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New Testament  作者: 巫 夏希
第四章 もう一度この世界を。
53/91

7

「これは……?」


 メアリーが訊ねると、校長は大きく頷いて、答えた。


「いつ予言の勇者が来るか、現代の頭脳を駆使して計算した予測結果だ。所詮手計算に魔法を合わせたものだし、確認をとったのも人間だ。だから、そのデータの信憑性は眉唾物だがね」


 メアリーはその紙束を手にとって、一枚また一枚と紙を捲っていく。中には手順や途中結果は書かれておらず、いきなり結果のみが書かれていた。


 しかし、そのどれもが殆ど同じ日付を指していた。


「これ……全部十日後じゃないですか!? こんなにたくさんの計算があって、全員が全員一致するだなんて……」


「そうだ。だからこそ、凡ての計算結果が安心して用いることが出来る。つまり十日後……この学校の何処かに予言の勇者が姿を現す。それは唐突だが、世界的には『既に彼が居た』と書き換えられるから、問題はないだろう。ただひとつを除いて、な……」


「それは、なんでしょう?」


 メアリーが訊ねると、校長はさらに一冊の本を取りだし、メアリーに手渡す。それは、ルーファム語を教えるためのテキストだった。実際には殆どの人間の母語はルーファム語であるから、殆ど使われる機会はない。


 だが、それはあくまで『殆ど』であり、本当に僅かではあるが、ルーファム語を母語としない民族も居る。そういう人間が、ルーファム語に慣れ親しむためにテキストが開発され、今彼女が持っているのもその一つだ。


「これは……」


「予言の勇者は別世界から現れるらしい。少なくともルーファム語を用いられることはないから、教えなくてはならない」


「あぁ……ところで、何故これを私に?」


「君に予言の勇者の世話係を頼みたいからだ」


 メアリーはそれを聞いて暫く固まっていた。


 正直に言えば、もしかしたらそのような役目につかなくてはならないのだろうか――メアリーは薄々そんなことを考えていた。


 そんな予想が当たってしまったからという驚きもあったが、『なぜ自分が?』という気持ちの方が、彼女にとって大きかった。


「君には、予言の勇者がこの世界で生きていけるよう様々な手伝いをしてもらいたい。そして、予言の勇者が旅立つときには共に旅立って欲しいのだ」


「どうして……ですか?」


「君の錬金術は類い稀なる才能だ。それを是非、使って欲しいのだよ。……なぁ、この願い、受けてはもらえないだろうか?」


 そう言われてしまっては、メアリーも断ることは出来なかった。だから、メアリーは小さく頷いた。


 それをシルバが遠くから眺めていた。シルバはこのことから幾つかの出来事について考えられると、自らの考えをまとめる。しかしそう簡単にはまとめられない。情報があまりにも多すぎるからだ。


 一先ずシルバはメアリーに着いていくことにした。きちんと礼をして、メアリーは部屋を後にする。堂々とシルバがその後ろからついていったとしても、今見ているのは過去の映像だから、特に関係もない。


 しかし、過去を改変することは可能である。だが、それにはあまりにも払うリスクが大きい。何があっても簡単に戻すことは出来ないし、具体的にどれを動かせばいいなどということは解らない。


 だが、この雰囲気はどうも雲行きが怪しい。まったく、何が起きてもおかしくない。何が起きてもおかしくないからこそ、恐ろしいのだ。


 未知数の行為――だから、過去の改変はそう勧められないし、簡単には実行出来ないというわけだ。


 メアリーが立ち止まったのを見て、シルバも立ち止まる。メアリーの目の前には小さな扉があった。気が付けば、既にメアリーは寮の方まで来ていたようで、ここはどうやら彼女の部屋らしかった。


 鍵を取りだし、扉を開ける。扉の中はなんとも女の子らしい部屋だった。薄ピンクの壁紙に、赤いちゃぶ台。それにその壁紙が薄ピンクだと漸く容認出来る程の本棚に、それに詰め込まれている本があり、メアリーは勉強を欠かさないことが理解出来る。


 メアリーは部屋に入ると、床に寝転がる。寮の部屋は(というかこの世界の大抵の個人の部屋は)靴を脱いで過ごさなくてはならない。それがあるから、床に寝転がっても構わない。


「疲れたぁ……」


 メアリーは今日のことを思い返していた。とはいえ、校長先生から呼び出され、『あのこと』を命じられたこと以外は別段何もない一日だった。


 メアリーは校長先生から貰った資料を見返す。


『予言の勇者はどんな手段で姿を現すか、私たちにも解らない。もしかしたら、天使の如く光に包まれて出てくることも有り得るだろうし、ある日突然知らなかった誰かが知っている誰かとして来るのかもしれない。何せ、我々にとっては一度も経験のない出来事だ。慎重に事を進めねばなるまい』


