藍色と入院 喧騒は敵だ
朝の永遠亭。竹から日の光が少しだけ漏れ、目に優しい状態になっている。
「……ああ、朝ね」
徹夜した永琳には、眩しすぎないので助かる光量だ。
昨夜、気持ち良く寝ていた永琳を起こしたのは……
「何よ、私の顔に何かついてる?」
頬の辺りに血痕がついている、自分と背の変わらない宵闇の妖怪だった。何かついてるよ。
その変化に驚いた覚えがあるが、そこから先はドタバタし過ぎて、流石の月の頭脳も記憶が曖昧だ。確か怪我人が二人だったはず。
記憶の欠落を補う為、自分で思い出すように考えを巡らせながら患者の所に行く。
襖を開けて、見えた布団は二つだ。
「おはよう」
「おはようございます」
返事をしたのはいつかの藍色の妖怪。昨夜全く意識を手放さなかったどころか、寝た様子も無いとうちの兎が言っていた気がする。
患者を見れば記憶が甦ってきたらしい。永琳の頭の回転が早くなっていく。
「怪我の調子はどうなの?」
「痛みは問題無い」
それは良かった。自分の薬は効いてくれたようだ。
「自分で治せたから」
訂正、コイツは医者泣かせだった。消し飛ばされたはずの右腕も何故か再生している。
「そっちの子は?」
「寝てるよ」
見ればわかる。
もう一人も曲者だ。噂に聞く悪魔の妹、フランドール・スカーレット。どうやら一連の怪我の原因はこの少女のせいらしい。
こちらも背中に酷い怪我をしていたが、流石吸血鬼と言った所か。その再生能力は凄まじい物で、既に血は止まり、傷口も半分は埋まっている。
「つまらない事を聞くけど、あのルーミアは何故あんな姿に?」
かくかくしかじか。
「それ、不味くない? 強すぎるわよ……」
「いざとなったら私がなんとかする」
まあ、この妖怪ならなんとか出来るだろうが……
「大丈夫なら構わないけど……」
この時、永琳は思った。絶対にルーミアだけじゃ済まない。遠くない未来に絶対にヤバいのが絡む、と。
「ま、仮にも大怪我したんだから、しばらくここでゆっくりして行きなさい。輝夜も喜ぶでしょ」
「そう」
これで藍色は問題無い。数日もすれば勝手に去るだろう。
「残る問題は……」
永琳の目は、小さく羽を揺らす少女を見つめる。
「こっちよね……」
「ルーミア〜」
永琳が溜め息を吐こうとした瞬間、藍色がそばを通り過ぎた。
「…………ハァ」
結果、余計に溜め息が深くなった。
「号外、号外〜っ!」
誰かの能力か何かの呪縛から解き放たれたのか、数日前に鴉天狗がやっと藍色の記事を新聞に書く事が出来たらしい。記者魂は運をも左右するのか。
というわけで、ようやく幻想郷全体に存在が確認された藍色だが……
今日ばらまかれているのは新聞ではなく、号外。内容は藍色が永遠亭に運び込まれた事だ。
それを知った幻想郷の住人の多くが、永遠亭に向かい始めた。ある者は友人が心配だから。ある者は冷やかしに。あるいは好奇心で。
それだけではない。文章の片隅に小さく書かれた、藍色以外の名前に反応した者も永遠亭に向かった。
さて。ここまで言えば、お昼の永遠亭がどうなるか分からない事は無いと思う。
それでも分からない人の為に言うと……
「し、師匠〜っ!」
満員御礼だ。
「永琳〜、藍色は大丈夫なのか〜?」
「お〜い、ルーミア〜!」
「ちょっと、押さないでよ! 私の心の神様の所に行きたいだけなのに!」
「やっぱり、あの刀返してもらおうと思ってね」
「ちょっと上海〜、居たら返事して〜」
「ここまで沢山集まってると、演奏したくなるわね〜」
「どきなさい! 妹が待ってるのよ!」
「すみません、この中に藍色さんはおられますか〜」
「幽々子様、あそこに魔女が倒れてるんですが……」
「シャンハーイ。ここですよ〜」
「なんだなんだ? 宴会でもやるのかい?」「あややややっ!?」
「優曇華、鎮静剤を散布しなさい」
「はい……」
十数秒後、少し静かになった。
「お願いだから、もうこんな怪我はしないでね」
「努力はする」
こちらの部屋にはルーミアと藍色。双方昨夜の戦闘を感じさせない程元気だが、藍色の普段着のワンピースは血染めになって黒紫色になってしまったので廃棄した。
現在は着物のような浴衣のような、そんな服を着用している。全体的に色が藍色なのは永琳の優しさだろうか?
