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New Testament  作者: 巫 夏希
第三章 デストルドー
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第三章 デストルドー

 かつて、アースという惑星は『水の惑星』と呼ばれるほどに水が豊かな惑星であった。実に地表の七割を水が覆っているから、宇宙から見ればアースはとても青く見える。


 そして、『偉大なる戦い』の時に起きた天地分割で、ある欠片は当時アースにあった水の実に六割を持っていった。つまりは、その分地面を覆う水の量が多く、宇宙から見ればその欠片も青く見えるというわけだ。


 だからいつしか、人々はその欠片を『アキュア』と呼ぶようになった。



 ◇◇◇



 アキュアの中心にあるオーグスという街は町中に水路が張り巡らされており、人々は水路にかけられた橋を渡るか水路をボートで進むかの何れかを選択することが出来る。しかし、人々の殆どはその利便性故に後者に偏っている。


 リニックたちが乗った飛行機がオーグス郊外にあるディガゼノン空港に降り立ち、彼らが空港から外に出たときに感じたファーストインプレッションが「ボートだけで移動しづらくないのか?」であったが、実際普通でいう車道は水路となっているし(リニックが郊外から市街地までタクシーを使用した際、そのタクシーはエンジン付ボートだった)、さらに水路とはいえちゃんとした交通整備(殆どの場所は二車線になっており、ボートがすれ違って通れるが、そうでない場所は水門式エレベータを利用し、高架水路と併用して二車線となっている。また、高架水路のみのいわゆる高速道路的なものも存在している)が為されていたため、今では寧ろボートの方がいいのではないかと考え方を改めてしまうほどに、彼らのそれに対する印象は変化していた。


「しかしまぁ……、まさに水の都ってやつだな」


 リニックたちは町の少し隠れたところにある小さなカフェのテラスでコーヒーを飲んでいた。テラスは水路に面しており、時折ボートが通るとボート側から手を振ってきてくる。リニックたちは(特に女性陣が)それを見てそれを返す。


「しかし……ほんとうに長閑のどかですね……」


 エスティがそう言って、自らの前にあったミルクティーを一口啜った。


「ここまで長閑過ぎると、何をしにきたのか逆に解らなくなるね……」


 冗談混じりにリニックは呟くと、エスティたちもそれに倣うように小さく頷いた。


 今彼らがこの星に来ているのは、単純明解だ。メアリーを探しに来たのである。『トワイライト』により拐われたメアリーを捜して、ひとまずメアリーが言っていたこの星にやってきたのだった。


「しかしながら……、ほんとうにこの星で合っているの? もし、間違っていたら」


 訊ねたのはフローラだった。しかしリニックはそんなフローラの言葉を待ち構えていたように頷き、リニックが持っていた『根拠』について話し始めた。


 メアリーが消える直前、誰にも見えなかったのだが、リニックだけにメアリーの隠したメッセージを読み解けていた。メアリーは消える直前、誰にも聞こえない声ではっきりとこう呟いたのだった。『アキュア』、と――。


 それを聞き終わりフローラたちは何も言えなかった。お互いがお互いに、話し始めるのを待っていたのだった。


「……でも、どうしてメアリーさんはこの場所を言ったんでしょう?」


 五人の中で、初めに話し始めたのはローザだった。ローザは小さく首を傾げながら、リニックの言葉に質問を加える。


「……それは少しも解らなかった。もしかしたら、トレイクなら何か知っていると思って訊ねたりしたんだが、釣果はさっぱりでね。結局それに関しては解らず仕舞いなんだ」


 そう言ってリニックはミルクティーを飲み干した。


「さぁ、それで一先ずどうしようか……流石にここで手がかりも無しに見つけるのは骨が折れる、というわけではない」


「えっ?」


 リニックが言った言葉は他の五人に気の抜けたリアクションを取られてしまった。


 リニックはそれを見て、やれやれと言わんばかりに手をあげる。


「考えてもみてくれ。確かに『何か』を探すのなら骨が折れる。だが、『裏の住人』ならその住人さえ見つけるかあからさまにそうなっている場所を狙えばいい。アース通りならば、それでうまくいく」


「元を正せば、そりゃここもアースですけれど……分断されたのは二千年以上も前ですよ? 独特のルールが作られ、独特の進歩を遂げたことでしょう。現にトラウローズだってそうでした」


