藍色と博麗 贅沢は敵だ
天気は快晴。洗濯物が綺麗に乾く。まあそこは今はどうでもよかったりする。神社の縁側に座り、のんびりとお茶を飲んでいる巫女の方が物語的には重要だ。
「この茶葉ももう駄目ね……」
幻想郷でもかなり有名な人間、博麗霊夢の事だ。今月"も"お金に困っている。今飲んでるのも一応茶葉を使ったお茶なのだが、最早白湯の如き薄さである。
「霊夢、いい加減茶葉買おうよ……」
こちらは伊吹萃香。見るからに幼女だが、2本の角が示す通り鬼である。
その威厳は全く無いが……
「駄目よ。茶葉を我慢すれば雑草生活から抜け出せるかもしれないのに」
「賽銭箱に小銭が入ればね……」
「口答えしない」
見事な貧乏生活だ。1ヶ月0円生活も余裕だろう。立地条件が良ければこんな事も無いのだが、残念ながら博麗神社は人里から遠い。
「あんたは水さえあれば酒に出来るでしょうが」
萃香の持つ伊吹瓢には酒虫と呼ばれる物が住んでおり、水を与えれば酒にしてくれるらしい。
「まあね〜、霊夢も飲む?」
補足しておくが、伊吹瓢から出る酒は鬼用の相当キツい酒なので、人間が飲むとヤバいのだが……
「昼間から酔っぱらっても仕方ないでしょ」
「毎日お湯飲むしかしてないくせに」
「お茶よ」
そこは認めない。
と、そんな他愛もない話をしていた所、
賽銭箱に小銭の入る音が聞こえた。
「んなっ!?」
霊夢は飛び上がって縁側を走り出し、賽銭箱の前にやってきた。物凄いスピードだ。
「お賽銭!? あなた今お賽銭入れた!?」
「うん」
目の前の藍色の妖怪は無視し、賽銭箱を覗き込む霊夢。中には10円が入っていた。
「10円! 10円よ〜〜!」
物凄いテンションの上がりようだ。遅れてやってきた萃香が驚いている。
「まさか、まさかこの博麗神社に賽銭を入れる妖怪がいるなんて……」
「ちょっと萃香、せっかくの参拝客に失礼よ」
「最初、私を放置してお賽銭見てたけど」
霊夢はだんまりを決め込んだ。
「それで、妖怪が神社になんの用だい?」
「あんたも妖怪よ」
つまり人の事を言えない。萃香もだんまりを決め込んだ。
「スペルカードルールについて聞きに」
「おやすいご用よ。10円のお礼はきっちり返すわ」
実は道で拾ったとは言わない藍色だった。
「ふぅん」
「あの長い説明をそれだけで終わらせるなんて……」
「やるわね」
いややるわねじゃないよ霊夢。と言っても聞こえないが、とりあえずスペルカードルールの説明とお互いの自己紹介を終了させた3人。藍色のスペルカードルールの感想は、
「馬鹿みたい」
……の一言だった。
「馬鹿みたい!?」
辛口な藍色に何故か過剰反応した萃香。霊夢は気にしてない。
「逃げ道を作ってあげる理由がわからない」
「あのねぇ、それじゃあスペルカードルールの意味が無いじゃないの」
どうも藍色とスペカは合わないらしい。
「私は勝負には絶対に勝つ。だからわざわざ負ける原因を作るのは嫌」
「……分かったわよ」
藍色にスペカを作らせたら、隙間の無いレーザーで空間が埋まると思われる。
「むしろ私みたいな肉弾戦のほうがいいんじゃ」
「そうね」
発言ぶった切り。萃香は難しい顔をした。
「やってみる?」
「お、鬼を相手に喧嘩勝負? いいじゃん」
「物は壊さないでね」
スッと立ち上がった藍色と萃香を見ながら白湯と言う名のお茶を飲む霊夢。
「5秒で終わるから」
「余裕じゃないか」
「長引くのは嫌いだから」
神社の参道を挟んで向かい合う2人。何となく空気を読んだ霊夢が声を上げた。
「始め」
待ってましたと言わんばかりに萃香は微笑み、強烈な1歩を踏み出して藍色に接近する。その1歩で割れた敷石が宙を舞い、霊夢が眉を潜めた。
「三 歩 壊 廃 !」
地面が、揺れた。
「あるぇ〜?」
のだが、その萃香は参道に仰向けで倒れており、その首に藍色の手が添えられている。
「勝ち」
当然かの如く言った藍色。
「待て、待て。おかしい」
萃香がそのままの体制で抗議する。藍色の答えは「どこもおかしくない」だった。
「私から見ても疑問に思うわね」
ここで霊夢が口を挟んだ。萃香を睨みつけながら。
