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トラウローズ。
星の殆どが赤茶けたものとなっているが、その理由は星のあちこちに掘った坑道の中から出る砂が原因らしい。
鉱石が豊富に採れるということで、アースとの交易が開始され、トラウローズからは鉱石、アースからはトラウローズでは手に入らない野菜等を貿易にしている。
トラウローズ国際(宇宙に殆どのが飛び立つのにそれはどうかと思うのだが)空港に降り立ったメアリーたちは、トラウローズの空気を吸って直ぐに咳き込んだ。
「何よ、聞いてた以上に空気が悪いじゃない……!」
メアリーは咳き込みながら、そう言った。
トラウローズはその豊富過ぎる鉱石のおかけで一時期は『歩くだけでも大金が転がり込む星』として騒がれていた。
しかし、それも今となっては昔のことである。鉱石の採りすぎで有毒物質が川に流れ込み、水質汚染が発生、さらには鉱石を加工する段階で生じた煙によって空気もが汚染された。
今、この星にいるのは過酷な環境で働く労働者とそれを管理する“貴族”のみであった。
「“貴族”に関しては私も詳しくは知らないけれど、とりあえず手を出してはいけないってことは確かでしょうね。奴ら、何でも『神殿協会』を作り上げたときに居た七賢者の子孫らしいから。神殿協会と喧嘩することに等しい……とのことよ」
「貴族ったってたかが知れてると思いますがね。こんな辺境にしか居ないんでしょう?」
「そんなことを言ってもしょうがないのかもしれないんだけど……、まぁ確かにそうかもしれないね。現にそうだと言っている学者も居たから」
「居た?」
「反逆罪で斬首刑になった、だから『居た』ということ」
メアリーから言われた言葉は紛れもない事実であった。
だからこそ。
それを否定したい自分が居た。それを変えたい自分が居た。
しかし、人ひとりの力とはたかが知れたものでよほど世界に名前が売れていなければ仮に死んだら名前から何まですべて忘れ去られてしまう。名を売らない限りは……誰も彼も『村人A』になる。それが基底である。だからみな頑張っているのだ……とリニックは総意を考えていた。
「……だから貴族に手は出しちゃダメよ? 命が惜しいのなら、ね」
メアリーはそう言ってターミナルの前で立っている人間に手を振った。それを見て、その人間も返した。
「誰なんです?」
「少なくとも君は知らないよ」
メアリーはリニックの問いに薄ら笑いを浮かべ、答えた。
人間はターミナルに入ってきて、メアリーたちのいる方へとやって来た。
人間は、男だった。白のポロシャツにジーパンというカジュアルな格好だった。
「……メアリー、久しぶりだね?」
「久しぶりです、“先生”」
メアリーは男の言葉に答えた。
「先生なんてもう昔の話だ。そう畏まって言わなくてもいいじゃないか」
「いえいえ、先生はいつまで経っても私の先生ですよ」
二人の完璧過ぎてわざとらしくも思えてくる会話を見て、リニックは男の方を向いて尋ねた。
「あの……、どう言った方なんですか?」
「ん。あぁ、君がリニックか。私は……そうだね、ラドーム学院で講師をしていたシャーデーと云う。しかしまぁ、この歳になるとどうもいろいろとガタが来るものでな」
いったい幾つなのだろうか、とリニックは思ったがこの状況でそんな質問というのも野暮だと思い直し、口を止めた。
「……シャーデー先生は私がラドーム学院に通っていた頃の先生でね。あの頃はひどい堅物でしたよねぇ」
嘲笑うように、メアリーは言った。
「その刷り込みはどうかと思うぞミス・メアリー。君の質問の解答にその当時は辿り着いていなかっただけのことで――」
「当時は?」
「あぁ、なぜメタモルフォーズが『偉大なる戦い』そして『セカンドインパクト』を起こし、更にはサードインパクトを起こそうとしたのか、ということだ」
リニックの頭の中には、『?』マークでびっしりと埋まっていた。
まず、メタモルフォーズとはなにか。
そして、『サードインパクト』とはなにか。
「……いまここで話してもあまり意味はない」
リニックの思考は、メアリーの言葉によって強引に遮られた。
「私たちがここに来た理由ってものを、まだ話していなかったね。……彼女が宇宙を巡りたいと言ったのもあるけれど、実際にはそんなちんけなものじゃない。……何だと思う?」
リニックは突然自分に解答権が回ってきたので、直ぐ様ちゃんとした反応は出来なかった。
しかし、その後直ぐにリニックは正解を導いた。
「『喪失の一年』の歴史を白日のもとに晒す……とか?」
リニックの答えに、メアリーは人差し指を立てて横に振った。
「……違うな。そうではある。それも重要なピースであることには間違いない。……私はね、ある人間を救いたいんだ」
「……ある、人間?」
「あぁ。その為に彼は犠牲にもなってくれた。彼の……ルーシーの犠牲を、無駄にしてはいけないんだ」
そこでリニックは夢の中で見た出来事を思い出した。
神を名乗る、ガラムドという存在。
そして、そこに挙がった謎の人間――フル・ヤタクミ。
夢は現実になるのか? 否、ならなくてはならないのだろうか? リニックの中でそれが頭の中で回っていた。果たして、それは彼独りで成し遂げられるのか? 仲間が居るにしても、成し遂げられるのだろうか?
