表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東方藍蓮花  作者: 空椿
112/114

藍色、紅魔を染める

 人は脆い。心身共に。

 他の妖怪よりも短く生きる人は、その分精神の成熟こそ早いが、それを研磨する時間が圧倒的に足りない。

 体も弱く、それが余裕の無さに繋がる。故に不測の事態に異様に焦り、解決法を見失う。


 今回の場合もそうだろう。

 咲夜は人間だ。まだ若いのに大人のような精神をしているが、それでも本質は子供の心を失ってはいない。

 普段から余裕綽々だが、それは主という存在が在るからであって、自分自身の余裕ではない。


 主は彼女に命じた。『お前がやれ』と。

 余裕に欠ける咲夜本人に、他でもない主が命じたのだ。咲夜はこの上ない充足感と同時に、どうしようもない焦りを感じただろう。

 故に見失った『頼る』と言う手段。結局咲夜は、危機に陥っても見付けられなかった。


「可愛らしいんだから」


 ただ一人、紅魔の賢者パチュリー=ノーレッジだけが、最初からその危うさに気付いていた。命じた主は全てを丸投げしたし、門番にそれを気付かせるのも酷な物だし。そして従者本人は完全に舞い上がっていたし。

 だからこそ、最初の最初から温存をした。必要以上に動かず、働かず、口も出さない。ただ黙して見続けた。


「必死に頑張ってる貴女に、ご褒美をあげないとね」


 空には未だに危うい従者が舞っている。拙い策をぶら下げて、遥か遠き果てを目指している。それはまるで、お伽噺の勇者様のようだ。

 ならば助けてあげましょうか。言葉で、力で、行動で。そして改めて見せ付けましょうか。貴女が見付けられなかった『策』に特化した者の姿を。


「今度は気付いて良いわよ?」


 今宵、常に気だるげだった彼女が『動く』。


「貴女に勝利をあげる」







「はは、やっぱり詰めが甘いな。咲夜は」


 槍を振り回し、拳を繰り出し、たまに蹴りも織り混ぜながら、レミリアは笑った。


「でもそれで良い。お前は人間なのだから、強者に勝つ為に策を使うのは正しい。今回はちょっと時間が足りなかっただけだ」


 左手でフランの槍を掴む。燃え盛る炎に肌が焼けるが、吸血鬼の再生能力の前に効果は無い。


「ッ随分余裕ね!」


「悪い悪い。名付け親として、子の成長に感慨があったのさ」


 にこやかに笑うレミリアだが、三日月のようにつり上がる口が戦闘欲を抑えきれていない。

 フランも負けじとレミリアに拳を何度も放ったが、反撃は予想済み。余裕で避け続ける。


「だが、私達だけでは戦力的にお前に劣っていた。それを覆すとまでは行かないが、確かに追い縋ったじゃないか!」


 幾度かの小さな攻防が続いた後、フランが拳を引いた瞬間に、レミリアは槍を引っ張るようにフランに迫った。


「及第点はやらないとなッ!」


 そのまま、頭突き。怯んだフランに、五色の弾幕が追撃を加えた。


「ぐ!?」


「さあ、まだまだ付き合って貰おうか! 私は考えるのが面倒でな、咲夜が引けと言わない以上、いつまでもお前を追い続けるぞ!」


「なッ……めるんじゃないわよ!」


 時計を出現させて弾幕を防御、そして翼をはためかせて再度レミリアに突撃する!


「認めてる! 咲夜は強くなったし、よく考えてるって! でも、それは私だって同じよ!」


 幾度も繰り返した、槍と槍の応酬。ギリギリと拮抗しながら、フランは叫ぶ。


「私だって強くなったし、賢くなった! 皆に追い付かれないぐらいに!」


「ならば証明するがいい! 目の前にその力の差を、成長を、見せ付ける相手が居るじゃないか!」


「言われなくても……」


 そう言うや否や、魔法使いは弾幕をばら蒔くのを止め静止する。


「私が、勝つ! 大罪「カタディオプトリック」!」


 そのまま、乱雑に発射!

