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New Testament  作者: 巫 夏希
第五章 真実を追い求める者
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9

「……神憑きについて話すことが出来ないのは、何も君だけというわけじゃあない。私自身の弁護のために、それだけは言わせてもらうよ」


 男はそう言って、ふと何かを思い出したらしく、顔を鷹岬の方に近付けた。


「そういえば……名前を乃木さんから聞いていたりは」


「してない、です。そもそも本当は今日来る予定だったらしいんですが、用事が入っただとか」


「先輩も忙しそうだねぇ……。ま、虚数課の僕と比べちゃ野暮ってもんだけれど。だって一日一件あるかないかだから」


 そう言って男は一回咳払いした。


「僕の名前は信楽瑛仁、この虚数課の課長を務めているよ。そして、君をここまで連れてきたのは課長補佐の八牧さん。彼もアカシックレコードに近いものが見られるらしくてね……まぁ、僕ほどではないけれど、変わり者だよ」


 信楽はそうシニカルに微笑む。


 そもそも、変わり者とは誰を基準にしているのだろうか?


 オカルトに関係ない人間――例えば鷹岬や乃木のような、一般部署の人間だ――を基準としているならば、それは正しいと云えよう。


 だがしかし、彼は何を基準にどの尺度で比較しているのかとは述べなかった。確かにそう簡単に話すわけでもないが、だからといってそういうものを蔑ろにしてもならない。


「話していただきありがとうございます」


 しかし鷹岬はそんなことは特に関係ないとして、ただ信楽に謝辞を示した。


「うん。だがね、お節介かもしれないが、これだけは言わせてもらうよ。……このまま踏み込んでいけば、必ず君は死ぬ。絶対にだ」


「……もしかして、脅しですか?」


 鷹岬は肩を竦める。対して信楽は小さくため息をついた。


「脅しではない。予言だよ。それも必然的に訪れる、ね」


 それはもはや予言というよりかは命令に近い。それを言うことで、その通りに動いてしまうのであった。


「必然的……ですか」


 鷹岬はそう言って立ち上がる。


「本気にしていないようだね?」


「本気にしていますよ。しているからこそ、恐ろしいと思う。やっぱり一番恐ろしいのは妖怪でも幽霊でもカミサマでもない、ただの人間なのですから」


「確かに、それは一理ありますね」


 信楽は頷きながら答え、鷹岬の意見に賛同する。


「人間が恐ろしいのは確かに間違っていません。人によってはそう言う人も居ます。でもね、やはり一番恐ろしいのは人間じゃあない。恐怖を消し去るには無理な話だ」


「……ならば、恐怖を消し去る方法はない、と?」


 鷹岬は最後に事件とはまったく関係のない質問をした。これはあくまでも、彼の興味の範疇だ。


「恐怖を消し去る方法? そんなものありはしないよ。精々宗教の信者みたく『信じれば救われる』を延々と考えたりすればもしかしたら出来るかもしれないがね。あとは、正解とは若干ずれているような気もするが、別の恐怖でその恐怖を塗り潰す、というのも考えられるだろうね」


「別の恐怖、」


 鷹岬がその単語だけを改めて口にすると、信楽は床に置かれていたキャビネットを手にとる。


「……それは?」


「呪いのゲームの被害報告、ってやつだ。『そのゲームをプレイした人間は死ぬ』ってな……。何とも現代風の呪いだよ。こんなものは他の部署ではあまり取り扱わない……というか腫れ物のように扱うからなぁ……。おかげで私たちは食いっぱぐれたり給料泥棒とか呼ばれなかったりするわけだ。一つの仕事でも、とても重要だぞ?」


「呪いのゲームなんて……本当に存在するんですか?」


「このゲームはただの出鱈目だよ。何故このようなゲームを作ったのかは知らないが、少なくとも『呪い』という単語だけで説明出来る程柔じゃあないのは確かだね」


 信楽の言葉を聞いて鷹岬は腕時計を確認した。


「……とりあえず今回は失礼します。また何かあったら教えてもらいますね」


「出来ることならば、今回の事件からは手を切るべきだと思うぞ。命が惜しいのならばね」


「肝に銘じておきます」


 鷹岬はそう言って、虚数課から出ていった。



 ◇◇◇



 だが鷹岬は、その忠告も無視して捜査に没頭した。彼の元々の業務と合わせて、即ち倍の量の業務にあたった。


 この事件の捜査は通常の業務終了後から行う。大抵九時から十時頃には業務を終え、それから捜査資料を吟味しながら捜査していく。時には休日を利用して捜査するほどだった。


 そして年は変わって2016年。


 鷹岬は正月休みを終えた後もそのような二重捜査を実施していた。


「……没収?」


「そうだ。君が今まで手にいれた捜査資料、及び元々君のパソコンに入っている何らかの方法で入手した正規の捜査資料、何れも没収の対象となった。即刻データを刑事部長宛に提出し、コピー等は破棄すること」


