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東方藍蓮花  作者: 空椿
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藍色、距離を染める

 別の地点、別の方向から花園の中心を目指す剣士、妖夢は遥か彼方の煌めきを確かに見た。

 色彩豊かな光が何度も瞬き、花園に固定された満月の夜に、確かな存在を示している。それとなく隣を並走する天狗、犬走椛に詳細を聞いてみると……


「あれは吸血鬼の仕業だ。相当派手にやってるな」


「……フランドール=スカーレット!」


「ああ、どうもメイド達と交戦しているようだな」


 フランが圧倒的に押しているが、と付け足して前に向き直る天狗を横に、妖夢は少しばかりホッとしていた。


「当たらなくて良かった……」


 破壊を操るフラン相手は特に、替えの効かない二刀を振る妖夢としては勘弁極まりない相手だった。ある意味、ルーミアと真正面から戦うより怖かった。

 早々にでもこの二振りの刀を壊されてしまうと、もう祖父や幽々子にどう顔向けすれば良いのか分からなかった。だからと言って別の誰かが来たところで、嬉しいとは思わないのだが……


「誰か此方に向かってますか?」


「……いや。此方に接近している奴は見えない」


 妖夢は尚更ホッとした。これなら、何事も無く辿り着けそうだ。

 そう安心しきった妖夢に、発破をかけるように椛が口を開いた。


「ルーミアなら烏を寄越すだけで足止め出来るし、小傘は何を仕出かすか分からない。小町だって距離は関係無く跳んでくるぞ? 安心するのは早いんじゃないか?」


「うぐっ」


「このまま何も起こらないとは思えん。絶対に何か妨害してくるに決まってる」


 ……だが、一体誰が? 椛は眉を潜め考える。


 常に千里眼で見詰めているが、ルーミアは藍色の居る方向を向いて動かない。小傘はしきりにキョロキョロと周りを見渡している。小町に至っては欠伸なぞしている。

 だが参った事に、この中の全員が此方に向けて瞬間的な転移が可能である。いつ、誰が来ても可笑しくない……の、だが。一体その役目は誰か担うのか。


「……落ち着かないな」


 誰かが接近してるのは既に気付いているだろう。そうでなければ、フランが向こう側に飛び出していった理由が分からない。では何故動かない?

 早苗も、魔理沙も、霊夢も別な方角から迫っているにも関わらず、だ。


「何か狙いでもあるのでしょうか」


「分からん。分からんが……」


 気味が悪い。それが率直な感想だった。


「……辿り着く前に、誰かが間違いなくやって来る。誰が相手になるかが問題なだけだ」


「落ち着けそうにありませんね……」


「全く、やはりあいつらは何かとイカれている」


 遠くを睨みながら椛はハッキリと言った。


「藍色もそうだが、その周りの奴等の実力、能力も桁外れだ。一体何をしてきたんだ」


「さぁ……見当も付きません。一体どんな道を歩んでいたのやら」


 妖夢が適当に想像しているが恐らく、その想定の何倍も濃い冒険をしている。

 幻想郷に留まらずに月にまで行ってしまったのが、理由としては手頃だろう。その結果、何やら厄介な問題を持ち帰ってきたようなものだが。


 ……その厄介な問題に関しては、別に月に行かずともいつか訪れる出来事だった、と言うべきだろうが。ただ、月で大暴れした末に、結果としてタイムリミットは近くなったのかもしれない。

 そう言えば、月の民は今何をしているのか。藍色がこうやって騒ぎを起こしている事を、一体どう考えているのだろう。豊姫辺りは飛んできてもおかしくないイベントだと思うのに。


 誰も来ない事を良い事に、妖夢は少しばかり思考を巡らせる。隣の椛が深く用心しているので、多少安心しているのもある。気が抜けていると言われれば、妖夢に反論の余地は無い。

 妖夢は今一度気を引き閉めるつもりで、されど世間話をする感覚で話し掛けてみた。


「もうすぐ中央近くですかね?」


「まだ遠い。前から思っていたがやたら広いな、ここは」


「ふむ」


 行動を開始してから随分と時間が経った。その間結構な距離を飛んでいるが目的地に付かない事から、やはりこの花畑はかなり広い。この分では中央までに太陽の畑の何倍もの距離があるかもしれない。

