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東方藍蓮花  作者: 空椿
97/114

藍色、夢を染める

 暗い。

 それはまるで光を遮りきった部屋のように、私の藍だけが暗闇に立っていた。


「……ん?」


 自分は何をしていたのだろう。

 確か、大切な事の為に動いていたはずなのに。


「……何で、暗闇?」


 何だったか。


 そうだ、月だ。月に行かなければ。親友が、家族が、待っているのだ。

 そう考えて、思い出す。


 ……豊姫は、家族ではないのか?


「ねぇ藍色」


 不意に声が聞こえてくる。

 私に向けての言葉なのに、よく分からない違和感が胸を通る。


「見て! 大きな桃。半分こ、しましょ?」


 後ろを振り向くと、豊姫が立っていた。手には、ちょっと歪に切られた桃。大きな方を右手に持ち、それを差し出して来る。


「ね、貴女のぶんよ。食べましょう?」


 尚も催促してくるその手は、私の目の前に来る。

 ……受け取れば良いのか?


「なーにーよー、お姉ちゃんのお誘いも聞いてくれないのー?」


 ……不機嫌な顔になった。

 仕方無いとばかりにそれを受け取りつつも、疑問に答えは出ない。


「うふふ、依姫には内緒よ」


 ……豊姫が優しく微笑んだ瞬間、世界は色を変えた。

 何だか見覚えのある椅子、テーブル。小さな窓の外の桃の木。


「頂きます!」


 そうだ。ここは豊姫の自室だ。私はここをよく知っていた。


「ん~、甘い~!」


 そんな顔につられて、私も桃をかじる。

 ……甘い。


「……美味しい?」


 ……いや、これは。


「甘過ぎる」


 そう答えた。その筈だ。


「えー……」


 そうして不満げな顔になる豊姫を見て、思い出した。

 これは過去の記憶だ。私はこれを経験しているのだと。


「良し!」


 そう、確か豊姫はこの後、新しい桃を取りに行く。その際の言葉は……


「こうしちゃいられないわ! 美味しい桃を探しに行きましょう!」


 ……ああ、そう。巻き込まれてしまうのだった。

 豊姫は私の手を握って、パタパタと建物を駆け出すのだ。


 ……懐かしい。

 忘れてしまった筈の記憶が、みるみると蘇ってくる。彼女との思い出が、もう一人の姉との話が。

 これは一体何なのだろうか。この記憶の連鎖は一体?