「服、どうしよう」
「どこぞの賢者とか古道具屋を脅迫するか、能力で作るかすれば?」
それが当然かの如く、恐ろしい事を言うルーミア。藍色が引いている。
「ま、追々考えて行けばいいでしょ」
「うん」
と、話が完結した所で兎が寄ってきた。
「あ、兎さん」
「てゐだよ」
「兎さん」
「てゐだってば」
結局兎さんで固定されてしまったようだ。もう訂正は諦めた。
「あんたに会いたいって人がわんさか来てるけど、通す?」
ルーミアにもね、と続けた。
「うん」
「私にも? ……一応通して」
「了解。ここで待っててね」
兎らしく跳ねながら走っていった。
「誰が来るの?」
「さあね。退屈はしなさそうだけど……」
仕方が無いので待ちぼうけである。
やがて忙しく廊下を走ってきたのは……
「」
「帰れ文屋」
おお、はやいはやい。ルーミアに瞬時に黙らされてしまった哀れな文だった。
「良いじゃないですか。減るものじゃないんですから」
「嫌悪感は溢れ出るけどね」
「あやややや……」
話している内に、二着と三着が現れた。
「藍色! 元気か〜」
「ちょっと、大丈夫なの?」
白黒紅白……いや、違うな。博麗霊夢と霧雨魔理沙だ。
「元気」
「そりゃあ良かった」
「天狗の号外見た時ヒヤヒヤしたわよ。命の恩人が大怪我なんて……」
「命の恩人なんて大袈裟な」
霊夢にとっては割と大事だったりする。あの時藍色が来なければ、妖怪を狩りに行きかねないレベルまで食糧が無かったから……
「少しは落ち着いて移動出来ないの?」
「こんにちは〜」
「やっほ〜」
次に現れたのはアリス。人形達も挨拶してくれた。
「んなっ!? 人形が流暢に喋ってる!」
「なんと! こちらにもスクープがありました!」
ああ、うるさくなってきた……
藍色は早くも疲れてきたのだが、廊下から団体の足音が聞こえてきた。
「藍色、元気にしていたか?」
人里の守護神、慧音や……
「やっぱりいつも通りね〜」
幽々子、妖夢のペア。
「藍色さんはどちらですか〜?」
藍色とは初対面の、聖白蓮までが登場。
「お〜、賑わってるねぇ」
萃香も来ていた。
「ルーミア〜」
ルーミアの方にも何人か集まっていたが、既に人に埋もれている藍色にそれを確認する術は無かった。
「…………うるさい」
その声も、喧騒にかき消された。誰か鎮静剤を散布してくれ。
さて、ただでさえ騒がしい部屋だが、時間が経つにつれ更に人数は増え……
「宴会やろう!」
萃香の一言で滅茶苦茶になった。
永遠亭のキッチンをジャックし、住人を拉致し、勝手に食材を盗んで豪華な料理に不正に加工し、決して広くない部屋を占拠して大騒ぎを始めた。
間違いは言ってないはずだ。
それぞれ思い思いのグループになり、自由に料理をつまむ。
藍色の周りには藍色の知らない人物が集まり、ルーミアの周りには遊び仲間と思わしき妖怪と妖精が集まっている。
ちなみに、紅魔館勢はいない。
「……むう」
状況を打破する方法は無いものか……と、思考を巡らせながらも、マシンガンのようにかけられる発言に返事をする。
「あ、私は聖白蓮と言います」
「うん」
「私はメルランよ。プリズムリバー三姉妹って知らない?」
「知らない」
「私リリカ。こっちは姉さんのルナサよ」
「……どうも」
「うん」
「新聞記者の姫海棠はたてよ、よろしくね。これうちの新聞」
「ありがと」
「稗田阿求と申します。よろしければ」
「取材拒否」
「風見幽香よ。ご贔屓に」
「しないよ」
「「「「風見幽香!?」」」」
一気に静かになったと思えば、さっきより騒がしくなった。藍色だけはハテナだが。
「幽香……あんた、何でこんな所にいるのよ」
意を決したかのように霊夢が聞く。対して幽香は赤い瞳を動かしもしないで答える。
「好奇心よ。悪魔の妹を相手に右腕一本と右足の損傷だけで済んだ? 普通瞬殺されるじゃない。つまり、強いって事に繋がるじゃない」
「運が良かった可能性は?」
藍色本人が幽香に聞いた。
「ちょっと考えられないわね。ありとあらゆる物を破壊する程度の能力は、対象を破壊する程度の能力は、対象の弱点である『目』を直接破壊するから……ロックオンされたら一発よ」
「直接心臓を破壊すればいいじゃない」
「……あれ? 確かにそうね」
幽香が少し考え込み、藍色は静かになったので上機嫌。しかし、周りは気が気ではない。
「本人に聞こうかしら……」
「まだ寝てるよ」
「あらそう」
確かに、フランはまだ寝ている。彼女から話を聞くのは難しそうだ。
「起こす?」
藍色が幽香に聞いた。
「可能ならそうし」
「可能だよ」
「なら行きましょう」
2人で仲良く部屋から去った。宴会を完全に白けさせて……
