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最初にある[2]は二節目的な感じです。
[2]
大魔導士テーラと呼ばれる人間がいた。
彼は預言者の類であって、俗に祈祷師とも呼ばれていた。
祈祷師とは簡単に言うと預言者の類であるが、あと一つ決定的に違うものがある。
それは、神ガラムドの血を引いている人間であること、だ。
今では祈祷師という職業は完全に撤廃されており、祈祷師を名乗ることは罰せられている。しかし今はそれが何故そうなっているのか知っている人間が皆無である。
しかし祈祷師テーラには今も熱狂的な信者が居る。彼らがテーラの墓地上に神殿を作り上げテーラ神殿を完成させたのは有名な歴史事実として語られている。
祈祷師を崇拝するガラムド神道派と、現行宗教を崇拝する神殿協会派の争いは増しており、そのシルバーバレットは未だに見つかっていない。そもそも、それぞれの宗派のどちらかが折れるなんてことは有り得ないわけであり、それを学界も仕方はないと思っているのである。
そもそも学界は神殿協会派に所属しているので、政治的学術的な意味を考えてもガラムド神道派は不利な立ち位置にある。
「……で、ここはどこなんですか」
「しゃべるな舌噛むぞ」
「えっ」
今リニックは男とともにトラックに乗っていた。しかしその進んでいる道は悪路という悪路で、揺れがひどいものだった。
しかし、リニックは彼らと共に行かなくてはならない理由がある。
彼は今、搜索対象として追われているのだ。
正確には『アンダーピース』の一員の可能性があるため、見つけ次第拿捕し、事情を(恐らく拷問などされて)聞こうと目論んでいるのだが、それをリニック自身が知ることもなかった。
「……ここはハイダルクの南東にある神殿近くのあぜ道だ。結構隠れやすくてな。我々もよく使っている」
「そうじゃなくて」
「ん? ああ、それともこの辺に生っている果実が気になるか? これは野いちごでな、確か正式な名前はコバノフユイチゴだったかな。バラ目バラ科で、なかなかにうまいぞ。もう旬だからジャムにするなりそのまま食べるなりパイにするなり自由だからな」
「そうじゃないんですけど」
「……なぜ君も助けたか、ってことかい?」
「ええ、実際には攫われたとも言いますけど」
「まあ、そのへんは大目に見てくれよ。もしあそこで君も助けとかなかったらいろいろもめてたぜ? 例えばジークルーネと会っていた状況は他の参加者にも見られているのは周知の事実だ。それによって君が疑われ、下手すれば一緒に銃殺刑だって有り得た。君の命を守るためにも必要なことだったんだよ。……まあ、君から話しかけたのだから自業自得とも言えるがな」
「サラっと怖いこと言いますね」
「いや、きっとそうだよ。彼らならやりかねないからねえ」
「……そう言ってますけど僕はあなたの名前すら知らないんですが」
「そっか」
あっけないほどそっけない返事を頂いたリニックは少しだけバツの悪そうな表情を見せた。
「それじゃ僕の名前を教えてあげるよ。僕はグラシアス・ホークリッチ。現君主リビエス・ホークリッチの弟……って感じかな?」
「嘘ですよね?」
「いやいや、それが案外嘘じゃないんだよ。血筋は本物だよ。……そして元をたどれば神ガラムドの遠い子孫にあたる」
リニックはもう彼が何を言っているのか解らなかった。
しかし、リニックはそれよりもさらに気になっていることがあった。
「そうだ、彼女は! ジークルーネはどうしたんだ?」
「ジークルーネか? 彼女なら無事だ。彼女は今助手席にいるだろ?」
「そう……なのか?」
リニックは正直自分がいた状況が理解できていない。
全世界魔術理論弁論大会で発表予定だった論文や、それを証明するための素材も会場に置きっぱなしであり、貴重な物は殆ど持ってきていなかった。それに関しては彼もそこまで重大とは思っていないようだが、実際のところ、恐らく警察が彼の家を襲撃していること間違いなしなので彼の殆どのプライベートな物は警察によって持ち去られたと考えてもいいかもしれない。
