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New Testament  作者: 巫 夏希
第四章 もう一度この世界を。
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16

 リニックたちは、悩んだ。この人に正しいアースの歴史を教えてもいいものなのか、ということを。今のアースは、昔を知る人間からすれば非常に心苦しい世界であるに違いなかった。


 だが、リニックが最終的に決断し、今の状況を彼らが知る凡ての状況を事細かに話した。その間店主は、時には驚き、時には口を大きく開けて豪快に笑い、また時には泣いた。話している時も、店主はとても感情が豊かだと変なところで頷いていた。


 話が終わると、店主は長く息を吐いた。そして、目頭を少しだけ押さえて、改めてリニックたちの方へと向き直る。


「……私は二十年前からここにいるから、生まれてからその人生をずっとアースで過ごしたあなたたちに容易に言葉をかけることは出来ない。だって私たちの子供の頃と、君たちの今を比べるのはお門違いだからね。……けれども、これだけは言わせてほしい。『とても、大変だったね』と」


 店主はそれだけを言って、カウンターの奥へと去っていった。


 店主が去り(食事代も含まれているので心配する必要性はない)、彼らは部屋へと戻った。


「明日はどうする?」


 部屋の四隅にあるベッドの一つに腰掛けて、リニックは言った。


「一先ず明日も情報収集でしょ? その発表会迄はここに滞在していたほうがいいだろうし」


「……まぁ、確かに、その通りだ」


 リニックは頷くと、部屋の明かりを消した。


「別に早く起きる訳じゃないけれども、もう寝よう。眠くなって……しまったし……」


 そうして。


 彼らは順々に横たわり、すうすうと寝息を立てた。



 ◇◇◇



 それから、幾刻かの時間が流れた。


 ゆっくりと、リニックたちの部屋に入る影があった。


 それは凡てを黒に塗り潰し、闇にカモフラージュしたような、そんな存在。プロの人間といってもいいだろう。手際がよく、音も立てずに入っていく。


 部屋にある四つのベッドを見ていく。リニック、レイビック、そして……ジークルーネ。彼はジークルーネを求めてここまで来ていた。


 そして、ジークルーネの身体にゆっくりと触れ、頭からその指を這わせていく。途端に、彼女の息遣いが荒くなっていくが、それがリニックたちに聞こえることはなかった。


 頭、顔、首、胸、お腹……その指はゆっくりと下腹部へと向かっていく。それに従い、彼女の息遣いはさらに荒くなり、嬌声すら上げている。


 元来、生命の源は心臓と言われているが、女性の場合は下腹部……厳密に言えば子宮だっいわれている。理由は『生命の生まれる場所』だからだ。そのような器官を持つのは女性以外にいないしありえない。


 だから時折、女性はカミサマの使いであると、だから不思議な力を手に入れやすいといわれている。


 指は下腹部へ到達し、ゆっくりと力を込めていく。すると、その指がゆっくりと肉体へ沈み込んでいく。そんなことは有り得ないのに。そんなことは考えられないのに。けれども着実に彼女の身体に、その指は入り……ついには五本凡てが入った。


 次に残ったもう片方の腕も身体に沈めていき、力を込めて開いていく。すると、まるでもとからそこに傷があったように、身体が開かれていった。その腕を入れたポイントは明確に子宮の位置をピンポイントに開いていた。服も開け、うっすらと恥丘が見える。その割れ目ギリギリまで彼女の肌は裂かれていく。しかし彼女は痛みなど感じておらず、ずっと息を荒げたままであった。


 試しに、その腕はその子宮の隣にある小さなピンポン玉を潰したような臓器に触れる。途端に彼女の嬌声が大きさを増す。


「……これ以上ふざけるのも駄目だな。命令違反になっちまう」


 そう言って腕をそこから抜くと漸く彼女の息が整った。


 そして彼女の身体を肩に抱くとそのまま部屋を後にした。



 ◇◇◇



 次の日、朝早く。


 レイビックはリニックに揺さぶられていた。まだ彼女の脳は(いつもの活動領域の)半分以上眠っているのだが、そんなことはお構い無しだ。


「むにゃ……どうしたのよいったい」


「大変だよレイビック。そんな風に惰眠を貪っている暇なんかないぞ」


 声の大きさこそいつもと同じだったが、しかし言葉がところどころ震えていたのに、レイビックは違和感を感じた。


 目を擦りながら起き上がる。すると部屋にはリニックと彼女しか居なかった。


「あれ……ジークルーネは?」


「僕が言いたいのは、つまりそういうことなんだよ。ジークルーネが行方不明になった。相手は誰かも解らない。指紋もなけりゃ窓を割られた痕跡もない。少なくともプロだと思う」


 早口で述べられた言葉を、たった一言で表現するならば、人によって多少の誤差があったとしても、大抵はこう纏められる。


 ジークルーネが拐われた。


 その事実を悔やんでも変わることは、ない。


「一先ず店主さんに聞いてみたが……昨日は物音も何も聞いていなかったらしい」


「ずっと起きていたの?」


 レイビックの問いに、リニックは頭を掻いた。


「勿論聞いたさ。けれども、その店主さんが言うには深夜は凡て戸締まりをして、カウンターの向こうにある部屋で眠るらしい。昨日も……そんな、何か変なものが見つかることはなかったとのことだ……」


