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New Testament  作者: 巫 夏希
第四章 もう一度この世界を。
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4

 その頃リニックたちは意を決し、アジトの中へと突入した。アジトの中は恐ろしい程静かで、彼らの歩く足音のみが響いていた。


「……静かだな」


「何処かに潜んでいることも有り得るわ……。慎重に進まなくちゃ」


 ジークルーネはそう言いながら、ゆっくりと歩いていく。レイビックはメアリーが勝手な行動をしないように、監視していた。


 そんなことをしながら、ちょうどアジトの中心にある食堂へとやって来た。食堂の壁には等間隔に彫像があり、その彫像はどれも美しい。


 しかし、今は目の前にある一つだけが消えてしまっていた。どういうことなのかは彼らには解らない。だが、その先に何かがあると考えるのが妥当だった。


「あの彫像があんな感じになっているなんて、初めて知った。もしかしたら、何かがあるのかもしれないな。私にも解らない……何かが」


 ジークルーネはそう勿体振って中へと入っていく。中は螺旋階段になっていた。少々狭く、若干小柄であるリニックが入っても窮屈さを感じるほどだった。


「ここまでして隠す必要があるもの……って、何だろうな」


 リニックが問い掛けるが、ジークルーネは答えない。解らないのだ。この場所は、ジークルーネですら知らない場所であったということだ。


 ジークルーネの横顔を見て、リニックは悟った。彼女は、裏切られたことに打ちひしがれているのだと。


 リニックはもう、これ以上深くは語らなかった。ただ小さく頷くと、再び地下に向けて階段を降っていった。


 螺旋階段は長く降り続けると、今自分がどの方角を向いているのか、錯覚に陥りがちである(別に回転さえしていれば、螺旋階段である必要はない)。


 地下に居るのだからそれは尚更だ。だからこそ、彼女たちは気付かなかった。


 螺旋階段が徐々に広がっていて、最早その場所は自分たちが初めに降りた場所の直下ではない、ということに。



 ◇◇◇



 光が見えたのは、それから少し経った時のことだ。暫く蝋燭だけが階段にあったので、その光は実際には随分と暗かったのだが、その何倍も明るく感じられた。


「……光だ……!」


 ジークルーネはそう言って、外に出た。


 そこにあったのは、小さな泉だった。泉の真ん中には浮島があり、小さな扉がある。扉は今は閉ざされていて、その前には小さな金属製の皿があった。


 そして、皿の前には見覚えのある人間が居た。


「ヴァルトブルク……!」


 ジークルーネはそう言うと浮島へと走り出した。ヴァルトブルクも、自分が呼ばれたことに気が付いたらしく、こちらを振り向くとニッコリと微笑んだ。


 ジークルーネはヴァルトブルクの方に近付くと、彼女を抱き寄せた。それをされて、彼女はわんわんと大泣きした。よっぽど怖かったのだろう。よっぽど悔しかったのだろう。ジークルーネはそんな彼女の気持ちを汲んで、背中を優しく撫でた。


 ヴァルトブルクが落ち着くのを見て、リニックは彼女に近付いて、


「……どうしてここに居たんだい?」


 優しく、訊ねた。


「シルバ兄さんとマリア姉さんが拐われたから、跡をつけてみたの。そしたら、この泉に辿り着いて、あの女の人が自分の腕をナイフで切った後に、二人の腕も切って、このお皿に血を垂らしたの。そしたら、三人であの扉の中に入っていって……」


