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New Testament  作者: 巫 夏希
第一章 事の始まり
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6

「ちょっと待ってくれ、錬金魔法が……使えるのか?」


「えぇ、ルールなんてそんな難しいものでもないですしね」


 リニックの質問にメアリーは首肯して、更に話を続ける。


「チェイン・ルールと呼ばれるものがあります。錬金魔法唯一の制約、とでも言うべきでしょうか。それを破らなければいいだけ」


「それは……?」


 リニックはその身から湧き出る興奮を抑えつつも、メアリーに言葉を促した。


「チェイン・ルール。鎖のルールとも呼ばれるそれは錬金術と魔術を融合した禁断の術式が出来た時に作り上げられたもの。単純だが、そのように見えて理解も難しいものがある。……なんというか、知識を持ってても、そう簡単には理解出来ない」


 リニックはなんだか狐に摘ままれたような表情を浮かべた。つまりは、メアリーが何を言ってるのかさっぱり解らないのだった。


「まぁ、解らないのも仕方ないでしょうが……、難しくもないので、言ってみましょうか?」


 その言葉にリニックは首肯する。そしてメアリーはゆっくりと語り出した。


「一つ、錬金術を悪用してはならない。

 二つ、魔術と錬金術は術式・種類は違えど元を正せば同じカタチなのだから仲を悪くしてはいけない。

 三つ、悪しき気持ちを持ってはいけない。

 四つ、精霊は大層精神のモチベーションが変わりやすい生き物だから、慎重に接さねばならない。

 以下を守らねば、まともに精霊の加護を受けることが出来ず、錬金魔術は失敗するだろう……と」


「錬金魔術に錬金魔法、昔からその名前のややこしさに色々あったのですが……」


「まさか違いがあるとでも? 錬金魔術にしても錬金魔法にしても“名前が変わっても方法には変わりない”のですから関係ないですよ」


 メアリーの言葉にリニックは何処と無く理解した。確かにこの世界で魔術を使える人間は数少ない。何故かといえば、魔術を知らない人間にとって精霊の存在はファンタジーな世界にいる住人(それより、自分達自身がファンタジーの世界にいるのに自覚はないのだが、それは考えないことにする)だから、精霊が例え現実世界にいても視認出来ないのが現状だ。何しろ彼らは精霊などいない、と考えているからだ。


「この流れは、数年前に急に蜂起した。しかし、何千年もの間染み付いた“魔術”はそう簡単には人々の中から消えることはなかった」


 メアリーはフランスパンを厚切りにしたものに手を仰ぐと、パン切れの表面に焦げた焼き色が付けられた。魔術によるものだが、その手際は長年魔術を生活の一部として使用してきたからなのだろうか。


 そしてバターを塗り、小さい口で一口かじった。カリッと表面がよく焼けていることを示す音が鳴った。


「……ならば、この状況はどうして?」


「……その話にはまだ続きがありましてね」


 そう言うとメアリーはフランスパンを皿の上に置き、ナプキンで軽く口の周りを拭いた。


「百年前にあった出来事、きっとあなたは知らないでしょう。恐らく祈祷師と呼ばれる人間も」


「祈祷師なら……名前だけなら聞いたことはあります」


「そうですか」


 メアリーは少しだけ驚いた表情を見せたがリニックが見たらそれはただのフェイクにしか見えなかった。


「祈祷師は錬金術に富んでいたのですよ」


 その一言は、リニックに衝撃を誘うに値した。つまり、祈祷師が錬金術を富んでいたから、錬金術は衰退していったのだろうか?


「……つまり、祈祷師は」


「錬金術を好んでいた。だから、錬金術は衰退せざるを得なかった。そう思ってるのなら残念ながら間違いですね。何故ならそれは根幹に過ぎず、直接的な原因ではないからです」


 直接的な原因とは一体なんなのか、とリニックは訊ねた。しかし、答える事もなくメアリーは立ち上がった。


「……さて、今日の朝御飯が食べられたことを神に……」


 そう言ってメアリー次いで他の人間も俯いた。それを見て慌ててリニックも俯いた。



 ◇◇◇



 朝食後、リニックはジークルーネに会いに行くことにした。昨日ここに来た時は大丈夫とは言っていたが、リニックはずっと心配していた。


「……えーと、ジークルーネの部屋は……っと」


 朝食後シルバに描いてもらった地図を頼りに歩くが……何しろこの神殿は広すぎて、もうキャラバン隊の休憩地かと疑う程である。


「……ほんと広いなここは……」


 しかしながら地図まで描いてもらったのに迷っては、リニックは相当の方向音痴なのだろうか?


