藍色と変化 道具は敵だ
今日も今日とて、平和なのかそうでないのか分からない幻想郷。藍色一行も相変わらずのノーテンキで歩き続けている。
先日の異変から早一週間。新たに加わった面々はもう幻想郷に馴染んだようで、天魔なんかは密かに文を手伝っているらしい。禍は放浪しているが。
文と言えば、目を覚ましたのはつい昨日だ。心身共に相当ダメージが大きかったのか、傷が癒えても中々起きなかったとか。これにはやりすぎたと、天魔も反省の色を示した。
起きてからもマトモに動けない文の手伝いを自ら請け負い、献身的に世話をする辺り相当かもしれない。おかげで椛は肩の荷が一つ降りたようだ。ただ、表沙汰に手伝えないのか難だとか。
と、ちょっとした変化を加えても結局はいつもの事。旅をする皆には特に変化が無いようだ。
唯一変わったと言えば……
「あ、八雲の狐め〜っけ!」
「げ!?」
藍色一行が追われる側から追う側になった事だろうか。とは言ってみたが、出会ったら積極的に戦闘を仕掛けるだけだ。あと、何も相手の事を全く考えないわけでもない。
「待て待て、今買い物帰りなんだ!」
「ありゃ、それは悪かったね」
「悪いと考えるならこの好戦的な奴らを止めてくれないか」
「荷物は預かるよ」
「だから止めようとしてくれ!」
「仕方ないよねぇ、一応雇われの身だもの」
残念無念。即座に藍の背中側に立ち、後ろから手を回して荷物を預かった。
「よ〜し! いっくぞ〜!」
「で、紫様に怒られるんだな!? 分かったよ畜生!」
「紫に話は通すわよ」
「なら良い。行くぞ唐傘!」
「切り替えはっや……」
藍も鬱憤は貯まってるのだろう、心底張り切って拳を振りかぶっていた。
「やれ、八雲は式のガス抜きもしないのか」
「忙しくて出来ないんでしょ。小傘にもそれとなく八雲亭に誘導してって言ったし、藍の荷物だけは守って……藍色?」
「あぶらげが多い」
流石狐、油揚げが好きなのだな。とりあえず、最も大事な所を言い忘れていたので説明しよう。
藍色が出掛けられずにイライラして、永遠亭の着物を一着掻っ払うかもしれないという時。咲夜が藍色の衣装を持ってきてくれたので問題無く出発出来た。その衣装だが……
「あぶらげ?」
「あぶらげ」
「油揚げ」
「あぶらげって何か可愛い!」
「そうかしら……」
分かり易く言えば、モデル紅美鈴。ご丁寧に帽子までお揃いにした。勿論カラーリングは藍だ。
勿論帽子の星もちゃんとある。せっかくなのでと字も『藍』。本当は美鈴が『龍』なので、合わせて『虎』にする予定だったが、寅丸星の事を思い出してやめたそうな。だがこのこだわりはよくやると思う。
さて、小傘と藍のぶつかり合いを歩きながら見学しつつ、自身の能力の使い方を考える。藍色曰わく、普段から考えていれば案外思い付く。
とは言え、これ以上広げて一体どうするのだと言えてしまうのがアレだが。一行は充分過ぎる程に強くなっているし……
「あれね、たまには全力で戦いたいわ」
「ルーミアが全力出すと不味いだろうさ」
「分かってるわよ。でもねぇ」