 一人で考えても、答えは出はしない。とても、思い付かない。


「これは私」


 豊姫が消えていた。


「これは、貴女が目覚める前の私」


 そして、私の目の前には。


「これは、貴女が始まる以前の私」


 大きな鏡が、一枚。

 鏡の中の私は、答えを述べた。


「貴女ではなく、私が経験した記憶」


 しかし、その答えを理解出来ない。


「私は私だ」


 私の答え。鏡は笑いもせず、口を開く。


「そう、それが正解。至極当然だと思う」


 鏡は口を閉じない。言葉が数珠繋ぎで溢れてくる。


「これは夢。眠った者が見る追憶」


「……夢?」


 眠らない私には無関係である筈の物だが。


「私は眠らない」


「それは違う。貴女はただ、中々寝付けないだけ」


 鏡は私の答えを否定した。


「そう、それは良い」


 一先ず、と呟いて。


「でも、今は他に大事な事がある」


 対して、鏡は問い続ける。


「それは自分より優先されるべき事なのか?」


「友の命は、何よりも変えがたい」 


「貴女自身が知りたいと思ったのに?」


「時間が足りない。夢を見る余裕はここに無い」


「自分を知ることで、家族が救われるとしても?」


「そうは思わない」


 憶測だけの、根拠の無い返事。


「仮に昔の記憶があったとして」


 ただ、明確に分かっている事は。


「それだけでは全員が救えない」


 鏡は押し黙る。

 直後に、鏡に大きなヒビが入る。


「私を知るのは、まだ早いと言うのか」


「そう。今は、まだ」


 鏡の中の私は、私に向けてこう言った。


「過去を知らぬまま、家族と親友。両方を救える?」


 答えは既にここにある。


「可能性にゼロはない」


 それは、私のいつもの言葉。


「そう」


 鏡が割れ、砕ける。


「なら我が道を行くと良い。私と同じ道は歩かないで欲しいから」


「人の道は十人十色。貴女の道も、貴女の色に染めて」


「さようなら、未来の私。貴女は義姉さんを放って行かないように」


 言葉のみが虚空に消え、世界は色を変える。


「ねぇ藍色」


 同じ部屋から始まり、同じ言葉から始まる。


「見て! 大きな桃。半分こ、しましょ?」


 後ろを振り向くと、また豊姫が立っていた。手には、やっぱり歪な桃。大きな方を右手に持ち、それを差し出して来る。


「ね、貴女のぶんよ。食べましょう?」


 ……私は、それを受け取った。


「うふふ、依姫には内緒よ」


 違和感があって当然だと、今なら思う。

 これは私に向けられた言葉では無かったのだから。


「頂きます!」


 過去の自分と、同じ道を歩いていただけだから。


「ん~、甘い~!」


 桃をかじり、一つの決意。


「……美味しい?」


 我が道を行く。

 その道は、皆が笑う道にして見せる。


「…………甘い」


 だから、夢はまだ見ない。

 夜更かしをしても、良いと思うから。


「甘いけど、心地が良い」


「本当!?」


「うん。だから」


 私は立ち上がり、部屋の窓を開く。


「え?」


「また後で、食べに来るから」


 ひらりと飛び降り、駆け出す。

 行こう。寝ている場合じゃない。

 煌めく星を見に行こう。友達と言う名の星空を。


「ちょっと、藍色!? 藍……」


 遠くなる声に、振り返る事は無く。


「……ろ! ……藍色!」


 呼び掛ける声に、返事。


「……幽香」


 大丈夫。まだ起きてられる。

 もう大人だもの。


「月に、行こう」


 夜更かし、しても良いよね。







「いやあ、壮観と言うべきか」


「幻想郷全土から来てるんじゃあるまいね?」


 妖怪の山の天辺……

 普段天魔しか立ち入りを許されない庭に、今日だけは大勢の妖怪が集まっていた。

 中心には巨大な金属の塊。河童の二人だけで作り上げたロケット。見た目は武骨だが、機能は充実しているぞ。


「いやはや、まさか月の姫まで現れるとはねぇ」


「私は鬼が居るのに驚くわよ。吸血鬼とか」


「実は悪魔も居るのですよかぐや姫」


「……誰?」


 そんな人混みの中、疲れきった様子の玉兎が周りを見渡す。隣には椛とこいしも見える。

 既に日は落ち、夜の月が見えている。目的地は黙視出来るのだ。


「す、凄い人数ですね」


「ここに居る皆は、藍色と知り合い、大きかれ小さかれ影響しあった友達だよ。勿論私も」


「……そうなんですか?」


「歩き回っていたから。幻想郷はさぞ狭かった事だろう」


 こいしを撫でつつ、椛は呟いていた。幻想郷での出来事を知らないこの玉兎にも、その呟きにこもった気持ちを感じる事が出来る。

 士気は万全。いつでも月で暴れられる事だろう。


「義姉さん、材料が足りないよ!」


「それくらい遣り繰りしろ! それでも河童か!?」


「うえ~ん!?」


 ……しかし、肝心のロケットが問題のようだが。


「……大丈夫なの?」


「いざとなったらブースターを無くす予定だよ!」


 そこが大事なのでは無かろうか。


「ん? それじゃあ飛べないんじゃあ……」


「鬼にブン投げさせる」


「無茶苦茶言いやがる」


 上司の上司に労働を強いるとは。

 しかしながら、それでも全員搭乗可能な大きさのロケットを作る技術力は流石だろう。卓越し過ぎて、他の河童には手が出せない程に。


「ええい、面倒臭いなぁ! 誰か鉄を持ってこい鉄!」


「にとり、そんな道端にゴロゴロしてる物じゃ無いだろう」


「河童の集落に結構あるよ。鉄板とか鍋とか!」


「おいお前!?」


 鉄回収か?

