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リニックが走り出したその瞬間、バルト・イルファは攻撃を開始した。
「――『ローグ・アルダ』!!」
バルトの短い詠唱が終わったと同時に、リニックたちに全身をハンマーで叩かれたような衝撃が襲いかかる。
無論、防御魔法をする余裕等もない。
「がはっ……!」
リニックはその攻撃をもろに食らってしまい、無惨にも、大地を転げ回った。
ジークルーネは。メアリーさんは、どうした。リニックは必死になりながらも辺りを見渡した。
そこには、誰も居なかった。そして、バルト・イルファとロマ・イルファの居た場所に小さい山が出来上がっていた。
あんなものはなかったはず――とリニックが考えた、その時だった。
突然、山が“内側から”二つに割れた。そして、中から二人の人間が現れた。――それは、間違いもなく、バルト・イルファとロマ・イルファだった。
「お兄様、どうやら敵は全滅のようでございますね」
ロマは言った。その表情はまるで舞踏会に出る気品漂うお嬢様のような雰囲気を醸し出していた。
「あぁ、残念だよ……。もう少し張り合いがあるものかと思っていたのに。中にはかつて僕たちを倒した人間だっているのに、だ」
やれやれ、と言わんばかりにバルトは溜め息をついた。
「お兄様、仕方がありません。そういうのはそういうので割り切らないと行けないのでは? 現に、人間という生き物には、非常に、非常に厄介なことに寿命があります。あの人間も所詮いつか死ぬのです。その辺りをもう少し弁えているものかと思っておりましたが」
「……相変わらずロマ、お前は毒舌だな。そういうキャラクターで行くのは構わないが、僕は仮にもお前の兄だぞ? その辺は理解しているか?」
「えぇ、勿論。お兄様は私のお兄様であることに変わりありません。最高のお兄様です。こんな関係じゃなかったらさっさと結婚も出来たでしょう……いや、この関係で結婚することに意味があるのでしょうか……」
「よし、そこまでだロマ。見知らぬ男に蜂の巣にされて男が怖くなりたいか?」
「お兄様だけが居るではないですか。私はお兄様だけは、世の中の殿方が全員死んだとしても守り抜く存在であると信じられる存在であることには、間違いございません」
「信じてくれることは嬉しいんだが、何だろう。怖い」
(……芸人かなんかか)
リニックは倒れて気絶しているふりをしつつ、辺りの情報を耳と目で収集していた。実際にはそれ以外に体力を回復するということもある。
「……まぁ、冗談は程々にしておこう。ロマ、後は残党の息の根を止めるだけだ。……解っているな?」
「勿論、ですの」
そう言って。
二人の姿は消えた。まるで、前からそこには居なかったかのように、ロマ・イルファとバルト・イルファは姿を消したのだ。
そして。
「――先ずはひとり」
その声が、リニックの耳元から聞こえた時には、もう遅かった。
刹那、リニックは水の中に包み込まれた。
水球に閉じ込められたリニックを見て、バルトは言った。
「……相変わらずというか、容赦無いですねぇ」
バルトは最初は含み笑いをしたが、堪えきれずにとうとう噴き出した。
「敵に油断を見せてはいけませんことよ、お兄様」
「敵はもう死んだも同然。大丈夫ですよこれくらいじゃ……」
不意に。
唐突に、バルトの声が途切れた。
ロマがそれに気付き、バルトの方を見た。
「どうしたのですか、お兄様――」
同時だった。
ロマは兄を見ることもなく、その視線のまま、視界がスローモーションの如く横にずれていった。
最初はロマもどうなったのかは解らなかった。しかし、直ぐにそれが『横から魔法攻撃を受けた』ものだと解った。
誰が攻撃した? そんなものは自明である。
「……メアリー・ホープキン!!」
ロマは地面に顔面を叩き付けられ、そのまま叫んだ。
そして、その返事は直ぐに返ってきた。
「……本当に、あなたたちは成長したのかしら? この戦いをした限りじゃ、百年前から全く成長したとは思えないのだけれど?」
「……黙れ、黙れ、黙れ!」
ロマは立ち上がり、沸々とその怒りを露にさせた。
「人間風情が……何も経験していない人間風情が……! そんなものを語るんじゃない! 人間風情に解るわけがない。私の――いいえ、お兄様もそうよ。私たちの――全てには!」
ロマはそう言って手を空に掲げた。
「……『アックア・パージ』!!」
ロマはそのまま腕を下ろすことなく詠唱した。
同時に産み出されるのは――全てを飲み込むと言わんばかりの大津波だ。ロマはそれを見て、ニヤリと笑った。
「……まさか、あなたたち如きにこの魔法を使うだなんて、思いもしませんでしたよ」
「誉めているのならどうも」
「でも――、これで終わりよ。何もかも、終わらせてあげる。だって……メアリー・ホープキン。あなただけは全てを知っている。私たちがなぜ生まれたのか――、そして“お兄様”についても、だ。あなただけは――裁かれるべき存在。それを自覚していればいいのだけど……、今回もいろいろとしっちゃかめっちゃかになっちゃいそうですからね。ここで倒しておいて損は私たちにもあちら側にもありません」
「ふぅん。新たな依頼人が居る、ってわけね」
「それでも、リュージュ様に対する心は一度も変わっちゃいませんですがね」
ロマとメアリーの会話は続く。
しかし、ロマは痺れを切らしたのか、
「……何を企んでいるのか知りませんが、私とお兄様をこんなことにさせておいて、ただで帰れるだなんて……思わない方がいいと思いますがね」
「あなたたちこそ、全く何も学んじゃいない。百年前、あなたが倒された理由を忘れたとは言わせないわよ」
「……同じ手が通用するとでも?」
「大いに通用する環境よ。――どうかしら、ここは一度休戦というのは」
メアリーからの提案にロマは失笑した。
「ハハッ、何を言っているのか、解っているのですか?」
「解っている。それに……そちらにとっても悪くない提案だと思うけど?」
ロマは少しだけ考えて――そして、指を鳴らした。
同時に背後に聳えていた津波は、型を為すのをやめ、ただの水となり重力に従って地面に弾けた。
「……確かにこのまま戦うのは少しだけリスクが高すぎますね。いいでしょう、その提案呑みます」
そう言って、ロマはバルトに触れる。
「気を失っているだけのようですが……まぁいいでしょう」
そう言って、二人は瞬間的に消えた。恐らく、転移魔法によるものだろう。
「さて……、厄介なことになりそうね」
イルファ兄妹が消えて、メアリーは溜め息をついた。




