序章
※小説家になろう内の他作品に酷似しているという指摘を頂いたため、序章内の内容を改稿させて頂きました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
0.
「はじめまして! 僕は、最近こちらに引っ越して来たさえきかずって言います。よろしくね」
「う」
「ん?」
「……! はっ、はじめまして! こみやゆーきです! 三歳です!」
「あは、ちゃんと自己紹介出来て偉いね」
片や五、六歳ほどの美しい少年が花の顔に笑みを浮かべて少女を見つめている。片や少年のあまりの美しさに見惚れたのか、どもつきながらも自己紹介を終える三歳ばかりの幼女だ。
少年に対して幼女はふるふると首をふりながら、ぺこりという音がつくような勢いで頭を下げる。その様子を見て思わずと言ったように、ぽんぽんと少女の頭を撫でる少年……この二人のやり取りは、傍からみれば大人の真似事をする子供達。おそらくどんなに厳ついおっさんでも相好を崩すような癒しの光景だろう。だが 、
(おぉ、美少年……にしても精一杯背伸びしてる感じが可愛いな)
外見と中身が一致するとは限らない。
少女こと、小宮遊には秘密がある。
彼女は、外見は三歳中身は十七歳(ちょっと捻くれ気味)の、転生少女だった。
1.
とある学園の南校舎の屋上で、にやりと笑う人影。今日が終われば、スリルのある娯楽に溢れた日々は終わってしまう。それを少し悲しく思いながら、影は決して目立たないように複数固まっていた人ごみにまぎれた。
学園の南校舎の屋上、そこから見えるのは中庭では、学園で名物である生徒会と、その他各教科教師などの美形たちに取り囲まれる少女の姿だ。
「あぁぁああのっ! その、私も副会長が…好き、です……っ」
顔を赤くし、若干色素の薄い茶色の瞳を瞬かせ潤ませながら、一大決心とばかりに紡がれた愛の告白。少女が紡ぐその姿は、さながら蝶のように可憐で、可愛らしく、美しい。
「……え?」
それに対して呆然とする、こちらは子犬のように可愛らしい少年。少女と背もあまり変わらないように見える少年は、まさかというように目を見開いた。
「いや、だから、そのっ、副会長が好きなんです!」
「……君が? 僕を?」
「さっきからそう言ってるじゃないですか……」
未だ信じられないと言う顔をした少年と、何回も確認させられ恥ずかしさに赤面、声もだんだんと小さくなっていく美少女。
その様子にようやく我に帰ったのか、少年の顔に喜色満面の笑みが浮かぶ。目には心なしか歓喜の涙を溜めているようにも見える。
「……! …………! 嘘だ、信じられない! まさか、まさかこんな事があるなんて」
「わっ」
勢い余ってお姫様抱っこの攻略対象者と、それを受け入れる世界の主人公。
中庭で繰り広げられた終幕に近い恋愛劇。一年かかった大掛かりなこの劇もようやくクライマックスを迎える。
主人公を取り巻くその他の面々は、その幸せそうな姿に、やっていられない、とその場から去って行った。
彼らはたった今、舞台の端役と成り果てたのだ。
そして、本作はこの恋愛劇の
「おおー。エンドは副会長ね」
その端役にも至らなかった傍観者が、油断している隙に舞台へと押し上げられていく物語。
野次馬の中から一人、満足そうに少女は抜け出した。
2.
