藍色と悠久 旧友は敵だ
そう言えば、結界超えるのに能力使いにくくなったとか言ってなかったか? と考えた貴方。勿論その通りだ。
だから、開く時は霊夢も手伝う事に。霊夢がその場に居なければ、ルーミアだか藍色だかを手伝わせるつもりだったらしいのだが……紫のそれは杞憂に終わったようだ。
ただ、霊夢が逆に憂鬱になった。手伝わされる羽目になったから当然か?
さて置き、各々はそれぞれの準備をしてから博麗神社に集まっていた。集合場所は伝わって無かったが、奇跡的に揃ってしまった。小傘が驚いてた。
取りあえず、同行する三人の持ち物を確認してみよう。
「……もう良い? 良いわね? 私もう休んでも」
「大丈夫よ、好きになさいな」
「ああ、気絶するかと……幻月、お茶!」
「へいへい」
霊夢はお祓い棒と陰陽玉を持ち、大量のお札を懐に隠した。お札にもいくつか種類を分け、大体の局面で優位に立てるように考えたようだ。
他、幻月と夢月が作ったお手製のお札をお守りのように持っている。曰わく、「二人が初めて作ったお札」らしい。使った時の効果は不明。
「お疲れ様です。あとは」
「早苗、あんたは楽で良いわね〜。こっちはいつも迷惑被らされてるのだけど」
「すみません、うちの二柱が……」
「あの神様は毎度毎度……ねぇ」
早苗はお祓い棒を手持ち。お札は霊夢に比べると少な目で、主に神奈子と諏訪子への連絡用のお札らしい。
他に目立った持ち物は無いのだが、やる気は誰よりも持っているようだ。そんなに月の実力者に興味があるのか?
「紫、どうだ〜?」
「月には繋がったから安心なさいな。後は開くだけよ」
「……なんで今すぐ開かない?」
「開いた瞬間感知されるんじゃないか?」
「幻月、正解」
魔理沙はいつもの箒を持ち、服の中に色々薬品を隠しているらしい。どんな物かフランが聞いてみれば、「企業秘密だぜ」と返した。何が企業なのか、霧雨魔法店か?
八卦炉はやっぱり持っているみたいだが、どこにあるのか言いはしない。貴重品だからおいそれと見せたく無いのかね。
そんな所か。ちなみに、藍色一行に『新たに追加された持ち物』は無い。元々奇々怪々な持ち物は沢山あるがな。
「準備出来たなら言いなさい。いつでも開けるから」
「霊夢?」
「お茶飲んでからよ」
自由気ままだな。
「じゃ、それまで待ちましょうか」
「そうだなぁ。おいフラン、ちょっとこっち来い」
「ん〜? なぁに、魔理沙〜」
しっかり働いたのだから、程々の休憩はさせよう。皆そう思ったらしく、特に文句が出たりはしなかった。
「早苗」
「おや、なんでしょうか藍色さん」
「ちょっと」
「む」
悪巧みしてるじゃないか? 内容が気になるが、二人の声は皆に聞こえない。
あと、別に藍色と早苗だけでは無く皆も適当に集まっている。紫の元にルーミア、霊夢の所に小町などなど。それぞれ世間話や、相談事をしているようだ。
皆の会話までは聞き取れないが一部が悪巧みのような事をしているのは分かる。月に着いてから何かする気なのだろうか?
