少女、災難にあう
0.
六月に入ったばかりだというのにもうダウンしそうだ。主に、雨のせいで。雨は嫌いじゃない、でもこの蒸し暑さ、こいつはダメだ。
昨日も一くんの部屋にお邪魔するくらい、部屋が蒸し暑かっのだ。というのも除湿機能を禁止されているので梅雨時、私の部屋は蒸されているのである。エアコンあるだけましと思わなければいけない……だが!
やっぱり蒸し暑い、とにかく蒸し暑い。
面から相手を見据えながら邪念を払うように構える。
「始め!」
「ヤーー」
「痛っ?!」
こちらに倒れ込んでくる人影の動きがスローモーションのように見えた。
相手はこの湿気に脚をすべらせ、運悪くよけられなかった私の手首にちょうど竹刀がヒットする。
体育の授業はあまり好きじゃない、というか嫌いだ。週2もあるなんてもう正気の沙汰じゃないと思う。なんて考えていたバチが当たったんだと、そんな気がしてならない。
みるみる緑、紫、赤黒と変色していく手首を見つめながら、絶対、これからの授業はきちんと無駄ごと考えずに受けようと誓った。
1.
「うわぁ、痛そうだね」
「相手の小手が防御してない部分に当たりました。遠心力つきで」
「想像しただけでぞっとするよ。そもそもなんで初心者が剣道とかやらなきゃいけないんだろうね」
「さぁ?」
ある程度事情を説明しながら傷を見てもらうと、擦り傷と打撲らしい。消毒の上、湿布を貼られた。おお、手首に当たる部分に切りこみを入れてくるあたり手際がいい。いつ入れたのか全く気がつかなかった。
無理無理、こんな痛そうな傷見てられない、それよりも健全な保健の授業増やして、などと体育が必修な理由なんて先生の方がよく知っているはずなのに、私に言われても困る。
保健医の東梓先生。なかなか忘れられない特徴的な名前だと思うのは私だけだろうか。自称教育実習生、なんてふざける部分もあるがその分取っ付き易く、相談も親身に乗ってくれるので生徒からの信頼もアツい、何より美形。
つまり攻略対象者だ。
唯一の年齢不詳キャラだが、学園で唯一の保健医を務めるくらいだからたぶん結構年いってると思う。あーでもううん、見破れない。
教師って職業病なのかあんまり年齢を晒さない人が多い。若くても老けてても舐められる要因になるからだろうか。たまにネタにしてる先生もいるにはいるがこの学園では少数派だ。
「なんか今失礼なこと考えなかった? あ、こっちのカードに記入してね」
「はい」
黙々と書き込む。あまりここには来たくなかった。攻略対象者とかそういう区分を置いといても保健医の先生って、なーんか苦手である。記憶では小学校の頃も、中学の時も、保健室には極力行かないようにするような子供だったし、転生してからもそれは変わらない。
「これでいいですか?」
「小宮さんか。保健室くるの初めてだよね」
「はい、まぁ」
あやふやに返事していると、もしかして保健室嫌い?と聞かれる。ゲッ。
なんでわかるんだ妖怪サトリか。
「いえ、そんなことはないですけど」
「けど?」
「あまりこちらに来る機会がなかっただけです」
「ううん、でも五月に教室で倒れたのって小宮さんだよね。今度またそんなことがあったら困るし、来づらいなら教えて欲しいんだ」
「はぁ、あの時は自覚がなかっただけなんで、辛くなったらきちんと来ます。というかちゃんと休みます」
いちいち保健室来る生徒の名前覚えてるのかと思ったら、つまるところ、五月の教室で倒れたあの件から保険医としては気にかけていたと。確か、親が来るまで寝てたのは教室からも校門からも近い職員室だったと記憶している。それがまた先生を勘ぐらせた結果になったんだろう。
「うん、それなら良いんだけど無理しないように! はいこれ保冷剤」
「ありがとうございます」
「また面倒だろうけど帰りに返しに来てねー」
「はい」
2.
と言われたから来たのにこれはどういう状況だ。
「真奈美、ちゃん?」
「あ、遊ちゃん!?」
「今の、」
「私もう行くから。ごめんね、また!」
なんだあれ。目の端に止まったのは、涙?
今さっきの状況って、先生と真奈美ちゃんが、キス、キスしてた……でも真奈美ちゃんって前副会長と付き合ってたんじゃなかったっけ。
あまりの出来事に途切れ途切れの思考をつなげる。あ、名前呼びなのはただ単に委員会一緒だっただけなので友達とか深い関係()ではない。あしからず。
「小宮さん。保冷剤だよね」
「あ、はい」
「ありがとう。たまーに返さずにトンズラしちゃう子がいるからさぁ」
「そうなんですか」
こちらは普通、普段通りのようだけど、この違いはなんなんだ。EDが終わったあとも現実が続くのは、これまでの二ヶ月でわかってたつもりだったが、浮気はダメだろ真奈美ちゃん。……ゲームで二股ルートなんてなかったはずだ。もしかして、前副会長が大学に進学してしまったから、寂しくて、とかそういう事情で?ありそうありそう。この一年間、天然ながら片手で足りないかずの男を翻弄してきたんだから、そりゃ本人にその気がなくても寂しそうにしてたら慰めたくなっちゃうんじゃないだろうか。
たとえば、目の前のこの人みたいに。
「事情、聞いてもいいですか」
「いやぁちょっと無理かな。後さっきの事は黙ってて欲しいんだ出来れば」
「さいていきょうし」
「ん?」
「分かりました」
笑顔を絶やさない保健医を尻目に、そのまま保健室を後にする。なんだかもやっとした疑問が残った。ううん、このもやっとした感じ、前も体験したことがあるような。