「小傘やフランは不完全燃焼な部分がある」
「う……」
バレて〜ら。フランは変に全力を出すとやりすぎる可能性があるので迂闊にフルパワーになれず、小傘は能力を悪用すると一方的になりかねないので自重が必要なのだ。
しかし、そんな闘志の炎を充分に燃やせない戦いは一行的には宜しくない。多分、その辺りは八雲メンバーも同じ考えを持っている。
が、打開策は無い。こういうマジの強者が本気で戦えば幻想郷の基盤である博麗大結界の大破、又は地形の崩壊が発生するのは想像に難しくは無い。
だからと言って、別の世界で心置きなく……と言うのも難しい。下手をすればその世界が崩壊するだろう。何より、先日結界を修正したばかりなのだから出るのも厳しい。
「やっぱり紫に要相談かな。空間とかに関する事ならルーミアより詳しいだろう」
「かもね〜」
「あら、それなら私も負けないわよ」
力はともかく、知識量ならお互い張り合えるレベルだからな。
「そう言えばさ」
「何?」
ちょっとコレ関係無い話何だけどね、と前置きを入れてから。
「今日は藍色静かじゃないかい」
「む」
「まぁ確かに」
「どうしたの? 考え事?」
「少し」
口数が減る程に考え込むのは珍しい。
「何事?」
「最近行く所が無いから、考えてた」
「確かにどこも彼処も言った所ばかりだね」
まぁ、大体歩き通したからなぁ……
「どうせ紫に会うから、良い場所の情報を教えてくれるようにお願いしたら?」
「ん」
「と、言うわけで知恵を貸してほしいのよ」
「厄介事と相談事とお願い事を一度に持ってこないでくれる?」
ボロボロになった藍の手当てをしながら、あからさまにげんなりした顔をする八雲紫。同じくボロボロになった小傘を手当てするルーミアは苦笑いを隠さない。
ちなみに、藍色はその場に居るが静かなだけで、フランは橙の所に。小町は縁側で昼寝。
「……まあ、一つ一つ消化しましょう。知恵を貸す必要があるか謎だけど」
「紫様、包帯巻いた事無いんですね」
「ウルサいわね」
「紫のはぢめて。クスクス」
「ルーミア」
「……はいはい」
藍色に言われて、弄るのは止めた。紫は顔が赤くなっていたのでした。まる。
「まず相談事の件だけど、私達が本気で戦える場所の案は既にあるのよ」
「あれ、解決?」
「ただ、一人だけ仲間外れになるわよ」
「……それは何故?」
「場所が夢の中と言えば分かるでしょ? 眠らない妖怪さん」
藍色ですね分かります。
「夢の意識の境界を操って夢の中での行動を可能にした上で、複数人の夢をリンクさせる。後は夢に干渉してルールを作れば、舞台の完成よ」
「ほ〜、夢の中とは思い付かなかったわ。流石ねぇ」
「まぁ、夢の中とあって藍色の参加が難しいのよ。本人を直接夢の中に飛ばしても良いけど万一の事故が、ね」
現実世界に影響が出ないのなら、全力攻撃や殺す気満々の攻撃がこれでもかと飛び交うだろう。流石に、そんな中に突っ込ませるのは危険にも程がある。
「だから今の所は無理だと考えて頂戴」
「そう」
「まあ、藍色が遠慮」
「良いよ」
早いな!