「こんにちは」
「アレ、レミリア? 咲夜も」
そんな中に、紅魔の主従がやってきた。
「どうしたの?」
「あなた達が月に行くって聞いたから、お見送りよ」
「勿体無いな、お前も行けば良いんじゃないか?」
「私が行って何か変わるのかしら?」
ここはキッパリ言ってきた。
「目的がただの旅行なのだから、わざわざ人数を増やす事も無いじゃない。そっちの三人に混ざるつもりも無いし」
「そ。なら歩いて帰りなさい」
「……以前のようにお賽銭寄越せとは言わなくなったけど、相変わらずね」
「巫女だからね」
「巫女ならお賽銭寄越せって言うモンじゃないだろう」
「……私も言わなきゃいけませんか?」
「霊夢の真似は止めた方が良いぞ」
普段の態度はあまり誉められた物ではないし。
「で、休憩はもう良いんですか?」
「長いことボーッとしてたら、どっかのお姫様に怒られそうでね。じゃあ幻月に夢月、お留守番頼んだわよ」
「あいよ」
「行ってらっしゃいませ」
「……もう良い?」
「待たせたわね、行きましょ」
紫の表情は正に「やっとか……」と言わんばかり。案外長い休憩だったので、駆け比べで「用意」と言われて「ドン」と言われなかったに等しい紫にとってはウンザリである。
「八雲、開いて頂戴」
「分かってるわよ」
事前に用意していたからなのか、別の要因なのか。普段より早く開いたスキマ。既に目の前に待機していた藍色は、月の大地に少なからずワクワクしていた。
だからなのか、反応が遅れた。
「気付かないと思ってた?」
ニコリと笑った女性。紫よりも奥の深い目をしたその女性はかんらかんらと笑いつつ、目の前の藍色を抱きかかえて引きずり込む。
「みぎゃ」
「は!?」
「またね〜」
そして『スキマを閉じる』。八雲以外にスキマに干渉出来る能力者はやはり居るらしい。
「後は勘弁してほしいねぇ……」
「あらららら」
好きにさせるか。小町がすんでのところで鎌を突っ込み、閉じられるのを拒んだ。
「藍色、大丈夫?」
「ふわふわする」
「何がよ……で、どなた様?」
「頑張るわねぇ……まぁ、自己紹介くらい良いわよね」
先程の女性の声は、先と変わらずにゆったりとしていた。面白がるが如く。
「初めまして、お久しぶり。綿月豊姫と言う物ですわ月の都で防衛や監視なんかをしてるのよ」
「そりゃあ、けったいな事で」
鎌だけだと不安か、フランのレーヴァテインを借りてスキマに突っ込むルーミア。持ち主が違うとレーヴァテインが炎を撒き散らすが、ルーミア本人はケロリとしている。
むしろ、向こうの豊姫が熱いと言っている気がしないでもないが、仮にそうならしてやったり。
「もう、酷いじゃない」
「そうだな。それはどうでも良いが、そっちの藍の奴は私達の仲間でな。返してくれないか?」
「……ふ〜ん」
メリメリと、多少無理矢理ながらスキマを広げる。遂に霊夢の御祓い棒も差し込み、豊姫に抵抗する。燃えやしないか心配だが、問題は無いようだ。
「悪いけどそれ」
バッと開かれた扇子。美しい柄に魅入るより早く、巫女の第六感が早鐘を鳴らした。
「『こっちの台詞』なのよ」
扇子ひらりと一扇ぎ。急いで各々の獲物を引っこ抜き、スキマから素早く離れる。
それは風なのか違うのか、漏れ出した目視出来ない『何か』は参道を分解しながら進み、博麗神社をに一直線。
豊姫の思わせ振りな言葉が気になった前に、博麗神社の中には幻月と夢月が今……
「ちょっと!?」
残念ながら、思い出すのが少し遅い。正体の分からないそれは博麗神社諸共、二人を消し飛ばし……
「あァん?」
たりはしなかった。多少神社が削れたものの、幻月は見事それを消し返してみせたのだ。
「流石ですお姉様」
「幻月! 夢月!」
霊夢が駆け寄り、夢月の胸倉を掴む。
「お賽銭箱は無事よね!?」
「大丈夫です」
「まァな」
「よ、良かった……」
「いや、そっち!?」
「お前なァ……捕まった方のちっこいのは良いのか?」
「向こうが何とかしてるから良いのよ」
一応霊夢の言うとおり、紫が先程のようにスキマを開こうとしている。今度は早苗が手伝わされているが、隣で居合わせたレミリアが何かと手伝っている。具体的に何をしてるかは、傍目からは分からないのだが。
「で、綿月豊姫って誰なの?」
「月の都のリーダー格、綿月姉妹の姉の方。目立たないんだけど、策謀とかそちらに関しては並々ならぬ物があるの」
「妹が居るんだ?」
「そうね、魔理沙達からしてみれば妹の方がトラウマかしら」
でしょうね。
「もう詳しくは道中聞きなさいな、開いたからさっさと行きなさい」
