16
トラウローズの少し町外れにある、大きな屋敷でのこと。
「こうも毎回『平和を確認している』と、別にそんなことしなくていいとも思えてしまうな」
入口に立つ飄々とし男は、もう一人の男に問いかけた。
「だからとはいえ、さぼっちまえば貰える金も貰えなくなっちまうよ。だから、やるしかねぇのさ。なぁに、暇だが金が貰えるいい仕事だと思い込みゃいい」
「そうだな、そりゃいい」
そう言って彼らは大きく口を開けて笑った。
ここに居る彼らは『一応のために』雇われた警備員に過ぎない。この中に居る彼らの主人は個人が持つには強大過ぎる権力を所持し、それを意のままに操っていた。
だからこそではあるが、そういうものにはある程度の副作用がかかるものである。その人間も、幾度となく襲撃をされた。
しかし、それを、その襲撃者を、一掃した機械があった。兵器があった。
魔導兵器『アブソリュート』。
ある兵器の開発中に偶然生み出された代物である。位相空間を消去した絶対空間を生み出し、触れた人間はそこへ飛ばすといったものだ。
絶対空間は一度入り込んでしまえば、出る方法は見つかっていない。見つけようとしないのか、隠されていて発見にまで至らないのか、その答えは未だに判明してはいない。
だからこそ、なのかもしれない。それが兵器として用いられる要因で、それが恐れられる要因が、その『アブソリュート』だった。
ここに嬉々として挑む人間はそうも居ない。つまり、何が言いたいのかといえば、ここは誰も逆らうことが出来ない人間がいて、しかしそれは強大な権力によるものではなく、魔導兵器の効果があまりにも現実離れし過ぎている、その理由からということだ。
「まぁ、どうせ今日も来やしねえや。まさに等価交換ってもんがまったくもって成立してないそれだが、そんなそれを今日も終わらしちまおう。……んで、昼飯食ったら何する?」
「大富豪でもやるか、ちょっと前にいい勝ち方を思い付いてね」
「手持ちをすべてジョーカーにするイカサマは通用しねぇからそのつもりでな?」
なんで知っているんだ、と笑いながら男は相方の肩を叩く。そして、二人は何処かへ去っていった。
そして。
それを見計らったかのように、入口には新たな人間が姿を現した。
「……ったく、忘れ物しちまったよ」
それはさっき居た「大富豪をやろう」と言った方の男だった。
そう言って入口にあるタッチパネルに手を翳す。直ぐに『OK』といった文字がそこに浮かび上がり、その側にあるくさむらが移動を開始した。そして、そこには小さな階段があった。
「……やっぱり」
男は顔の縁に手をかけて、そのまま『剥がした』。
そしてその中にはまったく別の人間が居た。
「まったく……変装だって簡単な話じゃねぇんですよ」
その人間はまるで女性のような丸みを帯びた顔で、肌はなめらかに、髪は黒く長くとなっていた。しかしながら、彼は男だった。
彼の名前はセルダック・クーチェルといい、メアリー率いるチームの一員だった。
「……これでクリア・クリスタルは越えられるわ」
セルダックに呼ばれやって来たメアリーはそう言ってセルダックを労った。
「あとは『アブソリュート』の無効化……ですね」
メアリーの隣に居たリニックは、そうはっきりと呟いた。
リニックの計画ではここまでは計画通りに遂行されていた。
ただし、問題となるのはこれからだ。『アブソリュート』のコアを見つけ、無効化せねばならない。果たしてそんなことが可能なのか? 否、そんなことを論じている場合など当になかった。
出来る出来ないではない。『する』のだ、と。
クリア・クリスタルを無効化して、監視魔法を解く。その後はメアリーチーム、リニックチームに分かれ、それぞれ行動を開始する――という算段だった。
「まさか、『あれ』が言った言葉が現実になるとは、思いませんでしたわ。お兄様?」
「私だって驚きですよ。まさか、まさか! ここで再び見える日が来ようとは!」
このことはメアリーにも予想外のことだった。
そこに立っているのは、バルト・イルファとその妹ロマ・イルファだった。
バルトとロマは、まるでリニックたちがここに来てこの場所を通ることを、知っていたかのように突然現れたのだ。
「まさか、作戦が漏れていたとでもいうのか……!?」
リニックはそう言って、頭を抱えた。ロマはそんなリニックをせせら笑った。
「いえいえ、そちらの方たちに悪気はありませんよ。私たちは、『未来』を見たに過ぎないんですから?」
「未来?」
リニックの問いにロマは答えなかった。正確にはロマがそれを言った直後にバルトに頭を小さく殴られた。
「お、お兄様!? 何をなさっているんですか!!」
「お前はペラペラと情報をしゃべりすぎだ。そのせいで相手が有利になったりすることだってあった。めんどくさいが……少し黙っていろ」
バルトの言葉に、ロマは小さく頷いた。
(なんか今は仲が悪いみたいだな……。もしかしたら今なら……!)
