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New Testament  作者: 巫 夏希
第二章 ≪貴族≫在らざるもの、人在らざる。
18/91

9

 その日の夜。リニックたちはトレイクの御厚意に肖り、ここに泊まることとした。そのため、今はトレイクの家に来ている。


「二人で暮らすにはあまりにも広すぎる気もするけどなぁ……」


 リニックは独りごちり、改めてこの部屋を見渡した。


 リニックが今居る部屋はこの家でもスタンダードな客室らしい。この家は客室が十だか二十だかあるらしく、一人一部屋づつ豪勢に使っちゃってもいいとのトレイクの判断だった。


 床一面には緑のカーペットが敷かれており、その真ん中には小さい(それでも高級感は計り知れない)ガラステーブルが置かれていた。


 リニックはベッドに寝転がり、今までのことを思い返していた。よく考えれば、色々なことが起きたものだ。


 錬金魔術の概論を発表しようと訪れた会場で『アンダーピース』に出会い、そのまま逃亡する羽目になってしまった。


 そしてそのままジークルーネの宇宙旅行に同行。『喪失の一年』など様々な情報を知ることになった。


「……なんだかなぁ……」


 リニックは天井を見上げた。天井はクリーム色の壁紙で構成されており、暖かい雰囲気にも思えた。


 リニックは考える。このまま自分はどうなってしまうのか、ということを。リニックは、賢い。だが、それ以外は、軟弱で、脆弱で、小心者で、意気地無しだった。


 ちょうど、ジークルーネと出会う迄は。


 彼女と出会ってから、少なからずリニックは変わった。いや、この場合は変わりつつあると言った方が正しいのかもしれない。


 リニックは彼女を――守ろうと思った。守ろうと願った。


 その力を、身に付けたいとも思った。


 ならば、早い方がいい。後悔する前にやってしまった方がいい。


 彼はそう思うと立ち上がり――部屋を後にした。



 ◇◇◇



 リニックが向かったのは、彼の部屋がある階の一番奥の部屋だった。ここには、ある人間が居る。それを知っているからこそ、リニックは今ここに居る。


 リニックは小さく息を吸って、扉をノックした。


 返事は直ぐに来た。


「――開いてますよ」


 その言葉を聞いて、リニックは扉を開けた。その先にはある人間が待ち構えていた。


「メアリーさん、折り入って相談があります」


「……なんとなく、そろそろ来る頃かと思っていたよ」


 そこに居たのは、メアリーだった。メアリーは昼間迄の格好ではなく、今は薄黄色のネグリジェを着ていた。


 メアリーはリニックに小さく微笑み、リニックを部屋の中心にあるテーブルに招いた。


 テーブルの脇の椅子にはじめメアリー、次いでリニックが腰掛けると、メアリーから会話が再開された。


「それで……折り入った相談って何のことかな?」


「僕は昨日の戦いで何も出来ませんでした。それについて、です」


「巻き込んだのは私だ。君が心配することでもない」


 メアリーはリニックをそう言って宥めた。


 しかし、リニックの話は続く。


「……だからって、なにもしない方がいいんでしょうか? 僕は彼女を……守ってあげたいんです」


 リニックのその言葉を聞いて、メアリーは小さく頷いた。


「……似てるんだよなぁ、キミ。フルに」


 メアリーがそう呟いた言葉は半ばリニックには信じにくいことであった。


 メアリーの話はさらに続く。


「フルもそういう人間だったんだよ。他の世界から来て、全く右も左も解らない状態だったっていうのに、ほんの二ヶ月しか、いや、その二ヶ月がもしかするとフルにとっては至極有意義で、忘れ難いものだったのかもしれない。……だからこそ、彼は自分が自分でなくなる恐怖よりも、私たちの住むこの世界を選んだのだと思う。ひどいってものだよね、お別れなんて一言も言わなかったのに」


 唐突に話が切れたので、リニックは頭をあげると、メアリーの目からは泪が零れ落ちていた。


「……無理に話さないでください」


「申し訳ない。……どうしても、彼のことは忘れられなくてね……」


 メアリーの泪が治まると、メアリーはそう言った。そして、あるものを取り出した。それは小さな卵のようだった。


「……これは?」


 リニックが訊ねると、メアリーは説明を始めた。


「この中には……あなたが困ったときに何処に進めばいいか、それを指し示してくれるものが入っている。いつ使うはあなた次第。今使うか、使うべきタイミングは別にあるか」


「……これは、なんなんですか?」


 リニックの質問にメアリーは小さく微笑んだ。


「この中にはコンパスが入っている。そして、そのコンパスは『あなたが今一番したいもの』のヒントの位置を指し示してくれるものよ。作られたのはもう相当昔なんでしょうけど、私が旅の道中で偶然手に入れたものですから。……まぁ、ざっと百年は経っていますよね」


「……そんな貴重な物を、僕に?」


「そう言われるとあげる気無くしちゃいますね。それじゃやっぱりこれは……」


 そう言ってメアリーはそれをひょいとつまみ上げ、自らの内ポケットに仕舞った。


「欲しいです! 使わせて下さい!」


 ――仕舞おうとしたメアリーのその手を、リニックは掴みとった。


 一瞬メアリーの顔が赤らめたようにも見えたが、それはリニックが気付くことも無かった。


「……わ、わかりました。リニック・フィナンス、あなたにこれを差し上げましょう」


 そしてメアリーは卵を改めてテーブルに置いて、小さく息を吸った。


 そして、人差し指で軽く卵の天辺に触れた。勿論、その間魔法の詠唱などは全くもって行われていないはずであった。


 にもかかわらず。


 卵の殻は“初めからなかったかのように”一瞬で消え去り、中から丸いコンパスが姿を現した。


 リニックはそれを手にとった。確かに普通のコンパスとは違ったものだった。具体的に言うならば、方角が書かれていなかった。


「……これ、方角書いてませんよ?」


 リニックはまずそれについて訊ねた。


「元々は入っていたみたいなんだけど、百年も経つと字が掠れちゃうものなのか、殆ど見えなくなったのよ。けれど、そのコンパスは『一番手に入れたいもの』の場所を教えてくれる。試しになんか……と言っても無理ね。アースとか他の星とかまでに広がると、上を差したまま動かなくなるから。まぁ、確かに間違っちゃいないけれどね……」


 メアリーはそう言うと、静かに立ち上がりベッドのある方へと向かった。


「あなたも早く寝なさい。……明日は早いわよ」


「……はい!」


 メアリーの言葉からリニックは察して、頭を下げた。


 そしてリニックはメアリーの部屋を後にした。



 ◇◇◇



 その頃。


「……んで、見つかったのかね? 標的ターゲットは」


 トラウローズ首都のとある高層マンションの一室で、一人の女性がワイングラスを片手に会話していた。


 その相手は、水色のワンピースを着た人造人間――ロマ・イルファだった。


「ガネーシャ様。もう少々お待ちください。今のところ捜索中でして……」


「あなた、私がなぜあれを欲しているか解っているの?」


 ロマの言葉にガネーシャと呼ばれた女性は訊ねるが、ロマは答えられない。


 それを見て、ガネーシャは小さく溜め息をついて話を続けた。


「あの娘が持っているもの……あれは世界の正解を導く、大切なもの。あれが世界に知られ渡るとすれば……、世界は確実に混沌に満ちる。それを努々忘れないでくれ」


 そう言って二人の会話が終了した。


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