藍色と天狗 ネタ不足は敵だ
白狼天狗の犬走椛は、以前に見たような藍色を見かけた。とりあえず追い返す為に現場に急行。
「藍色さん」
「う?」
話しかけたら反応してくれたので、注意を促す。
「この先は妖怪の山です。引き返し」
「嫌」
断られた。
「……お願いですか」
「嫌」
強情な……
「進まれたら私が怒られるんです!」
天狗の上司は大半が口うるさい。中には数時間は説教を続け、その後3ヶ月は遭遇する度にネチネチと言ってくる奴がいる。
「そう」
尚も進もうとする藍色を頑張って止めようと必死な椛。
「……怒りますよ?」
「どうせあなたは怒れない」
藍色が呟いた。確かに嫌な感情はたまるが、それが怒りに転じない。
「え……あれ?」
困惑する様子の椛の横を抜けてまんまと侵入。椛もすぐに追いかける。
「全く、どうしてそんなに入りたがるんですか?」
「私が入りたいから」
そんな理由で入ったのか……
「あ〜あ……また怒られる……」
体全体で落ち込む椛。尻尾は力無く垂れている。
「怒られなければいい」
「簡単に言いますね」
「簡単だから」
「え?」
理解する前に言葉を続ける藍色。
「怒られる確率を下げた」
「は、はぁ……」
どうやったかはよく理解はしてないが、怒られないならいいか……と、意識を切り替えた椛。
「折角なので、どこか案内」
「いい」
相変わらずの即答。そういう人だと椛は思った。
「お仕事、いいの?」
「私の能力が能力ですから、別にあなたにつきあってても大丈夫」
「そう」
そんな最低限の会話を続けていた時、2人の間に黒い風が割り込んだ。
「どうも! 清く正しい新聞記者、射命丸文です!」
藍色が嫌そうに表情を歪めた。椛も眉をひそめてその場に静止する。
「突然ですが」
「嫌」
「聞きもせず!?」
登場から撃沈まで十秒も無かった。流石は幻想郷最速、撃沈も最速だ。
「そう言わ」
「嫌」
しつこい文を放置し、更に奥へと進む藍色。
「むう……」
やがてなにかピンと来たのか、藍色を指差す。
「それなら、弾幕ごっこで白黒つけませんか?」
藍色は新参者→弾幕ごっこ初心者→勝てるかも。みたいな式が成り立ったのか。確かに外れではないが……
「無理。スペルカードをまだ作ってない」
「あやややや……」
これじゃあ出来ない。弾幕ごっこも取り下げられた。
「これでは取材が出来ませんねぇ……」
勝負に勝つ事を前提に物を言っている。どんな勝負にも勝つ自信があるらしい。
「そんなに取材がしたいなら駆け比べでもしたらいいんじゃないですか?」
椛の呟きに目を光らせた文。
「椛! ナイスです!」
「えぇ? あ、ありがとうございます……」
急に言われたので硬くなってしまった椛を放置し、藍色に向き直る文。
「いかがですか? 駆け比べ。私得意ですけど」
「いいよ」
なんと許可を貰えた。文は勝利を確信し、椛は頭を抱えた。
「じゃあ、私が」
「逃げてね」
「えっ」
突然のお願いに拍子抜けしたが、かえって勝率が上がったなと思いそれを受けた。
「では、行ってきます!」
の一言で空に消えた文を見、呑気に数を数える藍色。
「大丈夫なんですか? あれでもあの人、幻想郷最速って言われてるんですけど……」
「問題無い」
最後まで数えきった藍色が答えた。
「私に勝てるのは、強運の神様だけ」
そう言い、ふらりと歩いていった。
「本当に大丈夫ですかね……」
と言ってももう遅いので、近くの木に寄りかかって2人を能力を使って見る。妖怪の山を縦横無尽に駆け巡る文と、マイペースに歩いている藍色。
それじゃあ絶対に勝てないと思いつつ見ていると急に文が地面に落ち、いつの間にか真下にいた藍色がナイスキャッチ。椛の所に戻ってきた。
「何が起きたんですか?」
早速文と藍色に問いかける椛。答えたのは文だった。
「急に翼が動かなくなって墜落しました」
なんとも簡単な答えだ。
「あなたの勝率を下げたらああなった」
「最強じゃないですか」
椛の率直な感想に答える藍色。
「最強だって最弱に負ける」
「そりゃあ可能性的にはあり得ますけど、限りなく低いですよ?」
