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New Testament  作者: 巫 夏希
第三章 デストルドー
33/91

3

「ここは何でも屋というか……まぁ、何でも屋だな。金さえ払ってくりゃ何だってやる。カミサマより強いって噂の魔物の封印から下水道配管の掃除まで、な。そして、俺がその団長だ。名前はルーク・パセントだ。まぁ、ルークとでも呼んでくれ」


 ルークは気だるそうな表情でそう言った。それを見てルーナは自らが履いていたスリッパでルークの頭を叩いた。二度目である。


「だからあんたの目の前に居るのは客人だと言っただろう!?」


「客人目の前にしてスリッパで叩く方もどうかと思うが……」


 ルークの平凡なツッコミにリニックたちも「まぁ、確かになぁ」ぐらいに考えていた。つまりはリニックたちも『どっちもどっち』と考えていたのだった。


 しかし、これ以上話を聞いても発展する気配など皆無に思えたので、リニックは再び話しかけた。


「……あ、あの? 俺たち依頼しに来たんですが……?」


 その言葉で言い合っていた彼らの行動は止まり、視線がリニックの方に集まった。


「そ、そうだな。ルーナ、今日は依頼人が来てるんだ、だから、な?」


「致し方ない……。この依頼が終了したら、……解ってるね?」


 ルーナはそれ以上は何も言わなかった。しかしながら、『無言の圧力』というのがルークの解れた顔をまた強張らせていった。


「それで、細かい内容について聞かせてもらおうか」


 ルークは気を取り直して、リニックたちに訊ねた。リニックは思い出したかのように、話を始めた。


「……『裏の住人』で人身売買をしているところを片っ端から洗って欲しい」


 リニックはその言葉を一瞬は躊躇った。あまり言わない言葉……というのもあるが、その可能性を考慮に入れていることが、何よりも辛かった。


 人身売買というのは、アースでは禁止されているから馴染みが薄い……というわけでもなく、寧ろ禁止されているからこそ、興隆しているというのもある。かつて、人身売買というもののターゲットは富裕層だった。しかし、今は違う。今は、裏の住人に売っていることが殆どだ。裏の住人に売られた『それ』は、多くはそれ自体を金持ちの見せ物にされる。要するに『それ』はヒトではあるが、人間では無くなることを示していた。


 トワイライトというのは何者かは解らない。だからこそ、メアリーをどうするのかも解らない。だから、リニックは一つの可能性を考えた、というわけだ。


「……そんな、簡単に言われてもな。直ぐ言われて出来る俺ではない」


 ――と、普通の探偵とかなら言うかもしれないな。


 ルークはそう言って誇らしげに胸を張った。


「……普通の探偵なら、そんなことは断っちまうさ。けれども、見た感じ急ぎなんだろう? だったら、俺に任せな。ただし、少しだけ時間を貰いたい」


「解った。……どれくらいだ?」


「五時間もあれば上等だな」


 その言葉にリニックは言葉を失った。五時間、とルークは言った。彼は冗談を言っているようには見えなかったし、冗談を聞いているようにも思えなかった。


 そして、ルークの顔を改めて見ると、リニックが驚くのを解っていたかのように、ニヤリと薄ら笑いを浮かべていた。


「……解った。五時間、時間をやる。報酬はどう払えばいい?」


「トレイクの知り合いなんだろ? だったらサービスで六割引きにしとくよ。ざっと百万でどうだ」


「解った。後払いでいいか?」


 リニックの質問に、ルークは「構わない」との返事の代わりに頷いた。


 リニックたちは一先ず街のメインストリートを歩いていた。


「リニックさん、大丈夫なんですか」


「大丈夫だよ。あいつは金さえ払えばちゃんとやってくれる探偵らしいからな、最近は。トレイクから聞いたものにしか過ぎないが」


「大体は金渡したらそれなりの働きをするのが普通ですし、常識ですよね?」


 訊ねたのは、エスティだった。


「まぁ、そうなんだが……。僕はなにぶん相場ってものが解らない。だから、最初は六割引きで百万ムルってのは高いのか安いのか解らなかった。だが、トレイクが言ってたからには、ある程度信用もしていいだろうと思ってね」


 リニックはそう言ってあるチラシを、エスティたちに見せた。


 それは、この星の探偵業で『業界最安値!』と謳っている探偵事務所のものだった。見てみると、そこには最低三百万ムルからと書かれていた。それを見て、エスティは驚き、リニックの方を見た。


「それは『表』で一番安い探偵事務所だ。あぁ、何故こんな高いかといえば簡単な話だ。……スタグフレーションが起きているからだ」


 スタグフレーション。


 不景気で、デフレになることは自明だ。それと同じように、好景気でインフレになるのも自明である。


 しかし、このようなことも、中には考えられる。


 不景気であるとき、政府はそれを政府支出で不景気から回復させようとする。そして、そのためには勿論のこと大量に紙幣が必要となる。


 大量の紙幣を確保するには、不景気の時代には、紙幣を刷って対応する……即ち、国債だ。アキュアには政府が存在するため、アキュアのみでの国債となる。これを刷り続ければ、どうなるだろうか?