しかも彼の曽祖父は極悪人に仕えた疑いがある。それを考えても、リニックの行動は疑われていることが考えられるため、もしかしたら家族全員が拿捕されている可能性があるのだが、リニックはそんなことを深くはかんがえていないようだった。
「ジークルーネは防弾チョッキを常に着ているしな。しかも頑丈だ。中規模程度の魔法なら耐え切れる」
「……なるほど。ところでいろいろと積もる話があるわけですが……」
「おう、何から聞きたい? 俺の祖母が116歳なのに、見た目16歳の合法ロリって話からか?」
「もう、なんでもいいです……」
「おっ、着いたみたいだな」
そう言うとグラシアスは停止したトラックから飛び降りた。リニックもそれに従って飛び降りた。そこは、ドーリア式と呼ばれる旧時代の古代建築(ややこしいものを感じるがそのへんは無視しても構わないだろう)で創られた神殿のような建物だった。
「さあ、ついてきてくれ。君にも話しておかねばならないからな。この世界のことを」
「……この世界のこと?」
リニックはグラシアスが何を言っているかわからなかったが、ひとまず付いていくことにした。
「ああ、この世界は今はガラムド神道派と、神殿協会派に別れている。そのことに関しては君も知っているだろう?」
「ええ。僕の家庭も一応神殿協会ですからね」
リニックとグラシアスは神殿の中を歩いていた。外装は古代文明の神殿のように思えたが、中はコンクリート剥き出しの壁の通路でつながり、近代的な機械がなんだか沢山置かれている。
グラシアスの話は続く。
「……まあ、細かいところは放っておくとして、神殿協会はここ数十年で発足した新しい宗教なのさ。このことに関しては?」
「聞いたことはないですね」
「神殿協会はもとはちゃんとしたカミサマを……そうそう、たしか全知全能のカミサマとか言われてる、ドグってのが世界を安寧に導いてくれるとかそんな感じだったかな。最初こそはちゃんとした宗教……だったらしい」
「……らしい、とは?」
「その宗教は正式にはとある予言者が教祖として牛耳っている。しかも……その予言者は一万年もの間姿形を変えずに生きているんだそうだ」
その言葉を聞いてリニックがまず最初に思ったこと。
嘘をついているのではないか?
普通に考えれば、一万年も姿形を変えず……要は不老不死に近い、存在になれるとは到底思えない。しかも旧時代は魔法は存在しなかったというのだから、どうやって生きていったのか、少なくとも魔法は使用したものではないだろう。
「……さてと、着いたぞ」
「着いた……ってここは?」
「俺達アンダーピースの基地……というべき場所だ」
そこは先程の場所とは違う光景だった。
辺りには剣が飾られており(しかしその剣は敵を倒すなどの行為をするには尖ってはいない、所謂模造刀であると思われる)、松明も等間隔に置かれていて適度な明るさがその部屋にはあった。
「……ようこそ」
その奥にはひとりの女性がいた。現代風の――見た目からして麻だろうか――服を着ていて、年はリニックよりも下に見えるがその表情はリニックの何倍も生きていなければ出すことはできないだろう。
「はじめまして。リニック・フィナンスと申します」
「ああ、聞いています。なんでも錬金魔法の研究をしているんだとか」
「……ご存知でしたか」
リニックは驚いたような表情を見せた。
「しかしなぜ僕をこの場所に」
「あなたに世界の真実を見せるにはちょうどいい人物と判断したからですよ」
女は笑った。
それを見てリニックは気持ち悪く思いながらも、話を続ける。
「……なるほど。所謂僕が主人公に相応しい、と?」
「ええ。あなたなら百年前のことを変えてくれるに違いない、そう思いましたからね」
そこでふと女の顔が見えた。松明の明かりによる仄かな明かりだが、それでも彼女の顔を照らすには充分すぎるほどだった。
そこにいたのは赤髪に茶がかった赤い目をした、端正な顔立ちの少女だった。
「自己紹介をしておかねばなりませんね。……はじめまして。私はメアリー・ホープキンと言います。よろしくお願いします、ミスター・リニック」