バリッとスキマを開通。魔理沙やルーミアなんかの血の気が多い者が先行し、出るや否や大暴れ。
「訳分かんないけど、ご主人様返してね〜」
「えっと、えっと、あ、藍色さんは渡しませんからね!?」
早苗、無理して言うな……
「お姉様」
「そォだな。八雲」
「何かしら」
「俺も出るぞ。もう少し開けてろ」
「え!?」
「藍色ちゃ~ん、お久しぶりねぇ~! お姉ちゃんずっと待ってたのよ?」
「わぷ」
ふわふわした衣装でぎゅっと抱き付かれ、埋もれてしまう藍色。豊姫はにこやかな表情で藍色に頬ずりをしている。先程のカリスマなどこ吹く風。
「……えっと」
「依姫お姉ちゃんも待ってるから大丈夫よ~、すぐ会わせて」
「あのね」
「およ?」
ズボッと言うか効果音が鳴った気がするが、とにかく豊姫のふわふわ服から頭を出した藍色。次の一言はこれだ。
「初め……まして?」
だが何故疑問系なのか。
「…………あ~、あらら。そう言えばそうだったわね~」
「む?」
「ごめんなさい、とりあえず自己紹介させてね」
「じゃあ離して」
「だ~め」
いかにもムスッとしている表情になった。
「私は綿月豊姫、月のリーダー格をやってま~す。はい拍手~」
豊姫だけが拍手をした。
「……つれないわぁ」
「離して」
「そうだ、その事よね」
豊姫が藍色の頭を撫でながら言う。
「ごめんなさい。一応、不法侵入だから身柄の拘束をしないといけないの」
「うぐ」
より強く藍色を抱きしめ、ふわりと跳んだ豊姫。瞬間景色は砂のように霞み、再びトンと降り立った場所は金属の廊下のような場所だった。
「空間移動」
「よく分かったわね、えらいえらい」
「……むぅ」
更に表情が険しくなる。不機嫌が積もり積もって酷い事になってしまいそうだ。暴れるのだけはよして欲しい
「じゃあ皆、この子を『あの部屋』に連れて行ってあげて」
「は~い」
「わかりました」
「だるい~」
「ぬ」
前もって準備していたのだろうか? どこからともなく兎耳の少女達……玉兎が現れ、藍色をワッショイワッショイと担ぎ上げながら運んでしまう。
「……急なのによく対応してくれたわねぇ」
準備なんてしていなかったらしい……
月への襲撃なんて楽な物ではない。事実その圧倒的な科学力の前に、幾多の妖怪が葬り去られて敗走を余儀無くされている。それが第一次月面戦争の最後。
第二次月面戦争は本格的な全面衝突ではなかったが、同じく此方も武力では惨敗を期している。結果的に『ぎゃふん』と言わせたので、痛み分けに入るかもしれないが。
この結果を見てみると、月の都と幻想郷には圧倒的な力量の差がある事が分かるだろう。能力を使った搦め手なら勝機はあるが、正面からぶつかればどうしようもない差があるのだ。
しかしながら、この第三次月面戦争。それらに対抗し得る『武力』がこちらにはある、あるのだ。しかも、一人は正真正銘の『戦闘狂』に含まれるわけで。
「撃て! 撃つんだ!」
「マジでやられる五秒前!」
「玉兎に逃走は無いのよ!」
玉兎達が最新兵器を振りかざす。
大妖怪レベルをも屠る光弾を放つ機関銃。しっかり狙って当てれば、それこそ闇妖怪だって無事では済まないだろう。
しかし、だ。
「一昨日来いよ!」
訓練はすれど実戦経験の無い兎達。動き回る魔理沙や霊夢に掠る事すら無かった。勿論長年の努力や天性の勘は含まれているものの、多少経験の浅い早苗が充分対応出来ているので何とも言えない。次々に前線を突破して暴れまわる。
折角の武装も、標的への攻撃を全て外してしまっては全く意味を成さない。エネルギー切れだとか弾切れだとか、早速そんな状態が玉兎達に降りかかる。
「追加の装備は!?」
「補給部隊が早々に壊滅したからムリポ」
「誰ようちの補給兵潰したの!?」
「私よ」
「「「げ!?」」」
真後ろを陣取るのはルーミア。表情はまさに、『新しいおもちゃを見つけた』ような物だろう。正直怖い。
「仕方無いのよね。観光気分だったのに仲間連れ去られちゃったもの。暴れちゃいたくなるもの」
磔の十文字を発動済み、既に三人を蹴散らすつもりらしい。
「よ、依姫様~!」
「もうだめぽ」
「我が生涯に一片の悔い無し!」
「悔いたら?」
真っ二つ……なんてむごい事はせず、手前の地面を叩いて標的を吹き飛ばす。穴の開いた戦線を、藍色一行と紫が突破した。
「さて、言われた通りの仕事はしたげたけど?」
「九十五点よ。あと二秒速ければベストだったけどね」
「あんなのには当たりたくないよね~」
「それはそれとして、あの三人は先行させちゃって大丈夫なのかい?」