 とにもかくにも、あまり状況は芳しくないと言うべきだろう。

 一応、既に宇宙空間で活動出来る程度の機能は完成しているのだが、材料の問題でブースターだけがまだ無い。


「どうする、どうする!? 時間は無いんだ、考えろにとり、考えろ河童!」


「少し落ち着け、にとり」


 それでも、急がなくてはいけない。もう形振りは構っていられない。


「宇宙空間まで飛ぶ動力は諦めよう。力のある鬼達に任せて、方向を修正する機能だけでも追加しよう」


「う、うん」


 しかし、まだ問題は残る。


「それで、肝心の主役はどうしたのよ?」


 紅魔の主が周りに問う。確かに、いつもの藍の色がここに居ない。


「……お? 花の妖怪もまだだねぇ……あたしゃちゃんと誘ったからね。後は知らないけど」


「様子、見てきましょうか? 私の速度なら容易に……」


「大丈夫でしょ。少なくとも遅刻はしないと思うわ」


 いやしかし、だがそれでも。皆がどうするかと声を上げる。

 ああだ、こうだ。答えなど無い議論のような、そんな何かを黙延々と。


「ギャーギャー言っても仕方無いじゃないの」


 何かを地面に突き刺す音と共に発せられた、鶴の一声。言葉の主は続ける。


「トモダチなら信じて待ちなさいよ。アイツの事だから絶対来るから。根拠は無いけど」


 そう言ってニヤリと笑ったのは、天子。やはりと言うか、此度の騒ぎで集められたらしい。

 突き刺した緋想の剣に腰掛け、不敵にいい放つその顔は実に晴々しい。皆は一様に口を閉じ、それを見て天子は口角を吊り上げる。


「よーし、黙った。んじゃあロケットとやらが出来るまで寝てるわ~」


 そう言って、適当な木に登ってグッスリ眠ってしまう。

 思いもよらぬ所から来た声ではあったが、お陰で騒ぎは収まった。良かったと言うべきであろう。


「いやはや、流石だねぇ」


 遠巻きに見ていた鬼がカラカラと笑う。そこに近付く、もう一人の鬼。


「おー、萃香じゃないか」


「ん? 勇儀か。まぁまぁ、駆け付けに一杯」


 瓢箪と杯が重なる。久々に出会った友人と、ただ飲み交わす。そこに状況も遠慮も入る余地は無い。


「次の行き先は月か?」


「勿論。古い友人が待ってるからね」


「違いない」


 杯をクイと傾け、気持ちの良い飲みっぷりを見せた勇儀。実に満足そうだ。


「しかしアレだね。あの天人もやるもんだ。全員を一度に黙らせてしまうんだし」


「何だろうね、カリスマ性と言うか、魅力があるんだろうよ。人を惹き付ける魅力がサ」


「かもね」


「しかし。そんな天子も放浪の身だ。よくぞまぁ、私達を見付けられたね、お嬢様」


 そう言って、瓢箪の口を差し出した先には。


「私、お酒は飲まないのよ」


 扇子で口元を隠しつつ、小さく笑う幽々子が。

 何を隠そうか、彼女が天人の一行をここまで連れてきたのだ。


「簡単な事よ? 友の声に呼ばれれば彼女は来る。友達想いのあの子だからそうするの」


「成る程。やるねぇ」


 笑う鬼達を相手にしつつ、空を見上げ目を細める。

 以前は何をするでもなく行った月。しかし今度は……


「……さて?」


 意味深に呟き、移動手段の完成を待つ。







「ところで聖よ」


「まあ、何でしょうか?」


「恐らく月では、弾幕勝負とは程遠い何かが始まると思うが」


 呟く鼠、答える尼。


「君は大丈夫なのかと聞いてみるよ」


「問題有りません」


 心からの断言をもって、疑問を吹き飛ばす。


「我々命蓮寺は、そちらの訓練も積んでおります」


「……てっきり、自衛程度かと思っていたのだけどね」


「いえいえ、来るべき時の為にひたすらに。分かりやすく言うなれば……」


 にこりと笑い、


「こんなことも、あろうかと」


「それは整備士とかの発言ではないか?」


 ズレた発言をした。


「まあ、君を信じよう。他の皆は?」


「各々自由行動ですね。この集団の何処かには居ますけど」


「ご主人もか……ま、探すか」


「行ってらっしゃい、ナズーリン」


 ナズーリンを見送って、聖はくるりと後ろに振り向く。


「これは閻魔様とは、珍しい方が来ましたね」


「そうでしょうね、私もそう思います」


 なんと、まさかの四季映姫が現れた。


「どうしてここに?」


「私の部下が月に行っていましてね」


「ああ」


 そういえば、一行に死神が加わっていたような……と思い起こす。


「月の面々は私の管轄ではないので、詳しい情報は無いのですが、とてつもない存在とは聞き及びます」


「そのようですが……」


「それほどの存在の住む場で、幻想郷がこれほど大きく動く事件が発生しているのです。恐らく彼女も無事ではないでしょう」


「はい、はい。そうでしょう」


