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New Testament  作者: 巫 夏希
第四章 もう一度この世界を。
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10


 ふと気が付いて首元に触れてみると、湿っていた。汗をかいているのだ。この熱気では無理もなかった。


 相手はこの熱気であるというのに涼しい表情を見せていた。いや、寧ろそれは当たり前ともいえるだろう。相手は『炎』の魔術師だ。炎に強くなければ元も子もない。身につけている服装が炎に強いか、はたまたそのように身体を改造しているか……どちらとしても、シルバが不利な状況にあることは変わりがない。このままでは、長期戦に持ち込まれた場合脱水症状を起こしかねない。


(どうするか……。このままじゃ負けてしまう……いっそ、水でも撃っちまうか?)


 大量の水素と酸素があれば、そこから水を錬成することは可能だ。しかし、炎によって使われているとなると酸素が充分にあるとは思えなかった。


「どうした? このベヘモスに恐れを為しましたか?」


 そう言ったバルト。恐らくはシルバを焚き付けようとしたのだろうが、彼はそんなことをする前から既に溢れんばかりの戦意で満ち満ちていた。


 相性は魔法なのだからどうにでもなる。しかし酸素が大量に使われていることは、彼にとって少々不味かった。


 どんなものを錬成しよう(魔法の場合はどんな魔法を撃とう)とも、必要不可欠な物質がある。


 その一つが酸素だ。酸素は人間が生きていく上にも、何をしていくにも必要な物質である。


 高位の魔術師や錬金術師は術を行使する際、ファクターと式を直接記すことはしない。凡てその脳内に暗記し、体内で術を発動する――それが出来ない術師からすれば反則技じみた行動だが、どういうことかそれが出来てしまう。


 ただし、高位といってもさらにそこから選ばれた人間だ。だから、高位の術師であろうともその行動が起こせないのもいる。


 では、どうしてファクター――循環を描かずとも行使出来るのか?


 明確なメカニズムは不明だが、一説には血液の流れを一種のファクターとしているのではないか、と言われている。


 血液の流れには動脈と静脈が存在するが、何れも心臓を通っている。そこが血液のターミナルという感じだ。即ち、『循環』しているということになる。絶えず血液が体内を循環している。それは即ちファクターとして、活動するということに等しい。


 血液を絶え間無く循環させることは、生命活動に必須だが、術師にとって『酸素が充分に含まれた』血液というのが重要となる。魔法や錬金術は、一回の攻撃ごとにそれ相応のエネルギーを浪費する。それには勿論酸素も含まれている。術師が酸素を欲するのも、それを考えれば必然といえるだろう。


「……時間稼ぎでもしようとか思っているのかい?」


 バルトの言葉でシルバは漸く我に返る。


「外の状況を知ってか知らずかそういうことをするんだから……君も悪者だよ」


「外の状況?」


 シルバはその言葉に訝しんだような表情を示した。


 対して、バルトはすっとんきょうな感じで答える。


「まさかこの部屋の熱気が中からのものだと思っていたのかい? だとすれば、大間違いだよ。不正解だ。大失敗だ」


「そう何度も言わなくても、大体は解る。何だ、何が言いたい」


 シルバの苛立った言葉も、バルトは流して、カーテンで閉ざされた窓を指差す。


「外を見てみれば、僕の言いたいことも解ると思うよ」


 クスクス、と人を見下したような笑み。


 しかしながら、それに素直に従うこととした。


 そして、目の前に広がっていたのは――







 ――火の海だった。


 人も、建物も、木も、馬も、海も、港も、船も、犬も。


 何もかもが燃え、何もかもが消えていく。


 人々が火から逃げながらも、残った建物や船、それに人を火の海から逃そうと躍起になっていた。


 しかし、火の回りは早く、人々が避難を行うよりも先に回って火が流れて伝搬していく。


 なんとか海に飛び込むも、海表面が燃えてしまっていては呼吸をすることもままならない、まさに地獄絵図がそこには広がっていた。


「ね、だから行ったでしょ? 街がこんな状況なのに時間稼ぎしていられるだなんて、君は悪役だな、って」


 そう言われたシルバは、その言葉には答えなかった。


 そもそもこんな状態を引き起こしたのはお前だろう――と言うことは、出来なかったのである。


「……さて、再開しようか。この戦いを……!」


 そう言った、ちょうどそのときだった。


 メアリーの部屋の扉が、外側から蹴飛ばされた。


「メアリー!! 大丈夫!?」


 そして、二人の少年が部屋の中に入ってきた。


 一人目は小柄な人間だった。緑色の布の服、赤い目、黒い髪をしていた。顔つきは全体的に平べったく、また平均的に整っていた。


 そこまでなら、普通の学生だ。しかし普通の学生と違うポイントが明確に一つだけあった。


 それは左手で構えている長身の剣だ。刀身は僅かに波打っており、その剣は普通の剣ではないことが犇々と感じてくる。


 もう一人は、金髪の(というよりかは黄色とクリーム色を混ぜたような色、の方が近いかもしれない)少年、どこか人が良さそうな感じである。麻の服――恐らくこれはパジャマだろう――を着ている。


