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New Testament  作者: 巫 夏希
第二章 ≪貴族≫在らざるもの、人在らざる。
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 会話も終わり、リニックは本も読み終わったのでそろそろどうしようかと思っていた頃だった。


「作戦会議というのはひどく響きの良いものだとは思わない?」


 メアリーから漸く解放される――とそんな冗談めいたことを考えていたリニックだったが、世界とはそうも簡単に回らないものだと改めて痛感した。


「作戦会議……って、貴族を倒すという?」


 リニックの言葉にメアリーは小さく頷いた。


「貴族を倒す、といっても表から行けば勿論のこと、捕まる。ならば、どうすればいいか? ……答えは簡単な話。裏から潜入する。それでも裏からのルートも考えられるほど多くないし、表の比じゃない少なさとはいえ警備態勢は裏もバッチリだ」


「果たして、そういう問題なんですか? それ以外に……というか魔術とか錬金術とか使っちゃって何とか出来ないんですか」


「……君は『クリア・クリスタル』の存在は聞いたりしたことは?」


 不意に何かを思い出したかのようにメアリーは言った。


 クリア・クリスタル。


 魔術や錬金術を防御カットするというもので、それはつい数年前に発掘されたばかりの代物である。


 最近は魔術による襲撃事件に備えるために様々なところにあり……貴族の家も例に漏れなかったというわけだ。


「……クリア・クリスタルがあるから厄介なのだよ。あれさえなけりゃ簡単に潜り込めるってのに……」


「ひとつ、考えがあります。それはどれくらいの魔術なら感じ取らないんですか?」


 リニックが何かを思いついたようで、急ぎ早にメアリーに言った。


「……うーんと、流石に完璧にシャットアウトというわけでもないだろうけど」


「それじゃ、もう一つ。『クリア・クリスタル』はどれくらいの範囲で反応を?」


「周囲五メートルくらいだろうね。それ以上近付くと中和されて術の効果が途切れる……何を思い付いたんだ、いったい?」


 メアリーの問いに、リニックはただ笑って、


「なぁに、ちょっと意地悪な方法ですけれどね」


 と言った。


「……今更だが、やはり君を味方にして正解だった。敵だったら末恐ろしいことになっていたな」


「それは誉められている、と受け取っていいんですよね?」


 リニックのシニカルな笑みに、メアリーもつられて笑ってしまった。


 メアリーは未だにリニックの存在を、彼女が考える数少ない不確定要素の一つだと捉えていた。しかしながら、彼女はリニックをどう操ろうとも(仮に外部操作を一度も与えなかったとしても)、彼女の『計画』に悪い影響を与えない見積もりをしていた。


 つまり、メアリーにとってリニックは『どうでもいい』存在にしか過ぎないのだった。不確定要素ならば、触らない方がいい。関わらない方がいい。そう結論付けた訳だ。


 リニックは勿論、ジークルーネもこのことは知らない。彼女の計画を完全に知っているのは彼女だけなのだ。それ以上でも、それ以下でもない――不変であり、普遍であるそれは、未だ彼女にとって好影響しか与えずにいたのであった。


