こえた。覗き込む顔が見える。


「一人で大丈夫か」

「部屋にくらい行けるから。仕事忙しいのにごめん」

「あぁ。……じゃ」

「うん」


 なんとなくぎこちない挨拶をして分かれる。娘と父親の関係なんてこんなもんで十分だろう。私はお涙頂戴の家族ごっこをする気はない。

 車をその場で見送って壁で体を支えた。




3.




「ぬ……」


 どうやって部屋に入ったのかも覚えてないがとりあえず起きたらベッドで寝ていた。ぱさりと額に当てられていた布が落ちるがそんなものは気にせずにとにかく現状を確認する。両親はいない……ということはまだ夜ではない。時計を見れば、あれから二時間経っていた。寝ると大体二時間で目が覚めるのはなぜだろう。転生前に保健の先生に教えてもらってたんだけど、あいにく使ってなかったせいで記憶にない。そういえば最近は前世の記憶が混合されていると感じる時が多くなった。やっぱり、死んだ年齢と同い年っていうのが利いてるのか?

 頭を使ったら眠くなった……よし、もうひと眠りしよう。薬は、いいや。


 しばらくして、なかなか眠れない、と急に不安になった。たとえばここで地震が起きたら、不審者が入ってきたら。鍵は閉めたっけ……ってちょっと待て。

 

>ぱさりと額に当てられていた布が落ちるがそんなものは気にせずにとにかく現状を確認する。


(え、布どこからきた)


  今更ながらにこの状況に違和感を覚えた。自分で準備したのなら流石に覚えている。ベッドの下に落ちてしまっていた布を恐る恐る触れば、しっとりと濡れていてまだ冷たい(・・・)。その時、がたっとリビングの方でモノが落ちる音が、した。


(いやいやまさかそんな)


 よし、寝よう。とりあえず寝よう。

 なんて寝られる方がどうかしている。心配事はどんどん膨らんで背後を振り向くのも怖い。

 きっと知らないうちに自分で布を濡らして額に宛てたんだよそうだよ。あぁ、もしかしたら薬も飲んでたりして。ベッド脇に置いてある薬袋を覗くと


(薬がない……だと)


 中身は空だった。薬を取り出した覚えはないのだが、こんな不気味なことがあってたまるか。またリビングから、今度は小さくだがテレビの音がする。テレビの音ってなんだよ幽霊とか不審者がテレビ見てるのかよ。

 もう気になって眠れない。というかこの状態のまま寝たくない。ベッドから抜け出し、廊下へひょこりと顔を出してみる。異常なし。リビングの方から、まだテレビの音が聞こえてくる。意を決して扉を開けた。ら。


「あ、遊もう起きたの? まだ寝てなよーもうすぐご飯できるから」

「……お母さん?」 

「誰がお母さん。これは本気で弱ってるなぁ」


 聞きなれた低音が耳に心地良い。さすが我が幼馴染殿。私が呼びつける前に駆けつけてきてくれたらしい。


「弱ってない、し」

「フラフラしてるじゃん。部屋で寝てな。すぐ行くから」


 ずりずりと海鼠なまこのように這いずって部屋のベッドまで戻ると、なんだかすごく安心して、すぐに眠りについた。


 


4.




 熱で意識が朦朧としている中、撫でられる夢を見た。その夢が最近のストレスを全部洗い流してくれるようで、私はなんだか、無性に安心したのだった。

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