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New Testament  作者: 巫 夏希
第三章 デストルドー
37/91

7

 レイビックとリニックは深夜の街を走っていた。つい数時間前まで喧騒に包まれていたこの街だったが、今は人の声など聞こえない、静かな空間となっている。


 だからこそ。


 『異常』は直ぐに見つけることが出来た。


 そこは三階建ての家だった。どれくらいの人が住んでいたのかも解らない。それが『家』だと漸く解る程の原型を留めていたからである。


 家は燃えていた。そしてそれを取り囲むように、十数人の男たちがそれを見つめていた。


 泣いていたのだろうか、これが燃えているのを見て、悲しんでいるのか。


 いいや、違う。


 彼らは、家が燃えているのを見て、屈託のない笑顔を見せていた。火に照らされ、その表情は悪魔のそれかと疑うほどだった。


「『mixture』を殺せ、殺せ、殺せ!!」


 誰かがそう言って、松明を掲げる。それに同調するように、他のメンバーもそれを繰り返した。それは、アースに住んでいたリニックから見れば、とても異様な光景だった。


「『mixture』……、この星では確か『混血』の隠語だったはず。それから転じてアース人を蔑む時にああ呼ばれるはずだったわ」


 レイビックは呟く。おそらく、いや確実にそれは事実だ。しかし、リニックはその事実とやらを聞きたくなかった。出来ることなら、隠蔽して見なかったことにしてしまいたかった。


「アースが分裂した星々を見つけてすぐ、アース人は大量に星々へ移民していった。アース人は、この星にとっては『悪の象徴』なんだよ」


「そんな……」


 リニックは俯く。そんなことをすれば、それは自らを蔑んだアース人と同じ立場に立ってしまう。古い人が『目には目を、歯には歯を』なんて言ったがそんなのは間違いだ、とリニックは思っていた。それはアースにあまりにも古くからあったせいでそれを疑うことなんて、誰もしなかった。


 その言葉は、謂わば復讐を薦めるものだった。それを初めて目にしたとき、リニックはなんと愚かだと思った。復讐をして、さらに復讐され、それに復讐し……、永遠に復讐からは何も産み出されないことを、リニックは知っていたからだ。強いて言うならば、復讐からは復讐しか産み出さない。つまりは、復讐など無意味なのだ。けれども、今も昔もそんなことを知らない人間が、それを復讐を正当化する理由として立てているのだ。


 なんとも醜く、なんとも脆い人間の心がこのような状況を産み出した。


「復讐だなんて……そんなことをしても、やられた前の暮らしが戻る訳でもないのに……!」


「まぁ、結局はエゴだからね。鬱憤を晴らすため、自分への怒りを逸らすため、ただやりたいからやる、その理由は様々だ。いや、理由なんて必要ないんだ。ただ、自分が楽しければそれでいい。人間とは、何と愚かなんだろうね。私は神殿協会の信者という訳ではないけど、人間への浄罪として、再びノアの方舟のような出来事が起きるんじゃないか、と思っているよ」


「サン・スターが爆発したり、とか?」


「サン・スターはあと一億年近くは問題ないとの報告が近年上がっていただろう。問題はないはずだ」


「おい、何をしている!」


 二人がそんな宗教論じみた会話をしていたら、先程のメンバーに気付かれてしまった。


 レイビックはまだいいかもしれないが、リニックは生粋のアース人だ。もしそれに気付かれてしまったらここでの居場所が無くなることすら考えられる。


「一先ず、逃げるぞ……!」


 しかし、彼らが目をつけたのはリニックではなかった。


「……巫女、アキホ様が居るぞ……!」


 誰がその言葉を発したのか、明確には解らない。


 しかし、それで明らかに彼らの目の色が変わったことは、紛れもない事実であった。


「おお、アキホ様だ」


「まさか生きていらしたとは」


「捕まえろ、アキホ様と共にいる逆賊を!」


「……あれ? なんだか険悪なムードになっていない? 特に僕について」


「そんなことはどうでもいい! 一先ず逃げるよ!」


 そう言ってレイビックは、リニックの手を取ってホテルの方へ向かって走り出した。


「巫女、ってどういうことだよ!?」


 走りながら、リニックは訊ねる。対して、レイビックの答えは、


「そんなもの、私が知りたいわ……!!」


 どうやら彼女が呼ばれていた名称は身に覚えの無いものだったらしく、彼女もそれについては訳が解らなかったようだった。


「……にしても巫女ってどういうことだ。神殿協会にはそんな階級なかったはずだぞ!」


「ここは神殿協会の治める場所ではないわ。この星の殆どの人間は『ルーニー教』という、ある種のカルト教団に与している。恐らく、『巫女』とはそこの地位のことを言うのだと思う」


