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New Testament  作者: 巫 夏希
第四章 もう一度この世界を。
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19

 様々な種類の商品(メジャーなものから、名前だけでは想像出来ない代物まで)がメニューに書かれていたが、結局彼らは同じメニューを選択した。


 そして料理が来るまでの間、彼らは様々な話をすることとした。


「そういえば、今日の宿泊先ってどうするつもりなんだい?」


「普通に素泊まり出来るところはあるだろうし、そこに泊まることにするわよ。別に綺麗なベッドじゃないと寝れないとか潔癖症染みた人間じゃないでしょう?」


「だが、蛆沸きまくり虻沸きまくりの汚い寝床は流石に嫌だぞ」


「幾ら首都の宿屋がピンキリだからって、そんな酷い宿屋はないと思うけどね」


 フルが水を一口飲んで、紙のマップを取り出す。それは先程ステーションに置かれていたものを持ってきたものだ。


 マップを見た限り、ヤンバイトは一部を除いて真円の地域で構成されている。それが四つの色に色分けされている(外側の白を含めれば五色だが、そんなことを言うのは野暮だ)。ここはその中の青色のエリア『ブルーエリア』に属している。ブルーエリアは、どちらかといえば他の場所から来た観光客が訪れる場所となっている。そのためか他の場所よりも治安が良い。時折警察が犯人を大々的に捕まえる『パフォーマンス』をしているくらいだ。


 また、ステーションがあるのは凡てのエリアなのだが、観光客が乗れる列車が発着するのはブルーエリアのみだ(他国から来る列車は海底トンネルを掘る技術もないため、不凍港からの列車ということになる)。


 そしてそのエリアの四つの境目にあるのがヤンバイト城だ。スノーフォグの王、リュージュが住まう城である。


「はいよ、お待たせ」


 ――そんなフルたちの思考を遮るかのように、ねじり鉢巻の男は器をカウンターに置いていった。器の中身は湯気が立ち込めており、その食べ物が本当に出来立てであることが見て直ぐに理解出来る。


 器が四人分、そのカウンターに並んだのを見て、彼らはそれぞれ割り箸を取り出し、両手を合わせた。


「いただきます!」


 その言葉と同時に割り箸を真っ二つに割り、麺を掴み、口の中へと放り込んだ。


 直ぐに彼らの口の中にはマキヤソースベースの香ばしい香りが広がる。味は完全にマキヤソースのものだったが、少しだけ深みがあった。彼らには知る由もないだろうが、これは煮干によるものだった。


 さらに麺はコシが強く、歯ごたえがあった。食べごたえのある代物だ。しかし回転率を考えれば、この商品は回転率が悪いことになろう。歯ごたえがよいということは一々いつも以上に噛んで消化せねばならない。ともなれば自ずと時間が伸びてしまうからだ。


 そんな麺料理をフルたちは味わいながら食べた。いつもならば、そこまで時間をかけることはしないのだが、今日の予定だったリュージュへの謁見が明日に延期したこともあるためか、何処と無くゆっくりと食していた。


 食べながらシルバは思っていた。歴史を変えてしまって、未来には何れ程の影響が出てしまっているのか、ということを。運良く僅かな修正ならば問題ないだろうが、例えば人の生き死にに関する影響が出てしまえば……寧ろ、それほどの影響が出る可能性の方が高い。


 時間遡行による世界改変は、過去様々な人間が議論していた。実際にその理論が確立し、人類の時間遡行が成功したのはそれよりも気が遠くなるほど後のことだ。


 その議論の中で、一番有力視されていたのは『バタフライ・エフェクト』だった。


 僅かな世界改変を行なったつもりでも、いざその世界へ戻ってみれば世界改変が広がっていて、場合によってはまったく違う世界になっていた――なんてことが考えられる。これが世界中に広まったことで、時間遡行のリスクが広く浸透したともいえる。


「……どうした、シルバ。箸が止まっているぞ?」


 フルに言われ、シルバは漸く我に返る。「あ、あぁ、ちょっと疲れてしまって……」と言い訳を取り繕ったところ、疑いもせずに信じてくれたようだった。


 食事を終え、代金を支払う。街に出ると、人でごった返していた。


「何だよこの人の数……」


「もしかして今って……食事時なんじゃあ……?」


 ルーシーがそう言って、メアリーは銀色の蓋がついた時計を開け、時刻を確認する。


「……そうね。たしかに今は食事時のようね。だったらさっきのうちにあそこで食べておいて正解だった、ってことね」


 メアリーはそう呟いて、時計をポケットに仕舞った。



 彼女たちが次に向かったのはブルーエリア最大の宿屋である。


 宿泊先を探しているのだ。


 ブルーエリア最大の宿屋、『ラフクッド』の受付にはメアリーが居た。先ずはメアリーが交渉のため単独行動を取り、それによって可否を占う。


 受付に居た若い女性に訊ねたところ、担当のものに聞いてくると言って奥に消えてしまった。それからもう三分程経っていた。


「……駄目なら駄目とさっさと言って欲しいのだけれどね……。このままだと私たち野宿になりかねないわ」


 などと呟いたが、スノーフォグの夜は寒い。マイナス何度などはざらである。だからこそ、スノーフォグは野宿を禁止している。それは野宿をする人間の人命の安全を考慮してのことなのだが、結果として宿屋が繁盛し、巨大化していった。そのためか、スノーフォグは早くから宿屋連合なる組織が発足し、宿屋の濫造を管理していた。『濫造』という言い方は少々言い過ぎのようにも思えるが、結局はサービスの質をお互いが監視するために管理団体が設置されたといっても等しい。


