少女、見つかる
0.
(大変なことになってしまった)
国語科研究室を出て、一くんがなんとかかんとかやって終わるまで、何処か隠れる場所へと移動している時の事だった。
今、私がいるのは中北校舎と高南校舎の境目だ。
この学園は中高一環で、中学と高校が並んで設置されているから案外広い。並んでいる、と言っても背面合わせだし、校舎裏にはテニスコートがあってそれを区切るように木が植えてあるから、簡単な行き交いは出来ないようになっている。だからいじめにありがちな後者裏に呼び出しは、テニス部に見つかるので絶対に無いのである。噂では、学園側がそういうのを考慮してテニスコートを作ったとかいうものもあるけれど、真相はわからない。まぁ、うちの学校派閥はあれどいじめなんて馬鹿な子達は少なくて、勉強熱心でイベントに熱いといういい子ばかりなので、その点では一くんのことに関してもあまり気にする必要はないかもしれない。入学一年目の私が言うなって話ではあるのだが。
ただイベントに熱いというだけあってこの前の恋愛劇なんかは生徒会がってことで一部僻みはあったけど、その数倍盛り上がってたし、面倒ごとに巻き込まれるのは必至だ。今日は、ちょっとバレちゃったけどやっぱ隠しとこう。
そういえば、四月から教室中その話題で持ちきりで現場なんか直で見るとステータスみたいになったりしてたし、だから私も傍観生活なんて始めてハマっちゃったんだっけなぁ……馬鹿なことしたかなぁ。
閑話休題。
ふぅ、とひとつ息を吐き出して、木に手をかける。この校舎の境目は木が植えてあるといったんだけど、常緑樹の大木に何故か梯子がかかっていて、その上に登って枝まで進み隠れることできるのだ。ここ、案外穴場で最近まで気まぐれにイベントを見たりするのに使っていたから、勝手知ったるなんとやら、である。
いつもの場所に登りきると、後は一くんから連絡がくるまで本でも読んで待てばいい。
日が暮れ始めた木の上からの景色はなかなか良い眺めだ。久しぶりに乙○さんの作品を読み返している。この人の書くホラーって思わず背後を確認したくなる怖さだと思うんだけど、趣味の合う人がなかなかいなくて困ってる。周りにはグロオーケーで、ホラーはダメな子が多いんだ。グロとホラーなんてどっちも同じようなもんじゃないのかと私は思うのだが、彼女らが言うには違うらしい。
暫く読み進めていると、上でガサガサと音がした。読んでいる本が本なだけあって、悪寒に襲われ、背筋が氷る。
風は、吹いていない。
雲は空に一つも浮かんでいない、まごう事なき快晴。夕日が眩しい。最終下校時刻を過ぎている後者裏の木の上。
やまない、ガサガサ音。
「誰か……居るんですか?」
通常運転、学校用気弱バージョンでそろりと上を見上げた。
1.
「だから、ねっ……僕、失恋、しちゃったみたいなの」
うるうるとした猫目に、どんどん涙が溜まっていく。可愛らしいその容姿は、天使かと突っ込みたくなる美しさである。なんか、性格はともかく、一くんの小さい頃に似てると思う。あれ、背景に花が咲いている。あぁ、標準装備ですかそうですか。
「……そうでしたか。えっと、気の利いた言葉がいえなくて申し訳ないんですが、心中お察しします」
「……んっ」
「これもどうですか? 甘いですよ」
「ゔっん、ありがとう」
現在のわたくしの状態。
木の上にて、中等部の制服を着た男の子と簡易お菓子パーティーを開いている。以上。
彼のまとまっていなくて、その上容量を得ない話にを要約すれば、天使と間違えてしまうような美貌を持つ少年はつい先ほど失恋したばかりで、しょげているところを見られたくなかったので木の上に登っていた、らしい。
……お察しの通り、この子は唯一中等部在籍の攻略対象者、名前を光明寺智行と言う。最終下校時刻過ぎてんのになんであの副会長といい学校にいるの?なんなの?
そういえば名前を聞いてなかった。ボロが出るとも限らないので聞いておくか。チ○ルチョコの包みを開けながらなんともなしに問う。
「そういえばキミ、名前はなんて言うんですか?」
「えっ。僕の事知らないの?」
「……すいません」
思わず涙も止まった、というように目をまん丸にしてこちらを射抜く視線。しまった、学園では彼の名前は知っていて当然だろう……選択をミスった。こんな事なら、名前は聞かなくても良かった気がしてくる。
どう繕おうか頭で考えていると、パッと光明寺くんが立ち上がった。おいおい危ないな、木の上なんだけど。
「僕の名前は光明寺智行! 中等部の三年生で、生徒会長してますっ! おねーさんの名前は?」
最後ににっこり笑って手を伸ばされた。だから木の上じゃ危ないって。というか、本名言うぱーたんですかこれ。ぱーたんなんですかこれ。何それ笑えない。
相変わらず差し出された手は私の前で静止している。バランスとりながらだとその姿勢大変じゃない?あ、だんだん震えてきた。ぷるぷるだ。
そしてぷるぷる震えた手を差し出しながら、光明寺くんは涙目でこちらを見下げた。
「お、お姉さんの名前は?」
「遊ぶです! 字を遊ぶと書きます」
もういてもたってもいられなくて叫ぶように字面だけ説明する。叫ぶように、は大げさか。私はこの手のタイプのショタに弱いのだとはじめて知った。こう、母性本能をくすぐられるというか。なでたくなるというか、子犬のような可愛さというか。……この子、ゲーム唯一のヤンデレキャラなんだけど。
「あそぶ、ちゃん?」
「あぁえっと」
その言葉に否定も肯定もせずにいると、間髪いれずに携帯が鳴った。一くんからのメール音だ。まさにグッドタイミング、一くん。
一応携帯を確認する素振りをして、申し訳なさそうにみえるように光明寺くんをみる。
「あっ、すいません。家からもう帰って来いって……最後まで相談に乗れなくて残念なんですけど」
「いや、僕も気が楽になったし……下校時刻過ぎてるのにごめんなさい。助かったよ! おねーさんありがとまた遊んでね!」
「あ、えっとそれじゃ!」
うやむやに成功しました。すげぇ私。やればできる子。自画自賛を繰り返しながらふと湧き出た疑問に首をかしげる。……そういえば、光明寺くんはなんでこの場所を知ってたんだろう。
2.
小さくなっていく影を目で追う小柄な少年は、口元ににやりと笑みを浮かべる。
「あそぶちゃん、ね。あの子がたまーにここから覗いてた子で間違いないよね。うん」
「何が狙いなのか、気になるなぁ」
呟いた言葉は、誰かに聞かせるというよりは思わずこぼれたといった風だ。
「あ、まだここにいたんですカ? ちゃんと下校時刻までに帰ってください」
「うんごめん。あ、あのさーそのうち頼むことがあるかもしれない」
「内容によりますネ」
その時、ちょうど通りかかった長身の人物が智行に声をかけた。応対した少年の態度はどこか慣れた様子を匂わせる。
中等部三年、生徒会会長、光明寺智行。
好物を前にした時のように目を爛々と光らせた光明寺は見かけの割に意外と曲者のようだ。
うやむやどころか完璧にばれているということに気づいていない遊である。