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New Testament  作者: 巫 夏希
第三章 デストルドー
46/91

16


 カーディナルが見えなくなると、リニックたちは背中を蹴られ、強制的に地面に顔をつけられる。


「エスティ、目を覚ませ……! お前はファウロだなんて名前じゃない……!」


「御託を言っても無駄です。……そんな下らない冗談が通用するとお思いですか? だとしたらそれは馬鹿なことです。あなたもカーディナル様とともに世界を救う存在になれたかもしれないというのに……」


「あんなのが世界を救う、だって。はは、そいつは酔狂な話だ。そんなものでしか救えない世界なんて……さっさと滅んでしまった方がいいと思うがな」


 リニックの言葉を聞いて、ファウロはリニックの頭を思い切り蹴る。


「黙れ、異教徒が……。我々、ルーニー教に楯突こうと考えたからこうなったんだ。まさに、自業自得というやつだよ」


 そう言うと、リニックから離れ、他のメンバーに聞こえるよう、少し大きめの声で言った。


「それでは……始めようか」


「それには及ばないわ」


 ファウロ以外の声が、カーディナルの部屋に響いた。そして、この声はリニックとレイビックには聞いたことのある声で、よく知る人物だった。


「……誰だ」


 ファウロが呟く。


「そこまで催眠が強く効いているのか……。『千里眼』で辺りを見渡したとはいえ、未々難しそうな状態ではあるかな? ……ま、それはさておき」


 唐突に言葉を切ったそれは、未だ煙に包まれており、誰なのかは見ることが出来なかった。


 そして、そこから詠唱もなしに火炎魔法が放たれた。


「……詠唱なしでこれほどの威力の魔法を使うなど……、考えられない! あり得ない!」


 ファウロが慌てふためきそんなことを言ったが、火炎魔法を撃ったそれはゆっくりと此方へ向かってくる。そして、煙の中から出てきたのは――他でもない、ジークルーネだった。


「ジークルーネ!」


 リニックの言葉に、ジークルーネは頷いて、右手に持っていた分厚いハードカバーの本に左手を掲げる。


 すると今度はジークルーネの目の前から、巨大な氷柱が幾つも産み出される。その方角は真っ直ぐにファウロたちを狙っていた。


 慌ててファウロたちは防護術式の展開を開始するが――、


(魔法の展開が素早すぎて、間に合わない……!?)


 ジークルーネが放ったその魔法は展開があまりにも早かった。


 普通、魔導書を用いる魔法発動と用いないそれがあるが、後者の場合だと、それを『探し』、術式を『展開』するのだが、前者では術式の展開だけで良い代わりに、術式を『理解』する時間が必要とされる。これは魔導書を使う魔法発動特有の遅れ時間で、大抵一ミリ秒から五秒ほどかかる(術式が高度になればなるほど、無論遅れ時間は伸びる)。


 しかし、どう考えてもジークルーネの魔法発動には、その『理解』する時間が含まれているようには見えなかった。


 そして、彼女たちが防護術式を発動することもなく、氷柱によって宙に投げ出され、床に強く叩きつけられた。


「がほ……ごほっ」


 他の二人は完全に倒れたまま(気を失ったか、死んでしまったのかは解らない)だったが、ファウロだけは未だ息があるようだった。それを見てジークルーネは再び本に手を掲げようとした。


「やめろ! ジークルーネ!」


 しかし、それはリニックの言葉によって制された。


「エスティは……大事な仲間なんだぞ……。確かに今は操られているかもしれないが……! そんな、仲間だった存在を、簡単に殺してもいいのかよ!?」


「……だが、今は違う。催眠なんて甘いものに纏わりついたただの虫だ」


「お前の理論からしたら、メアリーさんもそのような扱いということになるぞ! 治って戻ってきてくれたことは素直に嬉しいが、そんなのジークルーネがすることじゃあないだろう!?」


