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「……メアリーさん、どういうことですか!? どうして私たちに攻撃を……! それじゃまるで……っ」
「まるで、『マリオネット』みたい……とでも?」
トワイライトはすたすたとメアリーに近付きその顔を見る。今、メアリーからは一切の感情が失われていた。だから、こちらから連絡を取るのはほぼ不可能に近い。
トワイライトはその顔を見て、メアリーの頬を優しく撫でた。頬骨に口付けをした。服の上から優しく身体のラインをなぞった。しかし、それをしている間メアリーはずっと表情を変えることは出来なかった。トワイライトもそれを知っているからこそ、この仕打ちを続けていた。
きっと、メアリーは操られているのだ――リニックたちは直ぐに勘づいた。しかしながら、それからどうすればよいか。それは未だ考え付かなかった。
「……どうしたのかな。メアリー、何だか大変になったね?」
トワイライトはわざとらしく笑って言った。メアリーはそれに頷いた。心なしか、少しだけ顔を赤らめているようにも見える。
そしてトワイライトはゆっくりと歩き出そうとした、ちょうどそのときだった。
ズガン!! とトワイライトに向けて何かが放たれた。
しかし、それはトワイライト自身が纏ったバリアによって弾かれた。
「なんだいなんだい。この小さいこれは? 僕を嘗めているのかな?」
そう言ってある少女に向かってトワイライトは小さく呟いた。
その少女はジークルーネだった。
「……あぁ、確か君はメアリーのお孫さんだったかな。大丈夫、彼女は僕が幸せに――」
ズガン!! とトワイライトの言葉は、その雷鳴に遮られた。どうやら、先程聞こえたそれも、その雷鳴の一つだった。
「君も諦めが悪いね。この『淫魔の口付け』は僕の唾液を飲み込んだ人間を従わせる効果を持っていてね。仮にメアリー……彼女の頭を叩いたりなんかして正気を取り戻させようなんてことは不可能なんだよ。そこんところを、少しは解ってくれないとね……」
ズガン、ズガン!! とトワイライトが話している間にもまだジークルーネは雷撃を放っていた。しかしながら、それがトワイライトに当たることはない。全て彼が纏うバリアに遮られてしまうからだ。
しかし、ジークルーネは攻撃の手を緩めない。そしてトワイライトもそれを見てほくそ笑むだけだった。
「やめろ、ジークルーネ」
それを止めたのはリニックだった。彼女は既に見た限り疲れきっていたからだ。
魔術を撃つのには限界がない――というわけではない。一つは自然元素が存在していること。そしてもう一つは使用者の精神力、だ。前者は特に問題がないし、寧ろ問題となるのは後者のほうだ。後者は単純に使用者の精神力が無くなれば魔術が使えなくなる――“というわけではない”。精神力がカラになったとしても、幾らかは魔術を使うことが出来る。『オーバーブレイカー現象』と呼ばれるそれは、精神力ではなく別のものを代償にする、極希なケースである。
例えば、使用者の生命力。例えば、記憶。例えば、肉体そのものまで、その『極限を超えた』代償は様々である。
つまり、今のジークルーネは見るからにして窶れて見えた。それほど魔術による精神力の消費が激しいということだ。
そもそもジークルーネみたく錬金術と魔術を併用出来るのは、別に選ばれた人間だというわけではなく、ちゃんと魔術と錬金術について学べばよいだけで、使おうと思えば誰にだって使うことが出来る。それほど、魔術と錬金術は仕組みが似ているということだ。かくいうリニックも錬金術と魔術を併せて用いることが出来る。
『……なぜ止める』
ジークルーネは解っていなかったようだった。
「君が危ないと思ったのもあるし、……あいつには強力なバリアがある。そのまま撃ち続けたら君は死んでしまうぞ!」
『ならば、「このまま見捨ててもいい」というの?』
「……そういうわけじゃ……!」
『なら、いいじゃない』
そう言って、ジークルーネは元の位置に振り返り、再びトワイライト目掛けて腕を伸ばした。
『――シネ』
呟いた。
それと、ちょうど同時にジークルーネの手から炎の弾が放たれた。
「うおっと、メアリーちょっと手伝って~」
わざとらしくトワイライトはメアリーに擦り寄った。そして、その命令を『YES』と言わんばかりにメアリーは手を叩き地面――正確には床に手を当てた。
予兆など、そんなものはなかった。
メアリーの目の前に床が競り上がってきた。否、正確にはそれは『床』ではなかった。床に含まれた鉄を抽出し作り出した鉄壁だった。そしてその壁にすべて弾かれてしまった。
『……マダ、マdaヤる。カiホuされるマデ……』