「……まぁ、どの道また今度ね」
「うん」
その時藍色は何をするのだろうか……
「旅の行く宛は……場所で伝えるのは難しいわ。多分大体歩き回ったでしょう」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「他に藍色が行かなさそうな場所なんて無いもの。だから人物がメインかしら」
「あ、人物なら一人探してるのが居るのよ」
「へぇ?」
いつかはたてが念写した写真を出したルーミア。神子が『コンガラ』と言った人物の写る方だな。
「……これはまた」
「知ってる?」
「勿論。でも、多分会うのは難しいわよ」
何故と問う前に、紫が先に答えた。
「この人物は先代博麗の巫女が戦った者の一人ね」
「何か知らない? 具体的には居場所とか」
「常に放浪してるから多分会えないわよ」
早速これだよ……
「ただ、生き物の気配のあるような場所にはほぼ現れないわ。もし探すならそれを踏まえて探しなさい」
「ありがとう」
「はいはい」
それでもちゃんと答えてくれた。
「そういえば紫様」
「ん、何かしら」
「幻想郷内でスキマを使う分には障害は無いのですよね? 最近使いませんけど……」
「そうなの?」
「そうね、使わなくなったのは自覚してるわよ」
何故? と聞くと……
「旅をするように歩くのが好きになったのよ。誰かさんの仕業でね」
「ご主人様だね」
「正解」
「む」
藍色のスキマ制限が影響したのだろう。
「やっぱり藍色は、誰かに何かしら影響を与えて行くのだな」
「そうねぇ。紫は特に影響が大きいわ」
「確かに、最近は家事も自分で済ませるようになりましたし」
「あ、あれはね」
「コレのせい?」
スキマ専用の式を取り出す藍色。
「ひっ」
「ひって……」
思わず藍の陰に隠れた紫。ちなみに、紫の方が背は高い。
「相当トラウマなのね〜、うりうり」
「ちょ、やめ、近付けないで!」
藍色の腕を持って紫の方に伸ばすルーミア。藍色は特に気にしてないようだが、紫に盾にされている藍は困った顔だ。そしてなんと。
「ら、らぁぁぁん……」
「ちょ、紫様?」
「……ごめんなさい、まさか泣き出すとは……」
もう遊びで持ち出すのは止めよう。そう決めた。
「ねぇ藍、他の皆はどうしたの?」
小傘が何とか話題を変えようと試みる。
「あの三人か?」
「うん」
「……一時帰省、と言った所だな。勇儀と夢子はまだ紫様との行動を続けたいと言うから戻ってくるらしいが、星に関しては毘沙門天代理としての使命を疎かに出来ないらしいから、おそらく星との旅は終いになるだろう」
「あら、星は抜けるのね」
「五人でする旅が一番という気持ちがあるな」
「……そうなんだ」
「私も星は中々好いていたんだが……」
残念そうな顔をするが、仕方ない事だと言う藍。その表情に対して、三人は何とも言えない。
「私は星は苦手」
「ご主人様は星と根本的な部分が合わないみたいだね」
「流水と岩みたいな物よね」
どんな例えなのか。
「まぁ、たまに会いに行けば充分さ。それで良い」
「……そ。あなた達がそう言うなら何も言わないわ」
これ以上、話す事も無いだろう。頃合いと感じた藍色は口を閉じた。
「……よし、終わったわよ」
「包帯巻くのは良いけど、能力でちゃちゃっと治すのはダメなの?」
「薬師が良くないって言ってるし、緊急時以外は避けるようにしないと。私より身体の構造に詳しい相手の言う事なんだから」
「ふ〜ん」
「……紫様、続きはまだですか?」
「え、あ、ごめんなさい」
「やれやれ」
涙を拭いながら、包帯巻きの続きをする紫。
「そうそう紫、しばらく此処でゆっくりさせてもらうけど……」
「好きになさいな。悪戯しないのなら」
「しないよ」