「まるで起承転結の承と転を省いたみたいよ。萃香がスペルを発動してアンタに迫ったまではいいけど、瞬きする間もなくアンタが萃香を倒してる。一体何したの?」
「私の勝率、勝負が5秒以内に終わる確率、一撃で終わる確率、私が無傷で終わる確率を全部底上げして待機しただけ。私自身は動いていない」
多いな。
「いやいや、アンタが動かなかったら私負けないよ?」
「世の中に100%と0%は存在しない。途中で地震が起こるかもしれないし、何の前触れも無くその場が真空になるかもしれない。ただ、限りなく確率が低いだけ。」
藍色は続ける。
「私が自分の意志で動かずにあなたに勝つ確率は存在するし、私は私の勝率を操作して間接的にそれを広げただけ。その結果がこれなだけ。以上」
何となく理解した霊夢と、納得がいかない萃香。
「じゃあもう1回! もう1回だ!」
と言って立ち上がろうとするが、意志に反して体は全く動かなかった。
「嫌」
そして藍色は神社の方に向かって歩き、入れ替わりで怒りに顔を染めた巫女がやってきた。
「ねぇ萃香。私は物を壊すなって言わなかったかしら」
全力で逃げ出したい萃香だが、体は微動だにしなかった。
「霊符「夢想封印」!」
「これ、お茶じゃない……」
ちゃっかり霊夢の白湯を飲んでいる藍色だった。
「美味しい」
「そう? なら頑張った甲斐があったわね」
霊夢特製雑草サラダを美味しそうに食べる藍色。笑顔ではなく無表情だが。
ちなみに萃香は神社の縁側に干されている。
「味噌汁は作らないの?」
「味噌が買えないのよ」
明らかにテンションが下がった霊夢。
「野菜は?」
「買えないわ」
「……お米も?」
「賽銭さえ入ればね……」
誰が見てもしょんぼりしていると分かる霊夢。
「そう」
以降は何も聞かずに箸を進めた藍色。
「あんた箸使え」
「使える」
発言を被せてくる。だが霊夢が気にした様子は無い。
「ちょっと聞いていい?」
「何?」
「あなたなんて妖怪?」
鬼とか、猫又とか、天狗とか。場合によってはスキマ妖怪のような1人だけの種かもしれない。
「知らない」
「え」
「私は自分の種族を知らない」
「えっ!?」
霊夢にとってはちょっと予想外の返事。ただ気になって聞いただけなのに……
「ごちそうさま。美味しかった」
箸を置き、軽く伸びをした藍色を見ながら霊夢が一言。
「自分の事を知りたいとは思わないの?」
「知る必要が今は無い」
当然のように言った。
「…………そう」
「あ〜い〜い〜ろ〜」
ここで干されていた鬼が復活し、部屋に入ってきた。
「リ」
「嫌」
「言わせてよ!」
多分リベンジのリだと思われる。言い切る事無く否定されてちょっと涙目になる鬼がいた。
「私は負けは嫌いだから。勝ちを得たらそれを保つ為に再戦はしない」
「つまり勝ち逃げ主義って事ね……」
なんと言うかズルい。
「それで私が納得するわけ無いでしょうが!」
急に藍色が萃香を睨みつけ、一言だけ言った。
「しろ」
その一言で萃香が硬直し、はいの一言を残して逃げた。
「……能力使ったの?」
「私の言葉に従う確率」
哀れ萃香。
「……まあ、勝ち逃げ主義だか必勝主義だかは置いときましょう。とにかく、一枚くらいはスペカを持ってないと後々困るから」
と言いながら白紙のカードを三枚ほど渡す。
「これあげるわ。使い方は教えたはずだからね」
「うん」
素直に受け取り、服の中にしまい込んだ。ポケットでもあるのだろうか?
「もう帰る」
「そう。また来なさい」
簡潔に別れを済ませ、神社から出て行った藍色を見送る霊夢。参道の半ばまで歩いた辺りで立ち止まり、神社の方を一度向き、また歩いていくという謎の行動をしたものの、すぐに姿は見えなくなった。
「変わった奴だったわね……」
首を傾げたものの、この妙な来客以降は変わった事は起こらずに一日を終えた霊夢だった。
翌日から博麗神社の賽銭箱にお賽銭が多めに入るようになるのだが、まあこれはあまり関係の無い話である。
霊夢はしっかり貧乏でした。はい。
そして萃香ファンの皆さんには申し訳無い。
さて、スペルカードを使う予定はあるのだろうか……