 狙いは……


「……パチェ!」


 紫の魔女は「まあ、そう来るわね」と言った気がした。声が小さくて聞こえはしない。


 時止めのせいで落としにくい咲夜、種族としての能力で実力の拮抗したレミリアよりも、パチュリーの方が落としやすい。加えて持久力も無いので労力を使わず倒せる。弓使いの矢が近くを掠めるだけでもノックアウト可能だろう。

 実に効率的。剣士の役割を防御に変えて咲夜から魔法使いを守り、槍使いをレミリアに張り付かせて押し留める。布陣としては磐石と行って差し支えない。


 後はこのまま、魔法弾の連続射撃で逃げ場を無くし、矢を放って仕留めれば良い。だがそれは……


「そうはさせません!」


 上手く行けば、の話だ。

 咲夜が大量のナイフをばら蒔き、フラン達を強襲する。

 攻撃手段を自ら捨て去る程の大きな行動、それはフランの考えの外の動きであった。


「んもう!」


 剣士が魔法使いを守るが、如何せん量も方向も滅茶苦茶だ。已む無く魔法使いによる攻撃は諦め回避と防御に専念した。

 弓使いは距離が遠かった為に大した被害こそ無く、槍使いはロンギヌスをナイフの群れに向けて構え、炎を盾のように広げる。たったそれだけでナイフは分解されて消えていった。


「効くと思ってるの!?」


「いいえ、全く!」


 即座に言い放った咲夜は結果を確認してすぐ、この場から離れるように飛ぶ。

 ここで逃がすと思っているのか? 何れにせよ、この場で背を向けるのは悪手。致命的な隙だ。

 その背中に……


「ラァッ!」


 "レミリアがフランの背に"槍を突き出した!


「づあぁ!?」


 喉からそのまま出したかのような声と共に、フランは思いきり身体を捻った、その横腹をグングニルが掠める!


「余所見なんて酷いじゃないかッ!」


 その勢いの残るまま、レミリアは翼をはためかせ無理矢理に進路を変えた。その結果、レミリアを軸に槍は大きく振られ……


「ふぎゃんっ!」


 フランの横腹に、槍が叩き付けられる。


「さあ、存分に味わえ!」


 吹き飛んだフランを放置するように、レミリアも場を離れる。これにより、この場に残ったのは、咲夜のナイフの対処に追われたフラン達のみ。


「日符」


「……パチェ!? まさかッ!」


 そうなれば、味方を巻き込みかねない広範囲攻撃だろうが気兼ね無く放てる。ナイフを犠牲に離脱を遅らせ、直撃が必至な状況を作り上げた!


「「ロイヤルフレア」」


 戦場に小さな太陽が浮かび、炎を撒き散らして荒れ狂う。熱波と火炎に襲われ、フラン達は顔を歪める。


「ぐうぅっ!」


 距離の遠い所に陣取る弓使いすら影響する程の炎、中心に居座る残りの三人の被害は甚大だ。

 故に、彼女は迷わず弓を引いた。状況を一発で塗り替える必殺の矢を。


「盾を!」


「当然よ」


 だが、その行動は筒抜け。再び誇大化した賢者の石の影に、三人が揃って隠れる。

 既についているヒビの様子から見れば、もう二~三発も当てれば砕けそうだ。ただ、そんな悠長な事をしている間に、必死で炎を耐え忍ぶ残り三人が燃え尽きてしまう。しかし……


「シッ!」


 小さな声と共に矢を放つ。それは迷わず賢者の石に向け突き進む。

 もしこのままであれば賢者の石に阻まれ、三人に大きな影響を及ぼす事は無い。賢者の石も、矢の一撃での破壊は叶わないだろう。




「きゅっ」




 彼女が、破壊のスペシャリストでさえなければ。


「なっ!?」


 賢者の石が、砕けた。


 一つだけ、パチュリーすら欺いていた事がある。フランが能力を使わなかった理由だ。

 それは危険過ぎる力を、家族の為にと使わない彼女の温情などではない。にも関わらず、強力無比なそれを温存し続け、使わないのだと意識に刷り込ませたその理由。


「当たれェ!」


 場をひっくり返し、状況を一変させる一手。

 確実な勝利を作るための奇襲として、その強力な能力を持つ右手をしまい込み続けたのだ。三人はそれを理解するのに、一瞬の時間を要した。


「な───」


 盾が無くなり、無防備な咲夜達に迫る必殺の一撃。咲夜どころか、パチュリーの判断力をも上回ったこの展開は、時を止める余裕すら与えない。

 この一撃に、咲夜は耐えきれるだろうか? 無理に決まっている。直撃とは言わずとも、至近距離の爆発を受ければ気絶と怪我は免れない。そして咲夜がやられれば、フランに敗北する。


「───ッあァ!」


 そんな打算的な事など一切考えず、パチュリーを、咲夜を押し退け、紅き主が前に躍り出た。

 槍を振りかぶり、声も無く叫びながら。


『出し抜いたなんて、思うな!』



 槍と矢がぶつかり合い、音と衝撃を発生させる!