 リニックの言葉に――漸くというか、やっとと言うか――ジークルーネは本に手を掲げるのをやめた。


「とりあえずこっちは片付いたな……。ありがとう、ジークルーネ。申し訳ないんだが、この縄も斬ってくれないか?」


 ジークルーネは頷いて、リニックたちを縛り付けていた縄を持っていたナイフで斬った。


「そういやジークルーネは、話せるようになったんだな?」


「元々失語症だったとはいえ、軽い症状だったからね。喋ろうと思えば喋れたけれど……、まぁ、なんというか億劫だった、みたいな?」


「みたいな……って。まぁ確かに時折話す時は、あるっちゃあったな」


「でしょう?」


 ジークルーネはシニカルに微笑む。それを見て、リニックは少し苛立ったが、その思いは今言わなくてもいいだろう、と思った。


「私を……殺さないというのですか、異教徒め」


 一先ず、エスティの催眠は未だ解けることはなかった。いつまた襲うかも解らないので(少なくとも、リニックは不本意だと思っていたが)縄で縛ることとした。


「カーディナルとやらは相当強い暗示魔法をかけたみたいだな……」


 リニックが呟くとジークルーネが首を傾げる。


「……カーディナル、とは?」


「このルーニー教の最高幹部らしい。外見はメアリーさんと同じか少し幼いくらい。だが中身は千年以上も生きているものだ。人間と呼べるかどうかも怪しいところになってくるが」


「カーディナル様を……侮辱するなど許せぬ……!」


「黙ってろ」


 そう言ってジークルーネは――どうやら腹の居所が悪いらしい――ファウロに猿轡をさせた。これでもう、大声をあげることもないのだろう。


「……それで、そのカーディナルはいったいそこまでして何がしたいんだ? 生への執着だけなのか?」


「いや、僕にはそうとは思えない。何かもう一つあると思うんだ……。それも、その一つ目の欲求よりもどでかい何かが……」


 そう言って、レイビックはずっと座っていたメアリーを立たせた。


「メアリーさん……おばあちゃんは、結局どうなってしまったの?」


 ジークルーネが訊ねると、リニックは首を横にふって答える。


「僕たちが助けに来たときは……ひどい状態だった。彼女の身体全体には雄の臭いがこびりついていたし、身体は微小な痙攣をも起こしていた……。相当なことをされたに違いない。ヒトは相当なショックを受けると、それを忘れようとして精神を退化させるというのは聞いたことがあるだろ? つまり……彼女は今、三歳児程の精神しか持ち合わせていない……ということになる」


 リニックの『分析』という名の『現実』を聞いて、ジークルーネは愕然とした。


「探すのが……遅れてしまった……! 本当に、申し訳ない……っ!」


 気が付けば、リニックの目からは大粒の泪が溢れ出ていた。ジークルーネも泣きたい気持ちだったが、それを抑えてリニックの身体を抱き寄せて、背中を擦った。リニックは泣きすぎて嗚咽を漏らしていた。


「過ぎてしまったことは戻すことが出来ない……。これは、結果。結果を先に見て、過程をそれに応じて変化させていくことなど出来ない。未来を予知する魔法ならあるが、それは空気の流れから僅か数秒先の未来を見るというだけ。……『時間逆行』の魔法だなんて、使えるヒトはいないのだから」


「そうか……そうだよな……」


 ジークルーネが宥めても、リニックの目から零れ落ちる涙は、止まることがなかった。



 ◇◇◇



 その頃、ハイダルクの廃ビル。


「……メアリー・ホープキンが痛い目にあったようだな」


 ああ、と答えた男の顔は笑っていた。


「我々の活動を邪魔する可能性もあった、トワイライトという『観察者』が、下手に手を出してくれたお陰でもあるな。その辺りについては、感謝しなくてはならない」


「だが我々にとっての最終目標はそんなちっぽけなことではない、ということは解っているのだろう?」


 それを言われ、男はシニカルに微笑む。


「……あぁ、『リバイバル・プロジェクト』、全くもって忘れていないよ」


「凡てを『ゼロに還す』プロジェクト……それさえ聞けば、意味不明だが、つまるところそういう訳ではない。果たして、この計画が成功するのか……」


「するでしょう」


「その為のプロジェクトだ」


 男たちはそう言った。リバイバル・プロジェクト、それがどんな意味をさすのか、真の意味を知っているのは、ほんの僅かな人間だけだった。


 そして――。


 その頃、カーディナルは部屋の奥にあったある機械へと乗り込んだ。その機械はたくさんの計測器が設置されており、精密機械であることが窺える。その機械のスイッチを起動すると、虫の飛んでいるような音を立てながら、目の前のウィンドウにこう表示されていた。