 ルーニー教。


 成立はそう新しくはないが、どのように成立したのか人々の中でも曖昧になっている。そのため、ルーニー教創成期の資料が少なく、殆ど残っていない状況にある。


 大抵宗教というのは崇拝する何かがある訳であるが、その大抵は神格化されている。


 ルーニー教の崇拝する『何か』は一言で言えば巫女である。


 巫女は凡てを司る全知全能の神(名前は判明していない)が人間に授けた、謂わば贈り物に近く、巫女を崇める方法も少々特殊なものだった。


「カニバリズム……って知ってる?」


「人肉を食らうことか」


「そう。そのカニバリズムを巫女と人々の間で行っていたのよ。つまり……巫女の肉を食べることで、自らにカミサマの加護を得ようと、それがルーニー教の仕組み」


「そんなこと、認められるわけが……」


 リニックの言葉にレイビックは横に首をふる。


「誰しもそう思う。だけれど、そうはいかなかった。昔から定着した悪いルールは、気が付けばそれを正しいルールだと皆思い込み、そして、最終的に他から見れば常識はずれのルールでも、自分たちのルールは常識から外れていない。そう主張するようになる」


 そうこう話しているうちにリニックたちは宿屋に辿り着いた。まだ手は回っていないようだった。


 カウンターに行くと、フロント係の人が血相を変えてリニックの方に駆け出してきた。


「お客様、お身体は大丈夫でしょうか!?」


 係の人が言うも、リニックとレイビックは急いでエレベーターを使い、客室に戻った。


 客室は静かだった。どうやら、まだ眠っているらしい。遠くからぼんやりと喧騒が聞こえてくる。


「レイビックは一先ず全員を起こして事情を説明してくれ、俺は荷物を整理する」


 了解、と短く返答する。リニックはその言葉通り荷物の整頓を始めた。どうしてこうなったのかは解らないが、疑惑が晴れるまでは逃げ続けねばならないだろう。このまま捕まってしまえばメアリーを助けるのが危うくなる、そうリニックは考えていた。


 荷物の整頓がある程度済んだ頃には既にレイビックが全員をたたき起こし説明し終えた頃だった。


「つまり……レイビックさんが別の人間だと勘違いされている。そういうことでいいんだよね?」


 エスティは呟く。まだ発言が曖昧な表現であったから、恐らくはレイビックが言ったその意味を飲み込めていないのだろう。それは、リニックだって同じだ。


「そうだ。俺にだってまだその事実を到底飲み込めずにいないがな」


「何だかほんとうに……。狙われているのか、ってくらいですね。まさか元から狙われていた訳じゃないですよね」


 そう言ってフローラはレイビックを睨み付けた。レイビックはただ小さく俯いた感じで蹲っていた。


「気持ちは解る。けれども、止めてくれないか。一先ずは逃げないと始まらない。あいつらはアース人を全員抹殺する勢いにある」


「それが?」


「だから……逃げなくてはいけないんだ。逃げて、逃げて、逃げ続ける。そして、何故彼らがアース人を殺さなくてはいけないのか……、その証拠を探し出すんだ」


「証拠、だなんてあってないようなものでしょう? 古い習慣をそのまま続けていた、だなんてことを言われてしまえば、それでお終いになりますから」


「いいや、どうやら彼らはそういうものに操られているわけでもないらしい。確実に、とは言えないが彼らはそんな不確かなもので動いている訳でないという確固たる証拠があると思う。それさえ見つけてしまえば此方のもんだ」


 リニックはそう言ったが、彼も確実に『そうである』といえる証拠はなかった。確からしいことすらもないのに、リニックはそう言った。希望を持たせるつもりも、焚き付けるつもりも彼にはなかった。ただ自然に。極自然に口から出た言葉だった。


「……一先ず宿屋を出よう。あそこなら匿ってくれる可能性も充分にある」


 リニックは、もうそこへ向かうしかないと想っていた。言い方は悪いが、彼らを巻き込めば、まだ事が元に戻りやすくなるのではないか――そんな希望的観測を行っていた。


 そして、彼は言った。


「あの『何でも屋』に向かう。確かもう期限の五時間は経過したはずだ。何らかの情報をもう掴んでいてもおかしくはない」



 ◇◇◇



 話は変わり、トラウローズ・トレイク邸。ロゼが一冊の本を黙々と読んでいた。


「そいつは何の本だい?」


「ある帝国の国史ですよ。このあたりから大分内容的には面白くなるんですがね」


 トレイクはロゼの話を聞いて、小さくため息をついた。何故なら、ロゼの答えは彼の予想していた解答を裏切ったものであったからだ。


「なんというか、えらくぶっきらぼうだ。いつものように手伝ったりそれに近い本を読んで知識を教えたりするのが君のはずだろう。にもかかわらず、」


「いめちぇん、ってやつです」


「イメチェン、ねぇ……」


 ロゼは慣れない単語を言うと妙にたどたどしくなる。よくあることだ。


「……けれど、やはり歴史はいいものです」


 本を閉じ、ロゼは言った。


「いまに通用する知識を、未だに使わせてくれるのですから」

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