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リニックはこのあとどうしようかと途方に暮れていた。
「何かするにも暇だし……。かといってお気に入りの本は全て置いてきちまったしなぁ。強いて言うなら……」
そう言ってリニックはズボンのポケットから本を取り出した。三百ページ程の文庫本で、『魔導第零部隊』と箔入りのゴシックで書かれたそれは彼のお気に入りの本だった。
その世界では魔術は科学を前提にして作り上げた、所謂オーバーテクノロジー扱いだったが、現在この世界ではそれを魔術による原子核分裂及び核融合による反発係数上昇現象によって実現した。
反発係数がポテンシャルを付与することで無限に増大することが判明したのが七年前。今や世界のどんな人間でも魔術を使用出来る……訳でもなかった。
その魔術は科学サイドからも魔術サイドからも反対された。挙句科学と魔術の融合を謀る通称第三勢力と呼ばれるサイドからも反対となった。
科学と魔術。その共生はあっても原理からの融合は魔術を創成したカミサマに反する――これが全勢力の言い分だった。
しかし、それでも魔術のポテンシャルを持たない人間にとってはその機械は喉から手が出るほど欲しいアイテムだったに違いなかった。現に盗難未遂が何件も発生したし、暴徒化した民衆がその機械を所持していたこともあった。
よって世界政府はその機械の使用を断念、研究所にその機械の行く末を任せることとした。
「……おや、魔導第零部隊じゃないですか。懐かしい」
その言葉を聞き、リニックははっと振り返った。そこに居たのは、シルバだった。
「お前の地図、恐ろしいくらいに使えなかったぞ」
少しだけ皮肉を混ぜてやるつもりだったが、当の本人は気付かない(それが本当なのかふりなのかは解らない)ようで、首を傾げた。
「うぅむ……シンプルさを追求したんですが……」
「追求し過ぎだろ! どこをどう間違えりゃこうなるんだっ」
「まぁまぁ、そう怒らないで下さいよ? 結局着いたんならいいじゃないですか」
「……どこかで監視していたのか?」
「大体解りますよ、魔術を使えばそれくらい」
「監視魔術……まるで壁に目と耳を付けたかのように筒抜けになってしまう、あれか」
「そう、それです。随分知ってますね」
「あの大会に出たんだ。それくらいってことで理解してくれ」
リニックはこれ以上彼と話しても得られる情報は少ないだろうと確信して、また振り向いた。
「あ、そういえば」シルバは何処と無く思い出したのかのように呟いた。「メアリーさんが呼んでましたよ。確か至急来いとか」
「そうですか」
リニックは少し考えて――小さく頷いた。
メアリーの部屋は神殿の奥にあり、先程食事をした部屋の奥にもある。つまり、メアリーの席の後ろにその部屋のドアがあり、それ以外基本的にはメアリーは外に出ないらしい。
「……しかし、何の用なんだろうか」
リニックは考えていたが、自分にとってそれほど重要かどうかは聞いてから判断すれば良いだろうという結論に至り、今部屋の前に立っている。
リニックはドアをトントンとノックした。直ぐにどうぞ、という声と共にドアが魔法によって開かれた。
「……なぜ、僕を呼んだんでしょうか?」
リニックは訊ねた。
つまりは自分が何故呼ばれたのか知らないからだ。一日しか居ない自分にそんないちいち呼ばなくてはならないことでもあるのだろうか? 直ぐにそれを判断するのは難しいだろう。
「まぁ、座ってください。……ジークルーネも居ますし」
「彼女も?」
その言葉を聞き、部屋を見渡すと確かに椅子に座っているジークルーネの姿があった。一体いつの間にここに移動したのだろうか。
ここは入り組んでいる割にはその場所から場所へ向かうにはルートは一つしか存在しない。つまりはリニックが通ったルート以外を通らねばジークルーネがこの部屋に辿り着くのは出来ないだろう。勿論隠し通路とかがあったら別だろうが。
「転移魔法だよ。この神殿には私たちの魔法術式が記憶されているから、一度術を行使すれば何処へだって行ける」
そのリニックの疑問を解消するかのようにジークルーネは携帯に文字を打ち込む。相変わらず素早いものだ。
「……なるほど。それでご用件とは?」
「そんなに急ぐこともないでしょうよ。どうせ言うんです。慌てちゃ女の子には嫌われますよ?」
「……余計なお世話です」
リニックは溜め息をついた。「……まさかこんなことの為に呼んだんじゃありませんよね?」
まさか、とメアリーはおどけた笑いを溢す。まああなただけの話ではないんですがね、とメアリーは更に続ける。
「話には筋道を立てる必要があるわけですよ。今居る二人に話がある、これが第一の前提条件」メアリーは歌うように続ける。「そしてこの話はどちらかと言えばジークルーネの方に関わることである。それが、第二の道」
「すいませんが、私は短気なもので」リニックは少し苛立ちながら、言う。「かいつまんで話していただけないですかね?」
「仕方ないですね。簡単に言いますと……」
メアリーはひとつ、呼吸して言った。
「ジークルーネが宇宙を巡る、ボディーガードでいて欲しいのですが?」
突拍子もない発言に、リニックは近くにあったので飲んでいたサイダーを噴き出しそうになった。
「ど、どういうことですか?!」
「こういうことだが?」
メアリーはおどけた様子で笑う。この女、恐ろしいとリニックは心の中で思っていた。
「……まぁ、どういうことかといえば、少し前に偉大なる戦いの時に分離したとされる五つの惑星を知っているかな?」
「……聞いたことはある」
偉大なる戦いとは二千年余り前にあったとされる戦いのことだ。これをもってガラムド暦が始まり、これをもって旧時代が終わったとされている、歴史の大きな転換点となっている戦いだ。
偉大なる戦いでは今の世界の原型が出来たとされており、もともと球だったとされるこの世界も六つに分断された。
うち五つはサン・スターに吸収され消滅したと思われていたが、ガラムド暦2057年、アウトビース・ラトグリフをリーダーとした調査隊が宇宙に出向いた際、“ないと思われていたもの”が目の前に浮かんでいたのだ。
まるで何かが割れたような、欠片のような星。それも酸素があり、空気がある。条件はアースと変わりなかったのだった。
調査隊は直ぐ様アースへと報告レポートを送り、さらに調査を行った。
解ったのはそれほど多いものじゃなかったが、惑星があったことこそ大きな収穫といえるだろう。
まず、その惑星には民族がいた。空気があった。しかも、四百年余り前にも交流があったらしいのだ。
四百年前にも物資の交換や、この惑星の調査もあった……のならなぜ記録に残されていなかったのだろう?
謎が残るなか、調査隊はその後も四度に渡り調査を行った。その結果はその調査の割には大したものは得られなかった。
「……で、それがなにか?」
「ジークルーネは昔からその星たちに興味を持ってましてね、そこへ向かいたいとはいつものように言っていたのですが……、生憎こちらの人数も少なく、だからとはいえ一人で行かせるには少し大変ですからね。だからあなたに頼みたいわけなんですが?」
「……理由になってない気がするのは気のせいだと思っていいんですかね?」
「違う。もう一つだけ理由はあるわ。それは……ジークルーネが直ぐにあなたに話をかけたこと」
「?」
「ジークルーネ……こう見えてこの子はちょっと変わっててね。失語症……に近いのかな、まぁそんな感じでね。だから携帯を使ってるのもあるのですが、それでも最初に彼女から話しかけたことは……なかった」
「つまり、」リニックは立ち上がった。「僕がその……彼女を預ける信用に足ると?」
その言葉にメアリーはその通りだとでも言いたげに笑って頷いた。