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New Testament  作者: 巫 夏希
第三章 デストルドー
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11

「……にしても、だ」


 トレイクは発言を改める。


「何か疑問でも? 私で良ければ、何でも答えますが?」


「いや、疑問という訳ではない。強いて言うならば、それに対する解決案を考えているんだが……まぁ何とも厄介だよな」


「協力して下さるんですか……?」


「言っただろう。目を見れば、君は悪人には見えないと」


 トレイクの言った言葉は、シャリオにとって何れだけの救いとなっただろうか。


 それは彼女にしか解らないだろう。しかし、彼女にとってトレイクの発言は、まるで天使だった。カミサマだった。いや、それ以上の価値があったかもしれない。


 彼女は、無意識のうちに泪を溢していた。それに気付いたのは、彼女が彼女自身の視界が歪んで見えることからだった。


「……泣けばいい、思う存分。辛かっただろう。だから、泣いてもいいんだ」


 トレイクはそう彼女に言葉を投げ掛けた。しかし、泣き腫らしている彼女に、その言葉が届くことはなかった。



 ◇◇◇



 その頃、地下水脈をひたすらに行軍するリニックたちは漸く中心と思われる場所に辿り着いた。


「……ここが、あの『何でも屋』が言うには、ルーニー教本部の地下ということか」


 そう言ってリニックは上を眺める。そこには梯子が真っ直ぐ上に延びており、それは天井にまで繋がっていた。天井にはマンホールがあり、恐らくそこから出入りが出来るのだろう。


「準備はいいか?」


「当たり前でしょう。ここまで来て諦めるなんて、ただのチキンですよ」


 フローラのその発言に、リニックたちは頷く。


 そして、彼らは梯子を昇っていった。


 梯子を昇り、ゆっくりとマンホールを開けると、リニックの目にはたくさんの背の低い草がある風景が、入ってきた。


「中庭か何かか……?」


 リニックは辺りを見渡し、誰も居ないことを確認すると、マンホールの蓋をずらし、外に出た。


 リニックの言う通り、そこはやはり中庭のようだった。草の高さが凡て整えられており、またたまに色とりどりな花も見受けられる。誰かがここの手入れをしているのだろう、とリニックは思いながら、改めて中庭を見渡すと、


「あのぅ……どちら様ですか?」


 今にも消えてしまいそうな、小さな声が聞こえた。


「……誰だ?」


 そう言ってリニックは振り返ると、そこには一人のシスターが立っていた。虚ろな目に艶やかな黒髪、白い修道着に負けず劣らずの白い肌を持った彼女のファーストインプレッションは、幽霊のようにも思えた。しかし、リニックはもう一つの印象も抱いていた。それは――。


「あの。これからそのあたり手入れするんで、ちょっと退いてもらって」


「え? あ、あぁ。悪いね」


 唐突に思考が中断され、リニックは一瞬狼狽えるが、直ぐに答えてそこを退いた。


 レイビックたちが梯子を登り終えたのはちょうどその時で、彼女たちも興味津々でその幽霊なシスターを眺めていた。


「……花をずっと手入れしているね?」


「あぁ。手入れしているな」


「ずっと……」


「というか人の気配が……無いな」


 エスティに言われ、リニックは周りを見渡す。確かに、人の気配は一切感じられなかった。もしかしたら、ルーニー教の全員が彼女みたく気配を消すことが出来るのだろうか。だとすれば、それは少々厄介である。