先に攻撃を仕掛けたのはリニックだった。リニックは素早く行動し、瞬間にバルトの前に立ち、眉間にナイフを打ち込んだ。
「……いやぁ、遅い。遅すぎて欠伸が出てしまうほどだ」
しかしながら、既にバルトの姿はそこには居なかった。
彼の後ろに、立っていたのだった。
「なっ……!」
リニックは急いで振り返る。
しかし。
「だから……言ったでしょう。遅すぎる、って」
バルトの手から放たれた炎が、リニックの身体を包み込んだ。
そして、そのままリニックの身体は骨も残さず焼け尽くされる――はずだった。
「な……なんだと!?」
バルトが驚くのも無理はなかった。リニックは燃やされて跡形も残らないはずだった。そのようにバルトも火力を調整した――はずだった。
しかし、バルトにもある一つの誤算があった。それは、エスティが出立前に全員に配っていた『魔符』の存在だった。魔符の力はそれほど強力ではないがそれでも三回までならば致死魔法にも耐えうることが出来る。
バルトはそれを知らなかった。だからこそ、彼はほんの一瞬状況を把握出来ずにいた。
そして。
リニックたちはその一瞬を見逃さなかった。
「放て!」
フローラ・バリパルチアの一声と同時に、レイビック、ビアンカ、レイチェルの三人の側にある『アイス・ウェボン』が一斉にバルト目掛けて銃弾を撃ち放った。
アイス・ウェボンに装填されている銃弾は、それ自体が中規模の氷魔術であり、つまりは中規模の氷魔術を同時に三発(単純に足し合わせれば、三倍のダメージ)与えたことになる。メアリーは、さすがのバルトもこれならば……と思っていた。
バルトたちの居るところが、彼の纏う炎(正確には『高温の空気』、だ)とレイチェルたちが放ったアイス・ウェボンの銃弾による影響で深い靄が出来ていた。
そして、それを見て、メアリーは考えていた。イルファ兄妹はどうして現れたのか。
イルファ兄妹は百年前、ちょうどメアリーがフルやルーシーとともに旅をしていた時に、フルたちに確かに倒されたはずだった。にもかかわらず、今回姿を現した。これにはメアリーも理解し難いものを感じた。
人間(広義で捉えるならば、『生き物』というカテゴリ全般)は生き返ることは先ず有り得ない。しかし、それを『有り得る』ものとするには充分過ぎるアイテムがあった。
知恵の木の実と呼ばれるそれは、形こそ林檎のようなものになっているがその正体は、それとは似ても似つかない『生命エネルギーの塊』だ。
錬金術は等価交換の原理が成り立っており、即ち人を生き返るためにはそれほどのエネルギーを対価とする必要がある。しかしながら、それでも確実に成功するとはいえず、それを行うにはリスクというものが大きすぎる。だから、今までの人たちは自ずとその方法を避けてきたのだ。
しかしながら、今イルファ兄妹は生きている。それは、まやかしなんてものではない。現実に、確かに彼らは居た。つまり、この世界に『存在している』ということだ。過程がどうであれ、結論はそう出ていて、それは覆されない。
「……まさか、本当に、生き返らせた誰かが居る」
メアリーは小さく呟いた。やはり、そうとしか考えられなかった。誰かが『生き返らせた』のだ。あのイルファ兄妹を。
しかし、誰が?
イルファ兄妹の身体は百年前に、完全に霧散してしまい、身体は全て消え去った。メアリーはそう記憶している。しかし、イルファ兄妹は確かにメアリーたちと戦っていて、幽霊のような存在とは到底思えなかった。
ならば、なんだというのか? それは、現時点のメアリーにはとても結論付けることは出来ないだろう。




