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New Testament  作者: 巫 夏希
第三章 デストルドー
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10

「なんか……タイミングが悪いときに来たのでしょうか、私は……?」


「ああ、大丈夫。彼女は関係ないよ。いつもああなんだ」


 トレイクはシスターにそう言うと、シスターに座るよう促した。気付いているのかいなかったのかは解らないが、トレイクが薦めた席はロゼの前だった。


「今、紅茶と甘いものを持ってくるから。ちょうど紅茶が切れてしまっていたからね」


 そう言ってトレイクは部屋を後にした。食堂にはロゼとシスターの二人が残された。


 シスターはロゼに何かを話そうとするも、ロゼの周りにある『誰も近寄るな』オーラが漂っているために話しかけるのもままならない。


 部屋に沈黙が広がった。誰かが何かを話せばいいのに、それをしない――いや、出来ないからだ。


「……時に、シスター――いや、神殿協会のシャリオ・トウェイン枢機卿、と呼んだ方がいいかな」


 沈黙を破ったのはロゼだった。何かを思い出したかのように、目線は未だ本に合わせたまま、呟いた。


 自らの名前を、突然言われたシャリオは直ぐにその反応が出来ず、答えを返すまで若干の時間を要した。


「……何故、初対面にもかかわらず、自らの名前を知っているのか。そう訊ねたいんでしょう」


「ならば、その質問に――」


 その先の言葉を、シャリオが言おうとしたとき、ロゼは漸く正面を向き、唇に人差し指を添えた。


「まずは、あなたが何故ここに来たか『あなたの口で』話していただきますか」


 トレイクがポットとティーカップ、それに皿に盛り付けられたクッキーを載せたトレーを持って食堂に入ってきたのは、ちょうどその時だった。


 トレイクを確認すると、ロゼは、


「遅かったですね、トレイク。今からこちらのシスターが私たちに重要極まりない案件を告げますから、さっさと元の席に座りなさい」


 と告げた。


「……なんだかよく解らないけれど、従ったほうが良さそうだね」


 トレイクはそれに素直に従った。


「さぁ、どうぞ」


 トレイクがカップに紅茶を注ぎ、それをシャリオの前に置く。「いただきます」と呟き、シャリオはそれを一口飲む。すっきりと、しかし深味のあるダージリンだった。


「……それでは、お話させていただきます」


 そう言って、シャリオは話を始めた。


「先ず、神殿協会の仕組みについて説明する必要があるのですが、した方がよいでしょうか?」


 シャリオの問いに、トレイクは頷いた。ロゼはそんなことはどうでもいいとの意思表示だろう、再び分厚いハードカバーの本を読み始めた。


「神殿協会とは、幾回か組織編成を変えたことがあるんですが、『教皇』という最高地位の役職が明確になったのは、ほんの僅か昔のことなんです。それから、大きく組織が変容していきました。その一つが、『銀翼騎士団』のディガゼノン聖軍入りです」


「銀翼騎士団?」


「簡単にいえば、表に出ない『裏』の仕事専門の騎士団のことです。銀翼騎士団自体が成立したのはそのときですが、昔からそれに近い組織は存在していました。しかしながらそれは神殿協会ではコントロールしにくく、いつ分離するか怪しい状態にまで持ち込まれていきました」


 シャリオは理解しているかどうかという話術にとっては最も重要な部分を考えつつも考えなかった。


 シャリオは、一先ずこの事実を他の人間に伝えねばならないと思っていた。それも、ただの人間ではない。神殿協会に対抗する力があると判断した人間だけに教える。そうでなければ、ただの無駄になる。


「……今の『銀翼騎士団』のかたちが出来たのは、やはり今の教皇が着任してからとなります」


「銀翼騎士団を手中に納めて、ある程度の横柄でも力で捩じ伏せる、とかか……?」


「いや、そんなものは太古からあります。それこそ、神殿協会が出来て直ぐからですがね」


「力で人々を従わせるというのは、ほんとうに単純かつ明らかなことですからね」


 シャリオに続いてロゼが言った。


「……じゃあ、銀翼騎士団は何のために……?」


「大元は先程言った通り、力で捩じ伏せるのでしょう。しかし、まだあるんです」


「……それ以外の理由が、か?」


 トレイクの言葉にシャリオは頷く。そして、喉が乾いたからか紅茶を一口飲んだ。


「神殿協会が掲げているのは、それこそ『平和』です。しかし、その為に『時間』を支配しようと考えているのです」


「時間、だと?」


 シャリオが言った言葉はあまりにも突拍子過ぎた。トレイクはふざけているのかと思ったが、彼女の目付きからしてそんなことは考えられない。


 しかし、時間の支配とはどういうことなのだろうかとトレイクは考える。時間は空間とは違い、形にはなっていないものだ。しかし、空間と同じように、時間も連続である。


 つまり、時間を切り取るのだろうか。時間を切り取り、その時間部分を占有する意味なのだろうか――とトレイクは考えてみても、やはりシャリオの言葉は突飛に感じてしまい、うまく考えがまとまらないのだった。


