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「アキュア……今はそこに皆が居る、と」
ジークルーネの言葉に、ロゼは小さく頷く。代わってトレイクは、ロゼが何を考えているのかさっぱりだった。こんなことは初めてだった訳ではないし、寧ろこの現象の方が多い。そう認識していた彼ですら、それを疑っていた。ほんとうに彼女は何を考えているのか? と。
「……私はここを離れることは正直言って不可能でしょう。しかし、ジークルーネ、あなたならばそんな柵など関係はない。行くしかありません。そして、彼らを……仲間を、救うのです」
ロゼの言葉に、ジークルーネは大きく頷いた。
◇◇◇
その頃、リニックとレイビックは消えたエスティたちを捜すこととした。
しかしながら、あまりにも広すぎるこの建物を、たった二人で捜索するには随分と過酷な問題であった。
「……どうするか。レイビック、君は探索魔法を使えるか?」
「使えるようだったら最初から使っていますよ……」
リニックの言葉を、さも予想していたかのようにレイビックは答える。それはもう言われ続けた言葉だったのかもしれない(何故なら、彼女の顔を見ると明らかに不機嫌そうだったからだ)。
「そうか……。実は僕も使えないんだ。使えればいいなぁ、と日夜思って研究の合間に練習してたんだけど……どうも苦手な魔法ってのはそう簡単に克服出来ないみたいでね」
そうは言うものの、リニックの言葉は、結局は言い訳に過ぎなかった。
「……ともかく、結局戦力は全員居る時の半分以下。しかも、メアリーさんがこのような状態だから彼女を庇う必要だってある。非常に大変なものだということは、君にも解ることだとは思うのだけれど」
「だからこそ、困っているんじゃないか。メアリーさんを助けたことで、一応一つ目の問題はクリアした。だが問題は、君のことだ。レイビック、君は未だに巫女だと思われているらしい。それもおそらく、人為的にだ。これをどうにかしないと、安心してこの星から出ていけないぞ」
リニックの言葉に、レイビックは頷く。彼の言葉の通りだった。彼が今言ったその言葉通り、レイビック≠巫女ということを証明せねばならない。そのためには、ルーニー教の最高幹部とも云える教祖に会わなければ、話にならない。
だがしかし、彼らは確実にリニックとレイビックをここで倒そうと目論んでいる。ここで倒されたら、レイビックは本当に巫女となってしまい、他の人間もどうなるかは解らない。何としても、それだけは阻止せねば。
「だとしても、ここをどう乗り越えるかって話になるね」
そう言って三人は廊下を駆けていく。
◇◇◇
――夢を見ていた。
エスティはそんなことを思いながら、目を覚ました。
そこは小さな池のようだった。エスティはそれに腰まで浸かっているのだが、不思議と冷たく感じなかった。
池の奥を改めて見ると――一人の女性が同じく浸かっていた。しかし、その場合は完全に肩まで浸かっているのだが。
甘い香りが鼻腔を擽る。なんというかそれは、まやかしのようにも思える。だが、そこにある。現実として、そこにあるのだ。
夢――だとしても、罠だとしても。今の彼女にはそれを判断する力など、とうになかった。
「……おいで」
その口から紡がれた声は、細く直ぐに消えてしまいそうな声だったが、しかしはっきりと彼女の耳に届いた。その仕組みがどうなっているのかなど、最早考えることも出来ない。
女性の声に従い、エスティは行動を開始する。ゆっくり、ゆっくりと女性の方へ近付いて――そしてエスティは横になり、彼女の豊満な胸に頭を埋めた。
「疲れたでしょう……ゆっくりお休み」
その声を聞いた瞬間、エスティは泪を流した。何故かは解らなかった。
「我慢しなくていい。大丈夫。思う存分泣きなさい……」
その声の通り、エスティは嗚咽を漏らすほど泪を流す。