「……幽霊、幽霊で悪かったですね」


 幽霊なシスターは花を手入れしながら呟く。


「あ。あなたの心を読んだ訳では一切ありませんよ、念のため」


 序でに、と言わんばかりにそれを付け足した。


「……あなたの名前は?」


「――」


 レイビックが名前を訊ねるが、幽霊なシスターは答えない。


「それじゃ幽霊さんと呼ぶよ。幽霊さんはルーニー教の人だよね?」


「ここに居るのですから自明でしょう。あと、私は幽霊さんではなくローラ・ディカンバーです」


 幽霊さん改めローラはまだ花の手入れをしている。まるで、それが仕事のように。


「あの……、あなたはずっとここで花の手入れを?」


「……私はこれくらいしか出来ることもありませんし」


 ローラはそう言った。それはひどく自虐的だった。


「肌が白いのは、日に当たっていないからか」


 リニックが唐突に告げたその言葉に、ローラは眉を潜めた。


「なぜ、そんなことが言えるのです」


 レイビックが訊ねると、リニックは人差し指を立てて、ニヤリと笑った。


「それは、単純なことだ。ここが屋外ではない。謂わば人工庭園だよ」


「……ほう。そこまで解るとは。ならば、ここで何を育てているのか……まぁ、そこまでは解らないでしょうが」


 ローラは立ち上がり、振り返る。そして、こちらを見て告げた。その言葉に対し、リニックはシニカルに笑いながら、「その通りだ」と頷いた。


「ならば、答えましょう。ここにある花は、何の花なのか」


 ローラがそれを言おうとした、ちょうどその時だった。


 誰が何も手を加えていないはずなのに。


 ローラの頭が、積みあげられた積み木の如く崩れ落ちた。


「な……っ!?」


 リニックはそれを見て、辺りを見渡す。


 そしてそこには、同じ服装を着た金髪の少女がいた。


 少女は、呟く。


「いかんなぁ。機密をばらそうとするのは。しかも……侵入者に、だ。まったく、ルーニー教の恥だよ」


「てめぇ……、彼女を、ローラを、なぜ殺した」


 リニックの言葉に、少女は笑う。


「アハッ、アハハハハ。なに? あんた、あの子に情でも沸いた? 馬鹿じゃないの、どうせあの子は『使い捨て』なのにさ」


「『使い捨て』、だと……?」


 リニックが眉を潜めると、少女は微笑んだ。


「そうだ、使い捨てだ。こいつらは所詮使い捨てに過ぎない。人間が居る限り、替えが存在するし、必要とされる。そして、こいつらもそれを認めている」


「どういうことだ!!」


 リニックには言葉の意味が理解出来なかった。否、理解したくなかった。


「おやぁ? 学者様ならそれくらい解りそうなもんだが? ……なるほど。現実を理解したくないとか、そんな甘い理由で『解らない振り』をしているわけだ。彼女たちに少しでも優しい自分で居たい、そう思ったわけだ」


 少女の言葉は、真実だった。だから、リニックは何も言い返すことは出来なかった。言い返したら、さらに自分の居る意味が解らなくなりそうだったからだ。


 リニックが行った行為は少女から見ればエゴなのだ。リニックだって、そんなことは解っていた。


 しかし、解りたくなかった。


「……さぁ」


 少女はパチン、と指を鳴らす。


 瞬間、少女の後ろには――たくさんのローラが居た。いや、正確には身体から顔まで、何もかも凡てがローラである人間が何十人も居た。


「現実を受け入れない学者様には、現実を突きつけてやらねばならないな」


 少女はそう言って目を瞑り――詠唱の如く、呟いた。


「さぁ、闘いの始まりだ」


 刹那、背後に居る大量のローラが、一斉にリニックたちに襲いかかった。


 それはまるで人間ではなく、血を求めて、肉を求めて狩りをする動物のように。


「……なんだ、こいつらは!?」


 リニックたちはそれぞれで対処を始めた。とはいえ、簡単なことだ。各々が使う魔法やら錬金術やらを駆使して倒すまたは行動不能にさせるのである。


 しかし。


 倒しても倒しても、襲いかかってくる。恐らく――というか確実に、彼女たちは『死』を恐れていない。


「そりゃそうだ。……さっきも言ったが、こいつらは使い捨てが出来る。クローンってやつだよ。勿論『オリジナル』があってこそのクローン……複製だがな」


「なぜこのようなことを……!?」


「考えてもみれば解る。この世界をよく見れば、な。長い歴史の中で、戦争は何を産み出した? 戦争は甘くないものだ。だがな、それから産まれる『なにか』ってやつはあまりにも旨すぎる。人間にとって巨大な旨味なんだよ。時にそれは特需となり、経済成長となり、国土拡張となり、富を得たり、様々だ。あまりにも戦争というのは悲劇として捉われがちだが、それは戦争の『最中』に限られることが殆ど、その原因も『死』に関することだ」


