藍色、銀輪を染める
四人のフランをまじまじと見詰める。
前衛に、レーヴァテインを持つ剣士とグングニルを持つ槍使い。
後衛に、時計の針の杖を構える魔法使い、弓を構える弓使い。
「大判振る舞いね」
レミリアの率直な感想である。
実際に、この状態でスペルカードを四枚も併用している。元々持ってる杖のみが含まれていないが、どうせそれもスペルカードを使うなりするだろう。つまりは、五枚同時を念頭に入れる必要がある。
正にスペルカードのオンパレード。レミリアの発言も頷ける物だ。
これが藍色が来る前の幻想郷であれば、八雲紫が鬼のような形相で飛んでくるだろう。
「どうしましょうか」
「数の利は今は向こう。力押しじゃ押し切られるから、ちゃんと考えないと吹き飛ばされるわよ」
フラン一人で此方を圧倒出来るポテンシャルを持っているが、それが単純とは言えないものの四倍。元々不利が圧倒的不利に変化している事になる。
数的有利を取られた今、追い詰められるのは咲夜達の番だ。
「さて、どう攻める?」
意欲満々と言えそうなレミリアが聞いてくる。仮に突撃を指示すれば、弾かれるように嬉々として飛んでいきそうな程度には『うずうず』している。
「そうですね……」
レミリアを見、パチュリーを見、最後にフラン達を見る。
フランを見た際、目線が合った時に笑顔で手を振ってきた。どうやら、咲夜の思案中は待ってくれるらしい。
余裕そうに見えるが、先程の銀の剣は結構効いたようで、多少息遣いが荒い。痩せ我慢と言う程ではないが、その笑みはいつもより力が無い。自身の回復を待つ意味でも、待機をしているようだ。
あまり時間はかけられない。咲夜は早急に判断を下した。
「魔法使いを攻めます」
「ああ!」
「はいはい」
言われてすぐにレミリアは突貫した。表情は正に歓喜の笑みで、しかし異常に攻撃的。咲夜は思わずギョッとした。
一方、彼女の親友は『待てと言われた犬に近い』と評している。口を滑らせた時が恐ろしい。
それを見送る咲夜もまた、フラン達に向けて飛行を開始。パチュリーは全体を見据えたまま、賢者の石を含めて動かない。
「うわ、お姉様凄い顔だ」
恐ろしい表情のレミリアにフランも引き気味であるが、迎撃をしない理由にはならない。
猛る炎の剣を携えた剣士が、レミリアの前に躍り出る。
「勿論、行かせる気は無いよ!」
「上等よ! 二、三人は喰らってあげるから覚悟なさい!」
グングニルを出して正面衝突。しかし大したダメージも無い二人は、剣と槍を振り回して乱舞を始めた。
上手く足止めとして機能しているのを確認した魔法使いのフランは、その杖を大きく掲げる。
「たあーっ!」
……可愛らしい掛け声と共に放たれたのは、可愛らしさとは無縁の大量の弾幕。フランを中心に全方位にばら蒔かれた赤色の光球が、夜空を染め上げる!
「やはり、制圧力が高いですね」
四人のフランがどのような行動をするかは予想していたようで、その内一つが当てはまった事に咲夜は内心ガッツポーズ。
その間にも迫る一つの光球を、余裕を持って回避した。
無論、フランがただ待つ訳もない。槍使いに待構えられているが……
「幻世「ザ・ワールド」」
世界は灰色に染まる。
時を操る咲夜に、見えている待ち伏せは意味を成さない。置き土産のナイフをプレゼントし、悠々と魔法使いの目の前にやってくる。
時の止まったこの世界のまま刺せれば、勝負はすぐ終わるのだが。それが出来ないのは、この世界で『物を傷付けた』と言う事象が発生しないせいだ。
『事象が起きた事実』が時が止まっているせいで、現世に影響しない状況。故に、咲夜がこの世界で直接危害を加える事は出来ない。
「これで良し」
これでもかとナイフを設置した咲夜は、少し離れてから時を動かす。どう捌くかを見据える必要もあるからだ。
パチンと指を鳴らし、世界は色と時を取り戻した。スペルカードを使って時を止めた分精神的疲労が貯まったが、それだけだ。完璧、瀟洒。咲夜はミスをしない。
しかし、弾幕ごっこも死合いも。全てが上手くは行かない物。
「……な!? くぅっ……」
時を動かしたその瞬間、風を切る音の聞こえた咲夜は咄嗟に身体を捻った。
そのすぐ側を、『矢』が通り抜けた!
狙われた! 何処から? 何故!?