 ……全貌を見た訳ではないので、ただの感覚であるが。


「これは当分の間、暇になりますかね」


「そうだな」


 適当な返事を椛が返す。それ以降、椛は黙りっきりになった。

 会話も途切れたので、再び思考を広げる妖夢。そこへ……




「ねぇねぇ」


「……ん? こいしさん?」


「うん、私だよ?」


 今の今まで黙っていた……いや、自由行動をしていた? こいしが妖夢に話し掛けてきた。


「急にどうしました?」


「あのね……」


 ……いつになく言葉を濁し、中々喋らない。


「何でしょう?」


「……うーん」




「何でもない!」


「ちょっとちょっと、気になるじゃありませんか」


「でもなんだか、なぁ」


「えぇ~……」


 調子が狂うなぁ。と溜め息を溢す。


 トリオになって少々の時間が経過したものの、妖夢にはこいしの事だけは全くよく分からなかった。

 椛の事はある程度分かる。同じ上司にアレコレ振り回される側として、いくつか通じる所があった故に、何となく。


 ただ、この無意識の少女だけは全く理解が出来ない。そもそも面識らしき物が無かった上、自分とは在り方がどうにも違い過ぎる。

 主の為に身を粉にして働く自分と、周りに気取られず自分勝手に進む彼女とは根本的な物がズレている。そんな自分と大きく違う少女は、自分に似ている椛に何故かなついている。