 答えは簡単だ。紙幣の価値が下がるのだから、その分物価は上がる。不景気なのにインフレを起こす。これがスタグフレーションなのだ。


「……だから、今はアキュアでの価値は他国の二十倍にもなっているらしい。とんでもないインフレだ。こんなインフレが他国に広まっちゃ困る……というわけで、アキュアで刷られた紙幣は他国では使っちゃいけないことになっているんだとか。他国でも使いたいのなら、レートで交換してもらうしかないね。そのレートも、相当不平等なものとは聞いたけど」


「……つまり、この国の経済は、ほぼ死んだようなもの」


 リニックの言葉にこだまするように、レイビックは呟いた。


「そうだ。それは少し言い過ぎかもしれないが、それだけは確かだ」


 リニックはそこまではっきりとは言おうとしなかったらしい。そう言ってあまりにもはっきりと言ったレイビックのフォローをして、小さく溜め息をついた。



 ◇◇◇



 その頃。


 アースにある、神殿協会のとある場所でのこと。


 太く、大きな柱が通路を包み込むように立ち並んでいる。その通路をゆっくりと一人の人間が歩いていた。


「……まったく、めんどくさいことになったものですよ」


 人間は女性だった。女性は小さく呟きながら、通路を早足で歩いていく。


 直ぐに壁が開けてきて、女性はそこが通路の終了であることを自らで悟った。


「よう、シャリオ。元気にしているみたいだな」


 通路の終わりは、そのまま講堂となっていた。しかしながら、そこは神殿協会が大量の人間を前に行う集会で使用する『大講堂』ではなく、いわゆるミーティングルームになっている場所であった。


 そこには既に二人の人間が立っていた。待ち合わせの時間にはまだまだ早いのだが、早く着きすぎても時に問題はない。


 そして、その片方――黒髪の一部が白く変色している、ニヒルな笑いをしている男が、シャリオに話しかけた。


「リッカーベルト・ホープ枢機卿に、エリシア・マイクロツェフ枢機卿。お待たせして申し訳ない」


 そう言ってシャリオは頭を下げる。それを見て男――リッカーベルトが高らかに笑い出した。


「大丈夫だ。私も今さっき来たばかりであるし、それに……まだこのミーティングの主役が来ていない。まぁ、焦るこたぁない」


 リッカーベルトはそう言ってシャリオの肩を叩いた。リッカーベルトは、聖職であるのにその親しみやすい(シャリオには些か信じがたいが、シャリオなどの性格は民から言わせれば『堅実過ぎる』らしい)性格で、一定の評価を得ている人間だ。若い頃は割りと優男で、ひょろひょろとした体つきだったらしいのだが、今はそんなことを感じさせない状態にまでなっている。


「シャリオ・トウェイン。そんなに自らを下手にとるものではありません。我々は枢機卿、この神殿協会でも高い地位に居るのですから」


 エリシアはそれだけを言って小さく微笑んだ。シャリオにとって彼女はどうも苦手な部類に入る。なんでも神殿協会創成期から彼女の一族は枢機卿になっているためか、神殿協会全体のパワーバランスを見ると、彼女が一番となっている。


「……そんなことより、どうして教皇様は我々を急に集めさせたのでしょう」


「それは私も大いに気になる所だな、シャリオ。まぁまだ教皇様が来てないから何とも言えないが……」


 教皇という存在は神殿協会のトップに位置する。しかしながら、教皇はカミサマとされており、さらにはその正体を枢機卿クラスでも明かしてはいない。なんともミステリアスな存在でもあるのだ。


 そして、会話は途切れ、シャリオが小さく溜め息をついた、ちょうどその時だった。


 彼らの前にあった大きなスクリーンが突然砂嵐を作り出した。


 はじめは何が起きたのか、彼らにも理解出来なかった。


 そして、直ぐにスクリーンがある映像を映し出す。


 そこに映っていたのは、テーブルに肘をつき座る人間と思しき生物だった。なぜ性別が解らないのかといえば、頭にウサギの着ぐるみの頭部を被っていたからである。


『お久しぶりです、枢機卿のみなさん』


 機械で引き延ばしたような声が講堂に響く。ここで漸く正体が解った(何故かといえば、教皇が姿を見せることは動画を含めて殆どなく、大抵は影武者や音声のみであるのだ)。


「お久しぶりです、教皇様」


 枢機卿の三人は、ちょうど同時にそう言った。



 ◇◇◇



 少し時は遡って、舞台もアキュアに移る。リニックたちが路地を離れ、街の大通りを歩いていたときのことだ。


「ほんとうに……ここは広いったらありゃしないな」


 リニックは呟く。それもそうだろう。ここは、トラウローズと較べて二倍程の大きさがある。そのせいなのかもしれない。


 ただし、それをそんな問題で片付けるには少し惜しい。


「いや、ほんとうに暑いな……」


 リニックは呑気にそう呟いた。


 ジークルーネに何が起きるのかも、知る由もなく。



 ◇◇◇



 その頃、トラウローズ。


「いや、大変だね」


「ライアンの家も似たようなレベルじゃないのか? 君の家の修理も大変だろうし……」


 トレイクと会話をしている女性――ライアンは「そうね」と呟き、ティーカップに入った紅茶を一口飲んだ。


「そういや、コンサートが中止になったんだっけ? 名前は確か……」


「オルディナ・メルシートね。確か、ここに初めてコンサートで来るのよね。私も見に行きたかったからなぁ……」


 オルディナ・メルシート。


 弱冠十七歳でデビューし、そのデビューシングルが新人では破格の七十万枚を売り上げた少女である。現在十九歳となった彼女は先月発売したアルバムを引っ提げ、ツアーを行っているのだ。


 そして、このトラウローズがツアーの最後を締めくくるものだったのだが――。


「こんなことがあったのだから、仕方はないよね」


 トレイクは呟き、紅茶を一口飲んだ。

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