藍色と星空 圧倒は敵だ
「貴女という種族が生まれたのはとても昔」
豊姫は本を開き、読み聞かせるように言う。
「月の民が、まだ地上に居た頃よりも前」
藍色はそれを黙って聞く。
「もしかしたら、地上がまだ無かったかもしれない頃」
まるで絵本を読むかのように、優しい口調で語った。
「貴女は初めてそこで生まれた」
むかし、むかし、あるところに。
「月の民は最初、地上で生活していたの。でもいつしか、自分達が進歩させた科学で月に向かった。地上の都市は放棄してね」
その時、自分達が生活していた地域を全て爆破処理してしまったとか。
「実はその時、既に妖怪は居たのよ。今よりとっても多くのね」
鬼も居たのよ? と言う豊姫。実は鬼はとっても古い種族だったようだ。
「貴女は既にそこに居たわ」
藍色は正直信じれないといった表情。まぁ、当然だろう。
突然、赤の他人以上知り合い未満の人に『貴女は異世界の勇者となるべき人なのです』と言われているような物だろうし。
「その頃も貴女は旅が好きだったみたい。色んな所に居たもの」
「何で分かるの?」
「月の科学をもってすれば、過去を覗き見る事も可能なのよ」
冗談だろうと言えないから恐ろしい。正直に言うとそっちが気になる藍色だが……
「まあそれはどうでも良いわ」
話を続けましょうと豊姫は言った。しゅーん。
「貴女はいっつも旅をしていて、時々誰かと衝突して喧嘩になる」
……手が出やすいのは前かららしい。
「その時、妖怪としてもそこそこの身体能力と、『程度の能力』のお陰で基本的には負けなかったみたいよ」
『程度の能力』は幻想郷の中に集中しているものの、基本的には貴重な存在である。
大抵これを持っていたら常勝無敗も夢では無いレベルの……まぁ、そんな所だ。
「でも、そんな貴女という『種族』は他に誰一人として居ないのよ」
「……種族」
「鬼とか天狗とか」
こういう『単一種』のような妖怪は非常に稀だ。幻想郷でも紫や……幽香はどうだろうか? と言うような所。
いや、そもそもあれも『スキマ』と言う妖怪ではないし、幽香も自分が妖怪と言う事しか理解していないだろう。種族妖怪という事しか分かっていないのは、藍色と同じだ。
「でもまぁ、生まれたからには原点がどこかにあるのよね。私はとても気になってしまって、貴女の歴史をどんどん遡ったわ」
そして……と声を潜めてくる。何とも言えない緊張感が漂い、豊姫は自分で生唾を飲んだ。藍色は無表情である。
「……ちょっとは緊張してよぉ~……」
「無理」
あ、扱い難い……
「……まぁ良いわ。結果として、私は貴女の原点を見つける事が出来たわ。でもびっくりしたの」
「ん?」
「貴女、と~っても『不思議な世界』に存在していたから」
「何処?」
「それは……」
と言って、上を指差す豊姫。
「……天井?」
「何でよ……」
それは物質だろう。
「正解は空の上よ。分かる?」
「理解出来ない」
「正直私もよ。ただ、これは事実」
ふと上を見上げる豊姫。その視点は天井ではなく、そのずっと上を見ていた。
「貴女は宇宙で誕生した可能性がある」
つられて上を見上げた藍色も、空の先を見ていたのかもしれない。
しばし黙って天井を見上げていた二人。豊姫が次に口を開こうとした瞬間の出来事。
「きゃあ!?」
扉の破壊された音、少々小さめの悲鳴。
「……依姫? 大丈夫?」
ぱたぱたと駆け寄り、手を引いて起こす豊姫。そんな豊姫に対して、依姫は開口一番、
「……申し訳ありません、姉様。お話をお守りするのは無理でした」
謝った。
「……大丈夫よ、丁度一区切りだから」
そんな二人の方向に、三人の人物が歩み寄る。
「リベンジと言うからには、それ相応の強さが必要なの。分かるわよね?」
紫が扇子を開き、口元を隠す。笑っているのか、表情など無いのか。
「私達は、貴女達のレベルに確実に近付いている」
流石に余裕綽々と言うわけでは無いらしい。霊夢も服が多少破れているし、実践経験の無い早苗に至っては息が乱れている。
それでもまだ余力はある。自分達が倒れた後の後続もいる。負けはあるが、勝ちも見える状況。
「まあ、第一目標は藍色なのだけどね。どれだけご執心かは分からないけど、容赦なく連れて帰るわよ?」
霊夢が告げる。早苗に話す余裕は無さそうだが、しっかり前を見つめている辺りまだ動けるだろう。心配なのはスタミナか。
「……如何致しましょうか」
「駄目よ。まだお話は終わってないわ。追い返して頂戴」
「……だそうですが?」
「ハー……そ、そうは問屋が……」
「疲れたなら休むという選択肢がありますよ?」
「敵に心配されてるわよ」
「な、なんの! これしきで動けなくなるのは風祝として……ゼー、ハー……」
……霊夢が無理矢理下げた。
「とーにーかーくー、早いこと片付けて頂戴! 本気出して良いから」
「……分かりました」
ため息一つ、そして三人に振り返る。
「そう言う事なので、今しばらくお相手願います」
剣を構え、何やらをブツブツと呟きながらゆっくり接近する。相手の力量を把握出来ていない訳でもないので、警戒しながら距離を取る三人。
「頑張ってね~依姫ちゃ~ん!」
何とも気の抜ける姉の声は届いていないらしい。集中力はズバ抜けているようで。
「……神降ろし」
「あら、分かるの?」
藍色がポツリと呟き、霊夢がそれに気付いた。
「依姫の部屋には神に関する本しか無かった。後は雰囲気」
「そうね、雰囲気って大事よ」
そう言う物か?
