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New Testament  作者: 巫 夏希
第四章 もう一度この世界を。
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3

「くだらない? それこそ人が勝手に下した尺度じゃないのか。くだらないと思っている人も居ればそうでない人間も居る。……当たり前だよな、人間はそういうもんだ。完璧な人間なんて居ない。皆必ず何処かが欠けているんだ。そして……、その欠けた部分を補い合って人間は生きている。いや、補い合うからこそ、それこそが人間の境地だと思えるんだがね」


 シルバの言葉を聞いて、カーディナルは小さく舌打ちした。


「戯言だ。そんなことは」


「いいや、違う。これは真実だ。人間が何千、何万、何億と……パターンを駆使していったからこそ、それを理解し、それを真実と人間の一般常識として定義した。だから、それは人間に潜在的に入っている。例えば、『他人の物を勝手に奪ってはいけない』のように、ね……」


「だが、その意識は簡単に壊せてしまう。この世界にそれを壊した人間が多いのも一目瞭然ではないか。例えその意識が『正しい』としても、人間には『絶対に』それを守ることなど出来ない」


 カーディナルはそう言うと、


「……時間がない。はじめよう」


 呟いて、左手を地面に近付け、それをゆっくりと上昇させた。


 たった、それだけの行為に思えた。


 床から、何かが浮かび上がってきた。


 それは、人間のようだった。そして、シルバにも見覚えのある、人間だった。


「……マリア!?」


 シルバの妹のような存在(実際には従兄弟である)である、マリア・アドバリーだった。


「彼女の存在が必要不可欠なのよ。特に過去の歴史に支障が出ないためにも、ね」


「彼女を……どうするというんだ」


「この神殿のどこかに『時空の扉』があるはずよ。その在処を教えなさい。先ずは……話はそれからよ」


 カーディナルの言葉に、シルバは素直に従うほか選択肢がなかった。


 シルバの表情を見て、カーディナルは右腕を――シルバの血がたっぷりとついた右腕を、下げる。粘りのある血液が少しずつ流れを作り――それは床に零れ落ちた。


 すると、その血液はカーディナルの見ている方角へと、ゆっくりと流れ出した。それを見て、カーディナルは微笑む。


「やはり、あなたもそういう人間だった、ということになるわね……。祈祷師の家系にいる……そのことを、実証出来たわ」


 カーディナルはそう言って両手を掲げて、


「さぁ、向かいましょう。『扉』へ。そして……百年前の、あの時代へ」


 高らかに笑っていた。そして、シルバとマリアを連れて、その血の流れる方向へと歩いていた。


 彼女は油断してしまっていたのか、それともわざとなのかは解らない。


 しかし、彼女はあるミスを犯していた。


 その光景を、ヴァルトブルクに見られたこと――だった。



 ◇◇◇



 その頃。


 リニックたちは漸くアンダーピースのアジトに辿り着いた。


「久しぶり、だな。ここに戻ってくるのも……」


 リニックの問いに、ジークルーネはぎこちなく頷く。


「……どうした?」


「感じない? ひどくここの空気が澱んでいることに。まるで魔力の強い誰かが現れて揉みくちゃにしたような……」


 ジークルーネの言葉を聞いて、リニックは漸くというか、何となくというか、その空気の澱みを感じることが出来た。


「……本当だ」


 リニックは、それを感じて直ぐに、誰がそれを引き起こしたものであるのかというのを、理解した。恐らくは、ジークルーネも同じ段階で理解していた。


「……もしかして、ここにカーディナルが居るというのか……!?」


 リニックたちは神殿の脇にある茂みで、作戦会議をとることにした。もしかしたら、これすらもカーディナルに見つかっている可能性が高かったが、そんな余裕など、彼らにはなかった。


「……しかし、カーディナルは何を狙っているんだ?」


「ここは大魔導士テーラが居た神殿だから、何か魔導兵器とか、魔導書とかがあるのかも」


 ジークルーネが言うと、リニックは何かを思い出したらしく、更に訊ねる。


「じゃあ、何か狙われるような物でもあるのか?」


「……めぼしいものは、大体無いと思うよ。アンダーピースは独学もしくはメアリーさんか私に学ぶスタイルだから。だから、みんな魔法の構成式が似たようなつくりなのよ。裏を返せば、たとえ化かされても魔法の発動する瞬間さえ見れば、本物か偽物かの区別がつく……というかんじね」


 それ自体真似されてはどうしようもないのではないか――という野暮なツッコミはしないでおいた。


「まぁ、そんなことは置いとくとして、だ。じゃあ、カーディナルは何を狙っているんだ? 報復のためか?」


「それだけの理由のために……果たして、アンダーピースのアジトに来るのかしら。いや、そもそも、なぜここがアジトだと知っていたのかしら?」


「と、いうと」


 リニックが訊ねると、ジークルーネは両手を広げて言った。


「もしかしたら、『何か』を探しているうちに偶然辿りついた場所がここ……という推測は出来やしないかしら?」



 ◇◇◇



 神殿の真ん中には小さな泉がある。その泉には立ち入ることをメアリーが許していなかったため、誰も入ることができなかった。


 その泉の真ん中には浮島があり、小さな門があった。門の前には、小さな金属製の皿が置かれていた。


「ここだ」


 カーディナルは笑いながら言うと、マリアとシルバの二人を抱えていたにもかかわらず、走り出してその皿の前で立ち止まる。


「この皿だよ……これに血を注ぐのだ……」


 そう言ってカーディナルは持っていたナイフで躊躇なく右腕を切る。直ぐに血が筋となりその皿へぽたぽたと垂れていく。次にシルバ、マリアの二人も同様に切られ、血が注がれていく。


 三人の血が合わさると……甘い匂いが漂い始めた。


「……なんだ、この匂いは……?」


「これは、時を超える匂いだよ」


「時を超える……?」


「この門は、祈祷師と、その血を受け継ぐ人間が三人も揃わなくては開くことが出来ない。それも、一度入れば出てくるまでは次の人間が入っていくことは適わない。……さあ、扉よ開け。そして、私たちを、百年前へと導くのだ――!!」


 そのカーディナルの言葉に呼応するように、扉はゆっくりと開いていく。


 扉が開いていくと、カーディナルは笑いながら二人を連れ込んでいった。


 三人が入るのを確認するように、また、ゆっくりと扉は閉まっていった。

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