「ああっ!」

「うぐっ」


 あまりの衝撃に、咲夜とパチュリーが同時に吹き飛ぶ。パチュリーの魔法も全てが中断され、小さな太陽は霧散した。

 分身は深刻なダメージを受けつつも未だ健在だ。戦意のたぎる瞳が、まだ戦える事を示している。


「なん……の!」


 咲夜は即座に体勢を立て直し、状況を確認した。その現状は『ピンチ』の一言に尽きるだろう。

 ……急いで場を立て直さなければ!


「お嬢様! ご無事ですか!?」


「チッ……!」


 正面から受けきったレミリアは、見た所無事だ。槍はものの見事に破壊されているが、その闘志は未だ揺らぐ気配は無い。

 しかし……


「弓使いを残すと危険です! 予定を変更して先に」

「咲夜ァ! 次はどうする!」




「……え?」


 耳を疑った。

 咲夜も、レミリアも。


「……お嬢様!?」


「まさか」


「…………成程なぁ」


 そう一人で納得すると、一瞬の沈黙の後にレミリアは。


「悪いな咲夜。"もう指示は聞けない"」


 グングニルと、ゲイボルク。二本の槍を再び出現させ、答えを聞かずに飛び出した。


「まさか、耳を!?」


「狼狽えてないで考えなさい!」


「あうっ……パチュリー様!?」


 咲夜の頭を本で叩き、パチュリーが戻ってきた。


「策を労する者が慌てたら戦線が崩壊するでしょう。早く動きなさい」


「……はい!」


 数の減った賢者の石を展開し、咲夜と共に飛び立った。

 その時、フランが動く。


「戦いの流れはこっちに向いた。そして……」


 ボロボロの魔法使いが取り出した、『スペルカード』。


「これでチェックよ、咲夜! 大罪「ラストジョーカー」!」


 瞬間、弾けるような光と共に『五人目』が現れた!


「此処で、来ましたか!」


 狂気に染まった紅い瞳、燃えるようにたぎる殺意。最も危険な分身が、今この場に降臨した。


「アハハハハッ! さぁ、どうしてあげようかなぁ!」


「お姉様を止めて! 私達が倒されたらマズイから!」


「獲物! 私の獲物はお姉様なのね!」


 猛る狂気を隠しもせず、レミリアと相対したジョーカー。圧倒的な力と力がぶつかり合い、衝撃と爆音を奏でる!


「遊びましょ!」

「退きなさい!」







「余裕は……もう、無い!」


 弓使い以外は損傷が激しく、もはや分身を維持するのは難しい。

 ならば消える前に勝負を終わらせる!


「咲夜! 覚悟してね!」


 槍使い、魔法使いが二人に牙を向ける。

 炎を飛ばし、弾幕を放ち、巧みに逃げ場を無くしていく。何とか回避行動と賢者の石による防御を繰り返すが、それでも動ける場所は減るばかりだ。


「くっ……! パチュリー様!」


「……駄目ね、通らない」


 先程からパチュリーがスペルカードなりを放っているのだが、その何れもが決定打足り得ない。魔法使いは剣士に守らせ、弓使いは距離を更に離して回避を容易にする。槍使いに至っては火勢が強すぎて通せない。