時を止めた咲夜を知覚でもしない限り、現れた直後を狙うなど不可能の筈。しかし、魔法使いより更に遠くに居た筈の弓使いは、そんな咲夜を見事に狙い撃ちしてみせたのだ。
「一体、どうして……」
「たあーっ!」
「ああ、もう!」
第二射が来ないのは救いだったが、槍使いが刺突を放ってきた。どうやら、あの置き土産は足止めの役割を果たしたらしい。
……だが、スペルカードの補助無しに、短時間に連続して時を止めるのは出来ない。数秒の差とはいえ、そのラグに歯噛みしながら距離を離し、牽制のナイフを投げる。
炎に巻かれて破壊されたが、数本の消費程度は痛手にならない。弓使いに最大限の警戒を送りながら、時を止めて移動をした。
「パチュリー様」
「もう行けるわよ。ばら蒔くから勝手に使いなさい」
パチュリーが賢者の石を起動する。
本人の魔力を吸って、目映く輝く水と金の石。それらと合わせてパチュリーは腕を突き出す!
「水金符「シルバリオゴスペル」」
再び宙に銀剣が伸びる。
準備期間を設けた分、少し前のそれよりも一層数が多い。フラン達は顔を険しくするがしかし、そのままなら対処は容易い。魔法使いが更に弾幕をばら蒔き、銀剣を次々と撃ち落としていく。
「感謝しますよ」
しかし、思い通りにさせないのが咲夜と言う存在なのだ。
背後から飛び出してくる銀剣を掴み、回収している。持った瞬間消えている事から、恐らく何処かに置いている事だろう。
また先程の様にばら蒔くつもりだろう。ナイフで駄目なら剣で、と言う事か。
「今度こそっ!」
ロンギヌスが燃え盛る。まるで炎の壁のようで、咲夜はあまりの熱に顔を歪めた。行かせるものかという意志を強く感じる。
飛行の速度こそ緩めないが、咲夜は眼前の相手をどう対処したものかと思案する。
ここで、状況は動き出す。
「夜王「ドラキュラクレイドル」!」
迫り合いを続けていたレミリアが、剣士を無理矢理に突破すべくスペルカードを解き放つ!
「うぐぐ、ぐッ! あぁっ!」
紅い弾丸となったレミリアを剣で受け、一瞬だけ堪える……が、しかし。自分以上の暴力に完全に打ち負け、ついに投げ出された。
「ハハハッ! これではまだまだ可愛らしい物だぞ、フラン!」
漸く獲物に食らい付けるぞ! 待ち望んだ好機に口角がつり上がる。
目指すは魔法使い一直線、迫る危機にフランは大いに慌てた。
「う……う~~っ!」
迫る驚異二つに選択を迫られたフラン。
数瞬の苦悩の末、槍使いは咲夜から離れレミリアに突撃した。咲夜とレミリアの驚異度を天秤にかけた末の答えである。
好機到来。咲夜が完全にフリーなこの瞬間を逃すわけがない。そうは思えど、疑問に浮かんで仕方がない事がある。弓使いの存在だ。
何故か彼の存在は、尚も迫るレミリアに迎撃を行わない。弓をつがえて射る直前の体勢のまま、動きを見せない。
今こそ射るべき時ではないのか?
……それこそ、別の射るべき状況を待っているのか?
「いや」
真横を通り過ぎた弾幕の風を切る音で、咲夜は思考を切り替えた。
今は予定通り、魔法使いを狙う。再度の接近、スペルカードを構える。
「神槍!」
「ちょっとお姉様!? 相手は」
「「スピア・ザ・グングニル」!」
此処で、レミリアが槍使いを無視して槍の投擲。突撃の邪魔をされる事は既に分かっていたのだろう。槍使いと接敵するその前に、せめてもと咲夜の援護に槍を放った。魔法使いは更に慌て、対応に追われるだろう。
今だ。
「幻世「ウィアー・ザ・ワールド」!」
時が止まる。
……ただそれだけなら、咲夜が普段使う「ザ・ワールド」と何ら変わりは無い。このスペルカードは『止まってから』こそ真骨頂なのだ。
「さて」
悠々と魔法使いの近くまでたどり着いた咲夜は、先程取っておいた銀剣を設置し始める。しかし、その剣の数はどう見ても多い。手に取った数よりも圧倒的に。
このスペルカードのタネは、咲夜の時を止める能力を様々な方法で試した結果出来上がった物。『能力の応用』の賜物だ。
道具を『使う』過程で時を止める事で『使った』という事象が来ないようにする。『使った』事実が来ない為対象の道具はまだ手元にあるが、『使っている』道具は既に消費されている……
つまりは実質的な『複製』である。一個を複製するのに限界はあるし、相応に疲れる。更に、暫く放っておくと本体を残して消えてしまうようだが。
「こんな物ね」
結論として、咲夜は数十本の剣さえあれば、周りを埋め尽くす程の量に出来る。タネも仕掛けも、時が止まった世界でバレる事など無い手品。
手元に数本の銀剣を残し、時を動かす。咲夜だけの世界で、彼女は何処までも完璧だった。
しかし。またもその完璧は容易く破壊される。
時が動き出した直後、咲夜は声も上げる暇も無く、勘というただ一つの何かに突き動かされるまま体を捻った。
「ッはぁ!?」
轟音、衝撃! 何かが腕をかすり通り過ぎた。そう理解したのは、強烈な風圧に煽られ地面に落ちる最中であった。
「まさか……弓使い!?」
慌てて体勢を立て直し、弓使いを確認する。手元に矢が無い。
犯人は分かった、しかし疑問も残る。何故、時を動かした瞬間の咲夜を正確に射れたのか……?