この世界が乙女ゲームの世界だと気づいたのは、少女が小学四年生の時の事だった。
「ねぇ、僕のどこがダメだったのかな。ちょっと聞いてんの? お菓子ばっか食べてないで聞いて……おい、おいこら」
「はいはい可哀想に。振られちゃっても次があるよどんまい!」
「"可哀想"を強調しないでくれる?」
「黙れヘタレ」
「かっわいくない……!」
先ほどの恋愛劇から少し経った放課後の夕暮れ時。とある学園の国語科研究室では向かい合ってお菓子を食べている男女がいた。
柔らかな容貌をした青年と、無表情なのに笑みをかみ殺した様な声音で器用に青年を小馬鹿にする少女。これがまさか冒頭の愛らしいやり取りを繰り広げた二人だと、何人が気づけるだろうか。
睨み合いが続き、観念した様に青年が口を開こうとした瞬間……がちゃり、ドアが開く。
廊下の足音を察していた少女は素早く机と本棚の間に隠れた。なるほど、これでは入り口からは少女の姿は全く見えない。
対して青年は堂々と腰掛けて、いかにも今まで一人本を読んでいました、という体を装う。青年は目線を上げずに柔らかな声音であらかじめ決まっていたセリフを読み上げた。
「今、国語の武口先生は不在ですよ。伝言なら僕が預かっておきますが」
「俺が武口先生だよ馬鹿生徒会長」
武口先生、と自称した二十代半ばの男は、ため息をつきながら躊躇いなく国語科研究室に足を踏み入れる。相手が武口だと安心したのか、少女も姿を見せた。
「あ、先生お疲れ様です」
「なんだ武口先生。焦って隠れちゃいましたよ」
「君たちは国語科研究室を溜まり場にするのいい加減やめないか」
「「嫌です」」
武口の言葉に二人がハモる。少女が嫌そうに顔を歪める。
「……チッ」
「僕だって遊となんてハモりたくなかったよ」
「黙れロリコン」
「それ武口先生だから。僕じゃない」
「あぁ、ごめん一くん」
納得というような顔で頷き、憐憫の目を武口に向ける少女。目が雄弁に少女の心情を語っていた。
武口は怯んだ様にうっと声をつまらせると、ぎこちなくその場にあった椅子に座る。
「俺は、ロリコンじゃない」
「「まさか」」
どことなくか細い否定に、再びハモる二人。しかし、今度はにらみ合うようなことはなかった。
武口は、先ほどまで中庭で演っていた恋愛劇の敗者である。恋愛劇の主人公は少女と同じ16歳だから、10以上の差があるのだ。ロリコンと言って十分差し支えないだろう。……敗者と言うならば呑気に菓子を食べているそこの青年もなのだが、この場合同年代なのでロリコンの汚名は着なくて済んだようだ。
「そこでハモるな。……ほら、さっさと帰りなさい」
「え? もうそんな時間?」
少女が壁にかけてある時計を見れば、とっくに最終下校時刻の夜七時を過ぎていた。ここで強制的に帰れという言い方も出来るのにしないのは、武口の思いやりである。
「あーそうっぽい」
空返事の青年が気に入らなかったのか、不貞腐れたような顔をして少女が腰を上げた。青年も仕方ない、とでも言う様に立ち上がる。
「遊、もう用意した?」
「まだだけど」
「送ってくよ。僕は荷物もうここにあるから、荷物取っといで」
そう言えば機嫌が直ったのか、無表情ながらに少女の顔が綻んだ。そのやり取りを見つめながら、武口が仲が良いなと茶化し、また二人はいがみ合う。
国語科研究室は言わば陸の孤島であり、人はめったに近寄らない。だからこそ、少女も、青年も、ついでに武口も油断していた。
この時点で、少女の平凡な生活が終わっていたことなど誰も知らない。
3.
武口先生は煙草を吸うと言って出て行ってしまったので、話し相手も居ないし遊と帰る前に次の会議のレジュメでも通し見しておこうか、と書類に集中していたからその直前まで気づけなかった。
がちゃり、と、扉の開く音がする。
音のした方を見て、僕は眩暈がするような心地になった。
「生徒会長が名前呼びする女子かー……」
「なんの事かな。真澄、まだ残っていたのか」
生徒会に副会長は二人いる。そのうちの一人、図書委員会のオブザーバーを務めるのが今、国語科研究室付の書庫からでてきた少年……香夏真澄だ。にしてもなんでこいつ最終下校時刻過ぎてんのにこんな平然としてんだ。……僕が言えたことじゃないけど。
「え、さっきまでいた女子生徒の事ですよ? しらばっくれるなんて会長らしくないです」
なんとか当たり障りの無い言葉で返そうと思案していると廊下から聞こえる足音。あぁ、なんか、マズイ。
「……まさか」
「生徒会長振られちゃって、可哀想に」
「さっきの話聞いて」
「生憎、盗み聞きは得意なんです」
「いやだめだろ」
足音がたぶん、扉の前で止まった。おい、今はきちゃダメだ。あぁ、僕にテレパシーが使えたら良かったのに!?!
この後、幼馴染からどのような罰が待っているかなんて考えたくもなかった。
(……遊、生徒会に関わるの極端に嫌がってたもんなぁ)
中で仕事をしているであろう武口に配慮したのか、音も立てずに開かれた扉。素早く見慣れた顔がこちらを覗く。
「一くん、準備できたー……お邪魔しました失礼します」
入ってきた少女、遊は国語科研究室を真顔で見回して、扉を閉め、れなかった。
僕が止める前に、真澄が前へ出て遊の腕をぐい、と引っ張る。
「へぇ、さっきのはこの子?」
固まる遊。にやりと笑った真澄の顔が、遊(と僕)を絶望へと突き落とした。
「おーい、二人とも鍵占めるからでて……取り込み中だったかすまんな」
固まる遊、青ざめる僕、嗤う真澄、何故か申し訳なさそうな武口先生。
カオスだ。物凄く混沌とした空間だ。早く逃げ出したい。
(常に鉄壁の無表情を誇る遊の顔が崩壊(当社比)してるどうしてくれんだ真澄……!)