 鷹岬が捜査をしていたある日のこと、警察庁には似つかわしくない黒いスーツに黒いサングラスをかけた長身の男がそう言ったのだ。抑揚もなく、のっぺりとした声はそれが人間ではない別の何かではないかと錯覚させる。


「因みに、それに従わない場合は? それと、何故それを行うのか理由も併せてお聞かせ願いたい」


「一つ目の質問の答えとしては解雇処分となります。それ以外は認められません。二つ目の質問の答えとしては、その質問に答えることは出来ません」


 やはり抑揚のない声で答えた。


「刑事部長に提出すりゃあいいんですね? まぁ、解りましたよ。流石に公務員クビになるってのは再就職の時手痛いですからね」


「ご協力、感謝致します」


 そう言って黒いスーツの男はその場を後にした。


 鷹岬はそれが居なくなるのを確認して、


「そんなことするわけないだろうが」


 と乱暴に呟いた。


 鷹岬は表向きには捜査資料を提出し、刑事部長へ誠意を示した。しかし裏ではデータを消すことはせず、なお調査を続けていた。


 真実をうやむやにしてはならない、それは鷹岬が思っていた信念であった。例え圧力があったとしようとも、それには決して屈しない。鷹岬はそれこそが正義だと思っていた。


「……あなた、やはり資料を持ち歩いていますね? 消しもせず、捜査を切り上げることもせず……その呆れるほど愚直な点については褒め称えましょう。ただ、それだけに過ぎませんがね」


 だから、鷹岬は二回目の訓告を聞いたときはそれほど慌てることもしなかった。


「馬鹿な、早すぎる……。ここまで早く見つけられるわけがない!」


「『闇の警察』を舐めちゃいけませんねえ……。そう簡単に私たちの目は誤魔化せませんよ。たとえ刑事部長のような目が節穴な連中は騙せたとしても、ね」


 そう言って男は拳銃を取り出した。


 そして容赦なく、彼は銃弾を鷹岬の心臓に命中させた。


「な…………」


「あなたは知りすぎました。近付き過ぎたんですよ、計画に。まぁ人間の分際でここまで調べられた、というだけでもすごい話だ。胸を張ってもいいだろう。尤も、生きていられるならば……の話。残念だ、本当に残念だなぁ」


 そう言って男は鷹岬が座っていたデスクにあったパソコンのハードディスク目掛けて銃弾を放った。


「これで終わりかな。あー、すごくつまらない。ここをすることで問題なく歴史は動き、計画も完遂する……とか言っていたけれど本当かね。どうも違う気がしてならないね」


 男はそう言って、口笛を吹きながら、その場から立ち去っていった。



 少しして、誰かが姿を現した。


「……ったく、お前の意見にも結局耳を貸さなかったって訳か」


「先輩、まさかここまで彼が固い意志を持っているとは正直思いませんでした」


「アカシックレコードに、そのような事実は載っていなかった……とでも?」


 その言葉に男は何も反応しない。


「……まぁいい。こいつを何処かに連れ出すぞ。問題はないよな?」


「先ずはそれをしなくてはなりませんね。警察庁で殺人、しかもその被害者が警察官……あまりにも厄介なことでしょう。見つかってしまえば一大事。直属の上司であるあなたが直ぐに疑われることになると思いますが、それでも問題ないと言えるのですか」


「……相変わらずお前は回りくどい言い方をする」


「いい加減慣れてください。私たちは『フォービデン・アップル』に対抗するために活動しているのですから。協力せねば、何も結果は生まれません」


「だったらそっちからも歩み寄ってくれると嬉しいんだがね」


 そう言って男は鷹岬の身体を背負った。


「不味い、もう身体が冷たくなりはじめているぞ」


「……それじゃあ、行きますか」


 パチン、と男は指を鳴らした。


 それから直ぐ、男たちは忽然とその姿を消した。


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