一方、宴会から大きく離れた場所。フランが寝ている部屋。
未だにぐっすりな少女を、囲って見守るのは紅魔館の住人だ。七曜の魔法使いと使い魔は見当たらないが。
妹が心配なのだろう、いつもの威厳と落ち着きが無いレミリア。隣の咲夜も二人を心配そうに見つめ、門番の美鈴もただただフランの頭を見つめている。
「失礼しま〜す……」
その部屋に、藍色と幽香が入ってきた。レミリアはすぐに気を持ち直し、藍色に向き直る。
「藍色、で……」
「あってる」
「そう……」
咲夜と美鈴も藍色を見つめ、後ろのフラワーマスターに背筋を凍らせながらも耐え忍ぶ。
そして、レミリアが藍色に向けて言った。
「この度は、妹が」
「許すよ」
吸血鬼の発言すら言わせない。レミリアが固まったが、復帰は早かった。
「ちょ、せめて最後まで言わせてよ」
「堅苦しいのは嫌いだから」
藍色はレミリアの横を通り過ぎ、美鈴の隣に座る。そしてフランの寝ている布団に手を置く。
しばらく沈黙が流れたが、布団の中から小さく漏れた声にレミリアが反応した。
「フラン?」
「う〜ん……」
フランがもぞもぞと這い出し、閉じていた目を開け……
「あら?」
たまたま目の前にいたフラワーマスターに、眠気を全て飛ばされた。
「……わあっ!?」
そりゃあ、目の前に人がいたらビックリするだろう。それが知ってる人物ではなくても。
飛び跳ね、後ろに飛んだフランは、今度は藍色にぶつかった。
「あ……」
「おはよう」
かな〜り気まずい雰囲気になってしまったが、フランが藍色の目の前に座り、頭を下げた。
「ご、ごめんなさ」
「許すよ」
藍色お得意のフライング返答。
「結果的に生きてるから問題無し。この話は終わり」
素晴らしい自分論で追撃を許さない藍色。フランも黙らざるを得なかった。
「幽香があなたに質問がある」
「え?」
フランが振り向くと、体制の変わらぬ幽香がニコニコしていた。
「あなたが藍色に能力を使った時、何故直接心臓や頭を狙わずに、腕や足を狙ったのか。その時の事を覚えてたら教えて」
「ん〜」
フランはやや上を見、右手の人差し指を口の下辺りに当てる。
「確か、頭と心臓の『目』が見えなかったの。だから腕に標的を……」
「へぇ」
「そう」
幽香と藍色は同時に声を出す。
「それは不思議ね。何故かしら?」
藍色や幽香のみならず、周りのレミリアや咲夜も疑問を覚えたが……
「生き残る確率、よ」
意外だが、ある意味予想出来た人物が答えた。
「あ、紫だ」
「何で来たのよ」
藍色は驚いた様子は無く、レミリアは紫を睨みつける。
「私だって藍色が心配なのよ?」
「あっそう」
それだけで終わらせてしまった。
「どうやら、藍色は忘れてるみたいね。大分前にやってたみたいだけど」
「そうなんだ」
「そ〜よ。なんなら、もう少し掘り下げ」
「必要無い」
「ああん、言わせてよ」
可愛らしく言う紫だが、藍色には全く効果が無かった。
「じゃあ、フラン」
「え、何?」
藍色がフランに向き直る。
「また今度遊ぼう」
フランは少し呆け……
「うん」
やや困惑した表情をしながら、返事した。
「もう行く」
「あ、それなら私も抜けるわ。宴会なんて進んで入りたい訳じゃないもの」
藍色が立ち上がるのを確認してから、幽香も立ち上がる。
「あらあら、それなら私も帰るわね〜」
紫も、その言葉を残して消えた。
「レミリア……だっけ? 今度遊びに行くから」
レミリアの返事は待たずに宴会の進む部屋に向かった。ルーミアを呼ぶのだろう。
幽香も藍色について行き、紅魔館の住人達は妙な雰囲気に包まれた。
「吸血鬼の館に、『遊びに』ねぇ……」
レミリアは美鈴を見る。
「美鈴、次からは藍色が来たら通して」
「分かってます」
「咲夜も、ちゃんともてなしてあげて」
「かしこまりました」
ここでフランが割り込んできた。
「私も、藍色と遊んでいい?」
その言葉に、レミリアは迷わず答えた。
「いいわよ」
宴会のテンションが最高潮に達する頃、永遠亭を去る人影があった。
藍色とルーミア。同時に出て来たが、別の方向に向かった幽香。そして、来たときより人数の増えた吸血鬼達だった。
そんな人影を横目に、永琳は溜め息を吐いた。
「結局、姫様には会わず終いですか……」
後日、永遠亭の一室に心底残念がるかぐや姫がいた。
この度、東方流犬録より白銀狼代をお借りする許可を貰えましたので、次回はクロスとなります。
上手く扱えるかどうかは不明ですが、力の限り虐めてやろうと思います。
※作者様から許可は頂いております。
さて、初めてのクロス。気張って行きます。
引き続き、意見場所は募集を続けてますので、気軽にどうぞ~