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「くだらない? それこそ人が勝手に下した尺度じゃないのか。くだらないと思っている人も居ればそうでない人間も居る。……当たり前だよな、人間はそういうもんだ。完璧な人間なんて居ない。皆必ず何処かが欠けているんだ。そして……、その欠けた部分を補い合って人間は生きている。いや、補い合うからこそ、それこそが人間の境地だと思えるんだがね」
シルバの言葉を聞いて、カーディナルは小さく舌打ちした。
「戯言だ。そんなことは」
「いいや、違う。これは真実だ。人間が何千、何万、何億と……パターンを駆使していったからこそ、それを理解し、それを真実と人間の一般常識として定義した。だから、それは人間に潜在的に入っている。例えば、『他人の物を勝手に奪ってはいけない』のように、ね……」
「だが、その意識は簡単に壊せてしまう。この世界にそれを壊した人間が多いのも一目瞭然ではないか。例えその意識が『正しい』としても、人間には『絶対に』それを守ることなど出来ない」
カーディナルはそう言うと、
「……時間がない。はじめよう」
呟いて、左手を地面に近付け、それをゆっくりと上昇させた。
たった、それだけの行為に思えた。
床から、何かが浮かび上がってきた。
それは、人間のようだった。そして、シルバにも見覚えのある、人間だった。
「……マリア!?」
シルバの妹のような存在(実際には従兄弟である)である、マリア・アドバリーだった。
「彼女の存在が必要不可欠なのよ。特に過去の歴史に支障が出ないためにも、ね」
「彼女を……どうするというんだ」
「この神殿のどこかに『時空の扉』があるはずよ。その在処を教えなさい。先ずは……話はそれからよ」
カーディナルの言葉に、シルバは素直に従うほか選択肢がなかった。
シルバの表情を見て、カーディナルは右腕を――シルバの血がたっぷりとついた右腕を、下げる。粘りのある血液が少しずつ流れを作り――それは床に零れ落ちた。
すると、その血液はカーディナルの見ている方角へと、ゆっくりと流れ出した。それを見て、カーディナルは微笑む。
「やはり、あなたもそういう人間だった、ということになるわね……。祈祷師の家系にいる……そのことを、実証出来たわ」
カーディナルはそう言って両手を掲げて、
「さぁ、向かいましょう。『扉』へ。そして……百年前の、あの時代へ」
高らかに笑っていた。そして、シルバとマリアを連れて、その血の流れる方向へと歩いていた。
彼女は油断してしまっていたのか、それともわざとなのかは解らない。
しかし、彼女はあるミスを犯していた。
その光景を、ヴァルトブルクに見られたこと――だった。
◇◇◇
その頃。
リニックたちは漸くアンダーピースのアジトに辿り着いた。
「久しぶり、だな。ここに戻ってくるのも……」
リニックの問いに、ジークルーネはぎこちなく頷く。
「……どうした?」
「感じない? ひどくここの空気が澱んでいることに。まるで魔力の強い誰かが現れて揉みくちゃにしたような……」
ジークルーネの言葉を聞いて、リニックは漸くというか、何となくというか、その空気の澱みを感じることが出来た。
「……本当だ」
リニックは、それを感じて直ぐに、誰がそれを引き起こしたものであるのかというのを、理解した。恐らくは、ジークルーネも同じ段階で理解していた。
「……もしかして、ここにカーディナルが居るというのか……!?」
リニックたちは神殿の脇にある茂みで、作戦会議をとることにした。もしかしたら、これすらもカーディナルに見つかっている可能性が高かったが、そんな余裕など、彼らにはなかった。
「……しかし、カーディナルは何を狙っているんだ?」
「ここは大魔導士テーラが居た神殿だから、何か魔導兵器とか、魔導書とかがあるのかも」
ジークルーネが言うと、リニックは何かを思い出したらしく、更に訊ねる。
「じゃあ、何か狙われるような物でもあるのか?」
「……めぼしいものは、大体無いと思うよ。アンダーピースは独学もしくはメアリーさんか私に学ぶスタイルだから。だから、みんな魔法の構成式が似たようなつくりなのよ。裏を返せば、たとえ化かされても魔法の発動する瞬間さえ見れば、本物か偽物かの区別がつく……というかんじね」
それ自体真似されてはどうしようもないのではないか――という野暮なツッコミはしないでおいた。
「まぁ、そんなことは置いとくとして、だ。じゃあ、カーディナルは何を狙っているんだ? 報復のためか?」
「それだけの理由のために……果たして、アンダーピースのアジトに来るのかしら。いや、そもそも、なぜここがアジトだと知っていたのかしら?」
「と、いうと」
リニックが訊ねると、ジークルーネは両手を広げて言った。
「もしかしたら、『何か』を探しているうちに偶然辿りついた場所がここ……という推測は出来やしないかしら?」
◇◇◇
神殿の真ん中には小さな泉がある。その泉には立ち入ることをメアリーが許していなかったため、誰も入ることができなかった。
その泉の真ん中には浮島があり、小さな門があった。門の前には、小さな金属製の皿が置かれていた。
「ここだ」
カーディナルは笑いながら言うと、マリアとシルバの二人を抱えていたにもかかわらず、走り出してその皿の前で立ち止まる。
「この皿だよ……これに血を注ぐのだ……」
そう言ってカーディナルは持っていたナイフで躊躇なく右腕を切る。直ぐに血が筋となりその皿へぽたぽたと垂れていく。次にシルバ、マリアの二人も同様に切られ、血が注がれていく。
三人の血が合わさると……甘い匂いが漂い始めた。
「……なんだ、この匂いは……?」
「これは、時を超える匂いだよ」
「時を超える……?」
「この門は、祈祷師と、その血を受け継ぐ人間が三人も揃わなくては開くことが出来ない。それも、一度入れば出てくるまでは次の人間が入っていくことは適わない。……さあ、扉よ開け。そして、私たちを、百年前へと導くのだ――!!」
そのカーディナルの言葉に呼応するように、扉はゆっくりと開いていく。
扉が開いていくと、カーディナルは笑いながら二人を連れ込んでいった。
三人が入るのを確認するように、また、ゆっくりと扉は閉まっていった。