リニックの考えは――否、今この問いを様々な人間に問い掛けても、答えられる人間はそう居ないだろう。
「……とりあえず拠点の方に向かいますか。ご案内していただけますか?」
メアリーの問いに、シャーデーは頷いた。
――そのときだった。
◇◇◇
「……やっと見つけましたわ、メアリー・ホープキン」
飴を舐めているような甘だるい声が、空に響いた。
そして、メアリーはその声を聞いて――怯えているような表情を示した。
「なんで……あんたが……!」
「君は少し――魔法ってもんを見くびっていたんじゃないかなぁ」
乾いた笑いとともに更に声が響く。空を見ると――炎と水が空から降ってきた。
そしてそれらは――大地に着地し、何事も無かったかのように呟いた。
「久しぶりだな、メアリー・ホープキン。そしてはじめまして……、リニック・フィナンス。私の名前はバルト・イルファ、彼女の名前はロマ・イルファだ。覚えなくても……まぁいいだろう。何故ならここで君たちは――」
――死ぬのだから。
そう言ってバルトは槍に見立てた炎を、ロマは刃とも云える水流をメアリーたちに向けて放った。
「……そう簡単に倒せる、と本気で思っているのか?」
メアリーは手を叩き、それを地面に置く。
すると地面が競り上がり、最終的にはそれが壁のようになった。
「百年経ってもこのレベル……流石はリュージュ様の娘!」
「誉めてもらってどうも……っ!」
メアリーが前方へと両手を押し出す。
すると今度は地面から土を固めた団子が、まるで銃弾のように発射された。
無論、狙いはバルト・イルファ。
「そうはさせません……!」
――その銃弾を、今度はロマが水流をカーテン状にし、銃弾を溶け込んだ。
「そう簡単には行かない……ってことだねぇ」
メアリーが溜め息をついて、両手を上げる。
「こんなもので倒されてしまっては……イルファ兄妹の名が廃りますからね!」
ロマはそう言って指を鳴らすと、地面から水流が出現した。
そして、それは徐々に形を歪め――龍のような形になった。
オオオオオン、と本物の龍のような咆哮。しかし、それは、それが龍であることを示していた。
「……こんなの」
「どうですかメアリー・ホープキン! これこそが百年前には無かった私の新たなる錬金術! その名も……『水龍』!」
ロマは自らの力を鼓舞するように、両手を開いて言った。
一方、リニックはこれを見て――その場にただ立っていた。
彼にだって魔法や錬金術は使えたはずだった。だが、この戦いを見てしまっては自分自身の磨いてきた魔法も、ただのガラクタに過ぎない。
この戦いに参加してメアリーを助ける立場に立つことも、彼にだって可能な事だった。
それでも。
この戦いで、自分は……必要とされているのか?
その思いが、頭に過る。
「そんなことを……考えている暇なんてあるのかよ、リニック・フィナンス」
リニックは自らに問い掛けた。
そして、直ぐにその答えは“返ってきた”。
「……女性ばかりに戦わせて、まったく自分が情けないよ」
唄うように、リニックの口から言葉が紡がれる。
「逃げてばかりじゃダメだ。確かにあの三人に僕は叶わないだろうけど……それでも頭脳はある。そして、手段がきっとあるはずだ。その手段を考えられるだけの頭をリニック・フィナンスは、いや、世界の誰にだって持っているんだ」
リニックはそう独りごちって、メアリーたちの方へと走っていった。
◇◇◇
プロセス、プロジェクトの報告について。
ガラムド暦2115年9月22日未明、バルト・イルファ、ロマ・イルファ両名はメアリー・ホープキンらと邂逅。予定通り戦闘を開始した。
プロジェクトの進行状況は七十二パーセント。百年前には五十八パーセントだったので、現在進捗状況は極めて遅い。
それでも百年前は『オリジナルフォーズ』の復活まで漕ぎ着けたが、勇者に倒された。
ここまでは、計画通り。
終わってもいなければ、そもそも始まってすらいない。
『リバイバル・プロジェクト』はついに本格的に始動する。
しかし、その為には……多くの犠牲も必要だ。
一万年も昔から、これについて準備が行われてきた。いきなり中止なども有り得ない。
これからが、延長戦だ。
勝手に物語を閉じられてしまっては……世界のためにならない。
以上、報告終了。
於いてはイルファ兄妹の報告を待つ。