「そう。今は何も無いけど、それで良いならゆっくりして行きなさいな。」
「お邪魔しま〜す」
屋敷の中にある大きな庭で、植木等に止まる鳥達が仲良く合唱している。一時は鳥を狙っていた猫は、心地良い音色に気を良くしたのか、陽の下に転がり昼寝を始めた。
鳥のそばで歌ったり、眠る猫にちょっかいを出したいという気持ちは、知識はあれど経験の無い子供には魅力的な物に映る。
残念ながら、それらはただでは叶わない。少女は日傘を持たねば、それらの下に行けない。
猫を傘で影に入れ触ろうとするが、光を遮られた猫は不機嫌になり場所を変えた。鳥の止まる木に近寄れば、大きな傘に驚いた鳥は飛び去った。
ふと、光の元に手を出す。感じたのは暖かさではなく、猛り狂う炎の中に手を入れたかの如く。我慢が出来ずに引っ込めたその手を、傘を持つ手で抱く事もままならない。
生き物達が最も元気になる昼。その昼から敵と見なされた彼女は、誰よりも遊び足りないと感じるのだろうか。
「動物は好きかい?」
「あ、小町」
日に焼けた右手をヒラヒラさせながら、フランは小町を傘に入れた。身長差故か狭いが、相合い傘も窮屈さも小町は気にしない。
何故か分からないが、日傘を差すフランと話す時は相合い傘になるのが、最近の一行のお決まりになっている。切っ掛けは多分、フランが小傘の唐傘に入って話していた事からだろう。
「好きだよ! 猫、犬、鳥。可愛いもん」
「ほ〜。あたいは猫が好きだね、自由気ままで」
「中々言うことを聞かないから小町みたい」
「ちょ」
クスクス笑う。笑われる側である小町も、やかて釣られて笑い出す。
「好きだけど、中々触らせてもらえないの」
「動物は警戒心が強いからね。図太い奴じゃないと近付かせてやくれないよ」
「狐は触れるよね」
「ありゃ人の式だって」
「妖怪」
「おっと、そうだった」
和やかな雰囲気で話す二人。
「さてフラン、右手に包帯を巻く為に一度戻ろう」
「あ、忘れてた」
「自分の怪我に鈍感なのは駄目だよ。ほら、行くよ」
「はぁい」
相合い傘のまま屋敷に戻った。庭に人影が消えたのを良い事に、野生の鳥達はまた集まって歌い始めた。
果たしてこの中に、先程の猫が戻って来てない事が分かっているのは何羽居るのだろうか。
そして一刻。同じ庭に異変が起こる。
「あいやしばらく」
鳥が飛び立つ暇すら遅いと言うが如く、気が付けばそこに居た彼女は鳥に問う。
「この辺りで、晴れの日と言うのに傘を差す少女を見かけませんでしたか?」
それでも鳥は逃げる事などせず、小さく鳴いて返事までする。
「ここに居ると? あやや、これは好都合。では失礼」
風の音はしなかった。そこから消滅したように女性は消え、変わらぬ自然と鳥だけが残る。
鳥達は歌う、先程の出来事も日常と対して変わらぬ事だと。何てことは無い。ただ仲間が一羽飛んできて、人を尋ねてからまた飛び去っただけだから。
そうそう、天子一行を覚えてるだろうか。天子、衣玖、萃香の三人のトリオ。あちらも藍色一行のように旅歩きをしているのだが、どうやら旅先が重なったらしい。
「ん、衣玖さん?」
「ご無沙汰しております」
「あら久し振り。天人と鬼は?」
「お二人とも、八雲の所に」
つくづく思うが、本人が目の前に居ないと大抵、名字やら種族やらしか言わないよなぁ。藍色も『紫』と呼ぶのは珍しいし。
「大丈夫かしら、八雲と天人って仲悪いんでしょ? 例のアレで」
「……博麗神社破壊?」
「そうそう」
「まぁ、仲直りの為ですよ」
出来るのか? 当時物凄い険悪だったらしいが……
「そうそう、あの天人はちゃんと友達作れてるの?」
忘れたとは言わせない。友達百人作る約束は別に無効になったわけでは無いぞ。
「……前途多難、しかし成果は出ていると言いますか。本人が気難しい性格をしていますし」
