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セピア色の思い出

作者: オ氏茸挟
掲載日:2012/03/19

 (ほころ)びたカセットテープ。




 世界中の情報網であるインターネットを駆使しても出てこない、誰も知らない無名のシンガーソングライター。

その人が心を込めて作詞作曲した曲が一本のテープに入っていた。



題名は、



『………色の思い出』




 擦れて途中からしか読むことができないラベルには、丸い女性の文字でそう書かれていた。

それは状態が極めて悪く、数ヶ所傷があり、所々音飛びもした。




 その中で、歌詞の二回目のサビに流れる句がある。




“広い世界で貴方にもう一度会えたなら、どんな顔をしたらいいのか未だにわからない”





 彼女が歌う“もう一度会えたなら”が、二度と会うことはないことになったのはかれこれ二十年も前のこと。





 このテープ一本を残して、当時二十五歳という若さで世界で最も愛した女性は、乗り合わせた飛行機の墜落という不慮な事故でこの世を去ってしまった。





 今となっては褪せた思い出。

彼女に出会った頃、私とはうってかわって遥かに勉強の出来る女性だというのが当初の印象だった。

東京の大学をニ度留年した崖っぷちの私に比べ、彼女は主席で難なく卒業した。

知り合ったのもその頃からだった。

何が縁だったのかも今となってはどうでもいいぐらいに二人は互いに引かれあい、愛しあった。いつの間にか溺れるように求めあった。




 だがある日、彼女は唐突に歌手を目指すと言った。何をいきなりと、当初は半信半疑だった。

そして、歌い手として海外に勉強のため留学したいと言ったのは卒業して直ぐ後のことだった。





 恋人であるはずの私は激しく反対した。冷たい男と言われようが、それなりの理由がある。

つい最近までお互いに結婚したいとまで話が進んでいた交際が一変、突然の歌手になりたいから海外に行きたいといった内容の話。私などおざなりに仕度を始める彼女。

そんな彼女の態度に私は飛行機が飛び立つ当日まで諦めがつかなかった。そして、彼女をどうにかひき止めようとした。




 そこで私と彼女は人目を(はばか)らず、とうとう大地を二分するような大喧嘩をしてしまった。

空港で泣きべそを浮かべ、歪みあう二人の顔には跡が残りそうな痛々しい引っ掻き傷と、熱い涙があった。






 それ以来、二人は一生顔を合わすことはなかった。





 歌は最後に差し掛かる。

昔から何度も何度も聞いたのに、未だにここの部分は音飛びが激しくて聞き入ってしまう。




『ど……をした………………い……………………………………い』




 やはり何百回、何千回と聞いたのだけれど、ここは雑音が入って何を言っているのかさっぱりわからなかった。

そんな時、年のせいか手が一瞬震え、テープレコーダーをふいに落としてしまった。




 直ぐ様拾い上げると巻き戻しが地面に落ちた衝撃で押されていた。

焦った私は咄嗟に停止させるボタンを慌て押し、テープはカチンと勢いよく止まる。



 (ほこり)を振り払うとまた、途中からテープを流しはじめた。





 一時して、またノイズが入る最後に差し掛かる。

だが、さっきの衝撃のおかげだろうか今までとは明らかに違う。

リズムも(すこぶ)るよくて、ノイズが綺麗に消されたようにカセットは流れだした。




“親や地位を乗り越えて、広い世界で貴方にもう一度会えたなら、お互い笑顔で真実を言える”





 思い返せば彼女に、

「貴方のご両親に会いたい」

と、言った頃からどうにも様子がおかしかった気がする。

彼女は国内屈指の名家のただ一人の娘でとびっきりのお嬢様で、彼女と二人きりの生活は親からの圧力も相当なものだっただろうとは感じていた。

今にして思えば彼女と同棲していることを

「一人暮らしで頑張っている」

といった偽りを彼女は彼女の両親に伝えていたかもしれないとも思える。

そんな箱入り娘の彼女の悩み。今になって考えてみれば簡単に察しがつくはず。なのに、その事情に気づきもしない私は、ご両親に会いたいという彼女にとって最大の禁句にづけづけと土足で入り、彼女からしてみれば私とご両親の板挟みにあっていたに違いない。





 静かに曲が終わった。

サーー……と無機質な音が曲の終わり告げる。

しばらくして、彼女の歌声ではない語りかけるような声が入ってきた。

いつもなら早速巻き戻しをはじめるはずなのにどこか呆けていた私は、こんな長い時間カセットを無駄に流したことはなく、彼女の声に驚き神経に稲妻が走ったようにビクッとなった。




「…………これを貴方が聞いてる頃には、きっと私はこの世にいません。」




 ただただ、ニ十年ぶりの彼女の歌っていないある意味生の声に呆気にとられ呆然と聞き入る。

汗ばんだ両手の震えが止まらない。

鼓動の高鳴りが抑えようにも止まない。




「機内のトイレで歌っちゃいました。やっぱり人前ではすこし恥ずかしいですから。さっきの喧嘩は私が全面的に悪いのはわかっているのですが、その、つい引っ込みがつかなくなってしまって……。多分顔の引っ掻き傷は跡が残ると思います、ごめんなさい。」




「違う、なにもかも私が悪いんだ、自分を追い込むのは一番の悪い癖だ、やめてくれ! 」

口を開いていればきっと言葉が漏れていたに違いない。無意味な独り言が喉まで差し掛かって、何かの拍子に今にも飛び出しそうだ。




「この飛行機どうにも墜落するらしいの。アナウンスがあった、だから言いたいこと全部言えた気がして何かすっきりした。」





 それはそれは悲しいことに知っている。

このカセットテープは墜落した日本発国外船旅客機の残骸から見つけられたもので、褪せたラベルや音飛びや損失はこの時の名残。事故の凄まじさを今でも物語っている。




「私が生きていたら、結婚してもらえますか?」




「……はい、私でよければ喜んで」




「ありがとうございます。直ぐに次の便で帰ります。熱が冷めないうちに式は早めにしましょうね」




 まさに目の前に彼女がいたような気がした。

その瞬間、カチンとテープの終わりを告げられ、私は瞬時に我に帰った。夢でも見ていたような感覚。


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