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「でもどうしてルーシーにしたの?」
メアリーは何処と無くフルに疑問を抱いていた。
今回の体制を考えたのはほかでもないフルである。だからこそ、メアリーは気になったのだ。
配置は以下の通りだ。先ず、メアリーとフルが城内の探索を行う。ルーシーは王の間にて待機、奥にある王の寝室への侵入を防ぐ。そして、殿ともいえる立ち位置にいるのがシルバだ。彼の立ち位置が一言で言えばそうなる――つまり彼の守護する場所が陥落すれば今回の任務は失敗し、リュージュは命を落とすこととなる。
だが、考えてもみればその方が世界のためになるのではないか。シルバは頭の片隅にそんな思いがあった。
シルバの知っているこの世界では、最後にフルたちに立ちはだかるのは彼女だ。
つまり、彼女を今消してしまえば、それはフルたちの旅の目的を達したことと同義となる。
「……まぁ、どう転ぶかは解らないがね」
彼はふと忘れていた。この世界この時間軸は彼が居ることで、彼が知るもの――即ち未来から見たこの時代とは少々違ったものとなっていることを。
そしてそのズレは、徐々に大きくなりつつあるということを。
シルバはずっと部屋にいる訳だが、その部屋には一切開けられる窓がない。唯一ある窓は嵌め込んであり開けるのは自力では不可能だ。
この部屋に唯一入ることが出来るその扉は、今シルバが厳重にチェックしている。つまり何人たりとも入ることは出来ないということだ。
だからといって油断は禁物だ。賊はリュージュの正体を知っているのか知らないのかは解らないが、知らなかったとしてもきっとそれなりの実力はあるはずだからだ。
だからシルバは監視を怠ることなくその場を注視していたのだが――。
――そのタイミングは、唐突に訪れた。
背後に虫が大量に動き回っているような、そんな気持ち悪い感覚を覚えて彼は背後を振り返った。
そこには、リュージュが二人居た。まるで鏡に映したかのように見た目が完全に一致していた。
ベッドに腰掛けていたリュージュAとその少し離れた先に立っていたリュージュBはそれぞれいがみ合った。
しかしその膠着状態も、そう長くは続かなかった。
立っていたリュージュBはベッドに腰掛けていたリュージュAに近付くと、その胸ぐらを掴んだ。
顔を近付け、リュージュBは呟く。
「ここまでご苦労様。あとは私の出番よ」
そして。
リュージュBはリュージュAの腹部に躊躇いなく腕を突っ込んだ。右腕の半分が彼女の腹部に沈んでいったが、血は一切出てきていなかった。
そして一通りまぜこぜにして、漸くあるものを取り出した。
それを見ようとしたが――何故かそこでシルバは急激な眠気に襲われた。
眠るまいとしたが、彼が眠るまでそう時間はかからなかった。
彼が微睡みに落ちる直前に、漸く彼はこれが魔術だということに気が付いた。
◇◇◇
「……シルバ?」
次に彼が目を覚ましたのは医務室のベッドの上だった。
その彼を見上げるようにフルたちが居た。
それを見て彼はゆっくりと起き上がる。
「あれ……どうしてここに?」
「記憶が錯乱しているようだな」
彼がその台詞を放ったのとリュージュが医務室に入ったのはちょうど同じ時間だった。
「記憶が……錯乱……?」
「そうだ」
リュージュは微笑んで、頷いた。
「君は賊と戦って勝ち、私を救ってくれたではないか? しかし、魔術を使いすぎて酔ってしまったのだろう。記憶の錯乱もきっとそこから来ているのだ」
そうなのか。そうだったのか、と彼は一瞬納得しかけた。
が、しかしそれでも彼の頭の中に残る靄は消えそうになかった。
これはどういうことなのか? いったいどういう意味なのか?
今の彼にはまったく解らない。しかし今の彼がそれを言ったとしても信憑性があまりにも薄いその事項を真実と捉えてくれるのかが謎だった。
ならばこのまま、黙ってしまっていた方が得策なのだろうか? だとしたら今度は遅れれば遅れるほどその情報の信憑性は低下する。
「……どうした? 顔色が悪いようだが」
リュージュから言葉がかかって漸く彼は我に返った。
――それはきっと夢なんだ
彼は、後から思い返せば言い訳のようなことを思い、一先ずそれを考えるのをやめた。
◇◇◇
ガラムド暦2115年。
それはリリーが『発表会』と言った日のことだ。
その日の出来事は、あまりにも多すぎて殆どの人間が覚えていなかった。殆どの人間が理解出来ていなかった。
レイビックが覚えている一日のフローを事細かに調べたとしても、その全容を把握することは非常に難しいだろう。
先ず、リリーら幸科研が発表したのは家事代行を行うロボットの存在だ。
ロボットというのは開発が容易であっても発表は非常に難しい。何故ならば一歩間違えればその研究にケチをつけられる可能性があるからだ。
研究は非常に厄介なものだ。慎重に他の研究と精査していかなくてはならない。
しかし、一言で言うならば。
リリーたちの発表は内容も仕方も完璧だった。
だが。
中盤になり、一発の銃声が鳴り響いた。
その音は来賓のエイル・リフィーの居た場所からだった。
彼女は、心臓から血を流し倒れていた。
リニックたちは異変を感じ、壇上へと上がった――その場所でリニック・フィナンスが忽然と姿を消した。
たったそれだけのことだった。
◇◇◇
上下左右、どこを見ても真っ白な空間にリニックは立っていた。
思えばどうして彼はここに居るのか、まったく解らなかった。ただ一つ言えることがあるとするなら、ここは彼の知る場所と合致する場所では無いということだ。
「どこだよ、ここは……」
リニックがそう辺りを見渡していたのだが――そこで、足音が聞こえた。
その方向に急いで振り返る。すると、そこに居たのは白いワンピースを着た少女だった。少女の目は赤く、リニックより背は少し小さい。
少女はリニックを見てひとつため息をついた。
「やれやれ……また失敗してしまったというのか。オール・アイめ、何処までも私に楯突くつもりだ……」
「あ、あの」
「ん? あぁ、こちらの話だ。気にしないでくれ……などと言えることが出来れば気が楽なのだがな。生憎君は結果として現れてしまっている。まったく、残念な話だ」
少女はリニックの言葉を聞いているのか、はっきりとは解らなかった。リニックの話を無視して進めているのだから。
「……まぁ、先ずその壮大な話を始める前に自己紹介と行こうか」
そう言って少女が指を弾いた。
ただ、それだけだった。
なのに。
一瞬にして世界が草原に変化した。紛い物などではなく、鼻を草の香りが抜けていた。
草原の中央には椅子が二脚とテーブル、それにパラソルがあった。テーブルの上にはティーポットと二つのティーカップが置かれてあり、ティーカップには紅茶が注がれたばかりのようだった。何故ならまだ湯気が立っていたからだ。
少女は椅子に腰掛け、次いでリニックも座った。
リニックはここが何処だか解らずに辺りをキョロキョロと見渡していた。もし敵の幻影ならば罠が仕掛けてある可能性が高いからだ。
しかし。
リニックは強制的に前を向けさせられた。
「人の話を聴くときは人の眼を観る。こいつは常識のはずだろう?」
そう言って少女は紅茶を一口啜った。
「……あなたは、いったい」
「私の名前は――」
そして。
彼女の口から言葉が紡がれた。
「――ガラムド。この世界を救った人間であり、今はこの世界のカミだ」
彼女の口は、ニヤリと笑っていた。
第四章
完
第四章 完結