「避ける事に関しては私達より的確な判断が出ると思うわ。先行して注目を充分集めてもらったら、散開させて囮になってもらうわよ。万が一に綿月の妹と遭遇したら、攻撃力の高いあなた達は出来る範囲で温存」
「……あの三人の目的がその綿月の妹じゃないの?」
「緊急事態よ。ほとぼりが冷めたら思う存分にね」
流石に、スキマを開いて早々に捕まってしまうとは思って無かったしな。
「別に、妖怪が一人居なくなる位ならよくある事だし。ただの妖怪が捕まったなら容赦なく捨て置くのだけど……」
この言から考えると、紫は案外ドライらしい。
「捕まったのは、良くも悪くも幻想郷に多大な影響を出した妖怪よ。そのまま捨て置いて『置いてきました』なんて言ったらどうなる事やら」
「そこは皆強いし大丈夫でしょ」
「どういう意味で?」
「助ける事に関して」
「……嫌に心強いわ」
「そうでしょう」
自信たっぷりルーミアさん。安心感が違いますよ?
「そう言えばあなた、スキマは使わないの? それ使えば一気でしょ、結界跨いでるわけでもないし」
「帰りのスキマの用意の為に準備してるから、実質帰る直前まで使えないわ。足を止めて準備が出来ないし、時間もかかる」
「ふ~ん。まぁ、火の粉位は払ってあげるから」
「頼むわよ」
静かに頷いてスペルカードを大量に出す。
「小傘、紫の守護は任せるわ。小町は遊撃、フランは三人の取りこぼしを処理して頂戴」
「ルーミアさんは?」
「全部かしら」
黒鳥、十字架等々をフルコース。文字通り全部を一人でやってしまうつもりらしい。
「おいおい、あたい達の出番あるのかい?」
仕方無いなと、小町もスペルカード。
「縮地「遠キ遠カラヌ歩ミ」。遊撃、しっかり任されたよ」
そう告げた後、手前の地面に軽く一歩。スペルカードの能力で世界の距離が縮み、小町は玉兎の前に現れた。
「へ?」
「悪いね」
「ほぎゃぁ!?」
鎌の面で強打。そんな兎を尻目にまた別の場所に移動し、それを繰り返して次々に蹴散らして行く。一応、一人として殺してはいない。
「……小町やる~ぅ」
「小町の能力強いからね!」
「フランも大概だよ……じゃ、そろそろ行ってきたら?」
「はぁ~い」
フランが前に出たので、紫と小傘の二人きり。
「ねぇねぇ紫さん」
「何かしら」
「幻月って今どこに居るの?」
「……あの子?」
そう言えば、見当たらない。
「単独行動してるわよ。思いっきり……」
「え、大丈夫なの?」
「無茶してなきゃ良いけどね」
不安だ……
まぁその幻月だが、驚いた事に大暴れはせずに隠れながら様子を見ていた。
紫が帰りのスキマの準備をする前に別の場所に飛ばしてもらい、他の皆とは別の場所で潜入するらしい。
目立つ翼を背中にくっつけ、博麗伝統の脇出し巫女服を着た姿は異質と言うべきだろう。そんな彼女が未だに見付かっていないのは、本人の長年の経験から来た隠密能力と、強大な力を封印した霊夢お手製のお札だろう。
「……それにしても、警戒心無さ過ぎないかァ?」
幻月の言うことは合っている。彼女が廊下の突き当たりに隠れているにも関わらず、周回している玉兎は気付かずに通り過ぎてしまう。
何かを過信しているのか、単にやる気が無いのか。あるいは両方なのだろうか。
「まァ、なンにせよだな……」
適当に誤魔化しながら進む。見つかりそうになったら素早く襲って意識を狩る。そんな感じで進み、ふと外を見た。
「おォう、派手な花火だな」
月の都の遥か遠く、何かが爆発する様が幻月には見えた。並の視力では見えないが、並の妖怪では無いので余裕。
そんな並外れた視力が見たのは、蟻の行群を彷彿とさせる玉兎の進軍。ちょっと多い……ような。
「……あれが合流すると厄介か? しゃ~ね~なァ、そろそろヤるか」
懐をゴソゴソ漁り、お札を出してはコレジャナイとしまう作業。ちょっとの間立ち往生していると……
「あ~ッ!? 侵入者! 侵入者だよ!」
「なぁ~にぃ~!?」
「お、あったあった」
玉兎は無視。一枚のお札を取り出してみると、躊躇いも無く真ん中からビリッと言った。
書いていた文字は『封』をかなり崩した感じの物だ。まぁ、破いた理由を手っ取り早く言えば……
「おォ、鍋の素材チャンよ」
「「ははははははいぃ!?」」
今まで抑えて目立たなくしていた力の解放だ。所詮並から数本毛が生えた程度の実力しかない玉兎は竦み上がり、目の前の凶悪な物体から離れたいと考える。
しかし、その凶悪な物体からの指示がまだなのだ。下手に逆らって消されるより、そっちの方がほんのちょっぴりマシだと判断出来た二匹は果たして正しいのか?