 受付の女性が戻ったのは、それからそう時間はかからなかった。女性は鍵を持っていた。どうやら、部屋は空いていたらしかった。


「お待たせいたしました、お部屋にご案内します。……お連れの方は?」


「あぁ。今呼んできますね」


 そう言ってメアリーは外で待っていたフルたちを呼び寄せた。そして、彼女たちは部屋へと案内された。


 部屋はとても広かった。ベッドルームが二つあったのである。入ってまず通路を抜けるとこじんまりとした広間があり、そこにはソファーと本棚があった。ソファーの前にあるテーブルには、『本棚に入っている書籍はご自由にお読みください。但し、持ち出しは部屋の中だけでお願いします』という張り紙があった。一番だけあってサービスも一番のようだ。


「ねぇ、ちょっと私シャワー浴びてもいいかしら? さっきのご飯食べたらすごい汗が出てきちゃって」


 メアリーが荷物を片付けるなりそう言った。


 言われてみればフルたちもすっかり汗をかいてしまっていた。先程の受付の女性がちょっぴり嫌な顔をしていたのは、対応が面倒だったからではなく、汗の匂いからだったのかもしれなかった。女の子であるメアリーとしてはさっさと洗い流して清潔でいたいのだろう。


「あぁ、いいよ」


 だから、それを鑑みてフルは直ぐにそれを了承した。


 シャワールーム。


 メアリーの流線型の身体に湯が当たり滴り落ちている。


 彼女は両手を壁に当て、俯き、これからのことを考えていた。


 これから訪れるという災厄。それを払い除けることが出来るのは、この世界の人間ではなく、遠く離れた世界の人間であるということだ。


 裏を返せば、この世界はこの世界の人間には救うことが出来ないということだ。それは因果の問題なのかは誰にも解らない。


 メアリーにはそれが、至極もどかしく感じていた。『可哀想』等という月並みのものではなく、『どうして彼が選ばれたのか』ということについて、ずっと疑問に思っていた。


 普通に考えれば、『そういう予言があったから』『カミサマに選ばれたから』という理由があるだろう。


 しかしメアリーはその理由すら納得していなかった。


 一体全体、何処からその発想が浮かび上がるのかが疑問だった。予言が予言として成立するのは、主に二つのパターンがある。


 一つはほんとに偶然の産物でそれが産み出されたという、いわゆる『奇跡』と呼んでも過言ではない。


 もう一つは、予言を予言であるとみせかけて発表し、実際にその通りに実現させること、だ。


 後者ならば、それは予言とは呼ばない。『計画』などと呼ぶべきだろう。その計画にフルは乗せられてしまったのではないか――メアリーは時折、そんなことを考えてしまう。


 フルはシルフェの剣を携えている。シルフェの剣こそ伝説で、予言の勇者でなければ手に入れることは叶わなかっただろう。


 しかし、それすらも仕組まれているとしたら?


 そうしたら考えは、これまで以上に大きく変わってしまう。


 フルは『予言の勇者』ではなく『計画に乗せられたただの青年』にランクダウンすることとなる。


 しかし、それほどの大仕掛けを出来る組織が、この時代に存在するのだろうか?


 答えは否、だ。この時代に、隠密に行動出来る組織は数少ない。しかしこの行動はあまりにも大胆過ぎた。


 メアリーが予言の勇者の存在を知ったのは今から少しだけ前の話、校長のラドームに頼まれたからだ。そのときは何とも思わなかったが、今となればラドームも何らかの権力により、そう頼まざるを得なかったのではないか――とも容易に想像がつく。


「……だとしたら」


 それ以上の苦痛などない。これ以上の痛みなどない。何もかも……何もかも、自分の行っている行動がレールの上でなっていたことだというのなら。


 それをもし本人が知っているのなら――そんなことはないだろうが――とても空虚な思いになる。


「もし、そうだとするなら」


 彼は一人で戦っていることになる。


 ならば、それを助けるのは?


 ――少なくとも、彼と旅をしているメアリーたちならば、或いは。


「私が……私たちが、何とかしなくちゃ。少なくとも、今この世界で『勇者』という存在は、フルしか居ないのだから」


 そう言って、メアリーはシャワーを止めた。

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