 彼は弓矢を装備していた。背中には矢を収納する箱がある。この箱からは、矢が無限に出てくるのだ。


「……誰だ、お前らは!?」


 そう言って剣の男は、剣先をバルトたちに向ける。


 それを見てバルトは、小さくため息をついた。


「……はぁ、まさかこれ程までに早く『予言の勇者』が早く来るとは。ちょいと誤算でしたね……」


 バルトは舌打ちをして、改めてシルバの方を見た。


「あなたという『想定外』が現れたからでしょうか? まぁ、そんなことはどうだっていいのですが……。けれどこれは楽しい事では無いですね」


「そりゃ僕にとってもそうなんだけれど」


 汗を拭って、シルバが答える。


「……まぁいい。ここはあなたの頑張りに免じて退くことにしましょう。どうやらこれ以上戦うことは、あなたにとっても良くないことでしょうし」


「そいつは嬉しいね。まぁ、それをするのはそちらの方が危ないから提案したのだろうが」


 シルバの言葉に、バルトは鋭い眼光を送り、何か――短く言葉を紡いだ。


 そして。


 バルトは炎に包まれ次の瞬間――消えた。



 ◇◇◇



 顛末。


 というよりかは、その後のお話。


 バルトとの戦いに飛び込み、結果としてシルバを救うこととなった存在はフル・ヤタクミとルーシー・アドバリーだということが、シルバを敵だと思い込んで斬りかかった時に目を覚ましたメアリーによって、その情報がもたらされた。


「シルバ、ごめんね。この馬鹿二人組が……」


 そう言ってメアリーが手で強引に二人の頭を下げさせる。シルバとしてもこの状態はとても良くないので、「その辺にしてあげては……」とメアリーに止めるよう促した。


 メアリーはその言葉をあっさり了承して、二人の頭から手を離した。


 シルバはとんでもないことをしてしまったと――頭の中で一人、悔やんでいた。


 メアリーから『喪失の一年』にあった出来事凡てを聞いていたので、シルバは当然の事ながら、メアリーがバルトに拐われたことを知っている。そしてそれが、バイタスという港町だということも。


 港町バイタスの朝は早い。普通の人ならば関係はないかもしれないが、この街自体が漁師町というのもあるのだが、大体の店は朝四時にもなれば開店している――というのも、ここだけだろう。


 しかし、今日に至っては、そのようなことはない。


 宿屋から出たシルバたちは焼け野原となったバイタスの町を眺めていた。


「あいつ……なんて言ったか知らないが、酷いことしやがる」


 フルはそう言って舌打ちをした。


 今彼らはメアリーの提案により、街の瓦礫を片付けるお手伝いをしていた。無論、これにはシルバも参加している。


 シルバはマリアと……カーディナルが何処に消えたかということを考えていた。


 そう何度も戦いを交わしたわけではないが、カーディナルは少々危険すぎる存在だった。


 だからこそカーディナルには早めに手を打たねばならないだろう。


 カーディナルの考えがある程度予測が出来るのならばいいのだが、おそらくはそうもいかないだろう。


 瓦礫の片付けも漸く一段落つき、フルたちは早い昼食を取っていた。午前中は約三時間に渡って瓦礫の撤去にあたっていたのだから腹が空いているのも道理だ。


「お昼ご飯買ってきたよ」


 そろそろ食事にでもしようか悩んでいたちょうどのタイミングで、メアリーが何かを持ってきた。紙に包まれたそれは、恐らくサンドイッチだろう。美味しそうなマキヤソースの香ばしい匂いは、そんなものでは抑えきれる訳もなく、シルバの鼻腔を擽っていた。


 しかし、そこでふと彼は正気を取り戻すとメアリーに訊ねた。


「お金、払おうか?」


「いや、シルバは私を救ってくれたんだもの。これくらいはさせてもらわなくちゃ」


 そりゃあなたは自分の祖母だから――などと正直には言えなかった。そんなことをしてしまえば今度こそ怪訝な表情を浮かばれかねない。


「と、兎も角! これはあなたの分よ、シルバ」


 そう言って紙包みをシルバに手渡す。既に手は洗っていたので、問題はない。


 シルバがゆっくりと紙包みを剥がすと、中身はやっぱりサンドイッチだった。挟んでいるのは豚のバラ肉をマキヤソースで炒めた『豚バラのマキヤソース炒め』と、その下にキャベツの千切りがある。それらが耳を切り落とし、トーストされた食パンに挟まれていた。


 たまらなくなり、一口かぶりつく。直ぐに口の中にマキヤソースの香ばしい匂いと、キャベツのしゃきしゃきという音が広がった。キャベツには豚バラから出た脂と旨味、それにマキヤソースが絡み付いていたのだが、それでもキャベツ本来のしゃきしゃき感は失われていなかった。


 一口を食べるごとに、早く食べたい、早くあの味を、と思わせるのは魔法や錬金術なんかではない。熟練の技――といえばいいだろうか、ともかく言葉では何とも言い表せない『隠し味』が原因だと、シルバは勝手に思い込んだ。

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