「随分丸くなったと思うけどね〜」
「そうですね。最近は変に地位を振り回す事も無いですし」
幻想郷での偉いってなんなんだろうな。
「さて、誰の影響でしょうか」
「……私?」
「自覚があるようで」
いつも言われているもので。
「何故こうも影響してしまうのでしょうか?」
「ご主人様には不思議な所があるんじゃないかな」
「この幻想郷で不思議って言われてもね……」
「今に始まった事じゃないけど」
「言わないで」
藍色……
「で、今友達何人?」
「……コメントは差し控えます」
「先が思いやられるわねぇ」
もう気にしない事にした。と、話題に困り始めた頃。二つの出来事が。
「しばらく振りに運動するから、鈍ってるかもしれないわ〜」
「あらあら、以前私をボッコボコにしたくせによく言うじゃない」
「それは弾幕ごっこの方でしょう、死合いは違うわよ」
と、口でぼやきつつ八雲邸から離れる紫と天子の姿が。後を追うように、霧が空に上っていった。
「お、血みどろの死合いの香りがするわ!」
「……全く、天子様は」
ルーミアと衣玖が、各々の気持ちに従い行ってしまう。残された二人は……
「……天子様?」
小傘は相変わらず、天子の呼び方に疑問を抱いているようで。藍色は、誰かの接近に気付き向き直っていた。
「藍色〜、あんたに客人……ああ、居た居た」
小町か。鎌は持ってないが、案外背が高いので存在感はバッチリだろう。
「客人?」
「わざわざ訪ねてきたらしくてね。待たせてるから急ぐよ」
「む」
「わわ、待って〜!」
やって来た小町に連れ去られた。はてさて、どちらを見るべきか……
と迷っても仕方がないので、先に紫の方を見る事にしよう。八雲邸から割と離れた名も無き平地に二人は降り立つ。
「さて、あなたと死合いするのは初めてかしら」
「そ〜ね。言っとくけど、私はあなたみたいにドップリとハマってるわけじゃないわよ?」
「別に良いわよ。お互い運動になれば」
この辺りで、萃香やルーミアが到着。二人はちゃんと気付いていた。
「はいはい。観客も要る事ですし、始めましょうか」
「合図は?」
「要るの?」
「要らないわ」
そう、と紫は呟いた。スキマを少し開いてそこに立ち、まるでスケートボードのようにして見せる。
対する天子、紫のそれを物欲しそうな目で見ている。
「良いわね。私も乗り物欲しいかも」
衣玖みたいに自由に空を飛べるわけではないし、そう言うのを欲しがる理由としては充分かと思う。
「そんなに飛びたいなら、衣玖の羽衣でも借りたらどうだい?」
「え?」
「鬼さんは黙ってなさいな。ハイ、初めて良いわよ〜」
外野の戯れが収まった所で、二人は改めて構える。顔を丸々隠せる大きさの扇と、気質の霧を萃める緋想の剣。それらの持ち手の顔は飄々としているのだが、手に持つ獲物は既に敵意を剥き出しにしている。
合図になる物は無かった。だからこそ、天子は自由に先制を仕掛ける。
「剣技「気炎万丈の剣」!」
バチリ、と音が鳴った。
緋想の剣をめったやたらに振り回す。紫は扇を閉じて、正面から迎え撃ってやる。三度、四度と音が響き、八を聞いた瞬間に座っていたスキマに消えた。力強く踏み込んでの薙ぎ払いは空を斬るが、上空に現れた紫はしっかりと捉えていた。
「次! 天符「天道是非の剣」!」
静電気のように、電気の音が鳴り響く。
緋想の剣を空に向け、強く強く跳んだ天子に対して、紫は尚も防御を行う。が……
ぐん、と剣が伸びた気がした。誰かさんのせいで研ぎ澄まされた勘が、体に仰け反るという行為を強制させる。
真上に通り過ぎた天子は舌打ちをしつつも笑い、こちらに向き直って何かを放った。要石だ。
「やってくれるじゃないの」
それはスキマに吸い込ませ、上空の天子を見つめる。