「私の部下が月に突貫し、その末に無様な姿を晒すとなると、私自身の責任等に影響が出かねませんので」


「心配なんですね」


「はうっ!?」


 一言の図星にたじろぐ閻魔。


「適当な理由をこじつけて、それでも部下を気にかける辺り……素直では」


「ゴホン!」


 一度大きく咳をして、聖の言葉を遮る。


「……私も、その、そう言う気持ちを持ち合わせていないわけでは……」


 最後はゴニョゴニョと呟くように。始終顔は赤かったそうな。


「相手が何であれ、色んな味方があの死神には居ます。きっと大丈夫ですよ」


「……貴女のその言葉には、根拠が無い」


「しかし、信じています」


 にこりと呟いた彼女から、閻魔は赤い顔をそらすのであった。


「あ」


「え?」


 よりにもよって、主役はここで現れた。


「もう、歩くのが早すぎるわよ……あら、閻魔?」


 現れた藍色、遅れてきた幽香。バッと顔を背けた閻魔と入れ替わりに、忙しい筈のにとりが話しかける。


「遅かったじゃないか。一体全体、何処に行ってたのさ」


「秘密」


「良いじゃないそんな事。で、ロケットとやらはかんせ」


「出来たよ?」


 出来ました。


「出来たなら皆に伝えなさいよ」


「いやあ、主役の登場を邪魔しちゃ悪いなと思って」


「余計な気遣い」


「うぐう、主役にそれを言われるとは……」


 怯むにとりは置いておく。

 ロケットの完成を皆に伝えるみとりに対して、数人が気になる事を数点。


「ところで、飛べるの?」


「飛べん」


 予想してた。


「あるのは頑丈さ、ある程度の居住性、そして方向を修正するためのブースターだけだ。このロケットだけで宇宙に飛ぶのは不可能だよ」


「ってェ事は……つまり?」


「鬼の怪力とその他諸々によって、この鉄の塊をぶっ飛ばして貰おうと思う」


 やっぱりである。


「一応過去にあったデータを元に試算してみたが、鬼二人と文の風による巻き上げ。この三人を使えばロケットは宇宙空間に到達出来ると推測出来る」


「三人で良いのか?」


「むしろ三人しか役に立たん。破壊力だけならまだしも、物を吹き飛ばすとなれば必要な物はまた違うからな。そう言う意味でも、吸血鬼姉妹とかはロケットに乗り込ませる」


 しかし、それでよ主力となりうる三人が抜けるのは結構痛いかもしれない。

 一人相手に大袈裟ともとられるだろうが、相手が規格外故に戦力は出来るだけ欲しい。


「ロケット自身の動力は、霊烏路空の核力で補う」


「何をどうすれば良いの?」


「専用の部屋に入って核融合しとけ」


 至極単純。


「おい、時間が無いんだろ!? ならとっとと乗った乗った!」


 ロケットの出入口を開き、手近な人物を無理矢理投げ入れるみとり。

 それを見た周りの皆も、放り投げられる前に自ら乗り込んで行く。


「さって、萃香よ。準備するか」


「だねぇ。月に行けないのは寂しいが、信じて待つのも悪くない」


「その為に送り出すのが私達の使命だと思うのだけど」


「天狗の言う通りさね」


 そんな三人に対して、言葉。


「いってきます」


 藍の少女が放ったそれは、三人に何を思わせたか。

 返事を返す前に内側から閉じられ、姿はもう見えなくなったが……


「……はっはっは。んじゃあ、やるか」


「ですね!」 


「任せなよ藍色! しっかり送り届けてやるさ!」


 ロケットに歩み寄り、その腕の力をもっていよいよ投げ飛ばそうとした、その瞬間に。


「仲間外れで宜しいのですか?」


「……お?」


「そんな筈はありません。鬼と言う種族の貴女達と、親友を想う貴女には耐えられません」


 何処からの声か。更に、その主は一人ではなかった。


「これは恩返しだ。居場所を提供してくれた、な」


「ほら、乗りなさいよ。送り出すのはやったげる」


 その姿を見詰めてから、人はロケットの入り口に歩み始める。


「……なら、任せるよ。アンタ達なら大丈夫だろう」


「対価はお前達との『死合い』だ。藍染の妖怪の得意分野で、『我々の世界』の、な」


「……んじゃ、私達も行きますか」


 ロケットの入り口を開き、最後に乗り込む文が後ろに告げた。


「ちゃんと月まで飛ばせるわね?」


「お望みなら次元の彼方まで吹き飛ばしてやろう」


「さあ、急いで。早くしないと乗る前に吹き飛ばしますからね」 


 やりかねん、とばかりに素早く乗り込んだ。中では何事かと論争が起こっているかもしれないが、外の三人には聞こえはしない。


「さて」


 託されたと言うより、奪い取ったバトンを持つ。ロケットの下に発生するエネルギーは、想像するのも馬鹿らしくなるだろう。

 そして、それが何よりも大きくなった時。そこに立つ者達が声を上げる!