「俺は今から暴れるが、死ぬと面倒だから気張って生きろや」
絶対に何かがおかしい事を行って、隣の壁をグーパン。地上のどんな金属よりも強固であろう合金製の壁はあっさり砕け、隣の部屋でサボっていた玉兎が現れた。
「て、撤退~!」
「やっちまったなぁ!?」
哀れなり。文字通り脱兎の如く逃げ出した玉兎には目もくれず、ただただ無秩序に破壊活動。
「さァて、どれだけ壊したら親玉は来るかねェ?」
殺傷能力の高い不可視のエネルギーは今回封印。あくまで自身の身体能力のみで、彼女は都の中核に殴り込んだ……
「到着到着!」
「あらほらさっさー」
「ハーイ! 一名様ご案内デース!」
「わ、わ、わ」
とある部屋の前になすすべも無く運ばれた藍色。途中にあった壁は金属質の飾り気のない扉だったのだが、この扉は多少の工夫がなされている。具体的には桃の花の絵が小さく書いてある程度のあまり目立たない飾りつけ程度だが、他の面白味の欠片も存在しない扉よりは大いに目立つだろう。
「それじゃ、この中で待ってて下さいね!」
「総員撤退~」
「ねぇ、ポーカーやろポーカー! 今日のおやつ賭けて!」
……自由だなぁ。
さて、いきなり運ばれて目の前の部屋に入れと言われても、どうにも入って良いのか勘ぐってしまうのは仕方の無い事だろう。
事実藍色も、いつものようにズカズカ上がり込まずに立ち往生している。ここであえて通路を移動し、逃げ出すのも一つの手。
使い損ねただけで能力が使えないわけでもないし、余程幸運の女神様にそっぽを向かれない限りは何とかなるだろう。しかしながら……
「お邪魔します」
藍色はあえて、部屋に入った。近付いただけで開いた自動ドアにビクッとしたが、とりあえず入って中を見渡す。
「来ましたね」
その前に、大きなソファに座る女性の対応が必要らしい。
「話を円滑に進める為に、先に申し上げておきましょうか。私は綿月依姫、月の都のリーダーのような立場です」
「……藍色」
「存じています」
……知られていたらしい。
「座って下さい、立ったままでは億劫でしょう」
「……む」
とは言われたもののこの部屋、座る為の家具がソファ一つしかない。やむなく藍色は、依姫の隣を陣取ってぽすりと座った。変にふわふわして落ち着かない。
「さて、何から説明しましょうか」
「聞きたい事がある」
「仮にも身柄を拘束している手前、全てを自由にするわけには行きません」
「聞きたい事がある」
「お答えする事は出来ません」
「聞きたい事がある」
「駄目です」
「聞きたい事」
「もう! 駄目だと言っているではないですか!」
あ、多少だけど素が出て来た。
「…………コホン」
「聞きた」
「分かりましたから、もう止めて下さい……」
「うん」
遂に折れた。そんなわけで、藍色は容赦なく質問を投げかける。
「あなたは私を知っているの?」
いきなり直球なのはさて置き、ね。
「……お答え出来ませ」
「あなたは」
「それはやめて下さい!」
もう泣き出しても良いんじゃないかな……
「その事を事細かに教えられるのは姉様だけです。詳しくは姉様に聞いてほしい」
どうも、依姫はあまり多くを語れないらしい。
「ですが、あなたはそれを含めて多くを知る事になります」
「多く」
「それを記憶するのに、あなたは躊躇わないと言えるのでしょうか」
「……どういう事?」
「私はあなたを知っているか。お答えしましょう」
依姫は、その藍の瞳を見詰める。
「よく知っていますよ。あなたが旅の妖怪という事、独自の思想を持つ事も」
「……あなたは」
「あなたは思い出を荷物と捉える」
多少厳しい言葉をさらっと告げ、怯まない藍色に対して追撃する。
「私達綿月姉妹があなたに持たせるのは、旅をするには大きすぎる荷物。受け取る気はありますか?」
「……大荷物?」
「そうです」
……どうやら、並々ならぬ物がそこにあるようだ。さて、どうする?