「でも、確率はゼロじゃない」
強情な藍色。椛は論破を諦めた。
「じゃ、取材は無し」
「負けちゃいましたからね、従いますよ……」
でもかなり悔しそうな文。藍色はそれを一目も見ていないが。
「……次こそは負けませんよ」
「そう」
そして何故か藍色一行に文が加わり、ただただ直進していくと……
「あら、こんにちは」
「こんにちは」
くるくるくるり。鍵山雛が偶然にも通りかかった。
「なんだか賑やかね」
「気がついたらこんな事になりまして……」
椛が会話に応じた。藍色は文を睨んでおり、文の手にはペンが握られていた。
「バレましたか」
「うん」
残念無念。
「なんでこんな事に?」
「そちらの藍色さんに山に侵入され、私がついていってたら文さんが割り込み、一悶着あって現在の状況です」
「ついてこなくていいのにね」
椛が言い終わった辺りで藍色が割り込む。
「私は退屈でしたから」
「取材が駄目なので"密着"取材です」
どう考えても屁理屈です。と椛が言っても聞かない文。藍色は無視を決め込んだ。
「面白そうね。今度お話を聞かせて頂戴」
「うん」
雛のお願いをオーケーした。椛との差は何なのだろう。
「じゃあね、藍色の妖怪さん」
「ばいばい」
くるくると去っていった雛を見送り、藍色はまたのんびり歩き出した。
「で、そのペンはいいんですか?」
「私がいいからいいんで」
「私が駄目」
藍色に一蹴され、渋々ペンを隠した文。数分後にはまた持っているのだから懲りてない。
「川?」
「川ですね」
「川か……」
見事に揃った一行の声。確かにどうみても川だが。
幻想郷で川と言えば河童。河童と言えばエンジニアである。機械に水はまずいだろうとかは考えてはいけない。
「に〜とり〜」
椛が川に向かって叫ぶと、水の中から緑の帽子が現れた。
「なんだい?」
毎度おなじみ、お値段以上の河城にとりである。
「こんにちは」
「お、はじめましてこんにちは。河童のにとりだよ」
「藍色」
握手を交わす藍色とにとり。椛は黙って見つめており、文は文花帖にペンを走らせようとして藍色に睨まれている。
「今日は文もいるんだね」
「藍色さんに密着取材中です」
「あなたは……」
懲りない上司に呆れかえる椛だった。
「今すぐ止めないと翼をもぐ」
藍色に恐ろしい脅迫をされ、顔を青くしながら文花帖をしまう文。どんな痛みかなんて想像もしたくない。
「まあいいや。うちの自慢の機械見てく?」
「うん」
「……まあ、此方を取材しますか」
全く懲りてない。
「もう……」
もう私では止められない、と諦める事に決めた椛だった。
「沢山あったね」
「そりゃあ毎日作ってるからね」
が、光学迷彩スーツ以外はどこかしら欠陥があって危なっかしかった。
「一週間前より増えてたなぁ……」
さり気なく呟く椛。一週間前はどれくらいだったのだろうか。
そして文は高速でペンを文花帖に走らせている。河童の機械でも新聞に載せるのだろうか?
「またきなよ。今度も何か見せてあげるから」
「うん」
ここでにとりと別れ、川を越えてまた歩き出した一行。文はネタが手に入って満足そうである。
「じゃ、新聞を作りますか。行きますよ〜」
「え? ちょ、え!?」
腕を掴まれた椛。新聞作りを手伝うのは強制のようだ。
「そんなに急ぐ必要があるんですか!?」
「新聞のネタが手に入ったなら、情報が新鮮なうちに書かないと売れません!」
ギャーギャー騒ぐ天狗2人を見つめる藍色。大して興味は無さそうである。
「これ以上口答えは許しません! さぁ、行きますよ!」
「ああもう! 藍色さん、くれぐれも問題になりそうな行動は――」
おお、はやいはやい。
ドップラー効果を発生させながら空に消えてしまった椛。彼女の苦労は絶えない。
「……うん」
一応返事はしたが、既に届かぬ距離である。
翌日にばらまかれた新聞の内容に、藍色の事は何一つ入っていなかったが、まいた後に文が「何故藍色の事を書かなかったのだろう?」と首を傾げていたそうな。
多分次は守矢かと。
早苗さんが全く常識にとらわれてないイメージしかないのはどうしたものか。
あーうー