「うーん、縁とは不思議な物ですね」


 根本には常に藍色が関わっていそうだが。

 可能であれば、時間のある時に詳しく聞きたい。一体どんな突拍子もない話を聞かせてくれるのだろうか。

 少し笑みを浮かべ、後の事を想像した。







「そうだね、縁とはとても不思議な物だ」




「えっ」


 不意に聞こえた第三者の声。


「椛さん、今の声は……椛さん?」


 不審に思って相方に声をかけてみると、彼女はその場に止まって目を見開いていた。


「どうかしましたか?」


「……ち、アイツか」


「は?」


 椛が彼方を睨みながら、明らかに不機嫌だと分かる声で答える。


「花畑の、向こうが…………見えなくなった」


「花畑の向こう……?」


 妖夢には元々、視界の一面が花畑だったので変わりは無い。

 ……ただ、千里先まで見通す椛がそう言うのは、不自然だろう。


「たった今……まるで、無限に距離を伸ばされたようにな。もう分かるか?」


「……まさか!?」


「単純明快、至極簡単。そりゃあ勿論!」


 妖夢の顔に影が射す。それに気付いた妖夢が空を見上げてみる。椛も、釣られて上を見るだろう。


「あたいさね」


 満月を背に、大鎌を担ぐ死神が居た。




「……小野塚小町!」


「やはり貴様か!」


「酷い言い草だ。とてもとても、顔見知りへの口振りとは思えないよ」


 くつくつと笑いつつ、小町は二人と同じ高さまで降りてくる。


「アタイは一応雇われの身でね、家族として数えて貰ってはいるけど、仕事となるとこうやって出張ってくる必要があるのさ」


「……ほう、そうだったのですか?」


「まぁね。ほら、見てみなよ」


 見せ付けるように鎌を掲げた後、大きく横に薙いだ。

 すると鎌は無くなっており、その手には彼岸を写した傘が握られている。


「この傘が証なんだってさ。良い出来だろう? 幽香が作ったんだ」


「へぇ……」


 嬉しそうに傘を撫でている。


「こう見えて意外と頑丈なんだよ? 何ならこれで打ち合っても良いくらいにはね」


「……ほう……」


 ブンブンと軽く振って見せてくる。


「そうそう! 鎌自体も新調してもらったんだよ。見てごらんよ、新品同然だろう?」


「……あの」


 振り回すように振った手には、また鎌。


「だからもう嬉しくってさ、柄にもなくはしゃいじゃって」


「もう黙れ」


 ペラペラと喋り続ける小町を、椛が強い口調で切り捨てた。


「時間稼ぎのつもりならいい加減にしてもらおう。お前が何を言おうが、私はお前の"雇用主"に用がある」


「…………あちゃあ。バレてたか」


「"見"抜く事なら造作もない」


 小さな溜め息と共に「敵わないねぇ」と呟く。


「じゃあ、真面目にやろうか。アタイの"雇い主"に何かご用かな?」


「彼女に」

「ただし会うのはやめてもらおうか」


 妖夢が内容を語る前に、小町はそれを制す。纏う雰囲気こそ普段通りだが、その語気は少しばかり荒くなっていた。


「悪いけど、今はあの子をあまり刺激したくはなくてねぇ。折角足を運んでくれたけど、あの子に直接何かしようってのはナシで頼むよ」


「それは困ります。此方は直接話を聞きたかったのですから」


「……言伝てじゃあダメかね?」


「妖夢の建前……いや、目的ならそれで良いだろう。どうせアドバイスを貰うだけだ。だがな」


 眉を潜め、険しい顔付きで椛が睨む。しかし、それを見ても小町は怯みもしない。ただニコニコ笑うだけだ。


「私の目的は藍色を起こす事だ。それも、上司の直々のお願いでな」


「ほーぉ。そうかい……」


「と言うか、私も元々本人から直接聞こうかなと思っていたのですよ。申し訳ありませんが、そこを退いてもらいたいのですよ」


「成る程、成る程」


 うんうん、と相槌を打つ小町。


「これじゃあ尚更、会わせるのは止めた方が良さそうだね。早々にお引き取り願う他無いよ」


「素直に帰るとでも思うか?」


「いいや全く」


 ふわり、と二人に接近してくる。無論二人は警戒するが、お構い無しに小町は目の前までやって来た。

 そして、目の前で見せ付けるように鎌を掲げ、一度くるりと回して見せた。


「だからさ、手っ取り早く決める為の方法を使おうじゃないか。幻想郷じゃあ日常の、勝負事でさ」


 歯を見せて笑う。そこに邪気や覇気などは一切無いが、「やってやろう」という強い意思だけが顔を覗かせている。


「ああ、無論だけど『死合い』でね。まさか、アタイ達に弾幕ごっこなんて望んでないだろうし。どうだい?」


「まあ、そうだと思いましたよ。だからこそ此方も望むところ」


 腰に下げた二本の刀をすらりと抜き、長い刀……楼観剣を目の前に掲げ。


「私は以前から、刃と刃による戦場を望んでいましたから」


 大胆に宣言してみせた妖夢を見て、小町は……


「くっ……ふふふ……!」


 静かに肩を震わせ、次いで声高々に。


「ハハハ! 良いねぇ良いねぇ、アンタならそうだと思ってたよ!」


 ケラケラケラ。思わず仰け反るほどの笑いを抑えようともしない小町。


「確かに今の世はアンタには生き辛いだろうさ! 折角鍛えた剣術など、弾幕勝負の前じゃあ活かす事は出来ないんだからね!」