 答えはノーだ。彼が迷っているのはその地図に原因がある。


「……線一本と四角一個しか書いてねーんじゃそりゃ迷うよな……」


 なんともワイルドな地図が原因だった。


 しかし、このままではジークルーネの部屋に着くまでに陽が暮れてしまうだろう。急いで人を探して聞かないといけない。


「……あ、いた! すいません!」


 リニックは近くにいた少女に声をかけた。リニックが声をかけると少女は微笑みを返した。


「どうしました?」


「ジークルーネさんの部屋に行きたいんですが」


「いいよ。案内したげる」


 少し舌足らずな声で彼女は返した。


「いいのかい?」


「私は仕事がないからいいの」


「そっか」


 そう言って少女は歩いていったので、リニックもそれについていった。



 ◇◇◇



 ジークルーネの部屋は今いる方角の正反対に位置しているらしい。ということは、やはりリニックは方向音痴だということが証明されたことになる。


「君は何歳だい?」


 リニックは少し気になったので訊ねた。


「十一歳」


 直ぐに返事が帰ってきた。


「へ、へぇ……。それにしては小さいね」


「こ、これから伸びるんだもん!」


 少女は舌足らずな声で反論するもリニックはただ笑うだけだった。


「ところで、君はどうしてここに住んでるんだい?」


「住んでる……と言われても昔からここにいるんだよ。多分生まれてから」


「それじゃ、ここが家みたいなものか」


「みたいな、じゃなくて家だよ。私にとってはここが家なの」


 少女は成長途上の胸を誇示するかのように胸を張った。


「……確かにそうだよな」


 済まなかった、とリニックは軽く頭を下げる。


「だ、大丈夫ですよ。だから頭を下げるのはやめて……っ」


「……話を変えるんだが、ここっていつ頃生まれたんだい?」


「なんという心変わりの速さ……、いいよ、教えてあげる。ここはもともと孤児院の役割を担っていた場所だよ。それをおばあちゃん……メアリーさんが孤児院の役割はそのままで、ここに拠点を構えるようになったとか」


 よっぽどメアリーという女性はおばあちゃんと言われたくないようだ、とリニックは思った。女性に年齢の事を聞くのは禁句ではあるが親族にまで名称を変える徹底ぶりは恐ろしさすら感じた。


「……ここが、お姉ちゃんの部屋」


 端的に述べた彼女が指差した先には小さい木の扉があった。ネームプレートらしきものもあり、『G.Advary』と書かれていた。間違いない。ジークルーネの部屋だ。


 まず、一回ノックしてみる。反応はないに等しかった。もう一度だけノックしてみる。「どうぞ」の言葉が暫くして聞こえたので、扉を開けた。


 扉の中の部屋は質素のように見えたが、床には薄ピンクのカーペットが敷かれてあり、床に直に置かれた小さい棚にはスリッパが入ってあった。ジークルーネがリニックの方を睨み付けているのをみると、ここは土足厳禁らしかった。


「……何しに来たの?」


「一言目からそれはないと思うなぁ」


 リニックは笑い、スリッパに履き替え一歩踏み出した。


「君の発表しようとしていた論文に少しだけ興味があって……。見せてもらっちゃダメかな?」


「あぁ、論文」


 携帯で文章を打ち終え、リニックに画面を見せた後、なんだそんなもんか、と言わんばかりの表情を浮かべたジークルーネはパソコンの置かれたデスクの逆にある本棚から一冊のファイルを取り出して、リニックに手渡す。


「これ」


 無造作に渡されたそれだが、清潔にしているのか埃一つなかった。ファイルを開き一ページ目のタイトルを目視する。


 『吸血鬼と空白の一年の相互関係について』


 この世界で名前を言うことすら禁句とされているそれを何故彼女は研究しようとしたのだろうか? 考える度、彼の疑問は膨らんでいく。


「なぁ、なんでこれを調べようと思ったんだ?」


「……別に。強いて言うなら先祖の生き方が誤って教えられてたからそれを正そうとしただけ」


 ジークルーネの打ち込み速度は恐ろしく速い。ものの数秒で返事をし、リニックに画面を見せる。


「先祖が……吸血鬼?」


「それを聞くならメアリーさんに聞くのが一番だと思うよ。彼女は空白の一年を生きた人間なんだから」


 そう打ち込まれた画面を見せたあと、ジークルーネはパソコンに向かってそのまま振り返ることなどなかった。


 仕方ないので、リニックは邪魔しちゃったね、と一言だけ言って部屋を後にした。

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