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New Testament  作者: 巫 夏希
第三章 デストルドー
36/91

6

 そちらの都合はトワイライトには解らないが、トワイライトにはそれがどういう意味だか理解することは出来た。


 要するに、彼らが観測者であるために様々な資金を必要とする訳だが、その要となっていた『上』がこの世界のの打ち切りを発表した――つまりは、そういうことだった。


「……しかし、もしそれが原因だとするなら、少なくともガラムド暦に入る前にこの世界は終わっていたんじゃないか?」


「それが、解らないのだよ。何故、今になって……なのか。まぁ、我々は直ぐに新しい世界を創り上げ、また観測すればいい話だし、君との提携も続けられる。若干ではあるが、君好みの設定にしてもいいとの許可ももらった。君にとっても、悪い話ではないと思うんだがね」


「ふむ……。確かに、それは興味深いね」


 トワイライトは少しだけ嘘をついた。何故人間の観測者が、こうも世界の輪廻を急かすのかが、少し引っかかったからだ。


 世界の輪廻とはそう簡単に出来るものでないし、そう何度もするものでもない。世界の輪廻とは、あくまでも惑星そのものは含まないので、惑星に多大な負荷をかけることになる。


 それを、何度も繰り返せば、果たして何が起きるのだろうか?


 答えは簡単だ。輪廻により生じる負荷に惑星が耐えきれなくなり、『惑星そのものが崩壊』する。それを経験した惑星を見たのは、ここに居るのであれば、トワイライトしか居ない。


 彼曰く、惑星の崩壊とは、世界の輪廻の回数がオーバーしてしまったことで、惑星が自我を保てなくなるのだという。惑星は、一般からの常識で見れば、意見を発することのない。しかし、魔術を知るものからすればこれはまったくのデタラメで、惑星は絶えず意見を人間に提示し続けているのだという。


 果たしてどちらが正しいのか――しかし今はそんなことを議論している暇などない。実際には、どっちでもいいのだから。


「さて……、問題はその時期、いつだったかという話だ」


「今ではない、と」


 トワイライトが訊ねる。それを待っているのを、トワイライトは知っていたから、別に知りたくて話している訳ではないのである。


 闇は、トワイライトの鼻をあかしたと思っているのだろう、小さく笑って答えた。


「あぁ、今ではない。それは未々先のことだろうし、近々にあることかもしれない。それを知っているのは……カミサマとやらしか居ないだろうな」


「カミサマというのが君たちの口から出るとはね。君たちは『神』という存在を、てっきり忌み嫌っていたものかと思ったけれど」


「喩えともいうではないか。まぁ、大目に見てくれ」


 闇がそう言うと、トワイライトは「そんなものかね」と笑った。


 この『観測者』たちは、謂わば自らがカミサマになりたいがために存在している、エゴイストなのだ。自らのエゴを抑えきれないから、そのエゴを神という絶対的存在に当てること、それを行っている。


 つまりはただのエゴにしか過ぎないのだった。しかし、世の中の凡てはエゴで描ききることが出来るものでないし、結局はそれこそが世の中の本性で、それを見て見ぬふりしているに過ぎないのである。


「……私たちとしては『上』の方針通り進めていく予定だ。それを遮る理由もないしな。一先ず、それを実行するのは、恐らくはまだ先のことだろう。だからこそ、君に相談した……といった感じかね」


「なるほど。つまり、ここで僕が“イエス”と言わなければ」


「無論、このプロジェクトから外れてもらうことになろうな」


 トワイライトは可笑しくなってしまいそうだった。何故なら、このプロジェクトはトワイライトが提唱したもので、トワイライトが居なければここまで発展し得なかったことだからである。


 にもかかわらず。


 観測者はトワイライトを追放すると言った。恐らく、ここで『是』と言わねば本当に排除することだろう。悲しいことに、観測者たちはトワイライトの真の役割を知らないのだ。


「……まぁ、特筆して直ぐに答えを求めるものでもないし、ゆっくりと考えてくれ。君がどちらについた方が有利か、ってことに」


 闇は告げる。トワイライトを焦らせるのが目的だろうが、トワイライトにとってそんな脅しは『やるだけ無駄』といった感じに無意味だった。そして、その脅しを聞いたことで、トワイライトは改めてここに呼ばれている理由が、ここに居る観測者は理解しきっていないことを悟った。


 トワイライトにとって、観測者がどうだの目的がどうだのというのは特に気にしていないし、語られる内容でもない。ただ、トワイライトは楽観的であることは確かだ。


 要するに楽しいものを見ているだけであって、楽しくなければ仮に契約など結ばれていても強引に力で捩じ伏せてしまう、我儘な存在である。


 『上』はこれを知っている。しかし、知っていてもトワイライトは敵にしない方がいいことを、上は理解しているので、結局はそれを理由としてトワイライトは観測者側にて楽しい場を提供し、居座ってもらうようにしているわけだ。


「解った。……だが、矢張解答はもう少し待ってもらえないかな。少し色々と『検証』もしたいし」


 トワイライトの解答に、闇はまた小さく頷いた。



 ◇◇◇



 リニックが漸く宿へ辿り着いたときには、既に日付が変わっていた。時計を見てそれを確認するとスパークリングのジュースを一本購入し、部屋へ戻った。


 部屋では既に全員が就寝していた。リニック以外が女性であるため、はじめ宿の人間に白い目で見られていたこともあったが、今はそう見られることもなくなった。誤解が解けたようだ、とリニックは溜め息をつく。