「魔法使いは!?」
振り向いて見詰めると、レミリアの槍の方向には時計を浮かばせ、多量の弾幕を用いて銀剣を撃ち落とした魔法使いが映った。
やはり防がれたかと思ったが、左の肩や脚に小さくない傷がある。被害を与える事は出来たようだ。
「お返ししてあげるッ!」
「チィッ!」
時計に破壊された槍はレミリアに跳ね返され、咲夜には弾幕の集中攻撃を放つ。槍はレミリアの右腕を掠め、大きく体勢を崩した彼女に槍使いが襲い掛かった!
しかし、それに意識を割く余裕は無い。三人全員を落とす為全方位に打ち出されていた弾幕が今、咲夜一人を落とす為に使われる。
直ぐ様回避、そして反撃のナイフを……投げようとして、やめた。
眼前を埋め尽くす程の紅の弾幕のせいで、魔法使いまで通せない。何よりも魔法使い自身が積極的に動き始めた為、普通に避けられるだろう。
「くっ!」
攻めあぐね、どう攻略すべきかと思考した、その一瞬。
「大罪「カゴメカゴメ」!」
あ、と気付けどもう遅い。
全方位は緑の壁に囲まれ、咲夜は閉じ込められた。
咲夜を落とす為の弾幕ではない、咲夜を揺さぶり、隙を作る弾幕。その一瞬にこれを捩じ込む為にばら蒔いた物。
「これは……!」
先の攻防でフランが防御に使用した物だ。しかし、その本質を咲夜はまだ知らない。魔法使いは笑った。
「捕らえたっ」
「もう逃がさないんだから!」
追い付いた剣士が、咲夜を攻める。
あの剣で壁ごと攻撃されてしまえば、最早どうしようもない。
ナイフも少なく、銀剣も数本。突破力に欠ける咲夜は、囚われてしまった時点でどうこうできる事は無くなってしまったのだ。
「……なんてこと!」
壁に剣を叩き付ける。傷一つ作れない。そもそも、単純な力では咲夜はただの人間である。悪魔の作り上げたそれを壊せる可能性は皆無だ。
焦る。
「こんな……こんな結末!」
スペルカードを取り出し見やる。どうしようもない。破壊力のある物など、咲夜は持ち合わせていない。あるのは"対人"に有効な刃物を最大限活かす程度の物だけ。
どうしようも無く焦る。
「私が負けたら……私が終わったら!」
勝つ為に準備をした。
武器も研いだ。
新たな力を研究した。
策を練った。
相手の力を予測した。
主達の力を信頼した。
主達に信頼された。
その信頼でもって、入念な策でもって。咲夜はフランを攻略して、藍色に会おうとした。
燃える。
眼前に猛る炎が迫る。
入念な準備も。
研ぎ澄まされた武器も。
練り上げた力も。
考え抜いた策も。
主達の信頼も。
全てを出し切って、それでも尚届かない。遥かなる高みから見下ろす、敬愛すべき主の、敬愛すべき妹。
失う。期待を。従者としての誇りを。
負ける。負ける。
終わる。
炎が迫る。
「────それだから貴女はまだまだなのよ」
溜め息が聞こえた。
そう思った瞬間、黄色の線を夜空に引く衛星が、剣士に飛来した。
「わあっ!?」
「……これは!?」
「ほら、鍵は開けてあげる。早く部屋から出る準備をしなさい」
そんな声が咲夜に届くと同時、大量の弾幕がカゴメカゴメに叩き付けられる。賢者の石に込められた魔力を解放して、咲夜を助けようとしてくれている。
「パチュリー様!?」
「策士としてはまだまだ拙い。でも、及第点はあげられるかしら」
予想はしていたのだろう。何処かで咲夜が窮地に陥るのは。
なにせ実力の差が大き過ぎる。要因は分からないが、そうなる可能性はずっとあった。
その時の為の温存。指示された通りの結果を満たす程度に魔力を使い、彼女はずっと余ったそれを放つ機会を待っていた。
どうせレミィは助けないからね……なんて思いながら。