「ハイ、お話終わり。私は姉妹二人に噛み付かれたくないのよ」
霊夢に言われて気付いたが、豊姫の顔は不機嫌その物と言ったレベルのそれだ。恐ろしや。
そして、そんな間に既に依姫は準備万端。むしろもう一巡出来るスピードである。嗚呼、恐ろしや……
「お話は済みましたか?」
「そうね。わざわざ待ってくれたようで何よりよ」
「会話の不意を突くのは有効ですが、正々堂々とは言えないでしょう」
依姫が剣を構え、姿勢を低くする。
「では、参りましょうか。準備はよろしいですか?
」
「だったらあと三年とか言うわよ?」
「ご冗談を」
「どうかしら」
依姫は一度ニコリと笑い……
「『韋駄天様の御御足』」
瞬間、部屋が爆ぜた。
いや、その様に見えただけだ。本棚は砕け、壁には大量の窪みが作られていく。
「速ッ!?」
つまりどういう事か。韋駄天の力を借りて強靭な脚力を得、部屋の中を駆け回っているわけだ。あまりの速度に依姫の姿は見えず、ただただ瓦礫の雨が降るだけである。
「どこから攻撃が飛んでくるか分からないわね……」
と言いつつも紫は冷静だ。スペルカードを取り出し、霊夢に指示を出して動かす。
しかし。
「ハッ!」
「うぐっ!?」
むざむざとやらせる訳もない。素早く紫の右側に降り立ち、指示が発せられる前に勢い良く蹴飛ばした。その進路には霊夢が……
「パス」
「は!?」
スイと避けて、紫を後ろに居た早苗にキャッチさせる。そうして自分は動きの止まった依姫に向けて、お祓い棒で突きを繰り出す。
「遅すぎますよ」
しかし、依姫は床を蹴ってそれを回避。天井を跳ね返るように蹴り、霊夢の背後を取る。
「眠って頂きましょう」
肘鉄。霊夢の口から血が……
出ない。
「刹那」
「むっ!」
「亜空穴!」
霊夢が体力のお札をばら蒔きながら消え、全く違う場所に現れる。
「追撃のぉ、霊符「夢想封印」!」
お札に視界を遮られた依姫に追撃。カラフルな光の球が依姫を追跡しつつ突進する。
しかしながら慌てず騒がず。光の球の間を縫いつつ霊夢に接触し、首根っこを掴んで夢想封印に向かって投げつけた。
「はいィ!? ちょ、ま!?」
……爆裂。
「こんな所でしょうか」
「凄い凄~い」
パンパンと手を払う依姫に対して、豊姫が拍手をしている。藍色も軽く拍手をしているのは、寝返ったとかそんなのではなく、単なる技術への称賛だろう。
依姫もそれを感じ取ったのか、多少困りつつも笑顔を見せた。
「でも気を付けなさい」
ニコニコ顔はここまでで、すぐに表情をキツイ物に変える豊姫。
「まだ動けるみたいよ」
その言葉の直後。
「夢想妙珠!」
「八雲番傘」
「おみくじ爆弾!」
大吉! 三方向からの攻撃を難なく回避、ある程度離れて止まった。
「ちょっと紫、右腕外れてるわよ」
「知ってるわよ。早苗、お願い」
「えぇ!? えっと、では……恐れ入ります!」
ゴキンと右腕をはめて、腕を回す。
「手荒ねぇ……」
「……割と力を入れたはずなのですけど?」
「来るであろう妨害にノーリアクションって言うのは不味いでしょう?」
最低限の防御はしっかりしていた様子。破れた御札と、割れた結界の残骸が近くに落ちていた。
「さて、そろそろお祭りの始まりかしらね」
「祭り?」
「祭りよ。賑やかになるから、ね」
何の事やら? と首を傾げる依姫。そこに……
「どっか~ん!」
と言う大声と共に壁が砕け、一筋の矢が部屋を貫通する。
部屋に通路を作り出したそれは、更に奥を軒並み破壊して進んでいった。
「くっ!?」
「突撃だぜ!」
「ハッハァ! 億倍返しのチャンス到来だなァ!」
衝撃によって弾け飛んだ、あまりにも硬い瓦礫に紛れて現れたのは魔理沙と幻月。魔理沙はまっすぐ藍色に、幻月は依姫に突撃する。
依姫は予測こそしてなかったが、やられてなるものかと床を蹴り、即座に戦線離脱──
「二重結界!」
「四重結界」
──を二人に止められる。突如として表れた壁に阻まれ、逃げ場を失った依姫に……
「プレゼントだッ!」
脇腹への強烈な左フック、更に右手を依姫の首の後ろに回して左膝。
回避方向の指示を出したい豊姫だが、迫る魔理沙への対応をせざるを得ない状態……
「ひょい」
「はみゅっ!?」
