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New Testament  作者: 巫 夏希
第二章 ≪貴族≫在らざるもの、人在らざる。
17/91

8

「……あなたはそれを知っている、とでもいうの」


 最初に反応したのはメアリーだった。唇は少し震え、額にも汗が浮かんでいた。


「そうです。まぁ……あくまでも、聞いた話に過ぎないんですがね」


 トレイクは小さく欠伸をして、話を続けた。


「昔、魔法科学組織『シグナル』という組織があったそうです。組織自体は小さなもので、研究内容もそう巨大なものではなかったそうです。しかしながら、ある日、彼らはあるもののDNAを地中から発掘、それらは様々な研究の材料となってしまった……とのことなのです」


 トレイクは、そこまで話したところで机の上に置かれていたコーヒーカップに手をとり中身をそのまま飲み干した。


「……それからそれを調べていくと、なんと様々な状況によっては直ぐに死んでしまう内容にも関わらず、そいつは生きてしまうんだということが解った。そして、ある科学者はこんなことを考え付いてしまった」


 ――『このDNAで、世界最強の生物を造ることが出来る!』と。


 トレイクの言った言葉は、リニックにとってはただの作り話にしか思えなかった。


 しかし、メアリーとジークルーネは違った。ジークルーネは話を聞いていただけにしろ、メアリーはその時代を生きた人間だ。その時代の、生物兵器と戦った人間だ。


 だから、そんなことは彼女らにとって至極簡単に受け入れられた。そのことを考えれば、それは自明だからだ。


 トレイクの話は続く。


「……そして、そのとき主導となったのはスノーフォグという国家だった。当時、スノーフォグはリュージュという祈祷師が治めていた」


 その言葉を聞いて、メアリーは鳥肌が立った。後ろには誰も居ないはずなのに、視線を感じた。その視線がとても熱くもあり、また冷たくもあった。


 しかし。


 不意にメアリーの手の甲に暖かい感触を感じた。それは誰かの手が触れたものだった。


 メアリーは振り返る。確かに彼女の手には、誰かの腕があった。それは……ジークルーネのものだった。


「ジーク……ルーネ?」


 メアリーが無意識に呟くと、ジークルーネははっきりとメアリーの目を見て頷いた。


 それを見計らったように、トレイクは小さく微笑んで、言った。


「――話を続けますね。リュージュが目をつけたのは遺跡島に眠るという『オリジナルフォーズ』だった。それは、誰がいつ作り上げたものかは解らないものだ。だからこそ、それを使った。リュージュも馬鹿な人間だったんだよ、そこで何故そんなものを使おうと考えたのか……元から力はあったのだから、普通にしていればよかっただろうに」


「それほど、リュージュという人間は“強い”というんですか?」


 質問したのは、リニックだった。


「リュージュという人間は相当強かった、とその話の流れから読み取れたんですが、実際にはどんなもんなんですか?」


「強かったよ」


 それに答えたのは、トレイクではなくメアリーだった。


「残虐で、凄惨で、永遠ともいえる命があって。錬金術も魔術も使いこなすことが出来て、味方でも必要が無くなったら即切り捨てる。そういう人間よ、あいつは……!」


 そう言ってメアリーは唇を強く噛んだ。


「それさえ、そのポイントさえ掴んでいるのならいい。重要なのは本当にそこだけだからね」


 二人の会話を中断するようにトレイクは割り入った。


「……まさか、私が説明するように仕向けたわけではないよな?」


「まさか。そんなことして何の得が」


 トレイクはそう言ってコーヒーカップにある中身を一口啜った。二人が気付かないうちに中身は温かいものに全て入れ替わっていた。


「話を続けましょう。……そのリュージュなんだが、彼女は後年の研究――あくまでも、僕らによる個人研究に過ぎないけれど――それによれば何も悪いことはしてない。それも愚か、リュージュ・アドバリーという人間はその時点で既に死んでいたんだ。一人娘の命と引き替えに、ね」


 その言葉をメアリーは信じることが出来なかった。


 百年前に倒したリュージュがリュージュではなかった。ならば、彼女は何者なのか? メアリーの頭の中は再び『?』で埋め尽くされた。


「……無理もない。だが、それが真実だ。しかし……リュージュがやって来た所業はすべて真実だ。ただ、彼女は『やり過ぎてしまった』んだ。彼女はパンドラの箱を開けてしまったんだ」


「パンドラの箱?」


「あぁ、それは――」


 トレイクの言葉はそこで唐突に途切れた。


 理由は単純明解で――その直後、大地を揺さぶる大きな震動があった。震動は長く、一分近くもの間続いた。震動が止まったころには彼女らが座っていた椅子は乱雑になっており、本棚からも本が零れ落ちていた。