「でも、猪のように突進してくるだけじゃぁ駄目よ?」
ゴッと音がなり。ふぎゃっという声と共に天子は地面に落ちた。先程自分が放った要石は、スキマを通って後頭部に帰還してきたようで……
「……雨?」
と、ここで急にパラパラと雨が降り始めた。空には燦々と太陽が輝いているのに、だ。この状況を、紫はすぐさま理解した。
「成る程、私の気質ね」
先の天符「天道是非の剣」の防御に失敗した理由に、これが含まれると推測する。
何せ、紫の気質によって発生する「天気雨」は、「防御が怪しくなる程度の天気」。それによって自身の防御を危うくされたとしてもおかしくは無い。
ならば、とばかりにスキマが走る。空をまるで、斜面を滑るかのように飛ぶその速度は、目視は許されるも追い付く事叶わず。
「最初から防御なんてしなければ良いのよ」
流石に自分の気質だけが現れるとは思ってないが、当分変わらないだろうしそれで良いのかもしれない。
紫が通った場所に大量のスキマが開き、そこから弾幕が散弾の如く現れる。目が眩むような恐ろしい数だが、天子は臆する事無く踏み込んだ。受ける、止めるという行為はしないようで。
「流石ね、面倒な戦い方は十八番かしら」
「褒めても弾幕しか出せないわよ?」
突然急停止し、乗っていたスキマに消える紫。と思えば天子の背中にスキマを開き、まだ痛む後頭部を扇で突く。天子は反撃を試みるが、丁度真後ろには手が届かないようだ。
「うぎぎぎぎ……」
「悔しいなら新しい事でも見せて頂戴な。どうしても藍色と比べて、退屈になってしまうわ」
「うるさいわね、アンタみたいに慣れてるわけじゃないのよ!」
ああもう、と叫んで地面に寝転がる天子。スキマの入り口が地面とキスしてしまったので、紫はスキマを閉じて出て来た。
「そんなに新しい事が見たいなら、見せてやるわよ!」
寝転がったまま気質を集め、天気を無理矢理に変える。雨はなりを潜め、変わりに主張してきたのは……
「ちょ、ちょっと?」
闇。一辺の光すら届かない暗黒だ。
「何よこれ?」
「ルーミアの気質。たっぷり余ってるから、少し分けてあげるわ」
見えなくなる前に、あらかじめ準備していたそれを宣言した。
「「全人類の緋想天」!」
紫の場所は声で判断したらしい。
直撃したような音はしなかったが、何かが擦れるような音はしたので寸前で避けられたと分かり、二発目……の前に出方を窺う。闇雲に放ってもただの隙にしかならないし。
蛇足だろうが、この闇の中ルーミアは二人を認識している。流石の闇の妖怪と言うべきか……
さて、動かずに紫の出方を見る天子だが、当の紫は状況打開の為に妙な事をした。
「隙間「ガラクタの無い雨」」
ルーミアのみ目視が出来るので、何をしたのか分かるのは本人とルーミアだけ。空を埋め尽くす程の大量のスキマが開き、そこから弾幕が雹の如く降り注いでくる。
ただ雹よりある意味恐ろしいのが、弾幕どころかナイフやお札、折れた標識や固そうな小箱、果ては金盥や隕石、ヂヂヂと音を鳴らす髑髏の書かれた球体などという、色んな意味で馬鹿げた物まで降って来ている。
「どれもイマイチ使えない奴ね」
「……ルーミア、私に言われても見えんよ」
「あら残念」
と言ってる間に、それらが動くに動けなかった天子に爆撃された。
ガコンやらグワッシャやらカーンやら、もう言葉に直すのも難しい音がそこら中に響いた。多分、萃香辺りは見えていたら大爆笑だろう。
「ちょ、ちょちょちょ!? 何コレ!」
「ああ、そこね」
声で居場所を把握。スキマに乗って空を走り、自らのスキマから出ている物を避けながら天子に突撃し、擦れ違いざまに扇で強打した。
だが、しかしだ。打撃によって下がった頭をグインと上げ、ほくそ笑んだ。
「ちゃんと来たわね?」