 これでも火力には自信があったのにと、珍しく歯噛みするパチュリー。


「このままでは追い付けない……!」


 行く手を遮るように待ち構える槍使いが、弓使いへの道を潰しつつ炎で攻める。思う通りに動けない、その歯痒さが焦りを募らせる。

 だが止まれない、止まってはいけない。此方を狙う必殺の矢が、常に隙を伺っている事を理解しているから。


「槍使いの炎が……いや、ここは魔法使いを!」


「あの子の防衛能力は伊達じゃないわ。それを成す事は出来るの?」


「……しかし、この状況を打破するには!」


「それは分かってる。でも、それを達成する手段が出ないのでしょう」


「ッ……それは」


 ふぅ、とパチュリーは息を吐いた。


「やっぱり、咲夜はまだ子供ね」


「は!?」


 やっぱりでしゃばるしか無い。

 レミィには悪いけど、咲夜一人には荷が重すぎたらしい。


「仕方が無いから替わりにやってあげる」


「代わりに……いや、どうするのですか?」


「説明の時間は無い」


 そう言って、パチュリーは地面に向かって飛ぶ。そして、咲夜に聞こえるように叫んだ。


「だから、完璧に合わせなさい! 水金符「シルバリオゴスペル」!」


 賢者の石が輝き、大量の銀剣が空を駆ける。鉄砲水がいくつもの軌跡を描き、剣を操作してフラン達を猛襲する。


「防御?」

「いや、咲夜に集中!」


 しかし、それらは何故かフラン達に直撃せず、精々かする程度。それも軽く身をずらすだけで簡単に対処が出来た。

 つまり剣による攻撃がメインではない。残った水による拘束が目的、つまり本命は咲夜だ!


「パチュリー様……!」


 飛来した剣を掴み、魔法使いに向かって飛ぶがやはり、その前に剣士が躍り出る。


「抜かせない!」


 剣が炎を撒き散らす。レーヴァテインの炎には武器破壊能力が無かろうが、単に熱いというだけで貧弱な人間には分厚い壁となる。時を止めようが発揮される熱が、咲夜を通しはしない。


「いいえ、抜きます!」


 その咲夜の後方から、水によって軌道を制御された銀剣が飛び出した。

 炎に焼かれれば、銀は溶けだし剣は形を失う。その身も焦がされる。だが、激流が如き水の流れの中なら?


「いざ!」


 咲夜は水の流れに飛び込み、その激流に乗って炎に突っ込む! 防ぎきれない炎に身を焦がされるが、その程度でしかない。

 呆気にとられる剣士の横を抜き去り、銀剣を構える。その眼前には、無防備な魔法使い。


「あっ!?」


「傷魂「スカーレッドソウル」!」


 咲夜の時が加速する。対処不能なスピードで目の前まで行き、魔法使いの腕を切り落とし蹴り飛ばす。


「そこですっ!」


 そして身を翻し、剣士に向かって剣閃を放つ!


「しまっ──」


 回避不可能、防御不可能。全ては時に置き去りにされる。剣士は紅い刃に、幾重にも切り裂かれた。

 魔法使いと剣士はダメージが限界を突破したのだろう、静かに霧散して消えてしまう。つまり……

 残り、三人。


「やった……ッ!?」


 この場を自分達に有利に出来た、少しの安堵。

 しかし一瞬のその油断は、彼女を狙い続けた者には絶好の隙となる。


「ぐうっ!」


 寸前の所で身をずらすが、持っていた銀剣に矢が直撃する。剣は無惨にも破壊され、咲夜の手に衝撃が響いた。

 揺れる視界、消える感覚。咲夜の右手は一時的にだが、自由を奪われた。


「なんて事……! お嬢様、パチュリー様!?」


 ナイフも剣も握れない。時止めはまだ使えない。

 無力化された咲夜が見たのは、明らかに傷が増えたレミリアと、槍使いに襲われるパチュリーだ。

 しまった、と思う。咲夜が弓使いを追うのを止めれば、槍使いはフリー。つまり、一人になったパチュリーを狙う事が出来る。

 そして、ジョーカーの攻撃力は明らかにレミリアの自力を上回っている。槍使いなど比では無い程苛烈に、レミリアを攻め立てる。


「ガアァッ!?」


「くふ、くふふ、あはは! もうちょっと頑張ってよぉ!」


 どうする、どうする、どうする!?

 思考が混濁する、焦りと恐怖が咲夜を塗り潰さんとする。咲夜の全てを黒く染めようとする。


 しかし、咲夜は驚くほどに落ち着いていた。


 ……どうする?