 そこまで言うと、思い出したのか再び涙ぐみ始めた。


「……あぁ、済まない。悪かったな、思い出させたりしちゃってさ……」


 リニックが優しく宥めると、レイビックが鼻をひくつかせる。


「この仄かに香る甘い匂いはなんだ?」


 レイビックが訝しんでそう言ったので、リニックも空気の匂いを嗅いでみたが、地下の湿った匂いしかせず、甘い匂いなどするはずもなかった。


「甘い匂いなんてしないぞ。デタラメなんじゃないか?」


「いや、そういうわけはないんだが……」


「いや、私も感じる」


 答えたのはジークルーネだった。ジークルーネはこの甘い匂いに、何か覚えがあった。


「何だったかなこの匂い……嗅いだことはあるんだけど……」


光素エーテル、じゃないかしら」


 レイビックの言葉に、ジークルーネはうんうんと頷く。


「そうだ……そうよ。これは光素の匂いだわ。この、鼻につく甘ったるい匂いは……」


 光素、という単語にリニックは聞き覚えはあったが、それが何なのか、直ぐに思い出すことは無かった。


「済まん。無知を承知で訊くが……光素ってなんだ?」


「私たち人間を構成する成分の一つよ。『魂』を構成しているとも言われているわね。そしてこれは、ある物にもついていて、莫大なエネルギーを持つと云われている。貴方も聞いたことがあるはずよ……『知恵の木の実』という、林檎みたいな果物を。神が人間に食べさせるのを禁じた、禁断の果実を」


 リニックの問いに、ジークルーネは言った。



 知恵の木の実という名前には、リニックにも聞き覚えがあった。もとは錬金魔術を研究していたリニックにとって、最早当然のことだ。


「知恵の木の実って……確か莫大な惑星の記憶エネルギーを凝縮したもの……だったよな?」


「そうね。確かにそれでも意味としては間違っていない。……だけど、それは『半分正解』としか言えないわね。例え、何れだけおまけをしたとしても」


「もう一つの解釈が……光素、って訳か」


 リニックの言葉にジークルーネは頷く。


「そう。そうよ、その通り。光素とは今まで発見されてはいたけど、科学的な解析が少なくともこのアースでは進んでいないからね。……何処だかは忘れたけれど、何処かの惑星ではやっているとかやっていないとかの話は耳にしたことがあるかな」


 ジークルーネの言葉に、リニックは何処か引っかかっていた。


 光素の科学的研究。それについて思い当たる節があるからだ。


「……ヴァルトブルクの話からすれば、これは錬金術によるものの可能性が高い。となると、この光素がどういうものなのか調べる必要が出てくる」


「何処かあてでもあるのかしら?」


「ウォードという星に、そういうのを研究している施設がある。錬金術を主としている、アースと対になった星だ。もしかしたら、何か知ることが出来るかもしれない」


 リニックの言葉にジークルーネは少し考える。


 確かにこのままアースだけで調べるよりも、リニックの言った、光素を研究しているという施設に言ったほうが早いだろう。


 しかし、だからといって、そのままアースを放置しても問題無いのだろうか?


 カーディナルは狂気な人間だ。何を考えているのか、まったく解らない。だが、ジークルーネにはカーディナルが何者か、一つの予想があった。


 死んだとされている、祈祷師リュージュである。彼女が何らかの手段で生き返り(若しくは、アキュアに逃げ延び)、この世界で『カーディナル』として機会を待っていた――とすれば、凡てが上手くいく。


 そして、あの扉を潜ったら三人は消えた。


 ここでジークルーネは、もう一つの予想を立てる。


 それは、あの扉が異世界に通じているのではないか、ということだ。


 それを確かめるのに、手っ取り早い方法がちょうど一つだけあった。


「ヴァルトブルク、ちょっといい?」


 ジークルーネが不意に訊ねると、ヴァルトブルクはゆっくりと頷く。


 ジークルーネはヴァルトブルクの額に触れる。そして、目を瞑って――強く念じた。


 ジークルーネの手の回りには鱗粉のようなものが光輝いて浮かんでいた。


 手を触れていた間はほんの僅かだったが、それを終えると、満足げに頷いた。


「……やはり、私の仮説通りだった。だけど、少しだけそのベクトルが違っていたようね」


「どういうことだ」


 リニックが訊ねると、ジークルーネは小さく微笑む。


「どうやら、カーディナルたちは……時を越えたらしい。時代は、そう……百年前に」

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