「うッ!?」
とにかく耐え忍んで得たチャンス。逃す気は全く無い。懐に隠していたスペルカードを宣言。
「剣技「霧中上等の剣」!」
気が高ぶり、体が動き出す。周辺に対して剣を闇雲に振り回すだけのそれは、それでもただ薙ぐよりも圧倒的に早かった。
危険を察知し、逃げを決めた紫より速く。剣は足元のスキマごと、二〜三度切り裂いた。
闇が晴れる。ハッキリした視界に映るのは、大量のガラクタの中心。地面に這い蹲る八雲紫と、それに対して緋想の剣を突き付ける比那名居天子。
「ほら、新しい事してやったわよ。あなたは何を見せてくれるの?」
「……あいたたた」
起き上がる、という行為をしない紫。空を見上げながら、ハァと溜め息一つ。その空には極光が輝き、より自分ではないもう一人を輝かせている。
「相変わらず何が起こるか分からないわね」
「死合いなら今更でしょ?」
「そうね、だから楽しいのよ」
そして紫は口を閉じる。急に静かになった戦場で、八雲といえどこんなものかと多少幻滅した天子が、意識を刈るべく緋想の剣を振り下ろ――――そうとして、気付く。
少し離れた所で、ヂヂヂと音を鳴らす物体に。
「は?」
あからさまに怪しい物体は突如爆発。倒れていた紫はともかく、死角から意表を突かれた天子はモロに衝撃を頂戴した。
「うおおぅ!?」
が、流石天人。大したダメージは無いようだ。そんな天子を視界にも入れず、立ち上がった紫はガラクタの仲から何かを漁る。
「ふむ」
箱型テレビを片手で掴み上げ、振り向く事無く天子に投げる。ガシャンという音と共に悲鳴が聞こえた。
「これはまた」
今度は折れた包丁だ。落ちてきた時にやられてしまったか? まぁ、どのみち天子に投げた。可愛い悲鳴が聞こえた。
「あらあら」
多分、コタツの机の部分になる板。フリスビーのように投げつけ、これも投げた。ガキンという音が聞こえた。
「隙間……あんたねぇ……」
屈辱なのか怒りなのか。板を真っ二つにした天子は、幽鬼のようにゆらりと立ち上がる。
「ほら、次は何を見せてくれるの?」
また何かをポイと投げる。
「るさいッ!」
頭に血が上っている天子は、それをよく見る事も無く切り裂いた。瞬間、白い煙が天子の視界を隠す。
「ちょ!?」
「小麦粉よ」
シュッと何かを鳴らした音。そのまま目眩ましに戸惑う天子に何かを投げ……
白い霧が燃えた。
驚きで声を上げる間に腹に蹴りが入り、がら空きの額を傘で突いた。天人は頑丈とは言え軽いので、容易く吹き飛ぶ。
「本当、何があるか分からない。ガラクタ使って戦うなんて夢にも思われないでしょうね」
天子は普通に強い。気質という物を扱える上、剣技も上等とくれば紫が真正面から張り合うのは正直難しい。だからこそ、紫は即興でスペルカードを作り、搦め手を駆使して勝敗の不確定要素を生み出したのだ。
そして現れたガラクタの山の中、勝利の為に使える物を使いそれが結果になったのだろう。流石に、こんなガラクタ遊び紛いの行動を予想出来るとは思わない。
閉じていた傘を差し、手に持っていたマッチを捨てた紫。ガラクタを戦いに組み込むという、考えついてもやらないような戦いは見事に成功したのだった。
「さて、運動したから帰りましょうか……あら?」
だが断る、とばかりに何者かによるガラクタの投擲。すいと避けて確認すれば、底の凹んだ金盥と判明する。
では投げつけた人物は? それは簡単、闘志剥き出しの天子です。
「待ちなさいよ。ガラクタ遊びなんて楽しい事、やらかしてくれちゃってまぁ」
手には玩具の癖に尖ってる剣と、信頼と実績の落とし蓋。緋想の剣は腰に下げている。
「私にもやらせて頂戴な。アンタは的ね」
「あら、不良娘も面白い事を言い出すのね」