 そんなの決まってるだろう。


 何度も、自分だけでは解決出来ない事態に陥った。故に何度も終わりを覚悟した。

 その度に、咲夜は家族に助けられた。打開の手段は、いつも家族が持っていた。

 だから……


「パチュリー様!」


 頼る。

 ただそれだけが、咲夜を完全な人間に変えた。そこに、恐怖や不安は無い。

 あるのはどこまでも純粋な、信頼。


「水金符「シルバリオゴスペル」」


 大丈夫、期待には応えてあげる。私は貴女に『勝利をあげる』と決めたのだから。

 だから黙って見ていなさい。そう呟き、魔女は目前に迫る槍使いを見据える。


「ここで、落とす!」


「いいわよ」


「えっ」


 近くにあった砕けた金の賢者の石の欠片が、急に弾けた。その魔力の破片一つ一つが銀剣を形作る。余りにも凄まじい数だ!

 

「んなっ!?」


 迫る銀の剣と、噴き出す鉄砲水の暴力。武器破壊の炎も、水に消されれば上手く効果を発揮しない。

 ……仮に発揮したとして、この物量では防ぎきれないだろう。


 しかし、それらは何故かパチュリーへの道を妨げない。槍使いの横を通り過ぎ、検討違いの方向へ飛んで行く!


「何を……」


「ほら」


 その行動に疑問を示していると、パチュリーが話し掛けてくる。もう触れられる距離だ。


「私のやる事は終わりよ」


「……パチュリー!」


 万策尽きた、と言う風ではない。やる事を全て終わらせた、そんな感じだ。

 だからとここで放置する選択は、出来る筈がない。それでも槍を手放し、せめて深い傷にならないように。

 まるで飛び付くように抱き締め、フランは彼女と共に地面に激突した。


「かっ……は……」


 それだけだ。フランからすれば痒みすら生じない衝撃、しかしそれだけで魔女は意識を手放した。本当に呆気なく、ここまで堪えてきたのが不思議な程に。


「剣は!?」


 バッと振り返り、戦場を見やる。

 銀剣の嵐はそれぞれが縦横無尽に飛び回り、水の軌跡を空に描いた。

 金の賢者の石を丸々一つ媒体にした為か、その物量は先の比ではない。まるで空を埋め尽くすかのようだ。


「ちょ、ちょっと!?」

「へぇー?」


 その嵐は弓使い、ジョーカーの元まで届いていた。ジョーカーは片手間に銀剣を破壊しながらレミリアに攻撃するが、問題は何の護衛も居ない弓使い。


「無理無理無理ぃ!? ちょ、狙いがつけられないじゃない!」


 何の自衛手段も持たない弓使いに、それらから身を守る方法は無い。

 逃げ初めて僅か数秒。


「あっ」


 翼を撃ち抜かれ。バランスが崩れたその瞬間に串刺しになり、霧散して消えた。


「ッ……一体何処にこんな魔力が?」


 賢者の石が膨大な魔力を費やしている物だとは容易に想像がつくが、果たしてこれ程の結果を残せる物なのか?

 槍使いが少し飛んで辺りを見回してみる。勿論、咲夜を視界に入れて警戒しつつだ。すると、ずっと戦場だった地面に不自然な図が見えた。


「あれは……もしかして、魔法陣? 一体いつの間に……」


 不審に思い、よく目を凝らして確認する。するとそれは……地面に突き刺さった、大量の銀剣で出来ていた。

 一体いつの間に、どうやって?


「まさか……戦いながら、仕掛けていたの!?」


 先の先を見越しての準備、それを悟らせない為の攻勢。フランは完全に裏をかかれた形になる。

 様々なスペルカードを産み出しているであろうパチュリーが、銀と水という吸血鬼への対策を施した一枚だけを、多数のスペルカードによる戦略を捨ててまで編み出した戦闘中に仕掛ける魔法陣という"切り札"。

 フランは改めて、この魔女の知力が優れている事を実感させられた。


「だからって!」


 槍から炎を生み出す。既に時を止めて接近して、攻撃を仕掛けていた咲夜がたたらを踏む。


「それで、咲夜はここからどうするの!? どうやって私を倒すの!?」


 拾ったのであろう銀剣を構えた咲夜は、もうパチュリーの支援が無い故に、武器破壊の炎を前に踏み込めない。状況は不利だ。


「パチュリーは最高のシチュエーションを用意した! じゃあ、舞台の主役である咲夜は次にどうするの!?」


 炎を繰り、逃げ道を塞ぐ。

 細やかに動きながら、じわりじわりと距離を詰める。

 咲夜は答えない。ただフランを睨み返すのみで、口は一文字を歪めない!


