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New Testament  作者: 巫 夏希
第二章 ≪貴族≫在らざるもの、人在らざる。
15/91

6

 次の日。


「さてと……、どうしますか?」


 朝食を終えたメアリーにリニックは訊ねた。メアリーはまさかそんな質問をリニックの方からされるとは、まったくもって思っていなかったらしく、目がまるで点のようになっていた。


「どうする……とは?」


「昨日のあいつらに対する対策ですよ。あいつらがいつ来てもいいように……何らかの策を練っておく必要があると思うんです」


 リニックの言うことは至極正しかった。


 しかし、そうは簡単に言ってもどうすればいいのか? リニックの問いに、ただただメアリーは考えた。


 一度、メアリーはイルファ兄妹と戦って、勝っている。しかし、それは百年前の話だ。メアリーも成長しているが、バルト・イルファも恐らくはそれ以上の力を身に付けているに違いない。


 それに、メアリーは立ち向かうことが出来るのか? その確証は彼女にも、いや、誰にだって出来ないことだ。『確実に出来る』なんて言えるのは自分がその能力に傲っているか、未来が見えているかのどちらかに過ぎない。


「とりあえず先に用事を済ませようと思う」


 リニックの考えに割り込むカタチで、メアリーの言葉が聞こえた。


「そういえば……何の用事なんですか? まったく、僕たちには知らされていないんですけど」


「それは私から、話すべきだと思う」


 メアリーとリニックの会話に割り込んだのはシャーデーだった。シャーデーはコップに入った牛乳を一口飲んで、話を続けた。


「――『喪失の一年』について、軽く説明しなくてはならないな」


 そして、シャーデーが言った。ちょうどこんな内容だった。


 『喪失の一年』とは、ガラムド暦2015年にあった一連の出来事を指す。


 曰く、『予言の勇者』の登場。曰く、メタモルフォーズのハイダルク侵攻。曰く、魔法科学組織『シグナル』の研究が世界を滅亡させる力をも持つ『オリジナルフォーズ』の復活だということ。曰く、それらを解決したあとに――予言の勇者は“失踪”したこと。


「え……?」


 リニックはそれを聞いて、言葉を失った。


「どうした。気になることがあるならば、質問してもいいぞ」


「いや、質問と言いますか……。予言の勇者は全てを終わらせたあと『失踪』したんですか?」


「あぁ、そう言ったはずだろう」


「どうして?」


「……あまり、これを出したくはなかったのだけど」


 メアリーが会話に復帰し、あるものを取り出した。それは白黒の写真だった。カラー現像が出来る現在では過去の遺物となっているが、百年前ならば非常に珍しいものだった。


「これは……彼が『旅立つ』前の日に皆で撮った写真。急に、『写真を撮ろうよ』だなんて言ったから、私もルーシーもびっくりしたのよね……」


 そう言って彼女は真ん中で笑う少年の顔を指差して、話を続けた。


「彼が……彼こそが予言の勇者、フル・ヤタクミよ」


 リニックはそれを聞いて、改めてその写真を眺めた。『予言の勇者』と呼ばれた存在は、ここまで“まるで何もかも知らない”ような顔をするものだろうか、とリニックは考える。


「……気になった?」


 メアリーから訊ねられ、リニックは素直に気になった点を指摘した。


「ははぁ、なるほどね。まぁ気になる場所ったらそのくらいしかないものね」


 ――どうやら既に見透かされていたらしい、とリニックは思った。それを思うと、徐々に苛立ちを覚えてきた。


「……私が前に言ったことを覚えているかな?」


「ガラムドの書のことですか?」


 そうそう、と言ってメアリーは頷いた。


「ガラムドの書は使いすぎると、その人間の記憶エネルギーが枯渇してしまう。そしたら……何が起こるか?」


「――記憶喪失……!」


「そう。だが、望みはあった。このまま技術が進歩すれば彼を救えるかもしれなかったからだ。しかし、彼は急にこの世界から姿を消した――。その前日に撮ったやつがそれということだ」


 メアリーが言ったことは、あまりよくリニックには理解出来なかった。


 それでも、リニックはこれだけは理解出来た。『ガラムドの書』は場合によっては一生を棒に振るような重い代償があるのだということに。


「……さてと、それじゃ、少し遅くなってしまったな。案内しよう」


「案内……?」


 シャーデーが言った言葉にリニックは少し違和感を覚えた。


「忘れたかな。私の拠点、アジトに案内するのだと言っているんだ。そこで、メアリー、君が求めている『木馬文書』の手がかりについて、私が知っている限りを話そう」



 ◇◇◇



 朝食を終え、リニックたちは宿を後にした。いつまたイルファ兄妹がやって来るか解らなかったし、何しろメアリーが欲するのはシャーデーの持つ『木馬文書』の手がかりだった。


 木馬文書とは歴史書のひとつで、『喪失の一年』の様子が書かれた貴重な歴史書だとされている。この世界の歴史書は一世紀ごとに書かれてあり、『木馬文書』は二〇〇〇年から二一〇〇年までに起きた出来事を中心に編纂されている最新の歴史書である。


 現在流布されている木馬文書は神殿協会が関わらない非営利団体が編纂した、所謂『初版』ではなく、その後に神殿協会による改訂が入った『第二版』(世間ではこちらの方を『初版』だとよく言われているし、そう認識している人間が多い)である。そして、その初版は現在トラウローズの何処かに保管されているのだという。


「それで来たってことですか……。ジークルーネの宇宙旅行はぶっちゃけついでですか?」


「…………えーと」


「せめて嘘でもきっぱりと否定して欲しかったですね……」


 メアリーは頭を掻きながら笑った。彼女はどうやら照れ隠しに頭を掻く癖があるようだった。


 リニックたちが歩いているのはトラウローズ中心部から少し離れた野山である。周りに何もないとかそんなわけはなく、近くには寂れた山村もあり、この山自体も信仰の中心にある場所らしい。


「ともかく……こんなところにあるんですか? 祠とかありましたけど、よくカミサマに叱られるとかそんな感じのことありませんでしたよね」


「カミサマを信じているたちかい。……あれはシャーデー先生たちがむやみやたらに野山に立ち入らないために設置したダミーだよ。……まぁどれくらいかすればカミサマが宿ることも有り得そうだが」


 メアリーはそう言って小さく微笑んだ。もう山を長い時間登っている気がするのに、息を荒げているのはリニックただ一人だった。ジークルーネはこんなときにも携帯電話を操作している。ここは圏外じゃないのか――とかどうでもいいことを、リニックは考えた。

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