なのを藍色が妨害した。能力を使ってまで豊姫の視界を曇らせ、その隙に魔理沙がかっさらった。
藍色からアクションを起こされるとは微塵も思っていなかったのだろうか、目を白黒させて座り込んだまま豊姫は動かない。
「ハハッ! 楽しいなァ!?」
「ぐはっ……!? このッ……」
一撃が重過ぎる肉弾戦から逃れたい依姫だが、後ろの結界を破るのに少し労力が必要と判断したらしく。
ならば必要なのは防御か。暖まり始めた思考回路を回し、即座に自分の能力を発動する。
「オラァ!」
「『堅牢地神の御加護』」
暴力の拳は依姫の顔面に直撃。それを最後に一度離れた幻月の顔が、若干歪んでいる。
「硬ェな……何しやがった?」
腕から血を吹き出す幻月に対して、全く吹き飛ばなかった依姫。度重なる殴打で浮かされていた為、すっと床に降り立ち、けろっとした表情で幻月に返事を返す。
「こちらの方が聞きたい事があります。確か貴女は報告によれば、身体のあちこちの間接を外されて動けなくなっていたのでは?」
どうやら、一応伝わっていたらしい……
「……あァ? それなら、本人に直させたぞ」
「……本人?」
依姫が、魔理沙達が入ってきた方向を見やると……
「よ、よよよ、依姫様ぁ……ももももも申し訳ありません……」
「……とって食ったりはしないって言ったんだけどねぇ」
あ、幻月と居た玉兎だ。どうやら連れてこられたらしい。
「よっと! 大丈夫か~?」
「うん」
「おお、ナイスだよ魔理沙」
「凄い凄い! 窃盗はスピードだね!」
「私は泥棒じゃないぞ」
何はともあれ、藍色を回収した魔理沙。帰りは妨害も無かったのでアッサリだったよう。
「やるじゃないの」
「ボケッとしない! とっとと帰るわよ!」
あっけらかんとする霊夢に対して紫が怒鳴る。しかし……
「ああ、それ多分無理よ」
博霊の巫女の勘が、諦めを選択した。
「もう、空間全体を制圧されたみたいだし」
紫が用意していたスキマが勝手に開く。しかし、そこに映る無数の瞳は無く。
代わりと言っては何だが、豊姫の顔があった。目の開ききった、
微動だにしない豊姫の顔が。
「……どーやら、彼女の執着心は私達には計れないらしいね」
呑気なのではない、半ば諦めているのだ。
荒事無しに、無事には帰れない事を。
「さっきのは、ただのお茶目。私は、嫌われて、ないの」
スキマから出てきた生首が、自己暗示のようにぶつぶつと呟く。先程から一転、急にホラー要素の入り込んだ豊姫に、実の妹さえも後ろに足を運ぶ。
「ほら、速く、戻っておいで。いつもみたいに、許すから……」
笑っている? 泣いている?
最早覚妖怪だろうと読めやしないだろう表情で、藍色を見詰める。
いや、睨む? 凝視する?
差し伸べられた手は藍色を真っ直ぐ指し、その口は姉としてのお願いを告げる。
……懇願する? 命令する?
「ね?」
適切な次の言葉を思い付かない皆は、全ての選択権を藍色に委ねる。
皆は思う、「頼むから、穏便に済ませてほしい」
同時に、それが叶わない事も分かっていた。
「私は、帰る」
この妖怪に、
「知らない『知り合い』ではなく、知っている『家族』と」
遠慮も建前も、何も無いのだから。
「藍色」
「わたし」
「泣いてしまいそう」
「じゃあ」
「帰る場所」
「何とかしたら」
「ここが」
「帰る場所になるかしら」
「ねぇ」
「藍色」
「私の妹」
第六感が早鐘を鳴らす。思考の全てが異常を叩き出す。
強烈なまでに偏った愛情は、あらぬ方向へと暴走を始めた。
「八雲紫」
「貴女を消せば」
「私の妹」
「帰って」
「来るかしら?」
「分からないの」
「とても久しぶりに」
「だから」
「試して良いかしら」
「……ねぇ皆」
紫が、振り返らずに言う。
「これを最後のお願いにしても良いから……」
「私を守ってくれないかしら」
帰る場所を賭けた大将防衛戦が、開幕する。
空椿です。
最近、文を捻り出すのにとても苦労しています。
更に、中々小説を書く時間も得られない事も多く。
いざ書いても妙に集中出来ません。有り余る筈のネタの泉が涌き出ません。
……残念ながら、次話も相当遅れるでしょう。どれくらいかは検討も付きません。
この状態を脱却する術を、私はよく知らないのです。
短いですが、失礼します。我が筆の道に光あらんことを。
ノシ