「今はやめる」
「そうして下さい」
安心の溜め息。
「一つだけ言わせて頂きますと」
「む」
「あなたはそろそろ、知るべき事なのかもしれません」
「……そう」
「以上です、他に質問は?」
「無い」
「分かりました。では」
ここまで言った所で、ズシンと部屋が揺れた。
「わ」
「む?」
サッと藍色を庇う体勢に入る依姫。正直謎の行動だが、彼女の事が分からない以上追及は出来ない。
そうこうしている間に二回目の揺れ。どうやらこちらに接近しているらしい。
「……私の後ろに」
「何故?」
「理由は言えませんが、私はあなたに傷を付けたくは無いのです」
そうこう言う間に、ほぼ隣の部屋で衝撃。多少戸惑う藍色を手で背中に立たせ、腰に下げていた剣を抜いた。
「……あ」
「ん?」
「この力」
言うまで待たぬ。と壁に大穴が空く。吹き飛んだ破片は奇跡的に二人から逸れた。
「おンなァ~心のォ~、未練~でしょォォ~……おォ?」
歌をノリノリで歌いながら破壊活動していた幻月。藍色と依姫に遭遇してしまった。
「おォ、藍色じゃねェか。何やってンだ?」
「対話」
「と言う皮を被った何かです」
「……分からねェからどうでもいいか」
投げたー!
「とりあえず俺が知りたいのはな」
依姫を指差し、口が裂けんばかりにニヤリと笑う。
「ソイツは敵だよな?」
あ、コイツ明らかに藍色ごと狙ってるな。
「……下がって下さい」
「む?」
「あなたをお守りしなければ、姉様に叱られます故」
理解が出来るような、出来ないような。藍色の状態はこの言葉が適切と思われる。
「丁度良いな、ソイツごとお前を攻撃しても良いんだろォ?」
「出来るだけ距離を取って、退路を無くさぬよう努めて下さい」
まぁ、一つ聞きたい事と言えば……
「どっちが味方?」
これに尽きる。
今日の幻想郷、場所は永遠亭の研究室。
「……材料が無いわね」
「取りに行きますか……と」
「今日は誰も居ないのよね」
「姫様は毎度のように暴れてるし、鈴仙は薬売り。てゐは……どこかしら?」
「まぁ、どこでも良いわね」
「今日は月が綺麗に出そうね」
「あの子達は元気かしら」
「まぁ、余計な心配ね。作業に戻りましょ」
今日も幻想郷は平和です。
そろそろ誕生日が近くなって来ました空椿です。誕生日のメインイベントはプレゼントよりケーキ派だったり。
で、月に襲撃かけちゃったわけですよ、ハイ。
綿月姉妹の性格ですが、やっぱり空椿なりに肉付けしています。原作と違うのは毎度でしょう。私は東方書籍を持っていませんし。
分かるとは思いますがこの二人、藍色を知っています。どんな関係かは待て次回、です。
で、豊姫さんに藍色が連れ去られたので……一行は当然連れ戻しに来ました。どうせだからと霊夢達も突入、幻月は何故かくっ付いてきました。
そして幻月は早速依姫と遭遇、藍色ごと攻撃を仕掛けるつもりです。そして敵側の依姫は藍色を庇いながら戦うつもりです。なぁにこれぇ?
ま、まぁ敵と味方の概念が迷子になるのはよくある事ですよね。ね? 次回もそんな調子の可能性がありますが、そんな感じで続きます。
さて、最凶の妖怪、幻月バーサス月の都のチート姉妹の妹、依姫。どちらの勝利となるのでしょうか? それとも第三者によって有耶無耶になるのか? 自由に想像してみて下さいな!
そんな調子で、今回はこれにてノシ