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New Testament  作者: 巫 夏希
第四章 もう一度この世界を。
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13

「化物、ね……。君たち人間は自分達に出来ないことがあったら、それを化物にんげんではないと定義し直す。そして、それで差別を行うんだ。あんなことが出来るのは人間ではない……ってね」


「そりゃそうよ。こんな人間離れした力……、誰がどう見ても人間じゃないと思えるわ……!」


 ヴァルトブルクの発言に、トワイライトは小さくため息をついた。


「……もういい。カイン、その女を殺せ」


 そして。


 容赦なく、カインと呼ばれた赤ん坊は力を更に加えた。限界になった彼女の肌が張り裂け、中には内臓が見える。


 普通の人ならば耐え難い苦痛にも思えるが、不思議と痛みはなかった――実際には暫く力をかけられ続けていた負担で麻痺しているだけなのだが、それを彼女が知る由もない。


 カインはゆっくりと、ゆっくりと、ヴァルトブルクの方へと近付く。そんな状況でさえ笑っていたカインは――やはり人間ではないとヴァルトブルクは必死に意識を保とうとして、そう考えていた。


 カインがヴァルトブルクの目の前に着いた時には、出血が多いためか気を失っていた。カインはヴァルトブルクを見て、それからトワイライトを見る。トワイライトは鼻で笑って、ヴァルトブルクを指差した。


「あぁ、残さずにな」


 その発言を聞いて、カインは彼女の大腸を引きずりだした。ぶよぶよとした赤黒い管。それを見てカインは恍惚とした表情を浮かべ――一気に噛み付いた。まだ歯すら生え揃っていないように思える赤子が、ヴァルトブルクの大腸を、小腸を、胃を、腎臓を、肝臓を、胆嚢を、肺を、心臓を、骨髄を、筋肉を食らっていく姿は、最早普通の光景とは考えられない。


 約十分間それが続いて、カインは漸く行動を停止した。そこにはヴァルトブルクが居た形跡など残っておらず、ただカーペットを血が汚していた。


「ご苦労だったよ、カイン」


 そう言ってトワイライトはカインに近付き、優しく頭を撫でた。そして、踵を返しベッドで寝息を立てているメアリーの方へと向かった。


 メアリーの額を撫でるトワイライト。それを見たカインが小さく呟いた。


「この人は、いったい誰なの?」


 トワイライトはそちらの方を向く。そこには何も着ていない少年が立っていた。赤ん坊――カインは既にそこには居ない。直ぐにトワイライトは察し、答えた。


「君のお母さんだよ、カイン」


「ふーん」


 カインは親子の再会というなかなかに感動な場面で、そんな適当な感じにメアリーを眺めた。


「これでやっと、二人きりだよ。メアリー……」


 カインが居るのだが、トワイライトはカインを数えることはしなかった。彼の中でカインは人間扱いしなかった。そういうことらしい。


「……時間がかかったよ。どれくらいかかったか、正確には覚えていないのだけれど」


 トワイライトは小さく呟くと、メアリーの手の上に小さなカードを載せた。


「思い出話もしておきたいところだけれど、そういう時間もないみたいだ。ごめんね、メアリー……共に行こう」


「そこまでだよ、トワイライト」


 その言葉を聞いて直ぐ、トワイライトの身体は硬直した。まるで彼自身の身体が石像に化してしまったようだった。


「リニックの予想は正しかったようだね、ロゼ」


「そうですね。それほどまでに単純な思考の持ち主だとは解りませんでしたがね」


 そこに居たのは白のフリルを袖や腰などところどころに縫い付けられた漆黒のドレスを身にまとい、白のカチューシャを付けた黒髪の少女だった。


 さらにその隣には、ぴっしりと整えた髪に白いポロシャツ、紺のカーディガンを着た青年が居た。


 いつの間に入ったのか――トワイライトは一瞬考えたが、直ぐにそれは止め、ニヒルな笑みを浮かべた。


「……リニック、彼が僕が戻ってくる、いや、正確にはやってくるなのかもしれないけれど、と何故考えられたのか、僕には不思議で仕方がないね」


「卵を植え付けただろう? あの卵を聞いて私はピンときた。……ある種族には強い子種を残すため、あえて捕食者の近くに子種を残すらしい。産まれた時にそれから逃げることで『本能』を鍛えることをしているのではないか……だなんて話を本で読みましたからね」


「それで? 僕をどうするつもりだい?」


 トワイライトは笑っていた。普通の人間ならば、逃げられないことを恐れ、絶対的な力の差を恐れ、そしてそれを隠していく余裕なども持てるはずがない。


 だが、このトワイライトは違った。


 こんな状況であるにもかかわらず、平静を保っていた。


 狂っている。そんな風にも思えた。


「……僕をこんな安っぽいまやかしで封じたつもりでいるのなら、さっさと消えた方がいいよ? くだらないし、つまらないからね……!」


 そして。


 動けないはずだったのに。況してや甘く術をかけた訳でもないのに。


 なのにトワイライトの身体は高く飛び上がった。


「!!」


 ロゼとトレイクはそれぞれ構えたが、トワイライトはそれを嘲笑った。


「ここはしょうがない。一旦引いてあげるよ……。だがね、これだけは言ってやる」


 重力に反してトワイライトの身体は浮いていた。そして、浮いたまま彼の話は続く。


「これから世界は大きな革新を迎える! 世界の理を、凡て変えてしまうだろう! それは『革新』であって、しかし革新ではない。言うならば、『原点回帰』だ! 心して、その時期を待っているといい!!」


 トワイライトはそう言うと、カインも中空へと浮かんでいく。そして、トワイライトは手を振った――その刹那、二人は姿を消した。


「消えた……?」


 トレイクは突然起きた現象に、ただ立ち尽くすほかなかった。


 対してロゼは鼻をならして、トレイクの脛を小刻みに数回蹴った。


「何をぼうっとしている。転移魔法を見たのは初めてではないだろうに」


 トレイクはその言葉を返す前にロゼに蹴られた脛を撫でる。


「痛いよ」


「嘘をつけ。私程度の人間が蹴っただけで痛みを発するとは、お前の脛はどんだけ貧弱なのですか」


「脛を蹴られりゃ誰だって痛いと思うけれどね。旧時代の文献にだってあったじゃないか。とても強い人間でも、その場所を攻撃されるのは弱い……って。つまり、弱点のない人間は居ないんだよ。どうにかこうにかしたとしても、そこには、弱点を埋めることなど出来やしない現実が待っている。例えば、『弱点などない!』とか言って強化された敵とかいるけれど、あれはただ『弱点を何回か攻撃されても耐えうることが出来る』だけで、完全に弱点が無くなった訳ではない……そう僕は思うんだけど」


 ここまで言ったところでロゼは再び、しかし今度は少し強めに、脛を蹴った。トレイクは声こそあげなかったものの、直ぐにしゃがみ、悶絶していた。


「罪と罰は罪作りですね。まるで自分がカミに選ばれたとでも錯覚し……そして最悪の状況に追い込まれたとき、それはカミに『叛逆』する。それが自らの存在を変えることになるのを……承知だとしても。だからこそ、人々は『触れてはならないもの』に魅せられるのかもしれないのですね……」


 ロゼはそんなことを呟いたが、悶絶するトレイクに聞こえることはなかった。

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