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New Testament  作者: 巫 夏希
第二章 ≪貴族≫在らざるもの、人在らざる。
14/91

5

「……と、これがあの顛末よ」


 メアリーは先程まで眠っていたリニックに、事の顛末を話し終えた。


 ここはトラウローズ中心街から少しだけ離れたところにある小さな宿屋だ。小さくボロい宿屋だが、客の情報は一切口外しないことなどの細かい注文も受け付けていて、値段は相場の七割だというのだからここを使わない手はないということだ。


「つまり……その『イルファ兄弟』はそれほど強い存在だということですか……?」


「少なくとも私が戦った中では断トツ。しかし、若干純粋に攻撃する手段に滅法弱いのよねー、純粋な魔法師だからかもしれないけど。前回は結構いろいろと無茶したものだから」


「前回?」


 リニックはその言葉に引っかかり、メアリーに訊ねた。


「百年前……私がこの世界を旅していた頃のことよ。彼らと戦ったことがあってね、あのときは完全に倒した、と思ったのだけど……まさか生きているとはね」


 メアリーの言葉を聞いて、ちょうどそのときジークルーネがリニックの肩を叩いた。彼女の手には携帯電話が握られていて画面はリニックに向かっていた。


 携帯電話曰く。


「じゃあ私たちで倒せばいいんじゃない?」


 ……なんと無茶な。リニックはその文面を見て深い溜め息をついた。


 それを見てメアリーも何ぞやとジークルーネの携帯電話の画面を眺めた。


「……ジークルーネ? 言いたいことは解るけれど、大分無理もあるのよ。確かにあの時だって、戦力は三人だった。だけれど、その三人は妖精の加護を受けた剣、弓矢、杖を持った『勇者』ご一行だったのよ」


 メアリーは知っていた。


 何故なら、自分は昔、俗にいう『勇者ご一行』の一員だったからだ。たくさんの出会いがあり、たくさんの別れがあり、たくさんの戦いがあった。彼女はそれを生涯忘れることもないだろうし、忘れられないものだろう――そんなことを。


「……やつは相当のやり手なんだ。それは私が一番理解している。私だけじゃ、バルト・イルファとの一騎討ちが限界、それでも相討ちになる確率の方が高いだろうけれどね」


「まだ奴は本気を出していない……ということですか」


 リニックの言葉にメアリーは小さく頷いた。


「だとするなら、非常に厄介ですよね。一体全体どうしたらいいんだ、って話につながりますし」


「まぁ……恐らく暫くの間は襲って来ないだろう」


「何でですか?」


「トラウローズは“貴族”の立場が圧倒的に上だということは話しただろう? それはこの星だけじゃなくて、別の星にもある程度適用されているんだ。仮にあいつらの雇主が貴族であっても、そんな何度も騒動は起こせないはずだしな。もし起こしたら『貴族』の責任と国際的に批判されるだろうしな」


 貴族という存在が何故貴族と呼ばれるようになったのか、まずはその説明をしなくてはならないだろう。


 貴族とは、彼ら曰く、『偉大なる戦い』のときに戦いを平定した組織『フォービデン・アップル』を先祖にもつ高尚な存在である(しかしながら、あくまでも貴族自身が言っているだけに過ぎない)。


 だから貴族は現在でもその過去を元手に権力を振りかざしているに過ぎなかった。


 しかしながら。


 やはりそんなことは有り得ない、と言い出す科学者も幾人かは現れるのが普通である。


 しかしながら、この現在まで『貴族』がその権力を振りかざしていられるのかといえば、そういう反抗勢力を早急に潰していき、自らの矛盾を指摘されないようにするためであった。


 つまり、その反抗勢力が『潰される心配をし、内部崩壊』していくのだ。それがおきてしまえば、貴族が外的に力を加えなくても勝手に反抗勢力の規模は縮小していく。よく考えるとひどく合理的な手段であると思える。


「……もし、イルファ兄弟の言っていた“新しい依頼人”が貴族であるとするなら……、とんでもなく厄介なことになりそうね」


 メアリーは独りごちる。ジークルーネとリニックはその独り言を、ただ静かに聞いているだけだった。



 ◇◇◇



 宿屋で夕食を取り、メアリーは自室でお祈りの後、ベッドの中に入っていた。考えていたのは、今日起きた出来事について。


 なぜ、バルト・イルファは生きているのか? ということだ。


 確かに、百年前彼女たちはイルファ兄妹を倒したはずだった。それも、完全に消した形で。


 にもかかわらず、今日、彼らはメアリーの目の前に現れた。


 “果たして彼らは本物なのだろうか”?


 一つの問いがメアリーの中で駆け巡っていく。


 魔法によって復活したのだろうか? 初めにメアリーが考え出した結論がそれだった。


 否、この時代には瀕死の重傷を負った人間や、腕を無くしたとしても回復出来る手段はあったとしても、“人間”を二人も生き返らせる手段など『ある一つ』を除いて存在しないし、彼らがそれを持っていることなど――。


 と、メアリーがそこまで考えて、ふと思った。


「貴族は……『フォービデン・アップル』という秘密結社のメンバーを先祖にもつ人間……だった?」


 メアリーはジークルーネと昔話をしたときのことを思い出した。


「待てよ……? 『Forbidden Apple』……隠された林檎……。まさか……!」


 Forbidden Appleをそのまま訳すと『隠された林檎』となる。


 しかし、違う意味にも取ることが出来る。


 それは――『知恵の木の実』。


 知恵の木の実とは所謂エネルギーが木の実の中に詰まっており、それを用いれば魔術・錬金術における『等価交換』の原理が成り立たなくなる。


 見た目は黄金の林檎のように見られたので、それ自身を『Forbidden Apple』または『Golden Apple』と呼ばれることもある。


 百年前――世間でいう『喪失の一年』に“こと”が起きたせいで知恵の木の実は絶滅を強いられた。


 しかしながらそれを嫌った、その力に酔った魔術師や錬金術師たちは密かに『知恵の木の実』の原木を保管していたらしい――という都市伝説もある。


「これならば……全てが上手く行く」


 そう言ってメアリーは漸く深い眠りについた。



つづく。

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