「何も無いなんて……有り得ない! この状況を打開する為に、咲夜が仕掛けないなんてッ!」


 フランの警戒心は最大限、咲夜に向いていた。その思考は、咲夜の可能性を潰し続ける為に動いていた。

 時を止める? 炎を突破する手段はもう無い。この場に水は無いのだから。

 無理矢理押し通る? 炎に巻かれれば殆ど丸腰になる咲夜に突破口は無い。


「だああっ!」


 大きい気合いと共に、まるで竜巻のような炎が二人を包み込む。中から外の様子が見えなくなる程に、真っ赤な空間が作られた!

 立ち止まった咲夜の手元から、崩れるように剣が消え去る。最早咲夜は、時が止められるだけのただの人間と変わり無い。


 勝利を確信した。

 不確定要素を排除し続け、遂に訪れた勝機。逃す気も、容赦する気も、一切無く!


「勝った!」




 フランの歓喜が聞こえる。

 炎を噴き出す槍が咲夜に届くその瞬間。


 紅い槍が、炎の壁を突き抜けて槍使いを射貫いた。




「……は?」


 形が崩れ、消え去る瞬間。槍使いは見た。炎の壁にぽっかり空いた穴のその先に。


 グングニルを投げた格好のレミリアと、その背後に迫る自分の分身。

 その光景も炎が塗り潰し、何も見えなくなった。


「まさか……お姉様が……」


 小さく呟き、炎と共に消えた。


「……私は、何も仕掛けていませんよ。ただ、信じただけです」


 耳の機能しなくなったレミリアに頼り、炎の壁を越えてフランを狙って貰うのは、あまりにも分の悪い賭けの領域だったのだが。

 そもそも、レミリアが自分を犠牲にして咲夜を守ってくれる保証は無い。気付く保証すら無かった。

 そんな大博打を何故打ったのか? 何が彼女を咲夜をそうさせたのか?


 ……レミリアが運命でも操ったのだろうか。手繰り寄せた結果が自分の離脱であると知って、尚?