「もう、大丈夫よ。さあ……ゆっくりお休み」
そして、エスティは再び目を閉じた。
◇◇◇
廊下を駆ける三人だったが、何も知らないわけではなかった。
「この建物を走って解ったけれど、どうやらこの建物は中庭をくりぬいたドーナツ形の建物になっているらしい」
「そうらしいね」
「解っていたのか」
「そんなことは一緒に走っていれば自明だ。……まさか、私が解らなかったとでも?」
「……そうだな。ずっと走っていたのに、気づかないわけはないよな。済まない」
リニックが頭を下げると、レイビックは首を振った。
「大丈夫。そんなもので怒るほど、小さい人間ではないから」
「そうか……。まあ、いい。一先ず先を急ごう……って、あれ?」
リニックが言葉に詰まったので、レイビックもリニックが見ていた方を見た。
そこには扉があった。それも、重々しい南京錠がかけられており、見るからにして重要度の高そうな部屋であることが解る。
「……ここから、力の気配を感じる。それも、凄まじい程の、だ」
「そうね。……もしかしたらここがボスの部屋なのかもしれない」
それぞれがそう言うと、リニックは南京錠に手をかける。直ぐに、南京錠は音も立てずに砂のように崩れ去った。
「よし……開けるぞ」
レイビックはそれに頷く。そして、彼は扉を開けた――。
◇◇◇
その頃、トラウローズ・シャルドネ邸。
「……さあ、行くのです。トレイクもついていくのです」
「僕は構わないけれど、君はどうするんだよ。独りぼっちだぞ」
「……ならば、分身するほかないのです。七聖書にもたぶんそういう魔法があるはずです。探せば」
「すっごい不安になる一言!」
トレイクとロゼの会話を聞いて、ジークルーネは微笑む。
「あ、あの……別に構いませんよ。ここまでしていただいたんですし……。もう、結構です。これ以上されると返しきれるかも……」
「何を言うのです」
ジークルーネの言葉に割り入るように、ロゼがつぶやく。ロゼはそんなことどうでもいいと言いたげなつまらそうな顔をジークルーネに見せる。
「そんなことはどうだっていいのです。あなたたちは世界を救う。これ以上のお返しがあるというのでしょうか? 何千年と続いた呪われたこの歴史を……断ち切る時が来たのです」
ロゼの言った言葉は、正直ジークルーネには解らなかった。
しかし、彼女はロゼの気持ちをどことなく理解していた。
ロゼはどこか掴みづらい人間(そもそも人間という定義すら危うい)だったが、彼女もまた世界の安寧を祈っているのだと思えば、ただの人間であるということだ。
「……トレイクさん、大丈夫ですよ。私一人で行けます」
「そうか……」
トレイクはそう言うと、振り返る。
そして話はロゼにバトンタッチされる。
「……あなたの背後にある時空移動ゲートをくぐれば、あなたの知り合いの場所にすぐたどり着くのです。これも過去の大魔術師が書いた魔導書のおかげ。七聖書のおかげなのです」
ロゼは胸を張るが、何もそれは彼女がやったわけはないだろう、とジークルーネは考え、ため息をつく。
ジークルーネは振り返り、改めてゲートを見る。
ゲートの色は紫と青がごちゃ混ぜになったような感じだった。それに飛び込むということは、随分と魔法に慣れ親しんだ者でも覚悟のいることだろう。
なぜなら転移魔法が未だに使えない魔法として世間一般に広まっているからである。しかし、ジークルーネは転移魔法こそ使えないが、転移魔法について慣れ親しんだ人間だ。だが、そんなジークルーネですら、怖気ついてしまうほどの不気味さを放っていた。
「……飛び込むのが、正直こわい」
「慣れることなどないのです。転移魔法に慣れる人間なんて、そうはいませんから」
「ありがとう、慰めてくれて」
そう言って、
「でも、行きます。――ありがとうございました」
トレイクたちに深々と頭を下げて、彼女はゲートに飛び込んだ。