「……クリア・クリスタルの行動距離から考えると、この方法が一番いいと思うんです」


 リニックがメアリーとジークルーネに告げた作戦内容は、少なくともメアリーを驚かせる内容だった。


「その方法……確実に成功するかしら?」


「確実に成功しないのならば、この作戦には参加しないと? ……随分と安全牌で行くんですね」


 リニックの言葉になぜかメアリーは引けなくなった。


「……解った。そう言われてしまえば、どうしようもならない。君の作戦に賛同するよ。それで? 私は何をすればいいのかしら?」


 メアリーの問いに答えるように、リニックは三つ指を立てた。


「質問なんですが、三ついいですか」


 いいわよ、というメアリーの解答のあと、リニックは再び話し始めた。リニックが言ったのは、次の三つだった。


 ひとつ、車の姿を変えることは可能かどうか。


 ふたつ、変装技術は限り無く短い時間でも人目を騙すことは可能かどうか。


 そして最後に……ジークルーネは話すことが出来るかどうか、この三つだった。


 最初の二つはうんうん頷いていたが、最後になってメアリーは「うん?」と違和感を感じ取った。


「……どうかしました?」


「あーいや……それってその作戦に必要なのかなぁ、と思っちゃってね」


「必要ですよ。とてつもなく、充分に」


「なら、いいのだけれど」


「それで、答えをお聞きしたいんですが」


 リニックの言葉にぎこちなくメアリーは頷き、リニックの質問に答えた。


「結論からいえば……すべて『YES』よ。あなたの質問はすべて可能なこと。……それをどう作戦に適用させるのか解らないけれど」


 メアリーは作戦内容を聞いたあとですら理解出来ていなかった。ほんとうにこの作戦は成功するのか? という、そんな意識が彼女の中に現れていた。


「確実に成功しないのなら、やらないんですか?」


 リニックの言葉が、頭の中で繰り返される。


 メアリーはそういう大きな決断から気が付けば逃げていた。誰かと協力して会合を開き、それによって決定していた。『アンダーピース』でもそれはいえることで、メアリー自身は目的はあっても『確実に実行出来る』行動しかとらなかった。それはそれで力量があるといえるのだが、それは裏を返せば意気地の無い、一歩を踏み出せない、ともいえた。


「……メアリーさん?」


 メアリーはリニックの言葉で我に返った。


「……考え事をしていたようですけど。意見があれば、なにか」


「……いや、なんでもない」


 嘘だ。メアリーは嘘をついてしまった。何もないなどはない。しかし、リニックに本心を知られたくはなかった。


「とりあえず、それでやりましょう。いいんじゃないでしょうか?」


「あ、あぁ……、そうね……」


 メアリーはやりきれない表情で頷く。それでリニックに何も知られずに済むと思えたが、それですら、まだ何か足りないと思えた。


 リニックとは一時別れたメアリーは漸く安堵の時を得られた。


 ジークルーネは気付いていなかったようだが(もしかしたら、気付いていたのかもしれない)、メアリーとの会話のとき、リニックには明確な『変化』がみられた。


 彼の目は『赤かった』。そして、それと同時にリニックには決意というか覚悟というか……そういったものが見られた。


 赤い目はメアリーも同じである。


 そして、赤い目の持ち主には、ある共通点が存在する。


 ガラムドと関与した――一瞬、特に理由にもなさそうなそれは、神話学では重要な部類に入る研究だとされている。


 ガラムドは深い『慈悲』をもっている存在だと知られている。


 未来や過去で悲しい出来事に当たる(または当たった)とした人間が殆どだったため、恐らくその代償や救済措置のようにも思えてしまう。


 しかしながら、実際にはそうではないとされていて、現在では『予定調和の向こう側』などと洒落た研究結果も出ているほどである(悪く言ってしまえば、研究はガラムドに関わるものだからと有耶無耶にされているのだ)。


 その赤い目は、最終的にこう呼ばれることになった――。


「『罪の目ギルティ・アイ』……」


 メアリーは聞き飽きたその言葉を呪文のように呟いた。


 ギルティ・アイは罪を背負った目だとも言われている。だから、一時はこの目が差別の対象になることすら有り得た。その後、それは百八十度逆の意味(ガラムドに選ばれた、能力者などと揶揄される)に捉えられ、現在では再びそちらのほうが勝っている(または、有力視されているともいう)。


 この目を持って、人生を狂わされた人間が居るのも事実である。差別され、蔑まれ、人間としての地位を失い……最終的には自らその命を絶つ。そんなケースすらあるのだ。それもあったから、今ではガラムドを信仰する人間も居なくなったのだろう。


 信仰とは、即ちカミサマの存在意義である。人々に信仰されないカミサマはカミサマとは呼べないし、逆に人々にカミサマのように崇められた存在がカミサマにシフトすることもある。その規則は気付けば存在しているもので、誰が作ったなどと明確には示されていない。


 この目は、あのフル・ヤタクミだって持っていた。しかし、フルは世界を救ったあとそれがさも当然のように行方不明となった。


 なんだ、それも『赤い目』か。どうして、試練を与えすぎるんだ。


 いや、そもそも。


 カミサマとは、何者なのか。


 崇めるべき、存在なのか。


 崇める行為とは、意味のあるものなのか。


 メアリーは彼を失ってからそんなことを考えていた。結論は何時まで経っても出なかった。今日も、だ。


 そしてメアリーはそのまま微睡みの中に落ちていった――。



つづく。

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