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転生少女は傍観できない  作者: 月月月
一章「巻き込まれた少女」
19/21

少女、休憩時間

0.




 年金問題が、少子高齢化が、とテレビの中でおじさんが騒いでいる。いつの時代も、メディアが事実を捻じ曲げながら、一部を主張し続けながら人間の知識欲を煽るのは変わらない。それを横目で見ながら、私は鍋の中をぐるりと掻き回した。

 赤いスープに、人参やじゃがいもがごろごろ転がり、肉は食べ盛りに合わせて三種類入ってる。塊肉と厚切りベーコンと細切れが煮込まれるそれを見ると……うん、ちょっと味見しちゃお。こんな夜遅くなので私は食べないけど、一くんはいくらヘタレで中身があれでも一応現役高校生だから食べなきゃ死んじゃうだろう。ただでさえ細い筋肉しか付かないのに、もっと食え細過ぎなんだよ!将来運動することのないデスクについてエリートまっしぐらかと思ったらデスクワーク忙しくて運動できなくて脂肪溜まればあいんだあんな奴。

 ちょっと取り乱した。今夜は、ボルシチだ。わ、私は食べないけど、絶対食べないんだから。……ちなみに具材はビーツとサワークリームとベーコンがうち持ちで、あとはこの前シチューを作った時に余ったという一くん家の具材で作っている。あざーす。

 最後に半分にきったキャベツをばさっと入れる。しんなりするちょっと前までもう少し煮込むのだ。


「うわ、うまそう」


 背後からぬっと顔が出てきて、ちょっと、いやかなりビビる、けど内心思うに留めた。すんすん、と鍋の方に鼻を寄せて満足そうに目を細める顔が、うわ、かわいい。我が幼馴染様まじかわいい。柔らかい色素の薄い、つやつやの髪はまだちょっと湿ってるように思えた。


「ちゃんと髪乾かさなきゃ風邪引くよ」

「このくらいだったら大丈夫だって」


 ふわふわ、猫っ毛とも言えるだろう髪を遊ばせながら耳元でくすくす笑われる。そんなぞんざいな扱いしててふわふわなの?舐めてんの?って思うけど、それよりも耳元に息と髪の毛がかかって気恥ずかしい。昔はこの距離感もなんとも思わなかったし、この体もしっかり女の子になったんだなぁ、なんてしみじみする。

 ふ、と笑いが止んで体が離れていく。うん、そうしてもらえると心拍数的に助かる。


「僕が先に風呂入っちゃって本当に良かったの?」


 一くん長風呂だもんね。


「時間の節約だよ。今後どうなるか話しておきたいし、そうなると時間は惜しいからね」

「そう。遊は食べないんだよね?」


 ちょっと下品だけどおたまでさっと味を見て、そろそろいいかな、と火を止める。


「食べないよ。八時以降は絶対食べない」

「相当無理してるだろ……」

「黙って。あ、このタッパ分だけ頂戴ね。明日の夜まで寝かせて食べるから。全部食べないでね。で、お風呂入ってきまーす、サワークリーム冷蔵庫ー」

「……分かった。湯船のお湯嫌だったら変えていいから」

「お父さんの洗濯物と一緒にしないでっていう反抗期はもうおわりましたー」

「僕、その立ち位置なんだ」


 一くんが苦虫を潰したような顔でむっとする。流石にこんな美形を捕まえてお父さんとは言えないけど、まぁおんなじようなもんだろう。

 つけてたエプロンを壁にかけて、お風呂セットを取りに客部屋へ足を向けた。


1.




「うおーひろー」


 一くんのお母さんやお父さんはなかなか家に居ないけど、こんなに広いお風呂や使いやすい台所があるのだから、ちょっともったいないな、と思ってしまう。体を洗った後、湯船に使ってふと思う。久しぶりのお泊まりだ。なんでお泊りするのかって原因まで思考が行き着き朝のあれや放課後のあれこれが思い出される。今日は、いろんなことがあったなぁ。

 石井君、どういう思惑で絡んで来るんだろう。双子は興味本位だろうけど、正直言って石井君は議長さんタイプの人間だと思ってた。いくら同じ委員会に所属してる先輩の幼馴染が分かっていたとしても、だからってわざわざ見に行くような野次馬根性は持ってない人だ。なんてったって自分の幼馴染(ヒロイン)が恋愛劇を繰り広げるその横で、野次馬達を見ていい顔をしなかった人だから。張本人が野次馬っていうのはなしな。あの人常にサブキャラとしてイベントに関わってくるから。制作者も徹底したなー、ここまでくると感心してしまう。

 一くんにも、私の重大な秘密をとうとう言ってしまった。なんとなくだけど、親にも言ってないことを言ったと思うと後ろめたい背徳感が全身を包んだ。……結局、信じてくれたな、一くん。