 地面に向かって落ちていく主人に…………笑いながら落ちていく自分の主人に、咲夜は何も言えなかった。


「……お嬢様」


 最後まで咲夜に出番を譲り、咲夜を立て続けた。裏方に徹した、目立ちたがりの主人に、最大限の感謝を送った。






「……これで、一対一ですよ」


「そうだねー」


 能天気な答えが帰ってきた。

 空を見上げると、笑顔で此方を見下ろすジョーカーが居た。


「やられたなぁ。まさかお姉様があんな事するなんて」


 あぁ本当に、してやられた。

 顔を手で覆いながら、フランはくつくつと笑っていた。


「あの場面でよくもまあ、御姉様に助けて貰えるな。と思ったよ?」


「我ながら、綱渡りを続けていると自負しています」


「だろうね。確実な方法しか取らない昔の咲夜とは変わったと思うよ」


 手を顔から離す。その顔に滲み出るような狂気は、無い。

 スペルによって産み出されたジョーカーはそこに居らず『フランドール・スカーレット』が居る。

 最早狂気を維持する理由も無いのだろう。ここに残るのは分身を突破された彼女本体しか残っていないのだから。


「本当に、凄い。私は自分がとても強くなったと思ってたのに、皆はそれを乗り越えてここまで追い詰めてきたんだから」


「充分すぎる程にお強いですよ」


「ルーミアに比べたら、まだまだ」


 あんな化け物クラスと一緒の領域なんて行かないでほしい。咲夜は辛うじてその言葉を飲み込めた。


「……正直、自信はありませんでしたよ?」


 少し笑いながら、咲夜は心情を語った。


「今回は、運と博打に頼りきりでしたから。きっと同じ事をしろと言われても、再現なんて出来ません」


「お姉様を、パチュリーを信じきった行動だからね。難しいよ」


 それでも、ここまで都合良く動けたのは。


「……きっとお嬢様のお陰ですね」


「だとしたら過保護だね」


「まあ、真相は後でいくらでも聞けますので。今は……」


 考えても仕方の無い事。ならば訪れた結果を飲み込んで、今は目の前に集中するだけだ。

 咲夜は近くに突き刺さっていた銀の剣を2本引き抜き、構える。


「押し通ります」


 無論、その返答は決まっている。


「……分かってるよね? 私は咲夜を通さない」


 大きな洋傘。彼女の翼を模した飾りのついた、世界でただ一つのフランドールの傘。

 彼女はいつの間にかそれを左手に持ち、右手にはスペルカードを構える。


 そこに渦巻く力は今までの比では無く、藍色との出会いが無ければ未来永劫産まれなかった物。彼女の絆その物を示すラストワード。


「私は藍色を守るって決めた、だから絶対に負けない。絶対に此処で、止めるんだ!」


 これが彼女の全力。

 ビリビリと伝わる気迫を受けながら、咲夜も臆せず剣を構える。


「絶対など有り得ない。貴女のもう一つの家族の言葉です」


 それを意志でもって捩じ伏せると言うのなら、私もそれを意志でもって切り開こう。


「私は彼女の言葉を信じる。彼女の信念を、刹那に満たぬ可能性を掴みます!」




 やってみろ。

 やってやる。


「創壊「星の瞬き」!」




 目の前に、星が現れた。


「なぁっ!?」


 規格外の大きさの圧力に、飛び出しかけた咲夜が止まる。


 それは紛れもなく星であった。咲夜とフランの間の距離を丸々埋める程の、巨大な星だ。


「だああああっ!」


 フランの声と共に、星に巨大な亀裂が走る。


「まさか、嘘! 冗談じゃ!?」


 咲夜が離れるように飛んだその瞬間。


 星が、爆発した。


「くうっ!?」


 あまりの衝撃にバランスが取れない。何度も地面に墜落しそうになりそうにながらも、辛うじて空中で静止出来た。


「なんて、威力……」


 揺れる頭を押さえ、苦労しつつも体勢を立て直した咲夜は、その圧倒的な威力に驚愕していた。


 爆心地付近の蓮華が丸々吹き飛んでいる。

 咲夜はこの花に詳しくは無いが、先程からかなり暴れているにも関わらず咲いていた藍蓮花が、地面と共に抉られている。

 

 それに今ので、だいぶ距離が空いてしまった。


「まだまだァ!」


 フランが叫び、その右手が開かれる。

 その動作と共に、今度は咲夜の前に二つの星が生まれる。


「くっ!?」


 更に距離を取ると共に、爆発。

 今度はダメージこそ無かったものの、もうフランが指先より小さい距離になってしまった。


「そんな……なんて事」


 まだ二回。たったそれだけなのに、その驚異度は充分に理解させられた。

 規模が桁外れにも過ぎる。爆発にマトモに巻き込まれれば一撃必殺であろう、そんな物を突破しなければならないのか。


 ……だが、退く選択肢など無い。

 道は前にしか無いのだから。


「行くしか、無い!」


 大地を蹴って空を飛ぶ。自身の全速力でフランに迫るしか、咲夜に出来る事は無い。


「だったら……超えてみなさいよ!」


 行く手を阻む巨大な星が現れる。いつ爆破するかはフランの手の内、ギリギリをグレイズして進むのはただの無謀。

 しかし、咲夜はそれを断行した。


「はあっ!」


 右手が握られ、星に亀裂が走る。この近距離なら直撃は必至、まず助かりはしない。

 だがそれは咲夜には当てはまりはしない。


「時よ、止まれ!」


 ────カチリ。

 言葉と共に世界は色を失う。音を立てなくなった世界で、尚彼女は急ぐ。

 崩れそうな星を蹴り、飛行の勢いのまま走る。巨大な星の側面を走り、やがて通り過ぎようと言う時に一際強く蹴る!


 その瞬間、世界は急激に動き始めた!


「ッくう!」


 ふざけた威力の爆発を背に、それを加速として咲夜は飛んだ。

 もう何度も時を止めた咲夜に余力は無い。長く時はもう止められない。それでも最短距離を進むしか、圧倒的な力量差を覆す手段は無い。


「へぇ……」


 そんな努力を嘲笑うのが強者という者。フランは迫り来る強敵に向け、その理不尽を余すところ泣く解き放つ。


「これなら、どう!?」


 天に掲げた傘を一気に降り下ろした時、現れたのは流星群。小さいながらも数多く、しかし咲夜の数倍の大きさをした星の軍隊が迫る!