 つまりは、誰も。


 ジークルーネが出ていったり、拐われたりした状況を見ていないというのだ。


「嘘でしょう? 幾ら何でもそんなことが……」


「解らない。だが、今は店主さんのことを信じるほかない。たとえそれが嘘だったとしても、それを証明する手筈なんて、無いんだよ」


 リニックの言葉は、レイビックは飲み込みたくなかったが、正論だった。確定的な証拠がない限り、『嘘』だと断定するのは非常に厳しいことだろう。


「切欠も証拠もなしにひたすらに探すのは、ただ体力を無駄にするだけだ。だからとはいえ、彼女を見捨てるわけにはいかない。そんなことはもってのほかだ。メアリーさんに言われたからね。僕はジークルーネを守る存在だ。守らなくて……どうするっていうんだ」


「解る。解るが、証拠もないとなるとね……」


 そんなときだった。


 リニックが床にある何かのバッジだった。それを拾い上げ、リニックはそれを眺める。金のバッジには林檎と柊の歯があしらわれていた。


「……これは、どこかの団体か?」


 林檎には文字が刻まれていた。そこにはこう書かれていた。



 ――ASL、と。



 ◇◇◇



 フル一行と共に居るシルバは、スノーフォグへ漸く到着した。


 スノーフォグは雪国として知られている。気候が全体的に涼しいためだ。だから、夏には避暑地として世界各地から観光客がやって来ることもある。


 スログリアも、その避暑地の一つだった。しかし、今はどちらかといえば『冬』の時期なので、風が肌寒い。フルたちは一先ずここから首都のヤンバイトに向かうため、スログリア・ステーションへ向かっていた。


 スノーフォグは世界で初めて鉄道を通した国である。それだけではないが、この国はある程度科学も発達していた。それは、道中の店を眺めるだけでも理解出来る。


「わぁ、フル。タイプライターがあるよ!」


 ルーシーがある店に駆け寄る。そこにはコンピュータ……今で言うところのタイプライターが置かれていた。この時代、最新鋭のコンピュータこそがタイプライターであり、それが作業を効率化させると話題を呼んでいた。ちなみに、このお店で売っているタイプライターは五十万ムルである。


「タイプライターかあ……。僕が昔居た世界じゃ、それよりもすごいのがあったぜ。世界の人とネットワークってやつで繋がれたんだ。しかも瞬時にね」


「ふうん……いいなあ……。僕もそういうの触ってみたいと思うよ」


 そう言ってルーシーは小さく笑った。


 スログリア・ステーションに彼らが到着したのは、それから十分近く経った頃だった。それほど中心地からも離れていないのにここまで時間がかかったのは、彼ら(主にルーシー)がウィンドウショッピングをしていたからだった。


 ステーションの中に入ると、そこにあったのは、とてつもなく天井が高い(恐らくは一番上の階まで天井をぶち抜いているのだろう)広い空間だった。入口から駅のホームまでには、それぞれの鉄道の時刻表を書いたボードが等間隔に街路樹よろしく並んでいる。


「すごいなぁ……。これが『ステーション』か……」


 ルーシー、次いでフルが感嘆の唸りを上げる。


「ここから何処へ向かうんだ?」


「先ずは首都のヤンバイトに向かい、国王に会う。これは絶対はずせない事柄ね。だって、私たちは世界を旅しているの。やはり初めての場所なんだから、お会いした方がいいし。それからは、まだ何も考えてないかな」


 シルバが訊ねると、メアリーがそう答えた。つまりは、国王に謁見するのが最優先らしい。


 しかし、シルバの知る過去と、この世界とではスノーフォグ国王に謁見する理由が違っていた。彼が知る過去では、メアリーが拐われてしまい、成り行きで謁見することとなったのだが、今回は全く違う。寧ろ凡てがいいペースに進んだといってもいい。


 だが、だからこそ、彼は不安になっていた。今はきちんと進んでいて、この世界は『彼が知り得ない世界』であることも充分に知っていた。


 だからこそ、いつか、とてつもなく大きなしっぺ返しが来るのではないかとも考えていた。


 そのしっぺ返しは、現時点ではいつやって来るのか、どういうしっぺ返しなのかは誰も解らない。


 だからこそ、怖かった。だからこそ、そこはかとない恐怖が彼を襲った。


 でも、その恐怖を顔に出してはいけない。そうしてしまえばどれほどいいだろうが――然れどそんなことが許される訳もない。


 先ずは、彼女に会う必要があった。その人間は、この世界の三分の一を絶対的な力で支配していた。それは恐ろしいし、しかし滑稽にも見えた。


「……どうしたの、シルバ?」


 メアリーに言われて、漸く彼は我に返った。


 この世界は、かつて人間の力によって滅亡の危機に立たされた世界だった。そして、かつても、そんなことは起きていた。この世界は幾度となく滅びかけていたのだ。


 そして、また、世界は滅びようとしていた。そんなことはあってはならない――そうしてシルバは一歩、歩き始める。

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