 少女の話は続く。


「……だが、考えたことはないか。死をも恐れぬ人間が出来るとすれば! カミサマとやらが与えた生命の終焉をも恐れない! それはつまり……カミをも超えたということだ!!」


「カミサマを信じるはずの人間がカミサマを超えようと考えるなんて、アホすぎる! そんなもの、何れはノアの方舟の再来となるぞ!?」


「ならば、すればいい。カミが罰を与えるというならば、与えればいい。……しかし、現時点で私は裁きを受けていない。その時点で……どうだ? 『カミなど居ない』ことが証明出来はしないか」


「そんなもの……認めてたまるかっ」


「ならば死ね」


 そう言って少女は、右手を掲げた。


 たった、それだけ。


 たった、それだけだった。


 それだけの動作で、ローラたちは一斉にリニックたちに襲いかかった。


 リニックは思わず反射的に目を瞑っていたのだが、しかし攻撃が来ることはなかった。リニックは恐る恐る目を開けた。


 そこには、ローラたちが氷漬けにされている姿が広がっていた。それは、フローラが行ったことだということに気付くのに、そう時間はかからなかった。


「まさかそれほどまでに強力な魔術師が居るとはね……。これは、ルーニー教もやばいかもしれないわ……」


 少女が戯言を言い出した隙を見て、リニックはレイビックの腕を強引に掴んだ。


 レイビックは一瞬こそ慌てたが、直ぐにリニックが何をしようとしたのかは理解出来た。


 そしてレイビックは、リニックに引っ張られるように走り出した。


「そう簡単に逃がすとお思いか、リニック・フィナンス!!」


 そう言って少女は右手を再び掲げる。すると幾人かのローラが、走り去るリニックとレイビックを追い掛けるように行動を開始した。


 しかし、それらは直ぐに二人の人間に阻止されることとなった。


「先に行け、リニックにレイビック!! メアリーさんを探し出すんだ!!」


「そうだ、早く行け!」


「エスティに、フローラ……。ありがとう……!」


 そう言って、リニックたちは敬礼をしてその場所を後にした。


「例え、一人や二人居なくなったとしても変わりゃしないよ。圧倒的力で捩じ伏せる。ルーニー教とは……、死をも恐れぬ軍団がどれほど恐ろしいものか、その身体に叩き込んでやる」


 少女の言葉に、フローラは小さく息を吐いて、告げた。


「一度しか死なないから人間が弱いというのは、ただの戯言だ。そんなものが恐いから、死をも恐れぬ軍団を作った。それについて、悪くは言わない。……だがな、『人間を嘗めるな』。このクズが」


 ◇◇◇



 その頃、リニックとレイビックはただ走っていた。ルーニー教の本部はとても広く、何処に何があるのかあまりにも解らないものだった。


「ったく……何処に何があるのか解らない。せめて地図でもあれば……」


「そんなものがあるなら苦労はしませんよ。一先ず、しらみ潰しに捜すほかありませんね」


 リニックとレイビックは、その通りしらみ潰しでメアリーを探していた。メアリーは、必ず何処かに、この建物の何処かに居るはずである――そうリニックは確信していた。それは、ちゃんとした証拠がある訳ではない。だが、リニックは「ここに居るのは明らかだ」と思っていた。


 そしてレイビックはある部屋を発見する。


「『第一特殊研究室』……、何だか怪しい空間ですね」


 レイビックの言葉を聞いてすぐリニックは扉を開けた。扉はカードキーが無ければ開かないタイプだったのだが、そのロックは何故か解除されていた。


 その中は壁も床も天井も凡てが赤黒かった。そして、それはよく見れば蠢いているのが理解出来た。


 はじめ、リニックたちはその異様な光景を飲み込めずにいて――、彼らは漸く『それ』を発見した。

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