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New Testament  作者: 巫 夏希
第四章 もう一度この世界を。
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24

 レガドール一の港町ラムガスは夜でもその喧騒を留めていた。


 酒場からは大人の笑い声が響き渡り、その傍では露出の激しい女性が胸を強調するポーズをとって男性の目を惹き付けていた。


「ラムガスってこんな場所なのね……というかこの国って治安が悪すぎやしない?」


「この国は『五人衆』というお偉方五名によって政治が執り行われるシステム。他の国とは一線を画したシステムのように見えるけれど、結果はただの無法地帯と変わらないのよ。やはり金をたくさん持っている人間を優先した方がいつの時代も国のためになるし」


 少女の話はとても合理的で論理的だ。


「だとしても何だかね。それが人間の醜い性だと知っていてもそれを無視していたい知りたくない気持ちの方が大きいんだよね」


「それもまた人間だからじゃあない? 人間は見たくないものは見ないか、見ない振りをする。だけれど見たかと訊ねるとそう頷く平気で嘘をつく人間ばかりだ。君はまだ世界を知らない。世界を知らないから穢れも知らない。だが何れは知ることになる。この世界が如何に汚れ、如何に穢れているのかを」


 マリアが純粋過ぎるのは生まれてからずっと『アンダーピース』の世界しか見たことがないからだろう。それはわざとなのか? いや、寧ろこの席にずっとしがみつかせているようにも思える。


 もしかして彼女は――アンダーピースを創った人間だ。そんなことは何か理由があるに違いない。


 尤も、現時点でそれを創始者であるメアリーに聞くには不可能な話ではあるのだが。


「……一先ず、何処へ向かうの?」


「ライトス銀山にある隠し部屋よ。だけれどそこは予言の勇者しか入れないから……」


「お前たち、銀山に向かうのか?」


 不意に声が聞こえ、彼女たちが振り返る。そこには頭を丸めた老人がいた。いや、老人というよりかは中年と言った方がいいかもしれない。彼女たちははじめその風貌ゆえ老人なのかと勝手に自分達の決めたカテゴリに照らし合わせていたが、良く良く見れば血色が鮮やかな肌は皺一つない。それを考えると老人のカテゴリに加えるには少々エラーが生じるだろう。


「銀山はな、誰もが近付いてはならねぇ。それゆえに、まだまだ銀が採れるというのに廃鉱にしちまおうという意見があるくらいだ。おかしな話だろう? 目の前に『最強の硬度』を誇る魔鉱石があるというのに一グラムたりとも採ってはならないんだ」


「その話……詳しくお聞かせ願えませんか?」


「……出るんだ」


 中年は小さくそれだけを呟いた。


 意味の解らないマリアは眉をひそめ、首を傾げる。


 対して中年は短気な性格のようで直ぐに話を続ける。


「そりゃあんたら、『出る』と言えばあれしかないだろ?」


 自らを落ち着かせるために小さく息を吸った。


「――亡霊だよ」


 亡霊。


 亡霊とは名前の通り亡くなった人間(広い意味では生き物全般)の魂がこの現世に居る状態のことを言う。


 鉱山はよくその工事で死者が多く、それらを弔っている。


 ライトス銀山も例外ではないが他の鉱山に比べれば死者はゼロに近い。それゆえ『世界で最も安全な鉱山発掘』とも言われたものもある。


 しかし、だとすれば今の中年が言った発言と矛盾することになる。


 中年が言ったその発言の意味を捉えると亡霊――即ちライトス銀山で採掘している途中に亡くなった人間の魂が現れたということだ。


 世界で最も安全な鉱山発掘だったライトス銀山は、確かに死人が出なかったといえば嘘になるがそれでも大量に死人が出た訳ではない。さらには他の鉱山よりもその人間を厚く弔っている。弔いという行為自体何処かで間違っている可能性も有り得る。


 だとしてもライトス銀山には亡霊がいるのは間違いないし、彼女たちにとっては幸福なことだった。


 何故なら、ライトス銀山には人が居ないということが解ったからである。そうだというなら話は早い。急いで銀山に向かって『あるもの』を手に入れなければ――。


 だが。


「だがなぁ……やはり俺には信じられねぇんだよ。信じたくないと言った方がいいかもしれねぇな。俺はこの町で長年船大工をやっているんだがよ……どうも亡霊の噂が酷く胡散臭く見えてくる。だが町の連中はそれを理解しない。理解したくないのかもしれないが、ともかくそんな感じだ。気が滅入っちまってるんだ。早く銀山にある亡霊の噂を何とかしたい。だが俺も爺だ。そういう力仕事は船大工だけで充分でね」


 その後に続く言葉は嫌でもマリアが予測した通りになった。


「……なぁ、お前さんたち。済まねぇがあの銀山に行って亡霊の噂を軽く蹴散らしてくれはしねぇか?」


 その言葉にノーと返すことは出来なかった。



 ◇◇◇



 ライトス銀山はその名前の通りライトス銀が採掘されることで有名である。昔は『まほろばの山』などと呼ばれていたが、リグレー・ライトスが魔鉱石を発見し、その名前を取ったことからその山もそう呼ばれることとなった。


 そんなライトス銀山は霧に覆われていた。とはいえその霧はそこまで濃くもないのだが、夜特有の薄暗さと相俟って不気味さを醸し出している。


「……何というか気持ち悪いね。確かにこれなら亡霊とかが出ても間違いじゃあなさそう……」


「亡霊というのはまやかしだよ。暗い空間は誰だって不気味に思うだろう? 不気味に思ったらそこに誰かを置きたいものさ。だけれど不確かな物しか置けないから、遠くに、それっぽいものを見る。それが亡霊だよ」


 少女の言葉・思想はどちらかといえば乾燥していた。良く言えば割り切れているのだが、悪く言えば冷めた思想を持っているということだ。


 それは悪いことではないし情に流されないことを考えれば寧ろ良い。しかしあまりそういう性格の人間は敵を作りやすく味方を作りづらい。


 そういうところを考えると人間は自然と楽な方に流れていくものである。


 鉱山の入口は山へと続く道の終点にあった。線路がずっと鉱山の中へと続いていた。これを利用して鉱石を採掘しているのだろう。


「……ここしか入口は無さそうよね?」


「そうだね」


 二人はそんな会話を交わして鉱山の中へと入っていった。

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