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New Testament  作者: 巫 夏希
第三章 デストルドー
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13

「『七聖書』は確かに禁書でも有名ですし、神殿協会の書庫にも幾らか保存されていますね。……ですが、それが話に来た理由が、まったくもって解らないのですが」


「トレイクは前置きが長すぎるのです。きちんと言えばいいではないですか。はっきりと……、私が七聖書の一つであるということに」


 シャリオの問いに答えたのは、トレイクではなくロゼだった。しかし、ロゼが言った言葉は、そう簡単に理解出来るものではなかった。


「……人間の形をした、本?」


 シャリオの言葉にロゼは小さく頷き、紅茶を一口啜る。


「そう。確かに驚くかもしれませんが、『ここ』は魔法も錬金術も存在する世界。人間の形をした本があったとしても、それは別段不思議とは思わないのです」


「……ですが、やはりそう簡単に信じるというのは……」


「信じられないのなら、別に戯言だと思えばいいよ。ただし、僕が言っていることは本当の事だけどね」


 トレイクはそう言ってシニカルに微笑んだ。対してシャリオは未だトレイクとロゼの言うことが信じられなかった。信じることが出来ない、という陳腐なことではない。ただ、信じられなかった。


 例えばの話をしよう。目の前にある巨大な石をノーモーションで浮遊させることは、あまりにも現実的でない。何故なら、魔法や錬金術、それにその他の技術をノーモーションで発動させるのは(限りなくノーモーションに近付けることは出来る)、現時点において発見されていないためである。


 だから、これは非現実な考えである。それと同様に、シャリオにとって今の話はまさに非現実なものだったのである。


「話は一先ず理解してもらった体で話そう。彼女……ロゼは自らの禁書の能力を用いて、この町を造り上げた。そして、この町は豊かな町になったんだ」


「しかし……益々信じられません。そんなことがほんとうにあり得るのですか?」


 続くシャリオの質問にロゼは小さくため息をつく。


「……ほんとうにしつこい。ので、証明してあげましょう。私の本、を」


 そう言うとロゼは、開けたドレスの胸元に自らの両手を突っ込んだ。そして、その手は“ロゼの身体の中に入り込んで”いった。


 それにはシャリオも、ぽかんと口を開けるというだらしない表情しか取れなかった。


 そんなシャリオをよそに、ロゼは手を自らの胸の中に沈めていく。


 そして。


 ロゼがその両手を戻したとき、ロゼは何かを手にしていた。


 それは本だった。とても分厚い、本だ。ハードカバーになっており、表紙は燃えるような赤だった。


 それをシャリオに見せるように突き出して、ロゼは再び話を始める。


「……これは、私の本体――豊穣をもたらす『蚕の書』です」


「これが……七聖書……?」


 シャリオはそれを見て、思わず見とれてしまっていた。


 そして、それに触ろうと手を近付けた――。


 ――が。


「触りたい気持ちも解らなくはないです。しかし、これは使う人によっては滅びをもたらすもの……。そのため、七聖書をプロテクトする必要があるのです。正しい心を持った、正しい人間に……これを使ってもらうがために」


 そう言うとロゼはそそくさと本を元に戻した。顔には疲れの色が見えていたので、そう長くは続けられないものなのだろう。


 ロゼは更に話を続ける。


「……一先ず、彼らに合流せねばなりませんね」


 そう言ってロゼは部屋を飛び出す。


「どこへ向かうんだ……!」


「ジークルーネの部屋へ向かうのです。そろそろ彼女の体力も快復したころですし、使える人はできる限り多いほうがいい」


「……急にどうしたんだ、ロゼ」


 さすがに気になったのか、トレイクが訊ねる。対して、ロゼは表情を崩さないまま振り返る。


「――もし、私の仮説が当たっているならば、世界はとてつもなく恐ろしい方向へ導かれる……そんな気がするのです」


 一先ずトレイクたちはジークルーネの部屋に向かった。ジークルーネの部屋は別棟にあり、そこへ向かうには少々時間のかかることである。


 ジークルーネの部屋に辿り着いたロゼは一目散に彼女に近付き、頬にそっと触れ――ぺちん、と一発叩いた。それを見ていて、ロゼ以外の二人は驚いていたが、ロゼはそんなこと気にする様子もなかった。


「………………う、ん?」


 ジークルーネが、それに反応するように、小さく声を上げた。


 それを見て、ロゼは小さい声で話し始める。


「起きなさい、ジークルーネ・アドバリー。少々早い起床になりますが、それでも身体は完全に回復しているはず。……さぁ、起きなさい」


 そう言って、ロゼはジークルーネの額を撫でた。


 そしてジークルーネは――ゆっくりと目を覚ました。


「こ……ここは?」


「安心なさい、ジークルーネ。ここはトレイクの家です」


 状況を理解していないジークルーネに、ロゼは優しく言う。


 ジークルーネはそれを聞いて、ゆっくりと起き上がる。


「大丈夫ですか、具合は?」


「ええ、何とか」


 ジークルーネは小さく頷き、側にある机に置かれていたメガネを手に取り、それをかけた。


「……何か食べ物を持ってきましょう、とかそういう気の利いたことが出来れば良いのですが、生憎そんな時間もありません。急いで準備をするのです」


「おいおい、そこまで急がなくてもいいだろ。起きたばかりなのだから、少しは休ませてあげないと」


「はて。今まで休んでいたのに更に休ませるとは、言葉のあやというものですかね?」


「そういうことを言ってる場合じゃないってことを、一番知っているのはお前だと思ったんだがね」


 ロゼはシニカルに微笑むと、パチンと指を鳴らした。


 たった、それだけのことだった。


 にもかかわらず。


「あれ……? 身体が軽くなった……?」


「トレイクがぶつくさ煩いのでそういうまじないをかけてみることとしました。何処と無くというか、何と無くというか、仕方無くした形ではありますが、きちんと術式は施しています」


 まるで自分がけしかけたようだ、とトレイクは顔をしかめるが、正直なところ、今はそんなことを思う暇もない。少なくとも今は、ロゼに従うほかないのだった。


 ジークルーネはベッドから足を下ろし、立ち上がる。


「調子はそこまで落ちてはいない感じですね。まぁ、これから取り戻すしかないかなぁ……」


 ジークルーネは誰かに訊ねられたわけでもなく、自らの様子を告げる。それは聞かれるのが鬱陶しいとかいった、そんな下らない理由ではなく、早く心配を取り除いてあげたいと思った、彼女の優しさからだった。


「ならば、問題はなさそうなのです。ジークルーネ、こちら神殿協会を只今脱退したばかりのシャリオなのです」


「確かに脱退するつもりでしたけど、それ必要な情報ですか!?」


 ロゼの言葉に、シャリオは声を荒げる。確かに言うことは間違ってはいない。


「そもそも、どうして私と彼女を会わせる必要があるんですか? 何を……企んで?」


 シャリオが訊ねると、ロゼは微笑み、ポケットに入っていた個包装のクッキーを取り出し、袋を開けて、それを頬張った。


「え。まったく企んでなどいませんよ。……あぁ、そうだった。強いて言うならば、これからどうやって彼らに合流するか、その手段を考えるのが大変ですがね」


「……そうだ、他のみんなは」


 ジークルーネは漸く自らが置かれている状況を理解し始めた。


「他の人間はここの隣の星……アキュアへむかいましたよ、名前だけなら聞いたこともあるでしょう?」

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