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オルディナがアース以外に来るのは初めてのことであるし、彼女のファンはアース以外にも居るのはもはや自明であったことから、このコンサートは大熱狂で始まり、まさにその流れを引き継いだまま終了すると思われていた。
それからの、これである。彼女の関係者や彼女自身も哀悼の意を表すコメントを発表した。そして、彼女は必ずやトラウローズでコンサートを実施するとも発表した。
ジークルーネもメアリーもこのコンサートを楽しみにしていて、このトラウローズでのコンサートを見に行こうとしていたのだった。
しかし、今や二人はそれどころではない。メアリーは敵に連れ去られ、ジークルーネは生死の境をさ迷っていた。
「……ロゼ、彼女の様子は?」
不意にロゼはトレイクに訊ねられた。どうやら、ロゼは眠っていたらしい。
「あ、えーと……。今は安静にしていますよ。あと半日もすれば治ることでしょう。大半が肉体の疲労ではなく、精神の疲労ですから、後で後遺症が残ることも考えられますが、なるべくそう残らないようにはしました」
ロゼが言うと、トレイクは頷く。それは、ロゼのやることに絶対的な自信を持っていたからでもあった。
「……まぁ、大丈夫ならいいよ。君がヘマをするとは思えないし」
「魔導書は絶対です。絶対的な力を得る、やろうと思えば世界を滅ぼしかねないし、うまく使えば世界を救うものです。それを、読み姫である私が使っているというのです。使い方を間違えるなど、断固有り得ません」
「別に君を疑っているわけではないよ。君は働いているさ。君がいなければ、『アブソリュート』から放たれた絶対空間が凡てを飲み込んでいただろうからね」
「なら、いいのです。……そして私は、紅茶のお代わりを所望するのです」
ロゼはそう言ってティーカップを持ち上げた。トレイクは傍にあったポットをそのティーカップの上に持ち上げ、傾けた。すると、口からまだ温かい紅茶が流れ出てきた。それを並々まで注ぎ、元の位置に置く。
「はい、お待たせ」
トレイクが笑うと、ロゼは何も言わず、ティーカップを両手で丁寧に持ち、ちまちまと飲み始めた。
「うむ……? なんだか渋いですね?」
「そうかい? うーん、さっきと変わらないと思うけど」
ロゼの疑問は、少なくとも現時点で解決する問題では、なかった。
◇◇◇
そして再び舞台は神殿協会へと移される。
『ここまでご足労願ったのは、少しばかり理由がありましてね』
教皇は平坦な口調で告げる。それは、不快でもなんでもないのだが、ただし心の中をがっちりと掴まされているような、そんな妄想すら考えてしまうほどだ(しかし、少なくともそれは『不快』と一言で表せるものではない)。
「御託は結構。さっさと、何があったのか話して貰いたいものだ。なんのために、枢機卿全員を集めた?」
そう言って鼻を鳴らしたのはリッカーベルトだった。彼は神殿協会の中でも傲慢な性格として有名だ(大罪を犯しているかどうかは曖昧であるが)。
『リッカーベルト枢機卿、そんな畏まらなくてもいい内容であるのは確かな事実だ。だから、もう少し身体を解したまえ』
「……そう言われればそうだな。で、改めて訊ねるが」
『枢機卿の諸君、これまでご苦労だった』
リッカーベルトの質問を遮るように、教皇は話を再開した。それを聞いて、リッカーベルトは小さく舌打ちしたが、それは他の人間には聞こえなかった。
教皇の話は続く。
『……君たちの長きに渡る尽力、感謝する。君たちにより、神殿協会は大きく成長することが出来た』
誉められていることには間違いないのだが、だからといってそれで表情を歪める人間は居ない。皆、目を瞑り静かに聞いていた。
『しかし、最近、再びといった方がいいだろうか、我々の存在を脅かすグループが登場した』
そこだけ、教皇は明らかに語気を強めた。恐らく枢機卿による武力行使を用いてもよいということなのだろう。
神殿協会には規定こそあるものの、要するに『カミサマに認められているのだから、私たちは何をしてもいいくらい偉い立場にいる。神殿協会を信じていない存在は、正直言ってカミサマを侮辱しているのだから、改宗させるか、でなければ死をもって滅ぼす』ということなのだ。しかし、それを何重にオブラートに包んでいるために、さわり程度しか規定を知らない人間にとっては、それは知り得ないものだ。
神話や宗教を研究する人間にとって、この時代、タブーとされているのが『神殿協会の起源』である。神殿協会の起源は、神殿協会自身から情報提供されており、人々は自ずとそれを信じている。だからこそ、なのかもしれないが、神殿協会の起源を調べることは誰もしようとはしない。だから『タブー』ではなく、『考えられていない』というわけだ。
「……つまり、私たちにそれを倒せと」
訊ねたのはエリシアだった。エリシアは目を細め、ちらりと自らの腰に付属する剣を見た。
聖剣エクスキャリバー。
エクスキャリバーとは世界各地、様々な時代において伝説が語られている剣のことで、その化物じみた能力から『聖剣』と呼ばれている。エクスキャリバーを所持していることがエリシアのポテンシャルになっていて、エリシアは常にそれを身につけている。
そして、それを知っているからこそ、教皇は告げた。
『えぇ、エリシア・マイクロツェフ。あなたのその「聖剣」も、思う存分使うことが出来ますよ』
「そいつは……楽しみね」
エリシアはそれを聞いて小さく笑った。乾いた笑いだった。
『さて、誰かといいますと――此方にいる方たちです』
そして、教皇が枢機卿たちの方に手を出すと、スクリーンに写真が一斉に浮かび上がった。
合計――八枚。
そして、それは、紛れもないメアリー一行の写真だった。
「……八人か。一人三人づつ手分けすれば、誰かが二人だけという幸運なポジションを手に入れるわけだな」
「そんなものめんどくさい。ゆっくりしていると、私が、この聖剣が全部倒してしまうよ」
リッカーベルトの言葉に、エリシアは続く。その間、シャリオはずっと黙っていたわけだが。
「……シャリオ、大丈夫か?」
「あ、いえ。特に問題はないです」
「シャリオさん、私たちは神殿協会の最高地位にある存在なのですよ? そんな方が俯いていられれば、信者だってそうなるに決まっている。例え張りぼてでも強く気持ちを持て。そして、それを信者に見せ付けよ。それでこそ、枢機卿、上に立つべき存在だと言えるだろう?」
エリシアはエクスキャリバーを柄から出し、その刀身を露にしていた。どの剣にも変えられない、その輝き。それが聖剣であり、聖剣でなければ不可能なことだろう。
「聖剣が輝いている……いつもより、いつもより、だ。これはどういうことか、解らないわけはないだろう。聖剣は、悪人の身を斬り、その血迄もこの世から消し去るために存在しているのだ。つまりは、今から行うのは――聖剣による、悪人の『贖罪』なのだよ」