 避けるか? 迂回するか? そんなもの、勿論NOだ。


「はああああっ!」


 今更、こんな"小雨"で私を止められるものか。服を掠る程のギリギリを、撃墜までの境界を、最高速のまま突っ切るその身は。

 まるで一つの流星のようで。


「じゃあこれは!?」


 二つの巨大な星を生む。


「無駄です!」


 その間を駆け抜ける。爆発すらただの加速にして。


「これ!」


 巨星と、高速回転する衛星を生む。


「無駄!」


 衛星の軌道の隙間を駆け抜け、身の危険すら厭わず最短を突き進んだ。


「くっ……!」


 称賛の言葉はもう出てこなかった。

 回避、回避、回避の連続。如何なる星を投げ付けようが受け流して突き進む咲夜に、力を持て余す余裕は失せていた。

 ……それでも、それでも!


「うあああああッ!」


 止まらない。咲夜が、止まらない。

 ヘッドドレスは吹き飛び、腕から小さく血を流し、それでも尚。

 煌めく銀剣を構えた咲夜の足が、止まらない。


「このままじゃ……!」


 辿り着かれる……捕まる!

 じゃあ、捕まらないよう逃げるか? 自分のスピードなら容易だろう。


 そう一瞬だけ考えて。


「…………違う」


 その選択肢はすぐに捨てた。




 私はあの、自分勝手で勇敢な姉の妹だ。誇り高き吸血鬼だ。

 だから。


「咲夜! ここまで……おいで!」


 自分の周囲に、多量の小惑星を生んだ!


「これは……!」


 小惑星帯、アステロイドベルトと呼ばれる物だ。それはフランへ到達させまいと、高速で周回し咲夜の道を阻む。

 まさかこんな物まで作るとは思いもしなかった。今のフランはさながら、小惑星帯を自分の重力で引き連れる惑星と言える。


「……参ります!」


 だからどうした。何の躊躇いも無く咲夜は飛び込んだ。飛来する小惑星を全て避け、尚もフランに迫り続ける。


「それでこそ、咲夜だ!」


 フランが右手を握れば、小惑星帯が全てひび割れ、爆発する。網に入った獲物を、隙間無い攻撃で落とす一撃。

 それでも咲夜は……向かって来ている! 時を止めて爆発の範囲から逃れたようだ。


 だが、それももう限界。


「これで、私の勝ち!」


 時を止めた直後の咲夜を狙って、その周囲を覆うように小惑星を生み出す!


「なっ……!?」


 逃げ場など一分の隙もない。確実に落とす、その為だけのトドメの一撃。疲労し、時を止められず、満身創痍の咲夜を狙った、ここぞの一撃!

 そして、フランは……



「はああああっ!」



 渾身の力と、万感の想いを込めて右手を握った。







 …………耳を震わせる轟音と、飛び散る破片が止んだ頃。

 濃い煙の中から、何かが落ちていった。

 それをフランは見た。


 咲夜だ。


「……………………勝った?」


 咲夜を目で追いながら、フランは呟いた。

 そして、言った直後に気付く。


 ……そうだ、あの高さから落ちたら死んでしまう!


「ダメッ!」


 フランは急いで翼を広げ、彼女の元に飛ぼうとした。



 その瞬間、未だ晴れぬ煙から何かが飛び出した!



「えっ」


 呆気に取られたフランが目にしたのは、爆発に間違いなく巻き込まれた筈の……

 咲夜。


「えっ、なっ!?」


 声にならない叫びを上げながら、咲夜が迫る! その手には、半ばから折れた銀剣。それの面を向けて、大きく振りかぶっている!


「どうして!? さっき、確かに!」


 そう困惑の叫びを上げながら、思わず傘を盾にする。しかし、目の前から咲夜が消え……




「私の……勝ちです!」


 フランの頭上から、声が聞こえた。


「…………あ」






 そして、フランは察した。

 家族との全力の戦いの終わりを。




 頭にちっぽけな衝撃と、反比例するような強い痛みを受けて。

 銀の剣で殴られたんだなぁと、途切れる直前の意識で暢気にそう思った。











 全部終わった後、彼女はきっとこう言うだろう。


「あれは私が負けたんじゃない、私が咲夜に勝たせてあげたのよ。わざと無抵抗で当たってあげたんだから」

 ……と。


 何故なら彼女は誰よりも家族思いで、そして誰よりも負けず嫌いだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