「つまり、どう出てくるか、前例が無いから解らない……って事よね」


 メアリーは独りごちるとちゃぶ台の上に資料を置き、本棚のとなりにある小さな箱を開けた。


 箱の中は二段構造になっており上には氷が入っていた。下にはガラス瓶が入っていて、中身は麦茶である。それを見て、メアリーは取り出す。同時に冷やしておいたコップを取り出し、それに注ぐ。


「冷蔵庫。この時代にもあったのか」


 シルバはそれを見て思わず呟く。


 別に、シルバはこの時代に冷蔵庫があることを知らなかった訳ではない。メアリーがよく昔話として話してくれるから、大まかではあるが、この時代で過ごすには充分な知識を手に入れていた。


「……に、しても。あんな冷蔵庫じゃ、入るものが高が知れる。でも食事は全部あの食堂で取るのだとすれば……あの小ささでも頷ける」


 シルバは呟くと、再びメアリーの監視に移った。



 ◇◇◇



 その頃、ガラムド暦2115年の幸科研。


 その部屋はとても広がった。実際にも広く、外に面した壁が凡てガラスになっているのだから、開放感は凄まじい。


 部屋には机が十台ちかく置かれていた。


 そして、その部屋の名前は食堂と呼ばれていた。


「はい、皆さん好きなものを頂いて構いませんからね」


 リリーは小さく呟いて――どうやら注文を終えたらしい――盆に注文したうどんを載せ、八人がけのテーブルに向かって歩き出した。


 それを言われてリニックたちも各々の食事を取っていく。取ったあとは、リリーの居るテーブルまでトレイを運ぶだけだ。


 最後のレイビックが終わり、全員が腰掛けるのを見て、リリーは両手を併せる。それに合わせて、全員も倣っていく。


 全員が両手を併せるのをもう一度リリーは確認して、小さくお辞儀した。いただきます、という言葉と共に。

 先ずはリニックは目の前にあるカツを箸で掴むとそのまま口へ放り込んだ。直ぐにサクサクとした食感が口の中に広がる。肉汁が滝の如く出てくる。


 そして、そのまま直ぐにご飯を頬張る。このカツは元々味付けが施されているためか、ご飯と相性が良い。時折来るピリッとした辛味は恐らく胡椒を使ったものだ。胡椒はこの星の名産で、アース産より何倍も辛味があり、香ばしい胡椒なのだ。


 米も米でまた、美味しい。美味しいお米は『立っている』と聞く。リニックはそれが今まであまりよく解らなかったが、このお米を食べると『立っている』ことが直ぐに解った。


 口の中には甘味が広がり、それは一口噛むごとにさらに広がる。スイーツとすら思わせるその甘味だったが、不思議とオカズの味を邪魔するほど、しつこくはなかった。


 暫く食べているうちに、あっという間にリニックはご飯を平らげてしまった。他の人も見ると、大体同じペースくらいで食べていたせいか、もう器は空になっていた。


「……さて、それじゃあ話を始めましょうか」


 口の周りをナプキンで丁寧に拭き、リリーが言った。


「単刀直入に言うよ、時間旅行がしたい」


「リニック。それは確かに電話のときに聞いた。だが、そんなことは無理だ。この研究所は民間だからといって、その研究をほいほい民間人には使わせられない。たとえ、リニックの言葉だとしても、だ」


「……救いたい人が居るんだ」


 リニックは改めてリリーを見直す。


「だけど、その人は科学ではない別の方法で過去へ行ってしまった。……僕は救わなくちゃならない。たくさんのことを、教えてくれた恩返しがしたいんだ。あの人のためにも……!」


「リニック、ちょっと聞きたい。今君は『科学ではない』と言ったね?」


 リリーから急に問い詰められ、一瞬ではあるが、リニックは狼狽える。


「そうだよ。……あれはたぶん錬金術の方だと思ったけれど」


 そう言うとリリーは深く考え込んでしまった。彼女は『科学』なら専門だが、それ以外は専門外である。


「錬金術か……。ふむ、となると中々に厳しいものがあるな。というより、私たちはそもそも錬金術について知識を兼ね備えていない。だからこそ研究しがいがあるのだが、予備知識を持たずに研究に踏み入るというのはきついものだね」


「……本当にダメなのか」


「ダメだ。そんなことに流されて大きな実験など、失敗する未来が見えている」


 リリーの目は、はっきりと否定の意思表示を行っていた。

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