少女、送られる
0.
送信者:一くん
件名:どこ?
今どこ
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件名:Re:ここ
校門脇のところ
送信者:一くん
件名:行く
あ、いた。
と言うようなやり取りがあって、帰り道である。
一くんは横で携帯を弄っているので面白くない。すごく面白くない。けど、甘えるような年齢でもないのでなんともなしに辺りを見回しながら……お、この家の犬最近見ないけど死んだのか。それか部屋飼いになったとか?あの犬は私らが幼稚園の頃から居たからもう歳だ。年月が立つのは早い、と確信した。
もう辺りがすっかり暗くなっている。さっきの日暮れが六時頃で、今は七時なので当たり前と言えば当たり前なのだが。
細々としたところは変わっていても、見慣れた光景が視界を流れていく。
「ねぇ」
見慣れた景色があまりに面白くなくて声をかけると、ビクッと肩が動いた。何でそんなビクビクしてるんだ、相変わらず失礼な。ムッとしていると雰囲気で伝わったのか、やっと顔を上げた一くんが、申し訳なさそうにこちらを見た。
「今日のこと、ごめん」
「ん?」
今日のことって、国語科研究室での一件か!すっかり忘れていた。いや、忘れていたわけじゃないが、一くんが原因だ、と責任全て擦り付けてあの場を去ったのは忘れていた。去ったというか、逃げたんだけど。最低だな私。精神年齢的には、年下相手にフォローもなしか。どうにも、自分の精神年齢は事故の時から止まっているような気がする。小さい頃の方が、よっぽど大人びていたのではないかと思う。この幼稚。なすび。でべそ。
ひとしきり自分を罵倒しながら、一くんの方を見る。
「ごめん」
「いや、副会長が何か怒ってたりしたの?」
「ううん。期待外れって言ってたけど」
「それだったら別にいいんじゃない。一くん頑張ってくれたんでしょ? ありがと」
「でも!」
「それに私も気づかなかったから落ち度あるし。ごめん」
期待はずれとは、嬉しいようなむなしいような。
二人で僕が、いやいや私が、とやり取りを繰り返していたらすぐに一くんの家になってしまった。隣だから私の家もすぐそこだ。
「あ! そう言えば借りた本返すのと、母さんが顔見たいってうるさいからちょっと家寄ってく?」
「うん」
一くんのお母さんって意外とアグレッシブで、付き合うのにものすごく体力がいる。だから最近はすこーしご遠慮してたんだけど、悪いことしてしまったかもしれない。
無言で玄関、廊下、廊下、廊下、そしてリビングを通る。
一くんが、扉に、手を、かけて。
「そうでしたか。佐伯意外と可愛いところもあったんだなぁ」
「学園では一がそんなだったとはね」
「「え」」
驚愕。
1.
「一、帰ったならただいま位言いなさい」
「佐伯おかえり。邪魔してるぞ」
「た、ただいま……何故九蔵先輩がここに?」
(攻略対象が家にも潜んでるってなにそれ聞いてない!)
談笑している、一くんのお母さんと、そしてもう一人。
去年の生徒会長、現在は大学一年生、もちろん美形である。性格的特徴は俺様……で、弱点は姉二人と妹三人。名前を九蔵良弥。最大の点は攻略対象者だということだ。
本日三度目の攻略対象者との邂逅に少しうんざりする。ちなみに先生と一くんをいれれば、今日だけで五人の攻略対象者たちと顔を合わせていることになるというのだから、もうどうしたらいいのかすらわからない。なんてことだ。私の精神をがりがりピンポイントで削ってくる。
あまりの事態に精神が疲弊しすぎて、無性に一くんに八つ当たりしたい気持ちをぐっと抑えた。ここで引いたら二の舞である。
「佐伯くん、私帰るね」
「(この人も遊の地雷か)あぁ、うん、分かった」
「ん? 横に居るのは佐伯の彼女か?」
ば れ て た。
後ろにいたからギリギリセーフで帰れるかという思いも虚しく散る。ふつうにばれてた、と軽く絶望した。しかし、彼女とかあり得ない。ほかに言いようもあっただろうに、あり得なさすぎて思わず真顔になる。これじゃ動揺しているみたいで、相手の思うつぼだと思うと悔しくてしょうがなかった。まぁ、私は表情にあまり出ないらしいのでそれにかけるしかないか。
しばらく脳内会議をした後に現状分析をしてみる。私と一くん母と一くんと元生徒会長。一くんそういえば失恋したばっか。九蔵良弥も失恋したばっか。そんな今日、九蔵良弥がなぜここにいるのか想像もつかないんだが、私にどうしろというのだ。なぜ、久しぶりに訪れた佐伯家に毛に九蔵良弥がいるのか。なぜよりによって今日!
あぁ、問題ごとの予感がする。いやな予感しかしない。
「ゆう」
「と、とりあえず部屋に行きましょう!」
食い込みぎみに提案する一くん。危ない、一母に名前を叫ばれるところだった。ナイスフォロー過ぎて、なんだか涙まで出てきそうだ。
でも一君、一母めっちゃ悪い顔してるのでこれは絶対に今度会ったら色々聞かれるぱーたんだよ。ほんと、言い訳どうしよう。何から対処したら……!
「おーう」
「小宮さんどうしますか?」
さすが一君、帰るかどうかの確認をすることで逃がそうとしてくれているんだろう。あぁでも、ここで一くんだけにしたらどんなことしゃべるんだろうか。信頼してないわけではないけど、私のこととなると余裕がなくなるのが一くんなのだから。一応、自覚はあるわけで。
「えっと、私もご一緒して良いですか?」
「九蔵先輩、良いですか?」
親の手前何も言えないのか、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした九蔵良弥はにっこりと胡散臭い笑みを貼り付けて、こちらに手を差し出した。
「もちろん喜んで?」
その手はどういう意味なんだ。なんだか背中がむず痒くなるからやめてくれ。それに背後の一母がひどいことになってる。般若の顔してる……。
「えっとじゃあ案内します」
あとから思えば、私はこの時真っ当な精神状態ではなかったのだ。
不安に駆られて悪手をとってしまったことに私はまだ気づいていなかった。