「時間の支配をどのようにするのかは解りませんが、聞いた話だと時間移動が出来るものがあるとかどうとか……」


 ちょうどその言葉のあたりでトレイクは我に返った。しかしながら、未だに彼女が何を言っているのか、よく理解出来なかった。


「タイムマシンを完成させたというのですか、神殿協会とやらは」


 ここで漸くロゼが会話に参加した。しかし、ロゼは焦っていてその表情に余裕がない。


「タイムマシンの理論は未々『発見されないはず』だったのです……。まさか、こんなにも早くに見つかるとは」


「発見されないはず? どういうことだ、ロゼ」


 トレイクが質問すると、ロゼの表情から焦りが消え、何事もなかったかのように答えた。


「いいや、ただの思い違いでした。気にしないでください」


 ひどく丁寧な口調だった。優しさよりも、恐ろしさの方が言葉の片鱗に感じられるほどだった。


 ひとつ、ため息をついてシャリオは話を続ける。


「……長々と続けても意味がない。先ずは私が何しにここに来たか説明せねばならないでしょう」


 それは、ロゼもトレイクも一番に気になっていたことだった。


「私が来たのは、教皇様にジークルーネ・アドバリーさんを殺すよう命じられたからです」


「馬鹿な。神殿協会の教典には殺戮は犯さないと書いてあるはず。そんなことが……」


「出来るんですよ」


 トレイクはまだ言葉の意味を理解出来ていないようだった。しかし、そうであっても、そうだからこそ、彼女は重く冷たい現実を突き付けた。


「私たち枢機卿は、人を自由に殺してもよい権利を与えられています。ただしそれは、教皇様が命じた場合にのみ限りますが」


「誰に与えられているんだ……?」


「教皇様、ひいては我らが崇拝する全知全能のカミサマ、ドグ様です」


 シャリオの話を聞き、今度はロゼが口を開いた。トレイクは理解するのが難解だからか、大きく欠伸をしていた。


「……しかし、ならば何故私たちにそれを伝えたのです? そんなことをすれば、殺すことなど出来ませんが」


 ロゼの言葉に、シャリオは小さく頷いて、言った。


「簡単です。『したくないから』あなたたちに言った。ただ、それだけのことです」


「……まだ良心が残っている、と。そう言いたいわけか」


「だって……解らないんですよ。どうして殺さねばならないのか。私だって、カミサマがそんな権利を与えているとは到底思っていません。だからこそ、私はこんな権利など必要ないとも考えていました。しかし、そんな考えを持つ人間は、神殿協会の中には誰一人として居ませんでした……」


 シャリオの話を聞き、トレイクは顎を触りながら、ふむふむと頷いた。


「そうなると、洗脳の可能性も充分に……いや、その可能性が殆どだろうね。神殿協会は歴史からみれば由緒正しいところだったと思うけれど、やはりというか、何となくというか、こういうことになっていた事実を驚くことは出来ないね。……ええと、シャリオさん。『喪失の一年』について聞き覚えは?」


 トレイクが唐突に告げた『喪失の一年』という単語に、シャリオは首を傾げる。


「何のことでしょう。聞き覚えのないことですが……?」


「『喪失の一年』を知らない? そんな馬鹿な。世界の殆どの人間が知っていることですよ。あなたはどうして知り得ないんだ?」


「過去を喪っているのですね?」


 トレイクの問いに、代わりに答えたのはロゼだった。ロゼは本を読みながら、言った。


「過去を……喪っている?」


「そう。恐らくは過去の記憶を操作した可能性があります。操作をしたのは……たぶん神殿協会のトップ、教皇でしょう」


 ロゼが言ったその言葉に、シャリオは驚きを隠せなかった。


「そうして記憶を操り……自らの駒となりやすい兵隊を作った。そうだということか。なんとも胸糞悪いやり方だ。それをやった教皇とやらは人間ではなく、最早畜生の部類だろうね」


 トレイクが言うと、ロゼは頷きをもってその意見に同意を示した。


「……トレイクにしては鋭い発言。ため息をひとつ付いて、それをプレゼントとします」


「嬉しいやら悲しいやら。まったくもって解らないね」


 トレイクはそう言ってすっかり冷めきった紅茶を一口、口にした。

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