「また地震か……。しかも、大きかったな」


「どうやら震源は近いようだ。……今年に入って、もう百回は越えたか?」


 通信機を見ていたシャーデーがその目線を外し、言った。


「地震が多い……んですか?」


 リニックが立ち上がり(彼らは地震の直ぐ後にテーブルの下に隠れていたためである)椅子を正しく並べ直し、ひとまずそこに腰掛けてから訊ねた。


「地震というか『歪み(ひずみ)』だろうね。システムのエラーファイルを検出するとこんなことを起こす。だからってこんなにエラーがあれば……何れはそのエラーが全体に広がり、それが大きな歪みになる」


 答えたのはロゼだった。しかしながら、ロゼの答えた内容は彼らには理解し難いものだった。


 リニックたちが無表情でいるところにトレイクだけが涼しい顔で笑った。


「……つまりねぇ、ロゼが言ってたことを要約すると、最近鉱山も近代化しているんだよ。『0』と『1』だけしか問わないコンピュータを幾億個も、この星に埋め込まれている。ある種、この星は『二進数のバイナリー・プラネット』とも呼ばれているのさ」


 トレイクは床に落ちて割れてしまったコーヒーカップの破片を拾って、側にあった袋に放り込んだ。恐らく、よく地震があるから、ということで置いてあるのだろう、とリニックは思った。


「『二進数の星』……。つまり、この星は機械によって作られてたということね。それをする必要は勿論のことあったんだろうけれど」


「そいつは勿論当たり前だ。この星は機械にしなかったらアースを激突したことが考えられていたからね」


 トレイクは本棚から崩れ落ちた本から一冊取り出し、それをメアリーとリニックに差し出す。それは有名な天文学者と、これまた有名な物理学者の共著の本だった。タイトルは小難しく、そちら向きの本をたくさん読んでいるリニックでもその本を読んだことはなかった。


「……これは?」


「『宇宙物質学概説』という文書だ。この世界の宇宙というのがどういうものなのかを記したもので、もう随分昔に書かれたものだが、その信憑性故に今でもそれは宇宙工学と宇宙物質学の始まりとして第一線になっている。今でも読もうと思えば読めるのだけれど、それでも本物と本物のコピーは恐ろしく値が高い。私財をなげうってでも手に入れようとする人間も居るがそいつはどうかと思う。だって読みたいと思うなら読むことは簡単に出来る。にも関わらず……」


 トレイクはリニックが持つ分厚いハードカバーの本を指差して言った。


「懲りもせずにコピーを購入する馬鹿が居るのも事実だ。どうしようもないと言ってしまえばそれまでだが、僕らの仕事をあんまり邪魔されたくないのもまた、事実だ」


「仕事? いったい何を……?」


「ちょいと本の収集をね。昔はアースに住んでいたんだけど、色々厳しくなっちゃったもんだから、しょうがなくここにいる、って感じかな」


 トレイクは漸く本を片付け終え、小さく溜め息をついて、席に座った。


 ロゼに至っては漸く本を一冊読み終わったようだった。


 そして、独り言のように小さく呟いた。


「……ふむ、この本は先ず先ずといった感じですね……。しかし、文字を書くのに慣れていないのか文章が読めたもんじゃありませんね。ライアンにでもあげることにしましょうか……」


「ライアン?」


「ライアン・バーミルト。この星でそこそこ偉い資産家の奥さんだよ。ちょっと昔に色々とあってね、未だに仲良くしているって感じだよ」


 ロゼの代わりにトレイクが答える。それを聞いてリニックが溜め息をついた。


「……で、メアリーさん。情報は得られましたか?」


 リニックが訊ねるとメアリーは小さく横に首を振った。


 それを見てトレイクは残念そうな表情を示した。ロゼに至っては二冊目に突入したらしい(一冊目は床にそのままの形で置かれていた)。


「正直、変わっている連中だね。先生が勧めた理由も、なんとなく解る気がする」


 そう言ってメアリーは小さく微笑んだ。


「メアリー・ホープキン、百年前の『予言の勇者』の一人。何時になってもカミサマ頼り。フル・ヤタクミを助けるために力を尽くしている」


 ロゼが口を開いたのはちょうどそのときだった。平坦な口調だったので本の中身を読んだのかどうかすらも怪しいものだった。


 メアリー自身はそれを言われ、固まってしまった。


 そして。


「……何で、そういうのを知っているの?」


 メアリーが訊ねるとロゼは上を向いて、答えた。


「――あなたがどうしようと勝手ですが、救われた世界を引っ掻き回して、結果としてそれより悪化する、なんて事態にならなければいいですがね」


 ロゼはそう言った。まるで、これから起きることは全て解っていて、自分はこの世界を全て知るカミサマだ、と言っているように小さく微笑んだ。

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