壁がひしゃげ、割れる。小さな穴が開いたその時、パチュリーは目線をカゴメカゴメから逸らした。
「日金符「アダマンファランクス」」
賢者の石が膨らんだ……そう見えた瞬間、強烈な破砕音と共にそれは大きくひび割れた。
「防いだ!?」
驚いているのは弓使い。だが、一発でも相当なダメージなのは目に見えている。素早く矢を作り、二発目の準備をする。
「魔術「インビジトリック」!」
しかし、咲夜の脱出の方が一足早かった。
人が通るに充分な穴が出来た瞬間、スペルカードを使って時を止め脱出。弓使いに剣を、魔法使いにナイフを数本投げる。
「ッ! ナイフなんて!」
動き出した時の中で、弓使いは剣を避け、魔法使いはナイフ撃ち落とす。フランの思う通りに動いただろう。
では、ナイフに隠された剣は見えただろうか?
「あぁッ!?」
否。その大きな刃は杖を折り、魔法使いを貫いた。その横腹に小さくはない傷が出来、霧のように揺らいで崩れる。まだ消えはしないようだ。
咲夜は、その一連の出来事を全く見なかった。その目線は、弓使いを見据えて動かない。
二度、時を動かした瞬間を狙われた。その理由と、それを成した力を見る為に。
「こんッのぉ!」
飛んできた剣を避け、大きくブレた 射線のまま、矢を解き放った。
……当たるわけがない、そうは思わなかった咲夜は回避行動を取る。
その行動は正解だった。あらぬ方向に飛んだ矢は軌道を変え、その超速のまま咲夜を狙って飛んできたのだ!
「成程、ね!」
避け切った咲夜は、弓使いの役割を漸く理解した。
あれは遊撃手。そして相手の隙に絶対の一撃を叩き込む、圧倒的な破壊力を持つ伏兵を兼ねる。四人編成の中の『フィニッシャー』であると。
そして矢には追尾性能を備え、どのような体勢からでも放てるのだと。
素早く頼れる魔女の元に移動した咲夜。パチュリーが問いかける。
「もう大丈夫?」
「……はい! ご迷惑をお掛けしました!」
「本当よ。レミィがお冠だわ」
……そう言われて、ちらりと見る。
槍使いと真っ向から戦いながら、不敵に笑う我が主がそこに居る。
そんな彼女は、燃え盛る槍を素手で掴み、拳を返しながら、咲夜に視線を返した。
『私もフォローすればいいのか?』
そう問われた気がした。
否、断じて否だ。
「……さて、次は何をするのよ。初心者策士さん」
時を止め、そして考える。
「インビジトリック」は宣言を必要としない、即時の時止めを可能にするスペルカード。合計で1分だけ連続して止めていられる時間を作り、その時間を使いきるまでタイムロス無しに時を止められる物。
その残った時間を全て思考に使う。
考える。今度は窮地になど陥らないよう。心配などかけないよう。
「……拙い?」
勿論だ。作戦など立てた事が無いのだから。パチュリー様も分かって言っておられる。
しかし人間とは成長する生き物だ。妖怪を、化け物を下す為に成長し、それを成し遂げるのが人間なのだ。
成長するのには時間が居るだろう。成長する為の情報を噛み砕き、消化するのはとてもかかるだろう。だが……
咲夜は産まれてこの方『時間が無くて困った事』など無い。
そして時は動き出す。
「お嬢様の援護を!」
「貴女は?」
「戦いながら考えます!」
そう叫ぶや否や、驚くほどの速度で飛び出した咲夜を一瞥し、パチュリーは溜め息を吐いた。
「落ち着きが無いのね」
最後に『主従揃ってね』と、付け足した。
あれだけ待たせた結果が7000文字って……
そう思った貴方、次回も短くなるかもしれません。
本当は一話に纏める予定の物を分割したのでこんな結果に……
え、後半? 書けてませんよ?(泡ブクブク)