もはや、ジークルーネの話しているものは『言葉』とは程遠いものとなっていた。
「いやぁ、まったくもって強いね。驚いちゃうなぁ」
トワイライトは手を叩いて、笑っていた。それは怒りにすべてを支配されたジークルーネをおだてるようにも見えた。
「けれどね、そう簡単に倒したりするというのは、そういうのは無理なんだよ」
「……?」
「とはいえ、今はそれぞれが傷を負っているという状態。仕方がないけれど……少し休むという選択肢を考えたことはないかな?」
リニックはそれについて首を横に振る。
「言うと思ったよ」
その刹那、トワイライトとメアリーの姿は忽然と消えた。
「……消えた!?」
それと同じくして、ジークルーネは意識を失い、その場に崩れ落ちた。
「ジークルーネ!!」
リニックは近づいて、彼女を抱え込む。彼女の肌はもう健康的な色とは程遠く、土色に近いものとなっていた。
しかも、呼吸をしていなかった。
「……どうすりゃいいんだ……!」
リニックは何も考えることが出来なかった。
――このままだと、彼女が死ぬ。
だが、リニックには何も出来ない。彼がアースで蓄えた研究結果も、知識も、すべて役に立ちそうもなかった。
「……リニックさん」
しかし。
「リニックさんってば!」
『希望』というのは、そう簡単に捨ててはいけないものだと、このときリニックは改めて確認した。
「おまえは……確か?」
「トレイクです。……にしても、ロゼが僕やライアンに全財産持ってこの星から出ていけと言った時は流石に言葉を疑いましたがね。まさか本当にこんなことが起こるだなんて、思いもしませんでしたよ」
トレイクの隣には、ロゼがそれみたことかと反り立っていた。
「そしてお前は私の言葉を聞かずに出て行かなかったのです。ライアンの方がまだ利口でしたよ? あのてきぱきさは見習ってほしいものですね」
「家事全般出来ない君に言われてもねぇ……。まぁ、そんな話はさておきリニックさん」
急に話を振られたので、リニックは一瞬行動が遅れ、ぎこちなく頷いた。
そしてトレイクはその反応を見て、言った。
「無理を言うのは承知です。ジークルーネさん……彼女を、僕たちに預けてはいただけないでしょうか?」
「ジークルーネを……?」
「えぇ。私たちならば、彼女を救うこともできます」
そう言って胸を張ったのはロゼだった。この際、胸が薄いから張る胸もないだろうに、などという余計なことは考えてはいけない。
「……誰ですか、今胸が薄いまな板だと言ったやつは」
「まな板にはまな板なりの可愛さがあr」
「トレイクは少し黙っていなさい」
「はい」
話はさておき。
「ところで、話を戻しますが、私たちは魔導書を持つ者です。それは、以前にもお話しした通りだとは思うのですが、簡単に言えばそれを利用するのです。実に、実に簡単な話です」
「魔導書ったって――」
リニックは辺りを見渡すが、そのようなものは見受けられない。ならば二人が持っているのかといえばそんなわけでもなく、彼らがいる服装は完全にこのような状態を待っていたとは思えない。
「――魔導書が何処にあるのか、あなたはそう言いたいのでしょうが、簡単な話です。私こそが『魔導書』なのです。どれくらいの魔導書なのか、今は言うことは出来ませんが……ともかく、今はこれが『魔導書』だということですべてを受け入れてほしい、そう思うのです」
そうロゼは自らの胸に指を当て言った。
「ほんとうに……治せるんだろうな?」
「治したいのならば、直ぐに私に身を渡した方が得策だと思いますが?」
ロゼはそう小さく呟いた。確かに0と0.1ならば後者にかけたほうがまだ可能性はある。ロゼはそれを言っていたのだった。
「……解った。その代わり、治らなかったら」
「万全を尽くします」
そう言って、リニックは漸くジークルーネをトレイクに引き渡した。
◇◇◇
「……ところで、どうするつもりだい?」
リニックとトレイクは街が望める高台に来ていた。そこから見た限りでは、トラウローズという星は辛うじて星という形を為していたものの、既にそれは星とは呼べないものとなっていた。
「あいつは……トワイライトは、恐らくアキュアに向かったんだと思う。確証はないがな」
「なるほど。ならば、北にあるゼーベック空港に向かったほうがいいでしょう。聞いた話だと、あそこはほぼ被害がないと聞いていますから」
トレイクの言葉に、リニックは小さく頷く。
「なぁ、トレイク……さんの一緒にいる……ロゼ、だっけか? 彼女は、なんでも解るというのか?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれませんね」
トレイクは冗談めいたように微笑んだ。