「ふー……」


 落ち着くと、ほおを伝うものがあった。うん、ちょっとリラックスし過ぎたかな、止まらない。


「うぅー」


 一くんにざっくり話した時に思い出してしまった、過去。なるべく考えないようにしてたのに、死ぬ間際を、どうしても考えてしまう。早口でまくしたてたのは、そこに触れられたくなかったから。きっと二、三年前ならもう少し落ち着いて話せたのかと思うと、やっぱり今生の私にとって17歳っていうのは鬼門のようだ。恐らく、秋が一番のピークになるんだろう。いまから考えても憂鬱だ。いや、今から考えてもしょうがないか。

 ひとしきり感情のまま涙を流した後、赤くならないように冷水を洗面器にたっぷり、たっぷり入れて顔をかばっとそこにつけた。うぅ、冷たい。


「しっかり、しないと」


 記憶は記憶なのだと、そろそろはっきりしてもいいだろ、私。冷たい水のせいで、一気に頭が冷えた気分だ。パリッとした思考、このままなら、昔のことが出ても攻略対象者達への対策もうまく考えられる気がする。今ばかりは現実逃避癖も禁止だ。親指の爪を弾くのは、もっと禁止。


「よし、出よ」


 鏡に映った自分の目は、少しだけ赤くなっていた。


2.


 お風呂から出ると、一くんが食器を片付けていた所だった。テレビはいつの間にか消えている。水音と食器を動かす音だけがその場を支配していた。一くんが何かを考えていて無言なのはすぐに分かった。眉間に、シワが寄っていたから。その雰囲気に飲まれて、コップに白湯をついでリビングソファに座る。ふかふかだ。

 一くんもすぐに洗い終わってクッション一つ分開けて座ったけど、しばらく私たちは無言だった。一くんがおもむろにテレビをつけたので、一気に部屋が騒がしくなる。

 一息ついて、白湯を飲んで、一くんに向き直る。


「味、どうだった」

「もうほんとうまかった、ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」


 ちょっとホッとした。煮込みすぎたかなー、とか、久しぶりだったから勘が鈍っていたのかなーとか、結構不安だったんだ。


「なんも言わないから焦ったじゃんこのヘタレ」

「いろいろ考え事してたんだよ年増」

「ととと年増っ!?」

「あれ、だって前世の記憶と今生……」

「チェーーーースト!」


 振りかぶって頭へチョップを繰り出す。避けられる、と思わせてもう一つの手を腹へめり込ませ、よし、水月入った!女性の年齢についてとやかく言う奴も、世の中にはもちろんいる。容姿とか、頭の出来についても軽口でついついネタにすることはあるだろう。でも、私は思うんだ。からかう覚悟は制裁を受ける覚悟がある奴だけだ(過激派)


「ぐっ」

「あんまりお口を滑らせると」

「この、こっちが反撃しないと思うなよ」


 私の拳が唸るぞ。

 決めゼリフを言いかけた途中で悶えていた一くんがのそりと起き上がる。目が完全にイッちゃってた。


「遊の弱点は全て知ってるんだからな!」


 思いっきり手を引っ張られて二の腕に腕を走らされる。そ、そこは……!


「や、やめっ……ヒィくすぐったいやばいやばいやばい」


 脇の下、他の場所は克服できたけどそこだけはどうしても効くのだ、こしょこしょが!うぅ、くすぐったい、つらい、くすぐったいーー!


「そろそろやめんか!」


 痺れを切らしてどんっと体当たりすると、一くんはバランスを崩し転がった。ついでに私も引っ張られて転がった。結果一くんは下になり、私がその上に着地する。いわゆるマウントポジションを取ってしまった。目が合う。これは……


「いたた。遊、本当最近暴力的だよね……」

「この体制が気まずいです一くん動揺してないけど手慣れてるんですか色男ですかお姉さまに敷かれるのが趣味だったんですかこの不潔!」

「僕も気まずいに決まってるのでそういうことは口に出してくれるなお願いだから」


 一息で言うと、呆れたように溜息をつきながら一くんが体を起こした。鎖骨も見えるし、首筋は少し汗ばんでるし、火照った頬は赤いし、こっからの景色、抜群にエロい。男子高校生だというのに一くんエロすぎである。


「あのさ、遊」

「なにー?」

「おりてくんない?」


 目がしっかり合う。

 テレビの中でお笑い芸人がつまらないギャグを飛ばしていた。バラエティってあんまり好きじゃない。


「あっはい」



 降りると、一くんは詰めていたらしい息をゆっくり吐き出した。溜息ついたりとかそんなことばっかりしてるからあなた苦労性なんて言われるのよ主に私に。ちょっと横にずれて正座する。一くんは、伸びていた長ーい足をたたんであぐらをかいた。膝から下長すぎでしょ。


「遊」


 頬に手が当てられる。


「泣いたの?」

「……うん」


 別に隠そうと思ったわけじゃないけど。こういうのって案外分かっちゃうんだなぁって思う。


「やっぱり。カッとなってたんだけど、無理に聞き出したの悪かったと思ってる」

「思ってるなら、これからの生徒会接触回避に全力を尽くして」

「分かった」


 休憩時間はそろそろ終わりみたいだ。第二ラウンドは近い。

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