「加減しなさいよ『禍』!」

「ちゃんと月に飛ばせよ『天魔』」

「巻き込まれないで下さいね『姫様』」


 瞬間、炸裂する三種のエネルギー! 大きすぎる力はロケット……いや、鉄の塊を容易に蒼空に消し飛ばした。

 月に一直線に消えたそれを見送り、見上げる。


「行ってこ~い!」


「……さて、我々の仕事はこれまでですかね」


「後は野となれ山となれ。我々は影に消えるだけだ」


「恩人ぐらいは無償で助けなさいよ」


「我々は表舞台に立ってはいけない存在だ。だから、これっきりだよ」


 そうして、山を抉った三人は消えた。人気の消えた山頂に残るのは、言葉。


「さあ、暴れろ。存分にな」








「もう終わり?」


「ハ、ハハ……我が姉ながら、本当に化け物ね」


「そーねー、私も驚いたわよ? 急に貴女達が成長するものだから」


「それでも、敵わないの……!?」


 地に伏す皆、余裕で佇む豊姫。あまりにもおかしい実力の差がそこにあった。


「私も大概化け物かと思ってたけど……貴女も規格外ね」


 余裕な口調を見せる味方は、ルーミアただ一人。しかし、そのルーミアも膝立ちが精一杯。依姫も立ちはすれど、足に残る力は既に無い。強がりすら見抜かれている。


「仕方無いじゃない、分かるんだもの。全部」


 さて、と首を回す。目に映るのは、絶望を目に宿した紫。


「じゃあ、もう面倒だから終わらせちゃうわね。お疲れ様」


「……何故、何故……勝てないのかしら、ね」


「ん?」


 傷だらけで倒れ付したまま、力無く呟いた紫。


「力ある者も居て、守る者も居て……何故、私は地面にキスをしているのでしょうね」


 ちら、と横を見る。

 豊姫からの攻撃から紫を庇い、仲間が倒れても尚守ってくれた皆。

 それが皆、大きな傷を受けて地面に転がされている。身を呈して時間を稼いだ皆はもう動く事すら儘ならない。


「簡単よ、貴女達手数が足りないのよ」


 そんな傷の元凶は、あっさりとそれに答えた。


「右手と左手。扇子は二つしか無いのだから、後手後手にならずに一気に攻めたら勝ちの確率が上がったのに。思い付かなかったの?」


 そんな筈は無い。

 『あの薬』を飲んだルーミア、小傘、依姫が各々の手段をフルに使い、多くの方向からの攻撃を何度も仕掛けている。多重攻撃も当然のように。

 それを、防ぎきった。ただそれだけ。


 驚異的な『読み』と対スペルカード用のスペルカードと言う『装備』、そして月の技術による『武装』。全てを凝縮したそれに、敵わなかった。


「温いのよ。せめて貴女と同レベルなのが百人居たら……」


 そんな、余裕の冗談。


「……で、遺言は以上かしら?」


 勿論目的は変わらない。最後まで。

 ただ、妹を取り戻したいだけ。その為に起きた暴走なのだから。

 そう思っているのに、何故かどんどん心が冷たくなる。


「……そう、ね。私はもう何も無いわ」


「そう。じゃあ」


 次の言葉を投げようとした瞬間、紫の出した顔に驚愕する。

 ニヤリ。してやったり。


「やっと言う必要性が、無くなったのよ」