「けれども、人々の根幹にある部分はそう変えられないと思うよ。でなければ、人々はそう簡単にアースの文化に馴染んだりはしないよ」


 アースから分断された幾つかの欠片が消滅ではなく残っており、そこから独自の文化を発展させていった。しかしながら、そう人々は思いながらもいつかはアースに戻り、また暮らしたいという願いはそのままに残っていた。


 けれども、そんなことは簡単に叶うわけもなく……人々は夢物語のように、しかし心の何処かでは可能性を信じていた。


 一年前、神殿協会は『惑星再生計画』を発表した。それは名前のとおり、アースとその分断された欠片をもう一度一つの惑星に結合しようというのがその目的だった。


 そんな大それたことなど、簡単には叶うわけもない。人々ははじめ神殿協会の計画には賛否両論だった。


 しかしながら、彼らが提示したあるものによって、人々の評価は百八十度変わった。


 それは、神殿協会がいうところの『方舟』だった。方舟は神々により終焉させられた世界の中で、真面目な行いをしてきたノアの一族のみが神々より事前に通知され、方舟を創るよう直々に命じた。そしてそれに種を載せ、新たな世界を作ったノアは現世界の人々の先祖となっている。



 それに近しいものが起きたのはおおよそ一万年程前のことだった。


 その世界は今よりも科学が発展していて、今よりもよりよい暮らしが出来ていた。そして、今の世界との最大の違いとして、そこには『魔法』というものが無かった。


 魔法とはやはり信じるもので、人々が信じなければ魔法は発動出来ないし発動された魔法を見ることも出来ない。したがって、前の世界は魔法が『なかった』のではなく、魔法が『あるにもかかわらず』信じる人間が少なかった――そう推論する論者も少なくはない。


 科学が興隆していたその世界では――今の世界では信じられないことだが、魔法よりも信用があるとされていた。しかし、魔法だって元を正せば突然産み出された神秘的なものではない。数学的知識を理解してなければ、難易度の高い魔法を撃つのは難しい(寧ろ、不可能といっても過言ではない)。


 つまりは、今と昔とでは科学と魔法のパワーバランスが逆転した……そう云える。


 科学技術を持ちすぎた人間に失望してしまったのではないか――『崩壊』後の人々はそう考えるようになった。魔法とは、神聖なものだと考えられ、その他の術も『カミサマが人間に与えられた』ものだと、現在でも伝えられている。しかし、人々はそれがガラムドによって与えられたということ迄は知る由もない。


 しかし、ガラムド暦2115年現在、人々はさらに別の考えを持つようになった。果たして、魔法とは神聖なるものなのか、と。魔法とは周りにある元素を代償にして様々な魔法を放つものだとされている。例えば、湿度が極限に少ない(普通ではそんな事象はあまり起こり得ない)ならば、水と氷に関係する魔法は撃てない。湿度が少ないということは、水の元素が少ない(魔法では空気から水素を作ることは不可能である)ということを指している。


 つまりはカミサマに与えられたものであるが、カミサマの力によって使えるものじゃないのでは、と考える学者も居る。しかし『神殿協会』としては八百万、何処にでもカミサマは居ると反論していることで未だ議論は平行線になっている――。


「……つまり、魔法を嫌う星だってあるんですよ。確かに、アースから別れた欠片は、発見されたとき、発見者と四大元素から命名されましたね。まぁ――勝手に、人間なのだからカミサマに与えられた魔法が使えるはずだ等と言っている過激派も居ますが、実際には現在のアース・ハイダルクを中心として魔法は広まったのですから、アースから別れたのだから魔法を使えるだなんてことはお門違いなんですがね」


 ローザはずっとリニックたちに話をしていた。内容といえば魔法の歴史のようなもので、この暫くですっかりローザが先生、他が学生という謎の立ち位置が出来上がってしまった。


 それで、とエスティが訊ねる。エスティのコップは既に空となっており、エスティは時たまコップに残った氷をストローで弄んでいた。


「……結局、今まで話した内容からメアリーさんが何処に居るのか、解るんですか?」


「解る人は解るだろうし、解らない人は解らないだろうな」


 問いに対するリニックの返事は非常に曖昧だった。


「……含みを持たせて、どうするつもりで?」


「ただ、含みを持たせただけじゃないか。……ただ、これだけは言える」


 リニックは氷を一つ口に入れ、それを勢いよく噛み砕いた。


「――メアリーさんは、必ず救い出す。今日中に、ね」


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