でもソレ私のよ? と呟きつつ、壊れきった傘の骨組みを拾ってみる。
「あなたは普通に戦った方が良いわよ、多分」
「あなたみたいに胡散臭い戦いもやりたいのよ」
やれやれ。と紫は呟きつつも、多少乗り気な自分に呆れていた。
そのまま戦闘が再開されたのだが、観客が今にも乱入しそうな雰囲気なのには気付いているのだろうか……
「宴会」
「はい、妖怪の山にて宴会をですね」
「天狗さん達がやるの?」
「そうですよ。射名丸文復活祝いとかなんとか言って、結局は理由をつけて騒ぎたいんでしょうね」
文……ではなく天魔による連絡。宴会の日付は明後日だとか。
「何で天魔が来たの?」
「文が個人的に呼びたいと。マトモに動けるのはまだ先なので、今回は私が連絡を務める事に」
「……酒は……」
「ご安心を、藍色一行は会場から離れた場所で、本人が持て成します」
主役が抜け出して良いのか? という質問は、天魔がニコリと笑う事が返事となる。影武者か……
「どうでしょう?」
「誘われてるなら行きたい」
「承りました。ではそのように伝えます」
「よろしくね〜」
と、伝えるだけ伝えて消える。場所に関してはまたいずれ、といった所か。
「明後日の行き先ら決まったね。でも当面はどうする?」
「妖怪の山周辺を歩く……かな?」
「うん」
「じゃ、あたいはルーミアに伝えてくるよ。また後でね」
「は〜い」
行き先決定。宴会で何が起こるのか、今から少し楽しみな少女三人であった。
蛇足だが、小町は箒で天子の緋想の剣と紫の扇を同時に捌く闇妖怪を目撃したが、きっとそれは些細な事であろう。
今日の幻想郷、場所は仙界。
「布都」
「む、何じゃ屠自古」
「お前、人里に行く気は無いか?」
「何故太子様の命以外で人里になんぞ行かねばならぬのだ」
「お前の一般常識に欠ける頭に説明をしてもキリが無い。行くのか行かないのか?」
「少々気に障るが、我はお主には寛よ」
「ゴチャゴチャ言ってないで答えろバ解仙」
「……我を人里に行かせたい理由とは如何なる物か? それを聞かねば答えられぬ」
「鈴奈庵なる貸本屋があるらしくな。そこで本を借りてきてほしい」
「成る程、お主の姿では行けぬからか」
「だからこうやって頭を下げて頼んでいる」
「下げたか?」
「一秒だけな」
「一秒たりとも、の間違いではないか?」
「で、行くのか?」
「良かろう、お主の為に向かうとしよう」
「知らない親父にはついていくなよ」
「道を尋ねる位は良いではないか」
「小銭は持ったか? 人里の場所は分かるよな?」
「お主は我を何だと思っておるのだ!?」
「阿呆の子」
今日も幻想郷は平和です。
うちの屠自古は口が悪い。どの位悪いかというと、最後の今日の幻想郷位悪い。そんな天色の空椿です。
今回、文を捻り出すのに苦労しました。最近は首が回らなくなってる感が否めませんし、そろそろ何とかしないといけないかも分かりません。
ただ、筆を折るという最悪の事態にだけはならないようにします。それをしたら本格的におしまいになってしまいますし。
さて今日の一行ですが、今回は藍色が多少大人しかった感じですね。藍色の戦闘シーンがあれば良いのですが、今回は無いです。次回も無いです。
正直、そろそろネタ切れが迫って参りました。同じ事を繰り返すのもアレなので、宴会が過ぎたら念願のあの場所に一行を連れて行きます。
どこかって? それは秘密ですが、気持ちの良い位の強敵との戦闘シーンをそこで書けると思います。頑張りますよ!
さてさて、四月朔日@春夏秋冬.comさん、EastNewSoundさんお賽銭ありがとう御座います。最近お賽銭使えてないけど、しっかり確認してますよ!
それと、神社が既に埋まっているのを何とかしようと思います。
さて、そんなわけで今回はこれにて。ではノシ