「え?」


 初めて見せた驚愕の色。それと共に、響く機械の音声。


『豊姫さまぁ!? 何かが、何かが月の都に超高速で接近中です!』


「……何か、って何かしら? 解析は?」


『って豊姫様も分からないんですかぁ!? 解析くらいとっくにやりましたよぉ! 結果は……』


 月の空に、見えた一粒の光。


『Unknown! 正体不明で』


 音声を遮る爆音、爆風! あまりにも大きなそれは、皆の吹き飛んだ意識を逆に戻してしまう程であった。

 突如宇宙から飛来した鉄の塊は数秒間静かだったが、入り口と思わしき場所が蹴破られたのを見て、絶望は希望に置き換わる!


「あー、いたたた。これだけで済んでるのは大きいけど、もうちょっと何とかならなかったの?」


「急拵えだから文句は受け付けないよ。良いからとっとと出ろ」


「分かったから押さないで下さいな」


「む」


 初めに転がってきたのは天子。やれやれと立ち上がりながら埃を払い、突然こう言う。


「あー、隙間? ちょっと友達になってくれないかしら」


「……は?」


 いきなり何だと言う前に、続く言葉。


「友達なら恩返しとか、そんな面倒臭い事はしなくて良いじゃない。どーなの?」


「……この状況で、冗談かしら?」 


「本気よ」


 後続がゾロゾロとロケットから現れ、豊姫は少ししかめっ面。


「本気で百人連れてこなくて良いのに……」


「……仕方無いわね。友達なりなんなり、好きになさい」


 その言葉を待っていた。天子は遅れて出てきた藍色に言う。


「ハイ、これで友達百人出来ました。文句は?」


「特に無い」


「良し!」


 天子の満面の笑顔。それを見、満身創痍の皆も笑顔になる。


「……ちゃーんと、連れてきたのね」


「連れてきたよ、援軍」


 各々が構え見据える先は、扇子を開く豊姫。顔は隠れて見えないが、漏れる雰囲気が穏便さとは無縁だろう。


「ともだち、ひゃくにん」


「八雲紫! この天人サマと愉快な仲間達が助太刀してやるわよ!」


「アンタが先陣切るなよ不良天人!」






「玉兎隊、開戦!」


 豊姫が唐突に叫ぶ。そうすれば、地面に隠れた通路から、月の都から、綺麗な列を敷きながら玉兎達が現れた。


「援軍程度は『予想済み』よ魑魅魍魎! 私を止めると言うなら、まだまだ足りないわ!」


「知りませんね」


 一蹴。


「ゴチャゴチャ抜かすのは全部終わってからだよ」


「それより、開幕の合図は誰がやる?」


「……響子」


「え、私?」


 藍色に呼ばれて前に出る。


「……山彦、して」


 ……拡声器の代わりのつもりか!?


「突撃」


「とつげきぃぃ!」


 強烈な声の後押しが、皆の士気を最高潮にする。玉兎も戦々恐々と言った感覚。


「怯まないの! 全軍突撃!」


 負けじと、こちらも走る。大きな波と波は衝突し、ド派手な土煙を舞い上げる!




 第三次月面戦争、開戦である!


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