 窓際にある小さなテーブルに面した椅子に腰掛けると、リニックはそこに置かれていた未使用のコップを取り出し、そこにジュースを注いだ。栓を開けた時にも既にチェリーやアップルを混ぜたようなフレーバーが広がっていたのだが、コップに注ぐだけで更にそれが広がった。


 一口、リニックはそれを口に含む。口の中には直ぐにフレーバーが広がり、炭酸が弾けた。


 しかし、リニックはあまりこういう物は好まなかった。ならば、何故今は飲んでいるのだろうか。それは、恐らくは、彼自身の心境の変化というのもあるのだろう。


「……いつ、帰ってきた?」


 気付けば、レイビックがそこに立っていた。シャワーを浴びてから寝たのだろうか、白のバスローブを羽織っていた。彼女が着ていた服は、どちらかといえば余り女性向けのものではない(黒のパーカーにカーゴパンツである)ためにそう肌をまじまじと見たことは、リニックにはなかった。バスローブの中から決して小さくはない胸が見えるのも、彼の鼓動を確実に昂らせた一因だろう。


 しかし、リニックはそれを表に出さず、外を眺め、呟いた。


「……ちょっと眠れなくてね。散歩をしていた。これまでの状況整理、ってのがもしかしたら正しいのかもしれないけれど」


「確かに、ここ二日だけでもたくさんのことが起こりすぎた。それは、私にだって理解出来る。……座っても?」


 そう言ってレイビックはリニックの向かいにある、もう一つの椅子を指す。それを見てリニックは小さく頷いた。


 リニックが頷くのを見て、レイビックはその椅子に腰掛けた。


「……しかしまぁ、今日は大分疲れた。リニック、君も疲れただろう」


 レイビックの発言にリニックは頷く。


「それに、未々終わっていないし。メアリーさんを助け出すのが目標だから」


「それは……ジークルーネさんの助けになりたいから?」


「そうだね。こういうのはあまり隠さない方がいいだろうし、言っちゃうけれど、まぁそういう事だね」


 レイビックは、リニックの言葉に小さく微笑む。


 リニックはここで何かに気が付いたらしく、コップをもう一つ取り出す。


「飲むかい。といっても宿屋のカウンターで売ってた、安物のスパークリングだけど」


「……頂くわ」


 レイビックは一瞬考え(一度寝た後だから、歯は磨いてあるからだ)、そしてゆっくりと頷いた。その後すぐにコップにスパークリングが注がれた。先程と同じようにフルーティーなフレーバーが鼻孔を擽る。


 そしてスパークリングで満たされたコップを、レイビックの方へそっと動かしていく。


「どうも」


 呟いて、レイビックは一口飲む。


「ふぅん……、中々の味ね。あまりこういうのは飲んだことがないのだけれど」


「宿屋のカウンターに七十ムルで販売していた、安物だぜ?」


「ふうん……」


 レイビックは呟いて窓の外を見る。外は街灯や幾つかのビルの灯りで、仄かに明るかった。


 その雰囲気が珍しかったのか、はたまた雰囲気を煙たがったのかは知らないが、レイビックにはそれが合わなかったようで、直ぐに顔をリニックの方に戻してきた。


「どうした、レイビック。嫌いなら、もう飲まなくてもいい。冷蔵庫にも確かジュースや水があっただろう。口直しにそれを飲んでも別に構わないし」


「別に……これが悪い訳ではない」


 じゃあ、なんだい――そう呟こうとした、ちょうどそんなときだった。



 ビルが乱立する中心街の向こうで――カッ!! と何かが輝いた。太陽ということはないだろう。何故なら時刻はまだ一時。日が昇るにはあまりにも早すぎる。だからリニックは直ぐにそれが爆発の類いというのは理解出来た。


「な、なんだ?」


「爆発だろう。音こそはしなかったが……、いったいなんだというんだ?」


 レイビックはバスローブを脱ぎ、直ぐそばにあるカバンを取り出す。レイビックはバスローブの下には何も着ていなかった。しかしそれを隠そうともせずに脱ぎ捨てる。それを思わず見てしまったリニックは顔を赤らめて言った。


「何をしているんだ、男の目の前で……」


「急いでいるからね。大方仕方ない事よ」


 そう言ってパンツを穿き、ブラジャーを着ける。そして白いシャツを着たあとに黒いパーカーとカーゴパンツを穿き、あっという間にレイビックはいつもの格好になっていたのだった。


「……私が着替えるのをただただまじまじと見ていて何が楽しいのです? この時間に用意をしておくというのが、時間を効率的に使う術でしょうに」


 それをあっけらかんと眺めていたリニックを睨み付けて、レイビックは言う。


「済まない。あまりにも急の出来事で」


「それで『人助け』などしようというのですから、甘い精神を持っているというのですが……、まぁ甘過ぎるのもあれですが、何も無いってのは見る価値すらない最悪ってことですからね」


「……あぁ、そうかい。それで? さっきの爆発は、いったい何処で起きたというんだ?」


「野次馬を辿ればいい話でしょうよ。まぁそう時間もかかりません」


 そう言ったのを聞いて、リニックは頷いた。


 そしてリニックとレイビックはお互いに頷くと、部屋を後にした。

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