 ――おかえりなさい、ご主人。



 その字は、液晶の寿命が原因なのかは知らないが、霞んでいた。少しぼやけて見えて、若干気をつけて読まないといけないものだった。


「……一先ず、これで戻らねばなるまい。ふふ、あまりにもこの時間は長過ぎた。私は力を付けたのだ。もはや百年前の私とは違う……!」


 カーディナルは独りごちる。そして、目の前にあるピアノに触れる。指を置き、その場所を押す。すると、その装置がゆっくりと震え始める。


 カーディナルは高笑いをして、さらに操作を進める。


「やってやろうじゃないの……、『姉さん』。私にだって出来ることを、証明してあげるわ」


 その頃、リニックたちはカーディナルを追いかけ、最後の部屋まで辿り着いた。しかし、その扉は固く閉ざされていた。


「ここまで来たのに……!」


 リニックはそう言って壁を殴る。しかし、そんなことをしても事態が変わることは、まったくもってない。


「転移魔法は……使えそうにないね。何せ、私たちはその部屋の内装とかを知らない。知らない場所に転移魔法で向かうのは、難しいしリスキーだもの」


「だとしたら……どうすればいい。この扉を撃ち破るのは……流石に難しいだろうしな……」


『……まさかここまでやって来るとはね。その意地については、誉めてやらなくもないかな』


 その声は、紛れもないカーディナルの声だった。どうやら天井にあるスピーカーから聞こえてくるらしかった。


「出てこい! 逃げるんじゃねぇよ!」


 リニックの言葉に、カーディナルは高らかに笑う。


『……私はこれから遠い場所に向かう。追いかけられるものなら……いや、先ずは同じ場所から始めないと話になるまい。そうだ、アースに来い。全員連れて、だ』


「待て、それはどういうことだ――」


 リニックが言ったちょうどそのとき、壁の向こうから爆音――ちょうど何かが発射するような、だ――が聞こえた。


「まさか……この向こうはロケットだとでも言うのか!?」


 リニックは急いで、外に向かうため来た道を戻っていった。


 外に出て、空を見ると小さな星のような物体が、どんどん小さくなるのが見て解った。恐らくは、あれがカーディナルの乗るロケットなのだろう。


「アースに来い……そう言いたいのか、カーディナルは……!」


「だって本人がそう言っていたから、それは確実なんだろうけれど、どうしてカーディナルはアースに呼ぶんだろう? アースでなければいけない理由でもあるのか?」


「それが解れば苦労しないけれどね」


 リニックは小さく微笑む。


 ジークルーネはあまりにもリニックから緊張感が見られなかったためか、深い溜め息をついた。


「……本当になんというか。究極の緊張感無い人間だよね。そこまで来ると羨む気も失せてくるよ」


「誉めているのだか貶しているのだかどっちかにしてくれよ」


「誉めている、つもりだ」


 リニックとジークルーネの会話は端から見たらただの痴話喧嘩にしか見えなかった。しかし、今この場でそれを突っ込んだとしても火に油を注ぐだけだった。


「アースに向かうには……やはり、空港か? 宇宙船飛ばしてくれるかな」


「特に被害もなかったし、飛ばしてくれると思うんだがな……。そうでなかったら、最悪宇宙船をぶんどるまでだ」


「運転は出来るのか?」


「勘でやればなんとかなるだろう。寧ろ飛ばすときより着陸が大変だ」


 だな、と言ってレイビックは小さく笑った。それを見て、ジークルーネもつられて笑うのだった。




第三章



第四章に続く。



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