「その通りです。ですが、そのルールは今此処には無い」


「その通りだよ。じゃあ、存分にやろうか! 今、此処で! 私の鎌とアンタの刀を交えようじゃァないか!」


「始めましょう、彼岸の死神。私は貴女の鎌を打ち倒してみたかった──!」






「熱くなるな馬鹿者」


「あたっ」


 ……後ろから椛に小突かれてしまった。


「な、なんですか!? 折角盛り上がってきたというのに!」


「何が『なんですか』だ! お前も変に焚き付けるな!」


「ご、ごめんよー? くふふっ」


 未だにヘラヘラ笑っている小町を見て、目付きを思い切り強める椛。おお、こわいこわいと小町は少し距離を取った。


「いや、だってさ。随分とノリノリだったからさ。調子に乗せてやろうと思ったら……まさかこう……ははははっ!」


「ハァ……全くもって質が悪い」


「……はっ!? そうですよ! 私は貴女と戦いたい訳では無いのでした!」


「今頃気付いてどうする!? お前は狂戦士か何かか! これもアイツの時間稼ぎに決まってるだろう!?」


「まったくもー、すぐ乗せられるんだから」


「も、申し訳ありません……」


 漸く正気に戻ったらしい。相も変わらず、妖夢は弄られやすい質をしているらしい。


「しかし結局の所、お前を倒さねば話にならない事に違いは無い。此方は急いでいるのでな、千里の道を踏破する訳にも行かないのさ」


「……歩いていっても良いんだよ?」


「馬鹿を言うな。何年歩かせれば済むんだ」


 椛の視界には、今も地平線の果てまで見える蓮華畑が見える。

 前方も、後方すら藍一色の大地。既に退くも進むも、この死神を追い払わなければ出来ない選択にされてしまった。


「故に、とっとと倒させてもらおう。私達の目的はあくまでも藍色。前座のお前に時間を取られる気は無い」


「自信満々……いや、この大胆さは天狗のそれを思い浮かべるなぁ。流石と言うべきか」


「先程は不覚を取りましたが……私も戦わせて頂きますよ。まさか卑怯とは言いませんよね?」


「いいや全く? 何なら二人同時でも構わないよ。勿論……」


 小町が何気無く、左手の人差し指を横に突き出した。




 つん、と。

 こいしの鼻先にそれが当たる。


「三人でもね」


「…………ん?」


「ほらほら、お嬢ちゃんはあっちだよ」


 そのままこいしの背中をぐいと押し、二人の方に行かせる。


「わわっ! え?」


「……おい、まさか気付いていたのか?」


「そうだねぇ、元死神としての職業病みたいな物さ」


 ふわりと距離を取りながら、小町は頼まれてもいないのに口を開く。


「魂の位置が分かるのさ、大体この辺かなーって。その点こいしは凄いね、強く意識しないとすぐ消えるんだから」


 当たり前だ。それがこいしの持つ『無意識を操る程度の能力』の効果なのだから。

 こいしがあまり自身の能力に関心が無いせいか、能力の拡大解釈はされていない。しかし、そうでなくても存分に強力な能力であり、場合によっては即座に勝負を決める切り札足り得たのに。この死神は。


「だったら最初から警戒するさ。この花園にアンタ達が来たときから、ずぅっとね。ルーミアと小傘にはそれがちょいと難しかったのかね?」


 こいしの事をずっと、意識し続けてきた。味方の妖夢ですら、その存在に意識を逸らしたこいしを。


「だからアタイだけが、相手を出来るのさ。今なお希薄な存在を意識し続けてられる、アタイだけがね。流石に戦闘中ならそれも難しいだろうけど……」


 ニヤリと笑った。不敵な笑みだ。


「"策はある"。故にルーミアでもフランでも小傘でもなく、アタイが居る」


「ありゃりゃ~」


「……チッ。小細工は通用しないと」


「小細工なんていくらでもしておくれよ。アタイもするからサ」


 手に持つ鎌を大きく振り被り、一度力一杯薙いでから……小町は言い放つ。


「だから安心してぶった斬られてくれ。元死神として、ちょーっとズルをして現世に送り返してやるからさ」


 闘志をたぎらせ、殺る気満々と言える風貌で宣言する小町に、椛は臨戦態勢を取る。

 こいしも得意の手段が通じないと分かり、二挺の銃を構えて見せた。


 残る妖夢も、白楼と楼観の剣を構え……


「一つお聞きしますが」


「なんだい?」







「……貴女はぶった斬っても良いのですか?」




「ハッハハハハ! 良い良い、やってみせな!」


 その火蓋を、斬り落とした。





 STAGE2 彼岸の雨傘

  ~我が愛すべき雇い主へ~



 毎度大変お待たせして申し訳ありません。

 書けるまでに何ヵ月、それが納得の行く文章になるまでに更に何ヵ月。書き直してる内に気に入らず半ばまで削除……。難産と言うに値するレベルです。


 次回以降も、そうそう早く書き上げる事は出来そうにありません。この分だと年単位で空く可能性もあります。

 ……ただ、たまに覗いて「あ、更新されてる」と思って頂ければ、それだけで嬉しいです。


 牛歩の如し速度ですが、完結までのろのろと進みたいと思っております。では、これにて。

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